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二話-6 おめかしは控えめに




「時間みたいですね。では僕は宛てがわれた部屋で着替えてきますのでここで失礼します」


「はい。ではまた後で」


「じゃあね」


 自己紹介の延長戦上で暫く世間話をしていた時に時刻を告げる鐘が鳴り響いたので席を立った。事前に部屋の場所は聞いておいたので場所は知っている。殆ど一直線な上、僕の名前の看板があるらしいから迷いはしないだろう。

 僕の知らない女性退魔師事情だとか、彼女たちの婚約事情など色々と話も聞けた。案外興味深くて聞き入ってしまったけれど、事前に聞いた話ではこの後にこの場にはいない男性を含めた食事会があるそうなのでその為の準備をしないといけない。

 今日の為にと用意されたあの衣服に袖を通すのは、正直な話で億劫ではあるけれど。

 見送った他の二人とは別に名雪さんは「ちょっと待って」と言いつつ追いかけて来た。 


「清花ちゃんが持ってきたのって着物で合ってる? 洋風ってことはないよね?」


「えぇ、勿論和服ですよ。始めから着ているとすぐに着崩れしてしまいそうだったのでこちらで着替えることにしたんです。それに……」


「それに?」


「汚したりするとどれくらいの金額が吹っ飛ぶか考えると恐ろしい…………あと、絶対に怒られるのであまり汚せないんですよ」


「あー、分かる! 私のも凄い高いやつだから汚さないように必死なんだよねぇ」


「やっぱり名雪さんのも高いのですか?」


「まぁね。こういうのは私自身っていうよりは家の見栄だから。半端な物を着て懐事情が厳しいと見られるのは嫌なんだろうね」


「……考えることはどこも同じ、ということですか」


 罪悪感を持たせない為か、今回着る着物の値段はあえて知らされていない。とはいえ、こういう場に求められる品質を考えるとそう安い物ではないの確実だと思われる。

 興味本位で他の着物がどれ程の物なのか検索をしてみて、着物は良い物を求めだすと青天井だということを知ったので自分の着物については調べるのを止めた程だ。

 そんな物を汚したり使い物にならなくしたりしたら咲夜がどんな顔をするか。想像するだけでも恐怖を感じる。


「それじゃあ着付けは私が手伝ってあげるよ」


 一頻り笑い終えた彼女から提案されたけど断ることにする。今は一人になって考える時間が欲しいし、咲夜にも連絡を入れておきたい。それに名雪さんは悪戯好きみたいな匂いがするので出来れば遠慮しておきたい。


「お気持ちは有難いですが、一人で出来るので大丈夫です。その為の練習もしてきたのできちんと出来ますから」


「えーっ! いいじゃん、それなりに色んな子の面倒を見てきたから着付けも迅速かつ丁寧に出来るよ?」


「そういう名雪さんも自分の用意があるのでは? 僕のを手伝った後では時間がないかと思いますが」


「私のはお手伝いさんを呼んで貰うから。その分早く終わるから大丈夫だよ。だから、ねっ?」


「それでは僕の方にもそのお手伝いさんを呼んで貰えれば……」


「お手伝いさんは数が限られてるんだよね! 今は他の子の所に行ってて、最後に私のところだからちょっと余裕はないかなー! ごめんねっ?」


「いくら何でもわざとらし過ぎませんか?」


「あ、あはは……無理があったか。失敗失敗」


 自分でも無理筋の言い訳だということは理解しているのか、冷や汗をかきながらあらぬ方向を見やっている。

 元々自分で着る予定だったから別に手伝いなんていらないけれど、こうまでして拘る理由が分からない。

 それを語るつもりもないようだから、やはり今回は遠慮してもらおう。


「ご厚意は有難いですが申し訳ありません。人に肌を見せるのはあまり慣れていないので今回は一人でやらせて頂きます」


 こう言われたら流石に強情には出来ないか、名雪さんは項垂れて頷いた。


「そういうことなら仕方ないか。私は他の子の着付けを見て来るよ」


「そうして頂けると助かります」


「ううん。気にしないで。お食事の会場までの案内は私がするから、時間になったら呼びに行くから部屋で待っててね」


「分かりました。色々とありがとうございます」


「これくらいまとめ役として当然のことだからね。じゃ、また後でね!」


「はい。よろしくお願いします」


 名雪さんと別れてから少し歩いて行くと、案外その部屋は近かったらしくすぐに辿り着いた。看板に名札まであるからここで間違いないだろう。

 さっきの話し合いの中で渡されていた鍵を使用して中に入って行く、そこで見た内装はただただ豪華の一言だった。まだ一度も行ったことはないけれど、想像する中の最高級宿を思わせる絢爛豪華ぶりには驚きを隠せない。

 見れば何やら凄そうな屏風すら置いてある。それに複雑な形をした陶器や花瓶などがそこかしこに見受けられた。

 生憎と芸術には理解がなくてどれがどのくらいの値段がしそうだというのは分からないけれど、それでも見た目で高そうというのだけは何となく分かる。

 もしもここが特別の部屋なら、ここに僕を入れたのは偶然ではないだろう。これだけの部屋であれば特別感や優越感を感じたりして、他人から丁重に扱われることに悦楽を感じる人がいるに違いない。そのような性格の持ち主だったならばきっと気を良くしていたのは間違いないはずだ。


(庶民派の自分からしたら、ここまでされると逆に落ち着かないんだけどね)


 自分の価値を低く見積もり過ぎると、いずれ不当な取引に応じることになるとは咲夜が言っていたことだったか。

 自己評価が高過ぎれば仕事はやっては来ず、低ければ足元を見られて大損。大事なのは自分の立ち位置を正確に見極めることだと。

 ここで大きな問題が発生している。咲夜であっても今の僕の価値を正確に見定めるのは難しいらしいということ。

 短期間に大きな功績を積み立て過ぎたせいで市場価値が爆上げ傾向になっているので見定めが困難になっていると愚痴っていたのを思い出す。

 そんな中で文奈さんの占いの結果を伝えたからどうなることやら、今から想像するだけでも薄ら寒い気配を感じずにはいられない。

 とはいえ、まずは今回得られた情報を話しても問題ない程度に送っておく。

 向こうで咲夜の端末が奪われたりしていた場合、相手におかしな情報を与えない為だ。

 文章を送ったはいいものの、あちらはあちらで忙しいだろうから返事はすぐには来ないだろう。

 

 まずは身支度をと鏡台の前に座り、鞄の中から持って来た化粧道具を取り出していく。

 こちらに備え付けられていた高そうな化粧品もあるけれど、やはり使い慣れた物の方が仕上がりがどうなるか想像し易く失敗がない。

 徹底的に倉橋さんよって指導され尽くしたお陰で手間取ることもなく、自力での化粧と着付けを完了することが出来た。

 いつもはそのまま流しているか後ろで一つに纏めている髪の毛も、今は考えられた編み込みなどの技法を使いつつ結い上げて固定する。これならば多少動いた程度では乱れたりはしないはずだ。

 着付けも何度も来ては脱いでを繰り返し、その都度指摘された部分は全て直した結果としてほぼ完璧と言っても過言ではない出来になったはずだ。描かれている花の絵柄も独特の技法で織り込まれているとかで素人目で見ても実に華やかだ。

 化粧に関しては殆ど最低限のものでいいと言われているのでそこまで時間は掛からない。そこまで拘る必要はなかった。


「……よし、完璧!」


 今までは練習で何度も着させられて、動き辛いし窮屈だからあまり着たいと思う類の衣類ではないけれど、いざ完成形を見るとそんな気も失せるというもの。今の自分を見れば、綺麗な服を着たいという女性の心の一端を知れたような気がする。

 とはいえ、やはり窮屈なのは変わらない。これではもしここに白面が現れた場合に攻撃を避け切ることが難しくなるだろうことを考えると普段着としてはあまり向かないので着る機会は少ないと思われる。

 そんな感想を抱きながら適当に自撮り写真を撮って咲夜に近況報告と共に送っておく。その直後に丁度良く戸が叩かれた。

 気付けば時刻は既に十二時を回っていたらしい。

 

「もしもーし、準備は出来たかなー?」


「はい。今行きます!」


 忘れ物がないか入念に確認した後に扉を開けるとそこには名雪さんがいた。


「わざわざありがとうございます。お時間を取らせてしまい申し訳ありません」


「ううん。気にしな……い……で……」


 歯切れの悪いまま僕の顔を見て固まってしまったけれど、名雪さんの方もおめかしして綺麗になっている。大人っぽい着こなしで活発的な印象の彼女に妖艶さが出ているというか、服装一つでここまで印象が変わるのかと感心するくらいだ。


「名雪さん? どうかされましたか?」


「……あっ、ううん。なんでもないの。清花ちゃんってお化粧はしてるの?」


「多少はしていますよ?」


「多少って、どれくらい?」


「美容液に保湿液と下地を整える程度に塗るくらいですが」


 以前に全力で化粧をさせられた時に得た教訓から学んだことだ。

 付けまつ毛や口紅などのような元々の素材に付け足すようなものは何もしない、してはいけないということを。

 一度興味本位でやられた末の結論なので間違いはない。僕は見てないのよく分からないけど。


「そうなんだ……その程度でそれなんだ」


「何かおかしいところでもありますか? 時間はありませんが、出来る限り直しますので言って頂けると嬉しいのですが」


「ううん、寧ろそれだけなのに似合い過ぎてて怖いくらい。おめかしを控えめにすることで逆に元の素材が際立つっていうか。……これだと貴方に惚れちゃう人が出てきちゃうと思うんだけど、そこはいいのかなとは思ったね。うーん……先にちゃんと話を聞いてなかったら勘違いしちゃってたかもね。もしも先にこっちを見てたら話を聞いても信じなかったかも」


 始めにこの姿を見せていたらここへ男漁りに来たと思われていたということか。

 そう思われない為に顔の方はあまり弄ったりしていないのだけども、化粧を派手にしていないことに何か言われるとは思わなかった。


「お化粧ももう少しするべきだったと思いますか? 身内の人からはあまりやり過ぎるなと言われているのですが」


「あーっ、分かるかも! 軽く整えてこれだと……ちょっと見てみたい気もするからやってみない? ちょっとだけでいいからさ、ちょっとだけ! ねっ?」


「ねっ、じゃありませんよ。時間を考えて下さい、時間を。呑気にやっている時間はありませんよ」


 例え化粧のみだろうととんでもない時間が掛かるのが女の子の身支度だということは身をもって十分に知っているので、それだけは何としてでも阻止したい。お互いのことをよく知っている間柄ならまだしも、新参者が遅刻をするのは流石に外聞が悪すぎる。


「それよりも、名雪さんも大変よくお似合いですね。何だか大人の女性という感じが出ていてとても良いと思います」


「あはは、ありがと。私の普段の印象とは別物になっちゃうからそういうのは止めてねって言ったんだけどね。毎度勢いに押し切られちゃって。お手伝いさんって口が上手いんだよ? 最初はその気はなかったんだけど、いつも上手いこと弱点を突いてくるからつい、ね」


 恐らくは藤原さん関係ということだろう。僅かに赤面してるところからして分かり易い。

 そんな名雪さんの惚気話を聞きながら建物の中を歩いていく。話を聞くにどうやら彼女たちの仲は良好で特に何事もなければこのまま結婚することになりそうだとか。というか、既にそれを視野に入れたような発言をしている。

 そこまでの関係になっているのに、ぽっと出の奴がしゃしゃり出てきては彼女の心中は穏やかではなかったはずだ。警戒されていて当然だ。

 婚約者関連の話をしている途中、名雪さんは少し考え事をした後に口を開く。


「あくまで私の予想だけどね」


「はい」


 辿り着いた物々しい雰囲気を醸し出す扉の前で立ち止まる。

 振り返った名雪さんは心底面倒そうな顔をしていた。


「今日呼ばれた男の人たちの大半は私の婚約者の藤原利道を除いてまだ婚約者がいない人たちばかりなの。いや、決まってはいないって言った方が正確かな。何故だか分かる……って言ってもまぁ、流石に分かるよね。目的は勿論だけど清花ちゃんとの縁を結びたいから。普通の浄化使いとは違うその力を持つ血を自分のところに入れたいと考えているそれぞれの家から命令を受けてるの。それは私っていう婚約者のいるはずの利道も変わらない」


「名雪さんはそれでいいのですか?」


「私の意思は関係ないの。一応はまだ私が婚約者でいるけど、もしも清花ちゃんが利道を選んだとして、その時に私が邪魔だった場合は私が今の座から降りて別の人に宛てがわれるだけ。清花ちゃんが利道を選んで、かつ一夫多妻制に忌避感があるならそういうことになるかな。今更そこに私が口を挟んだところでそれは何も変わらない。もしも変えられるとしたら、それは私が清花ちゃんよりも価値があると判断された時だけ」


 この言い方からすると、周囲の大人たちからの評価はもう決めつけられているみたいだ。

 名雪さんはそう扱われることに諦めているというよりかは、自然体として受け入れているといったように感じる。

 まるでそれが世の摂理なのだと言っているかのようで、そこに関してはあまり共感は出来なかった。


「浄化の力を求めているのなら冬香さんの方では駄目なんですか?」


「大蓮寺冬香ちゃんよね。彼女が貴方のお陰で力を取り戻したとは聞いたけど、伝え聞く限りじゃまだまだ未成熟の域を出ないから選択肢としては低いかな。それに大蓮寺本家は土御門家が囲っているからおいそれとは手を出せないしね。それに……言い方は凄く悪いけど、より出来の良い方を選ぶのは結婚相手に求める条件として当然なんじゃないのかな?」


「そういう意味では冬香さんの周囲はまだ静かそうで良かったですね」


「確かにね。力を取り戻してからすぐに結婚しろとか言われたら男性不信になっちゃいそうだし」


「えぇ、その通りです。ちなみに、その婚約者のいない男性たちの結婚意欲というのはどれくらいなんでしょうか。断るのは当然として、どれくらい食い下がってきそうなのかは知りたいところです」


「個人によるだろうけど、諦めが悪いと言ったら前園家かな。前園家の方も半ば婚約寸前状態の彼女がいるはずだけど、あそこは政府に一夫多妻制の法案を打診しててね。代々当主が何人ものお妾を囲ってるって話もあるくらいだから、婚約者の決まってない清花ちゃんには色々と好条件を出してでも誘いに来ると思う。例えば、子を設ける以外のことは自由にしていいだとか」


 それが一番難しいと言っても過言ではないのだけど、僕のことを普通の女の子と思っている人からしたら当然の提案なのかも。


「他の家も似たような考えだろうけど……あっ、あとは土御門景文にも要注意ね」


「それはなんででしょう? 藤原さんも彼のことを性悪と言っているのは聞きましたが、個人的にはそこまでの印象はないのですが」


「そこがアイツの悪いところよ! 普段は善人ぶってるくせに肝心なところで自分だけがいい思いをするように機会を見計らってるの! なにもそれが悪いということではないけど、実際にやられるとこれでもかというくらいボッコボコにしてやりたくなるんだから!」


 具体的な話がないのでいまいち共感がしにくいけど、とりあえずは近しい人たちにそう言われるくらいの事はしているという認識にしておこう。

 色々と助けられているし、他人から話を聞いただけで評価を改めるようなことはしたくない。


「実はアイツ、貴方のこと狙ってると思うのよね。でないとわざわざこんなに手の込んだことしないから……うん?」


 扉の隙間から一枚の紙切れが僕たちの目の前に現れる。人型を模した白い紙切れは霊力を帯びているのが分かる。

 そこからお互いに見知った声が聞こえてきた。


『全員待ってるぞ。俺のことはいいからさっさと入って来い』


 僕と名雪さんは目を見合わせる。何かしらの手段で盗み聞きをしていたか、或いは地獄耳の持ち主だったらしい。

 ともあれ、僕以外の準備は既に終わっているようだ。


「全く、これからだっていうのに急いじゃって……。それじゃあ清花ちゃん、私の後に付いて来てね。ここって無駄に広いからあちこち目移りしてると迷子になっちゃうかもしれないから」


「分かりました。では、よろしくお願いします」


「うん。今回は大人たちのいないほぼ同年代同士のちょっと軽くはない程度の食事会ってだけだから、あまり気を張らずにね。……それでは、行きましょうか」


 流石は女の子たちのまとめ役といったところか、これから始まるという瞬間には意識を切り替えて見事に別人のような気配を漂わせていた。

 初めにこの姿を見ていたら僕が彼女に抱いていた印象もまた違うものになっただろう。

 その名雪さんが扉を軽く叩くと、中の方から人力で開かれる。中からはいくつもの強い存在感を感じられる。

 気が抜けないという思いを抱きながら唾を呑み込み、名雪さんの後に続いて歩いていく。

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