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二話-4 占い




 大友名雪さんによって開かれた扉の奥には二名の女の子がいた。

 事前に景文さんに聞いていた限りでは、この建物には僕を含めずに退魔師が男性が五名と女性が四名がいるという。女性の内の一人はここにはいないみたいだ。

 大人たちは子供同士の語らいの邪魔をしたくないという理由でここにはいないらしいけれど、景文さんの読みでは内心腹黒いところが浄化使いの僕によって暴かれるのを嫌っているだろうとのこと。お陰で余計な邪魔者がいないと笑っていたのを思い出す。

 そんな訳で、今目の前にいる人たちも比較的歳の近い人ばかりだった。

 部屋に入るや否や中にいるその人たちの視線が僕に注がれる。僕は部屋の中心に置かれた長机のお誕生日席に座らされ、視線が集まる中まとめ役たる大友名雪さんがこほんと咳払いをして立ち上がった。


「それじゃあ早速だけど自己紹介から始めよっか。ここは本番前の軽い顔合わせってことでそれほど気負わずにいて大丈夫だよ。ということでまずは改めて私から。大友名雪、高校三年生。趣味は運動と料理、掃除はちょっと苦手かな。好きな異性の特徴は自分から引っ張ってくれる人で細身のイケメンかな。はい、次!」


 次に立ち上がったのは落ち着きのあり立ち姿に雰囲気を感じる大人の女性といった第一印象を受ける人だった。

 長い髪の毛を癖なく下ろし、艶やかな黒髪がまるで幕のように垂れ下がる。見ただけでもサラサラで触り心地が良さそうだと思うほど。

 その人は丁寧な所作で礼をする。


「初めまして、弓削文奈です。大蓮寺清花さんですよね? 話は兼ねてよりお聞きしています。是非直接お会いしてみたいと思っていたので、こうしてお顔を間近に見れて嬉しいです。どうぞよろしくお願いします」


 こちらを見てにっこりと微笑む弓削さん。初対面の時に敵意のようなものを剥き出しにしていた大友さんと違い、弓削さんは最初から友好的な態度だった。まだ名雪さんからは何も伝わっていないはずなのに、と疑問が頭に過ぎる。

 僕と同様にその態度に何か思ったのか大友さんが口を挟んだ。


「文奈ってば、この子にそんなに興味があったの? そんなこと今日初めて知ったんだけど」


「だって初めて言ったのだもの。大蓮寺さんはこれからの退魔師……いいえ、日本にとってなくてはならない存在になるのだから気に掛けるのは必然なことなのよ」


 この弓削さんという人の言葉には何か力を感じる。

 嘘の気配もなく、それを信じて疑わない確信めいた何かが伝わってくるような何かを。

 まず感じたのは僕を見るその視線が他の人とは何かが違うこと。他の人には感じない、強い希望あるいは期待の熱の籠った目は何を意味をしているのか。

 それが何なのかまだ詳細には分からないけれど、決して無視出来ないと直感が言っていた。

 名雪さんにとっても弓削さんの態度はいつもと違うのか、少し怪訝そうではあるらしい。


「貴方が言うならそうなんだろうけど、それって口にしていいことなの?」


「えぇ。これは八割方確定した事よ。既にこの程度で揺らぐものではないわ」


 弓削文奈さんの話を聞いた他の二人がそれぞれ違った思惑で僕を見る。感心と、それから猜疑心といったところか。

 そんな反応をされても、僕だって初耳なんだから驚いているのだけれども。

 先ほどは日本にとってなくてならない存在だと言っていたのはどういうことなのか。


「あの、話がよく分からないので解説をお願いしたいのですが」


 お願いをすると、まとめ役である大友さんが説明をしてくれるみたいで身を乗り出して人差し指を立てる。

 まるで先生が生徒にものを教えるように。


「弓削家はね、古くから占いを生業としている家なの。その実力は折り紙つきで、それこそ占いに関しては並ぶ者がいないと言われる程凄いんだから。的中率はかなりのものだし、その精度も凄いの。政界のお偉いさん方も大枚はたいてお願いしてるくらいにはね。彼女たちが当たると言えば大抵の人はそれを真実だと思うくらいには凄いのよ」


「なるほど。ではその占いに僕が出てきたということですか。では八割方確定したというのは何なのでしょうか?」


 これには専門家である弓削さんが答える。


「八割と言っても占いは所詮占いなので当たりもすれば外れることもあります。多少の選択の違いによって未来が分岐することはよくあることです。少し未来のことを言い当てたところで、その次の瞬間には別の未来線に移る可能性は決してゼロではないということですね」


「文奈が八割って言った時は大体当たっている時よ。つまり、貴方は将来的に多くの退魔師にとっての重要人物になり得るってこと! 間違いない!」


 弓削さんの後にビシッと指差して決め台詞っぽいものを決める大友さん。

 そんなことを突然言われたって、占いに関しては素人どころの話ではない僕ではその話を深くは理解は出来ていない。

 天気予報と違って外れてもいいものではないのでその内容に関しては信頼を寄せるには怖いものがある気がするけれど。

 こうも確信を持って信じている人が目の前にいると自分まで信じてしまいたくなるような誘惑がある。


「名雪、あまり彼女を困らせないであげて。……大蓮寺さん、この占いはあくまで私個人がしたものですからね? 別の人が占えばまた違った結果が出るかもしれない。だから私の話はあくまで不確定の未来であることは覚えておいて欲しいのです」


「は、はぁ……。学がなくて申し訳ありません。占いの分野には疎くてどういった反応をすればいいのか分からなくて」


 必死に取り繕うように弁明のようなものをされたけれど、僕には話がさっぱりだった。

 いきなり重要人物になるとか言われてもというのが僕の率直な感想だ。

 出来ることは自分の出来る範囲で人助けをすることだけで、日本がどうとかは流石に言い過ぎだと思う。


「占いのことに関しては一応頭には入れておく程度のことで構いません。始めから自分を信じろと言えるほど自惚れてはいないので」


「少しずつ理解出来てきました。その割には名雪さんは盲信しているように見受けられますが」


「こうして長い間一緒にいると、どの程度当たるものなのか分かってきますからね」


 自惚れていないと言いつつ、名雪さんにそれほど信じられているのは当たり前と思っていることを隠そうとしていない。

 つまりは謙遜はしつつもそれだけの自信はあるということ。そして、それほどの信頼を得られるほどの結果を出しているということなのは間違いなかった。


「先ほどの話の続きです。これは占いで話しておくべきという結果が出ていたから話すのですが、私含めた複数人の占いの結果として大蓮寺清花さん、貴方が今後の国々の進退に大きく関わるという結論が出ました」


「日本からまた規模が大きくなりましたね」


 話の規模がいきなり複数国の規模にまで発展していた。そこに何故か占いには僕が重要人物として名前が出ているらしい。

 僕は自分と周囲だけ守れればそれでいいと考えている小心者なんだけれども。正直、その占いとやらの結果については疑いの方が強いと言うしかない。

 しかし彼女が言っていることに嘘はない様子で、この時ばかりは自分の嘘を見抜く力が正常に機能しているのか疑問に思ってしまう。

 こちらが疑っているのを感じてか、大友さんと弓削さんの二人は真剣な顔つきに変わる。


「前兆は既に出ています。突然の大規模侵攻、それと九尾の狐。これらが直近で動いたことは決して偶然ではないと私たちは考えています。極秘の情報なので大蓮寺さんはご存知ないかもしれないですが、他にも兆候らしきものは観測されているのです」


「妖怪が戦いもせずに逃げ出すとか、倒した退魔師を殺さずに連れ去ったり、はたまたそのまま放置したり。そういう今までのただ殺されるだけとは少し違った事が起きているらしいの。考え過ぎってこともあるかもだけど、これらはあの大規模侵攻に近しい時期に発生してるの。それは同時に貴方が精力的に動き始めた時期でもある。例え占い師でなくともこれを偶然と考える人は少ないと思う」

            

 僕の知らないところではそんなことが起きていたらしい。

 咲夜の担当地域では戦う退魔師は僕と宝蔵家から派遣された二人だけ。二人には荷が重い相手は事前に咲夜が察知して優先して僕を当てているから人的被害は一切ない。

 咲夜から今の話を聞いていなかったの咲夜自身も知らなかったからだろう。恐らくは上の判断で現場に恐怖感を与えない為に。

 退魔師は体面を重視する傾向もあるので外にそういった話が漏れないようにしていたという可能性は高い。


「確かに近い内に大きな戦いがあるだろうということは景文さんとも話をしましたね。以前戦った大妖怪の九尾の狐は僕のことを完全に殺す気でいます。僕の成長度合いからして悠長に僕の成長を座して待っている気はないだろうとも予想しています。……つまり、それ以外の戦いでも僕の力が必要になるということですか?」


「はい。私たちは他の大妖怪を含む多数の強敵との戦いが起きると踏んでいます。実を言うとこれまではその大戦が起きる確率は決して高いものではありませんでした。ですが最新の観測の結果では未来予想図が更に劇的に変わったのです」


「最新というと……。それっていつのことですか?」


「ほんの一週間ほど辺り前のことです。その日を境に状況は目まぐるしく変わりました」


 思わず「あっ」という言葉が漏れそうになったのを抑えた。

 その範囲内で変わったことと言えば僕が霊具を作った日だからだ。

 あの日で言うなら神様らしき声を聞いたことが可能性として濃厚か。それで新しい術を覚え、霊具を作ったことも。

 確かにあの感覚は今まで感じたことはなかったし、得られた結果も望外のものだった。

 本来の未来では僕は神らしき声を聞かず、涅槃浄界ではなくただの浄界にまでしか至らなかったということなのかもしれない。

 ただ、それを安易にここで語る訳にもいかない。しかしながら黙っていると心当たりがあると思われるのでなるべく自然に言葉を紡ぐ。


「そうなんですか。それだと気になって仕方がなさそうですね」


「本当にそうなんです。その前後に起きた出来事と言えば、土御門のご子息が高額な物を買い占めていたり、それをどこの誰かに渡した可能性があるとか、そんな程度の話しかないのですよね。もっと有意義な情報があればとは思うのですが」


 バレてる。これは絶対にバレてる。隠しておこうとかじゃなくて、もう絶対に僕が何かしたのだということが伝わってしまっている。

 神様関係のことは知られていないだろうけれど、霊具を作っていたことはバレていると思っていい。

 恐るべし占い師、恐るべし弓削家。こんなの私生活も何もないではないか。そんな内心が顔に出てしまったのか、弓削さんは苦笑した。


「そんな怯えた顔をしないで下さい。このことは大きく未来を変える出来事だったので後になって調べただけで、別に常日頃から私生活まで監視をしている訳ではないのですよ? だからその部分に関しては意図的に占っていた訳ではないので気にないで下さいね」


 とはいえ、僕達のことを徹底的に調べ上げていることには間違いない。これは迂闊なことは言えないなと思っていると。


「文奈が本気を出せばもっと詳しいところまで見れるんだけどね」


「名雪?」


 本人は援護射撃のつもりで言った言葉だろうけれど、僕にとっては警戒度を更に引き上げる、言ってはならない言葉だった。

 弓削さんがニッコリ笑顔で見た瞬間、大友さんの顔から滝のように汗が噴き出した。

 どうやら言っては不味いことを話したことを察してしまったらしい。可哀想ではあるけれど自業自得な気もする。


「ふぅ。……あの子のことは後にして。清花さん。色々と怖がらせてしまったようで申し訳ないけれど、私は貴方の味方のつもりだということを知っておいて欲しいの」


「味方、ですか」


「自分は味方だって言って近寄って来る人を疑うのも分かる。けど、当たろうと外れようと私は私の占いを信じてる。貴方が日本の未来にとって必要な存在なら私はそれを守るべく動くだけ。その為にはこれからも仲良くやっていけたらなって思うのだけど、駄目ですかね?」


「いえ、自分の力かどう役に立つのかは分かりませんがそこまで言われて応じない訳にはいきません。占いのことは分からないことが多いのですが、何かの助けになるなら是非とも助言を頂けると嬉しいです」


「ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」


 そう言って笑う文奈さんだけど————いや、今はまだ判断するには早いか。

 もう少し話を聞いて話してみなければ分からない。少なくとも、今はまだ決めつけるべきではないだろう。


「ちなみに、僕を占ったことはどれくらいの人まで伝わっているのでしょうか?」


 聞くと文奈さんは凄く気まずそうに視線を斜め下に持って行った。

 占いの結果は一体どこまで広がっているのかという単純な疑問だったけれど、反応から察するに相当広まってしまっていると見た。

 人類の進退が関わる重要な事象な為に家族や偉い人に伝えるのは分かる。それくらいはする方が当然だ。

 けれど、この反応はそうじゃない。その当然を踏み越えて枠外へと飛び出てしまったかのような、そんなような気がする。


「別に怒ったりする訳ではないので話して下さい。どれくらいの人に知れ渡っているのでしょうか?」


「えーと……好きなタイプの異性は優しい人。怒ったりしないできちんと話し合いの出来る人が好きです」


「話題逸らしが露骨すぎる……」


「ち、違うのよ! 貴方の影響があまりにも大き過ぎたから弓削家以外の占い師でも大勢が視えちゃったってだけで! ほら、清花さんって最近話題に上がってばかりだから皆気になっちゃって、そのせいで短期間に多くの話が出回っちゃったの! だから決して私のせいではないというか、ねっ⁉︎」


「あぁ、なるほど……」


 名雪さんにも信じられているような占いの精度で話題になっている人の名前が出たらそれは口にもしたくなるか。

 その数が多ければ多いほど信憑性が増していく訳で。弓削家以外の占い師がどれだけいるのか分からないけれど、決して少なくはないのだろう。

 そうして噂は次第に真実として語られていくことになったのは想像に難くない。


「それでは仕方がなかったということですね。それならそうと最初から言って下さい。てっきり文奈さんが広めたものだと勘違いしてしまうところでしたよ?」


 僕がそう言うと、文奈さんは拝むように手を合わせた。


「私が結果を半ば肯定しちゃったせいで殆ど確定情報として出回っちゃったから強ち私のせいじゃないとは言えない……かも? ごめんなさいね?」


 可愛らしく舌を出して謝罪をされるけれど、別に僕は怒ったりはしていない。

 話の内容的にいずれは広まることは確定していたようなものみたいだし、それは文奈さんがいていなくても噂は事実として広まっていただろうから、これで彼女のことを責めるのはお門違いというものだ。そういうことにしておけば僕の心の平穏は保たれる。


「仕方がないのは分かりました。では謝罪の代わりと言ってはあれですが、今度僕の未来について占って貰ってもいいですか?」


「勿論です。将来どんな旦那さんと結婚をしているのか丹念に調べさせて頂きますね」


「それは本当に止めて下さい」


 もしそれで誰なのか聞かされてしまったら気まずいどころの話じゃない。

 逆に変に意識してしまってその人のことを避けることだろう。その様子が自分でも鮮明に思い描ける。

 というか、そんな可能性なんて聞きたくもないので占わないで欲しいところ。

 そして話が恋愛関連のものになったからか、名雪さんは目を輝かせて食いついてきた。


「清花さんは自由恋愛主義って感じなのかな? あんまり先が分かると萎えるとか?」


「自由恋愛と言えばそうですが、そもそも結婚する気がないと先ほど散々話したばかりなのですが。まずは先にそちらのことを他の方に話して欲しいですね」


 他二人の視線が大友さんに向かう。そのことをすっかり忘れていたらしい彼女は愛想笑いを浮かべて視線を彷徨わせていた。


「あー、うん。そうだった。そういうことだから二人とも、清花ちゃんに恋愛話はともかく結婚云々については聞かないであげて。そこのところの確認は私自身がしたってことで安心していいから」


 大友さんの言葉に二人は顔を見合わせてから軽く溜め息を吐く。


「それが心配なんですが」


「そうそう。名雪さんって騙さ……絆され易いから」


「何でよっ! 二人とも酷いよっ⁉︎ 私これでもまとめ役兼相談役なんだよ⁉︎」


 二人からの辛辣な意見に大友さんが泣いていた。

 こんな関係もある意味では気さくな仲だと言えるのかも。少なくとも気を許していなければこういった会話にはならないとは思う。

 そんな姿を僕の前で見せるのは向こうからの歩み寄りだと判断した。それならこちらからも近づいて行くべきだろう。

 このまま放っておくと話がいつまでも先へ行かなさそうだったし。


「皆さんは仲がよろしいのですね」


「ぐすっ……そうなんだよ。清花ちゃんも、二人のことは名前で呼んであげていいからね?」


 どうしてそれを大友さんが言うのか分からないけど、二人も別段反対する訳でもないらしい。

 見た限り三人の仲は良好そうにな感じる。その内の一人は昔からいたという訳ではないはずだけど、自然と馴染んでいるように僕は感じた。


「他の方が宜しければ、出来る限り努力してみます。弓削さん、先ほどの大戦の話は後で詳しくお聞きしてもいいですか?」


「勿論です。とは言ってもあくまで占いの結果ですので確実に起きるとは限りませんよ?」


「構いません。不確定であろうと、知っておいて損にはならないかと思いますので」


 そこで弓削さんとの会話は終わり、次に僕がそちらに気を向けたのに気付いたのだろう、名雪さんも視線が同じ方向に向かう。


「さて、それじゃあ最後の一人の紹介といきますか」


 視線がそちらに向かう。先ほどは少し話していたけれど、その時にも心臓が跳ね上がったのを感じていた。

 ある意味では一番緊張する相手ではある。

 何故なら、その子は僕が人生で一番接したことのある相手と言っていい人だから。

 あの日、僕が咲夜と一緒に退院をした日に来たのはおそらくこの子で間違いない。

 弓削さんは占い師だ。なら、彼女がここにいる光景は弓削さんが作った物だと僕は思う。

 視える未来がただ一直線に結末まで向かうものではなく、一石を投じて変化を起こせるものなら、おそらくは僕との関係を見越して彼女はここに来させられたのだろうと殆ど確信している。そうでなければ彼女がここにいる理由が分からないから。

 直情型な名雪さんとは異なり、弓削さんからは会話の節々から深い思慮を感じる。占い師という立場だからか常に未来を見据えているというか、弓削さんからは未来を知っているから安心だというような余裕だったり油断のようなものが感じられなかった。

 寧ろ、現状に満足していないからこそより良い未来へ突き進んでいるようにも思える。

 それが分かってしまうから、僕はこの人を警戒せずにはいられない。

 僕が弓削さんを観察していることは気づかれないように心の奥底に押し殺し、最後の一人である彼女の言葉を待つ。


「初めまして、芹井千郷よ」


 あの頃とは違う、ぶっきらぼうで無愛想な声だけど、間違いない。

 懐かしい気持ちと嬉しい気持ち、それと申し訳ない気持ちで一杯になるのを必死に胸の奥に仕舞い込んで。

 今だけでも、彼女のことは……千郷のことは初対面だと思って振る舞わなければいけないと肝に銘じた。


「はい。初めまして、大蓮寺清花です。どうぞよろしくお願いします」

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