二話-1 貸しは大きめにして渡すもの
霊具を作ってから日が経ち、僕達はそこそこ身なりを整えて門前に立っていた。
今日という日を迎えるに当たり、出来ることはやったつもりだ。
礼儀作法を身に付け、咲夜を守る霊具を作り、万が一の為に冬香の訓練も手伝った。
一番の懸念点である僕がここを離れるに当たり清光のことをどうするかについては、既に咲夜と相談済みだ。
予定では僕がここを離れるのは長くても二日のはずなので、下手に清光を動かしてしまうと周囲におかしな動きに見られかねないということでここから離れないという選択を採ることにした。なので、ここに探りを入れてくるような不埒な輩が来た時の為に先日作った霊具を三つここに置くことで対応策とすることに。
元々敷いてある浄化の力の影響を無視して来るような人は結界によって阻まれるという手筈だ。
妖怪退治についても宝蔵家が対処をするということで話が決まっているので気にする必要もない。
色々とやることが沢山あり、あっという間に時が過ぎてしまったけれど、これで後顧の憂いなしということで必要な荷物を携えて招待状に書かれた場所へと向かうことにした。
そうして僕が景文さんと招待状の会場へ向かう一時間前、宝蔵家の一員である恋果さんと複数の護衛の退魔師が咲夜を迎えに来た。腕のある人たちが来たことには安心をするけれど、景文さんよりも先に来たのは咲夜が無断でこちらに付いてきてしまうことを防ぐ為だろう。
そのこと自体は予想の範疇だったので咲夜は文句一つ漏らさず車に乗り込んだ。
事前に話し合うべきことは語り尽くした。それでも心配事は尽きないけれど、ここまで来たら後は臨機応変に対応するしかない。
「それでは咲夜のことをよろしくお願いします。恋歌さん……でいいですか?」
「えぇ、それで構わないわ。清花さん。それじゃあ咲夜のことはよろしくされたわ。心配しなくてもこの子のことはきちんとここに返すから安心してね」
「そうして頂けると助かります」
その咲夜の姉である恋果さんとは前に一度、僕が男として会ったことがあるだけなので、今の清花としての姿で接するのは初めてだ。
つまり咲夜や倉橋さん、大門先輩以外の初めての僕のどちらの姿も知っている人になった訳だけれど、彼女からは別段疑うような視線は感じない。先ほどお互いに始めましての挨拶で頭を下げ合ったくらいだ。
彼女の目的は僕と咲夜を引き離す為のもので、それ以外の目的はない……はずなんだけど。
車に乗りかけた恋歌さんは不意にこちらに視線を向けた。
「あっ、そうだ。ねぇ、このまま貴方もこっちに来ない? 咲夜が心配なら傍で見守ってあげててもいいのよ?」
そう言った恋歌さんの視線は、男だった時の僕と清花としての僕に向けるものとでは明らかに別種のものだと感じ取った。
蠱惑的な魅力を持つ恋果さんではあるけれど、同じ女性に対しては意識的にしろ無意識にしろその手の誘い込むような雰囲気を感じない。
寧ろ、心の奥底からは対抗心のようなものすら感じる。
同じ女として負けられないという内なる気迫が伝わってくるようだ。
今までに感じたことのない挑戦的な気配にどう対応しようか迷っていると、咲夜が先に入っていた車内から顔を覗かせた。
「お姉様、そのようなことをされては方々に睨まれてしまうわよ?」
「あら、冗談よ、冗談。私のお役目は咲夜をお家まで連れて行くこと。忘れてなんかいないに決まってるでしょ? ちょっとした茶目っ気じゃない」
「どうだか……」
尚も咲夜から責めるような視線を受けている恋果さんだけど、飄々とした態度で視線を受け流している。
あの射殺すような眼で見られているのに動じた様子もないのは流石といった感じだけど。
「今回は残念だけど、機会があったら我が家に来てね。勿論、この子は抜きでもいいから」
「分かりました。その時はよろしくお願いします」
「はーい。それじゃあまたね。良い男も用意しておくから、良かったら帰りにでもウチに寄っていっていいよ」
「お姉様はもう黙ってて。清花、そっちも上手くやりなさいよ」
その言葉を最後に二人を乗せた車が遠ざかっていく。残されたのは僕と倉橋さん、それと少し離れた位置でこちらを見守る景文さんのみになった。
「それでは僕も行きます。何かあったらすぐに連絡して下さい。駆けつけますので」
「こちらのことはどうかご心配なく。清花お嬢様はご自身のことを第一に優先して下さい」
「分かりました。では、行っています」
「行ってらっしゃいませ。無事の帰還を願っております」
頭を少し撫でられてから、仕事を片付けに倉橋さんは家に戻って行き、それを背に僕は景文さんのところへ向かう。
彼とは既におはようの挨拶は済ませているので、用事が終わったことを知らせるように軽く手を挙げて挨拶を交わした。
そこに向かう途中にふと視線が別の方へ向いたのを彼は見逃さなかったみたいだ。
「咲夜さんが心配?」
「……当たり前でしょ。もしも瞬間移動の道具があるのなら持たせたいくらいにはね」
咲夜の方を心配しない訳がない。戦闘能力至上主義である宝蔵家の中で咲夜の立場が低いのは変わらないし、それは恐らく咲夜が持たせた霊具程度のことでは解決が出来ないことだ。根が深く、それでいて単純だからこそ簡単には変えられない。
それでも、だ。咲夜を暴力によって言うことを聞かせようだなんてことは出来やしない。
もしもそんなことをすれば霊具が起動して咲夜は結界に包まれながら帰ってくるだろう。その間に僕に連絡が来て、すぐに帰宅して合流する手筈だ。
そうなれば今後はその出来事を理由に咲夜と強引に引き剥がすなんてことはそうは出来なくなるし、咲夜は宝蔵家からの呼び出しを拒否することが出来る理由が作れる。ある意味ではこの結果が望ましいところでもある。
もっともこれは宝蔵家が短絡的思考で暴力的解決を図った場合の話だけれど、反対に会話による話し合いが行われるのであればそれはそれで良い。それは咲夜の得意とするところであるし、何より危険が少なくて済む。僕の結界が思ったよりも脆く、或いは別の方法で無効化されたなんて話になれば何の意味も為さなくなるのだから、平和的解決が出来るのならそちらの方がいいに決まっている。
「はははっ、それは過保護過ぎじゃないか?」
彼は笑って流すけれど、おそらく彼には咲夜の立場での目線は理解出来ない。強者としての目線しか彼は持っていない。他人事というのもあるだろうけど、だからこそ笑って流せるのだと思う。
「景文さんは非能力者と腕相撲をしたことはある?」
「それは……ないね。結果が見えている戦いは誰だってしたくはないだろうし」
「それでもやったとしてどれくらいの枷があれば非能力者が勝てると思う?」
「枷と言っても能力を封じてたら意味がない……それでも手加減をするとなると、人差し指のみとか?」
「僕と咲夜の場合に限るけど、小指のみで勝てたよ。咲夜は両手を使ってね」
景文さんは苦笑した。予想が外れたからでも咲夜が弱いからでもなく、能力者と非能力者との差を改めて認識したからだ。
「自分のことを小指一本でどうにかするような人たちの群れの中に独り向かっていくんだ。これで心配をしない方が無理があるとは思わない?」
「理解は出来たよ。確かに、心配しないはずがないね。確かに瞬間移動の霊具でもあったら持たせたいな」
これが土御門家ならば何も問題はない。しかし、武勇伝と同時によろしくない悪評もある宝蔵家だからこそ心配が尽きない。
とはいえ、既に車は走り去った後。問題が起きていないのに家族間の事に首は突っ込めない。不用意に手を出せば、それが弱みとなって逆に咲夜を困らせてしまうことになる。だから今回は黙って自分のみで行くことを咲夜は決めた。
「でも、例の霊具の方はいくつか持たせたんだろ? アレが発動するなら何も問題はないと思うよ」
「それもそうだね。……って、ああそうだった。こちらが約束の物ってことで。はい、どうぞ」
霊具の話で思い出して景文さんに約束していた物を返す。善意によって貰った物なので一応は包装をした物を手渡す。
中身に関しては手抜きをせずにその時出せる全力を込めたつもりだ。咲夜との明らかな差別化はしたくないと思ったのと、大変だっただろう器選びを任せた僕なりの善意として受け取って貰いたいという意味もある。
霊具の入った箱を受け取った景文さんはこの場で箱を開けることはなくそのまま懐に仕舞った。
「これは後の楽しみにさせて貰うよ。今は不躾な視線もあることだしね」
「視線、というと……?」
特にそんなモノは感じられなかったので首を傾げると、景文さんはやや苦笑気味に上空を指差した。
別に見てはいけないという訳でもなさそうなので見上げると、何やら数羽の鳥らしきものが僕たちの頭上を旋回し続けている。何か目的がありそうという訳でもなく、強いて言うなら真下に何かあるかぐらいのもの。その何かとは勿論僕たちのことで。
「監視かな?」
だとしたら悪意の感知が効いていない理由にもなる。ただ僕たちの動向を見ているだけでそこには何も感情がないからだ。
「目的は清花さんと咲夜さんを引き離せたか、次にしっかりと自分たちのところまで来るつもりかといったところだね」
「わざわざ監視まで付ける必要があるの? 別に抵抗する様子なんて見せてないはずだけど」
「それほど今回の会合には本腰を入れているということさ。もしも君が行くのを急に止めたなんて言い出したら、即座にあの手この手で自分たちの所へ来るように仕掛けてくると思うよ」
「それはそれで見てみたい気もするけど」
「気持ちは分かるけど止しておこう。ここは従順にしているように見せた方が後々やり易い。それに大人たちの右往左往する様は見ていても面白いものではないしね」
それはそうかと思い直して、鳥に向かって手を振って挨拶をしてあげた。どの程度まで見えているのか分からないけれど、見えていたらこちらが大人しく会合に行くつもりなのは分かって貰えただろう。だからこれ以上変な事はするなよという意思も込めているので、向こうにもその意図が分かってもらえると嬉しい限りだ。
「駆け引きは咲夜さん任せだとばかり思っていたけど、清花さんも出来ない訳じゃないんだね」
「あまり上手ではないので出来れば任せきりにしたいところではあるけどね」
「今回の件が終わればこういったことも少なくはなると思う。絶対とは言えないけど、君を引き摺り出す為の大義名分は無くなるからね」
「それに加えて丁度良い取引材料も出来たから最大限に有効活用させて貰うよ。取引するのは咲夜だけど」
「これか。確かに食い付きはいいだろうね」
咲夜の見解では、僕の作った霊具は宝具並みかそれ以上の価値があるらしい。
霊具としての価値はそこに込められた内容に応じて差が生じる。ただ古くからあれば良いという訳ではなく、その価値は再現性と性能によって決まる。
世界に一つだけしかなく量産が不可能かつ強力な霊具などは神具と呼ばれ、これらの内の条件の内のいずれかが欠けていたりすると宝具と呼ばれるに至る。僕の作る結界の術が刻まれたは現状は僕しか作れないことと防御性能が評価されるだろうとの考えにより宝具並みだろうと予測されていた。
その宝具並みのこれがあれば大抵の取引には困らないはずだ。
ただし、取引に出す時は極めて慎重にならなければその価値を損なってしまうことになるので霊具の取り扱いに関しては咲夜に一任することになっている。
「まだ現物を見ていないから正確な評価は出来ないけど、あまり安売りはしない方がいいよ? ……まぁ、咲夜さんが付いているのならそんな心配は必要ないか」
「少なくとも、僕と咲夜の活動を邪魔しようとする人とその関係者には渡すつもりはないよ。咲夜に言わせると宝具並みらしいからね」
「本当? あー、早く見たくなってきた。そうだ。俺が消す分には別に構わないかな。鬱陶しいし、問題ないのに見られ続けるのも面白くない」
言いつつ、景文さんは鳥に向けて指で空を切った。途端に鳥は姿を消し、代わりに紙切れがひらひらと舞い落ちてくる。それを器用に手で受け止めると、呪文のようなものを呟いて燃やして消し去った。
「これで良し。それじゃあ、改めて俺たちも向かおうか」
「後で怒られたりしないの?」
「その時は監視の目が嫌で来なかったらどうするんだって言うだけさ」
彼が手を挙げると十秒も経たない内に黒塗りの高級車が僕たちの前に躍り出る。自動的に扉が開き、僕たちはそこに乗り込んだ。
僕たちが普段使っている車よりも数段高価そうだというのは外見から分かっていたけれども……。
「これは土御門家の車なの? 凄く、なんと言うか高そうだね」
内装は普通の車と違って安心して寛げるものになっているし、広々としていて座り心地も普通のとは違うとすぐに分かる。
走り出せば揺れも少なく、騒音もあまり聞こえない。僕たちが使っている車も高級の部類ではあるはずだけれど、これは次元が違うと認めざるを得ない。
「そうだよ。幾つか所有している中で一番良い奴を貸して貰ったんだ。俺も初めて乗るけど、居心地が良過ぎて逆に落ち着かないかもね」
「そうなの? てっきり常用しているものだと思っていたけど」
「流石に金持ちに対して偏見が過ぎないか? ……けどまぁ、大抵は持っていることが自分たちの地位を示すものだと思っている大人たちの自己満足さ。そういうこと、咲夜さんからは聞いたことがないかな?」
「あー、うん。まぁ、そうだね。理解はしてるよ。僕も色々と生活必需品の質を上げないといけなくなって大変だったし」
「へぇ。俺のところにも妹がいるんだけど、参考までにどういう物を使ってるのか聞いてもいいかな? 俺が清花さんと話したってことを聞いたら根掘り葉掘り聞いて来いって煩いんだ」
「妹さんがいるんですか? 根掘り葉掘りって言っても、僕の生活環境が変わったのはごく最近のことなので参考にしたりすることなんて何もないですよ?」
「いやいや、今をときめく”清姫”と同じ化粧品を使ったりするだけで話題になるらしいんだよ。俺はよく分からなかったけど。まぁ、そういうことで当たり障りのない範囲で教えて欲しいな。内容をそのまま妹たちに送るだけだからさ」
「……まぁ、それくらいなら。でも化粧品だけだよ? 流石にそれ以外となると色々な人に知られるのは恥ずかしいからね」
「俺もそこまで聞こうとは思ってないよ。というか、そんなことまで報告したら逆に俺が怒られる」
「へぇ、妹さんの方が立場強いの?」
「家庭内では女性の方が強いのは大体どこも同じじゃない?」
「そうかな? ……そうかも?」
思い浮かぶのが咲夜と倉橋さんなので、あの二人が家庭内で弱い立場に甘んじている様子が思い浮かばないということもあって彼の言うことに納得してしまった。
それから他愛のない話をしたりしていたけれど、何時間も続くはずもなく途中で特に話すこともなくなったので端末を触って咲夜に連絡を取ってみたり、今までとは違った街並みを窓越しに眺めたりしていた。
「清花さんはさ」
「……はい?」
県境を越えた辺りで街並みがガラリと変わったのを新鮮だなと思っていると、不意に声がかけられる。
「結婚とかって、どう考えてる?」
「えっと、それはどういう意味ですか?」
唐突にするには繊細過ぎる話題だけど、彼のことだから面白がってしている訳ではないと思いたい。
僕の問いに彼は言い難そうにしながらも言葉にする。
「十中八九、これから先に行く場所で絶対に話題に上がるだろうから先に考えを聞いておきたいんだ。まだ高校生の女の子相手に失礼だとは承知してるけど、これについては誰もが知りたがっているから止めようにも止められないと俺は予想している。その時に俺がどう動くべきかの判断材料が欲しい」
「なるほど。そこは咲夜も懸念している点ではありますね」
退魔師には結婚して子を為すことも役目として重要だ。妖怪が存在していなかった期間に目減りし、無いものとして廃れていった退魔師という存在をこれからも確保する為には女性に子を産んで貰う以外に増やす方法が一つとして存在しない。
だからこそ女性退魔師は裏方に徹して貰い、安全なところで子供を増やして貰うことが仕事とされている面もある。
人が少ないからと女性まで戦いに駆り出し、将来的に戦える人がいなくなる方が余程問題だから。
その観点から言えば男性の方がより多く戦いに赴くのは至極当然の理屈だと言える。
これらが理由で僕が独りで戦い続けることを危惧する人は少なからずいるのは知っている。死んでしまったらどうするのだと。
それはインターネットでも頻繁に意見されていたことだった。
『もしも不慮の事故で死んでしまったりしたら彼女の優秀な遺伝子が損なわれる』
実際に遺伝子的に優秀なのかどうかは疑わしいところだけれど、僕のことを生まれた時から女だと思っている人たちからすれば優秀な血筋の生まれだと思っているのだと思う。
戦いを続ければその都度危険がつき纏うのは全くその通りで、実際に白面金毛九尾の狐という大妖怪に命を狙われた身としてはその意見を否定する材料が皆目検討がつかない。だからといって戦いを止めることは僕や咲夜にとって望む結果が得られなくなることになる。それは出来ない話だ。
「女性に面と向かって子を産めと俺は言うつもりはないけど、必ず他の誰かは言ってくる。それは止められないし止まらない。社会的にはそれが正義で、それが最善だからだ」
「それは分かってる。けど、だからって僕に対しては無理強いは出来ない」
「……悪意だと判定されるからか」
「その通り」
女性に子を産むことを望むのが一般的であっても、人が嫌がることを強いることもまた一般的には悪い行いだ。それを浄化の力が感知しないように上手に行えるとしたらそれは一種の才能だ。だとしても、僕がそれを悪意だと判定すれば意味はないけども。
お節介好きの近所のおばちゃんなんかは混じりっ気無しの善意で言ってきそうなものだけど、そんな庶民派みたいな退魔師がいるかどうか。
「無理矢理言う事を聞かせようとすれば僕の意思とは関係なく浄化の力が作用します。意識して行えばもっと強い効果が出ることは間違いないですよ」
「それで黙るかどうかは向こう次第だな」
景文さんは深い溜息を吐いて目を瞑って考え込んだ。
実際問題、この手の話は逃れられないのは分かっている。子供を生むのなら適齢期に達した時点から仕込むのが良いのは否定しようがないただの純然たるただの事実だ。名家の退魔師ならその為に予め婚約者を決めておくのだっておかしな話では決してない。
寧ろ、有力な家ほど相手を事前に用意しておくものなのだろう。そういう話は聞いたことがある。
「そういう景文さんは婚約者とかはいないんですか?」
「うん? あぁ、俺の場合は近い年頃に実力が釣り合う相手がいなくてね。別に俺自身はそんなことを求めていないのに回りとか相手の女の子が気にしちゃって距離を置かれるんだよな、これが。全く、世知辛い世の中だよ」
「……あー」
それは何とも言い辛い事情だった。なまじ力が強いだけに釣り合いが取れなければ周りからそのことで何か言われるのは想像に難くない。そうなれば景文さんではなく候補者の方が可哀想な目に遭うかもしれない。そんなところには女の子だってわざわざ来たくはないだろうし、親目線だって止めるだろうと思う。
「出来れば納得はしないで欲しかったな」
「まぁその、水面下では熾烈な競争が繰り広げられているとは思いますよ? 決着するまでは浮上してこないと思いますが」
例え周りからとやかく言われたって景文さんの妻という立ち位置は欲しい人はいるだろう。表に出ると相応しい相応しくないだのと言われるから隠れているだけで。
「だよなー」
「多分、いつかきっと、良い人が現れますよ」
「だといいな……」
確信はないので保証も出来ないけども。
人様の結婚事情に首を突っ込むとこちらにも飛び火する可能性があるので話はこれくらいにしておきたいところ。
「それよりも、目的地へと後どれくらい掛かるんでしょうか」
「ちなみに清花さんは婚約者を募集していたりは」
「していません。今後もする予定はありません。この話はこれでお終いです。はい、終わり」
やっぱり流れ的にこうなると思っていた。先に予防線を張って置いて正解だった。
景文さんも成功するとは思っていなかったらしく、あまりのきっぱりとした拒否に苦笑交じりに微笑んだ。
「それくらいハッキリと断っていれば諦める奴も出て来るか」
僕の話を聞いてどう対応するか決めるという話の続きだろうか。
「ちなみに、どうしてそこまで頑なに拒否をするのか理由はあるの?」
「第一に退魔師としての活動が困難になるからですね。自由の身でないと第一線で活躍するような真似は出来ないでしょう?」
「理由としてはアリだね。他にはある?」
「主な理由はそれですが、個人的に恋愛に興味が持てないのも理由の一つではありますね」
「へぇ?」
興味深い話を聞いたような反応だけど、このことについて深堀されるのは面倒だ。
「あと、僕に釣り合う人がいないから」
「ぶふっ」
どうやら話題を吹き飛ばすのには成功したようだった。
まさかここで僕がそんなことを言うとは思わなかったのだろう、自身の境遇も合わせてつい笑ってしまったといったところか。
「冗談だよ?」
「わ、分かってるよ……ぷっ」
「本当に分かってる?」
分かっていない疑惑があるけれど仕方ない。とりあえずはこれ以上の追及はなさそうなのでそれで良しとしておこう。
「釣り合いと言えば、これかな」
言いながら、先程は懐に仕舞った箱を取り出した。
「直接手に取らなくても分かるよ。ちょっと張り切り過ぎたみたいだね」
「……まぁ、色々とあって」
「その色々が知りたいところだけど」
「そこは秘密ということで」
飯の種となる術式を秘匿する自由が退魔師にはあるので黙秘権を行使させて貰う。
「それは残念。それはさて置き、中身を見てもいいか?」
「どうぞ。元々ご自分で買った物なので許可なんていらないけどね」
箱を開けて瓢箪を手に取った景文さんはそれを目の真ん前まで持ってきて、奥底を覗くかのように隅々まで見ていく。
何だか品評をされているみたいで落ち着かないけれども、性能には自信はあるので黙って待つことにする。
「……うん。予想以上の物が出来上がっていて驚いた。これ、ヤバいね。宝具級かそれ以上の力を感じるよ」
「うん。まぁ、咲夜には格下げした物を作れと言われちゃったくらいだからね」
「気持ちは分かるよ。正直、これに価値を付けることは難しいしね。これ一つで元となった霊具の器が数百個は余裕で買えるだろうことを考えると余計に」
瓢箪を箱に仕舞いながら景文さんは苦笑いをする。
咲夜だって初めて見た時はかなり動揺していたけれど、彼はそこまでではないようだ。
土御門ほどの家ともなればこれくらいの霊具は見飽きているということなのかもしれない。
「これだと逆に俺の方が貰いすぎになっちゃうな」
「その分は貸しでいいよ? それとも別のにしておく?」
景文さんは霊具を暫く見たのち、首を横に振った。
「いや、これが欲しいから交換はなしでいいよ。というか、返さないと分かっていて渡したんだろ?」
「それはそうだよ。大いに恩を感じて貰って僕のことを守って貰わないといけないからね」
立場的に五家の一つである土御門が味方になるというのは凄く頼りになる。
彼としても、僕を裏切ったりしてあの霊具を二度と貰えなくなるのは損失の面で無視出来ないはずだ。
それを瞬時に理解した景文さんは「出来るだけ早く返すよ」と言って両手を挙げた。