一話-6 冬香の独り立ちに向けて
日常の中にお仕事が追加されて更に忙しくなる日々の中、学校は心身をゆっくりと休められる貴重な場でもある。
ずっと座っていられるし、授業を聞いたりするのは好きな方だから楽しみながら聞いていられる。
同級生の子たちはたまに変な発言をしたりするけれど、愉快な子が多いので賑やかで楽しい。初めの頃に失言をしてしまった人も今ではきちんと発言に気を付けながら会話をしている努力が見てとれたので仲直りをして普通に会話をしていたり。
そんな風に教室に馴染み、今では休み時間中になったら僕の所に集まってくるようなこともなくなって落ち着きを取り戻した教室の中に順調に周りに溶け込み始めていた。
冬香も最初が最初なだけに当初は腫れ物扱いだったけれど、今では持ち前の明るさで他に友達も作っているようだ。
白面の一件による自宅療養が明け、霊具作り以来久しぶりに学校で顔を合わした冬香は意味の分からないことを言い出した。
「何というか、最近の清花さんって増々綺麗になってますよね」
いつもみたいに冗談めかしく言わないからかその発言が妙に現実味を帯びていてどう反応するか迷う。
教室にいる生徒たちが視線が彼女に向けるのが見なくても分かった。発言を聞いていなかった人は何が何だかといった様子だけど、視線がどこに集まっているのかは流石に分かったみたいだ。
「……藪から棒にいきなりどうしたのさ。煽てても何も出ないよ?」
「や、ち、違いますよ! 単純に所作っていうか、佇まいが何だか違うなって感じてですね⁉︎ 他意は決してないですからね!?」
必死の弁明だったけれど、周囲の人たちは笑うではなく僕に対して目線を送る。
ジロジロと、上から下から隅々までどこまでも。不躾な行為ではあるものの、それを咎めたりはしないでおいた。
そしてじっくりと考えた末に一様に結論に達したのか、それぞれに目線を交換し合って首を縦に振った。全くもって意味が分からないので首を傾げるばかり。何のことだと考えていると、咲夜がため息混じりに口を開く。
「誤解はしていないから安心しなさい。それに貴方の言う事も決して間違いではないのだし」
「……咲夜まで何を言い出してるのさ?」
意味の分からないことを言う二人に問うと、今度は咲夜と冬香は目を合わせて頷きあって僕の方を見た。
「清花さん、ここ最近身に纏う雰囲気が全然違うのって自覚してますか?」
ますます訳が分からないことを宣う冬香に更に首を傾げる。すると彼女は真剣な表情で人差し指を立てて語り出した。
「いいですか? 清花さんって今までは可愛らしい普通の……いや全然普通ではないんですが、とにかく凄く可愛い女の子って感じだったのに、今は何だかお金持ちの家に住む深窓のご令嬢って感じがするんですよね。その変貌ぶり、はっきり言って凄く違和感を感じます。会えなかったここ暫くの間で一体何があったんですか?」
「……あぁ、そういうことか」
お互いに白面のことがあって外出には制限があったし、僕は礼儀作法の、冬香は浄化の力の訓練があったから外出して話す余裕は余りなかったというのもある。霊具作りのあの時からすると確かに僕の振る舞いには多少の変化はあるだろう。
僕がどう説明しようかと悩んでいると咲夜が話し出した。
「冬香も同席していたから知っているでしょう? 私たちってあの日、色々とあったじゃない。あれから清花に対してひっきりなしに懇談会やらお茶会やらの色んな催しに来られないかってお誘いが来ているのよ。そんな中から貴方も知っているあの催しに参加することになったのだけれど、その為のお稽古が厳しくてね。格式の高いところに呼ばれたからにはそれ相応の所作が必要になってくるってことで、今はその修行に明け暮れているのよ」
「なるほど、それで……」
「そういうこと。だから少し様子がおかしいのは放っておいてあげて頂戴。それと、このことはあまり公にはなっていないから話を無闇に広げるのは止めておいて貰えると助かるわ」
冬香は僕が土御門さんから招待状を貰ったことはその場にいたから知っている。咲夜が誤魔化しの為に多少の嘘を混ぜていることは察してくれたはずだ。だからこれは僕たち以外に向けたお願いということになる。
「まぁ、うん。そういう訳で、今のこれは綺麗な姿勢を意識しなくても出来るように日常生活でも行う訓練中なんだ。ちょっと浮いてるのは自覚しているからあまり弄らないで欲しいな」
そういうことで、今までは座る時は足を閉じる程度で良かったものが、座った際の足の角度や手を置く位置等々、そんなのどうでもいいだろうと思われるような些細なことですら意識しないといけなくなってしまった。実際にそれで人の印象というものはこうもがらりと変わるらしいのだから恐ろしいものだ。
とはいえ、倉橋さんの言う通りにこれを教室内ですれば浮いた存在になってしまうのは仕方がない。僕だって姿勢を安定させるのと周囲の目からの視線に慣れる為でなければこんなところで練習なんてしたくはない。
周囲もあの説明で納得したらしいけれど、一方で冬香はというとなぜか難しい顔をしていた。
「むむむ……敬遠してたけど私もお婆様に習おうかな。でもすっごく厳しいんですよね」
「冬香ならいずれ機会があると思うし、僕みたいにいきなり詰め込むよりはいいと思うよ。ゆっくりやっていけばいいんじゃない?」
「やっぱりそうですよね? でも、私じゃ清花みたいにはなれない気がするんですが。こう、想像が沸かないんです。何かコツみたいなものとかってあるんですか?」
「僕よりも目指すなら冬香のお婆様にしなよ。褒めてくれるけど、僕なんかまだ習い始めて一ヶ月も経ってないんだよ? 稽古だってまだまだ怒られることがいっぱいなんだからさ。昨日、一昨日なんて一日に何回叱られたかなんて数えきれないくらいだし」
僕の所作なんて所詮は付け焼き刃ですぐに剥がれるようなメッキを貼り付けただけのようなもの。評価としては未だに及第点擦れ擦れの身ではこれで安心という訳にはいかない。日々の特訓のことを思い出すだけで溜息が出てしまいそうだ。
そんな風に思い悩んでいると、咲夜が何かを思い付いたような顔をした。嫌な予感がするのは気のせいではない。
「……ねぇ、清花。ちょっと、首を傾げながら手を頬に当ててみて頂戴」
「はい?」
僕は思わず声の主である咲夜を見た。彼女は面白がってか、何も言わないで頬杖をついてニヤニヤとこちらを眺めていた。
「……さて、そろそろ次の授業の準備をしないと」
周りの生徒たちも面白がってこちらに意識を向けていたため、僕は逃げを選択することにした。オモチャになると分かっているのにあえてやる必要はない。
「えぇー! やって下さいよー」
すると冬香が後ろから抱き着きながら前後に揺らしてくる。彼女は少しばかり陽気というか、おちゃらけたことをするのが好きなのでこういうこともよくしてくる。普段なら背中に伝わってくる感触に動揺する所だけど、今は平常心を保つ訓練も兼ねているので心が荒れ立つのを必死に抑えつつ。
「はぁ……困りましたね」
言いながら僕は冬香の要求通りに頬に手を当てて困ったように眉を下げる。けれども、それを後ろにいる冬香が見ることはない。
そのことに気付いたのか、横からこちらを覗き込んでくる。その時にはもう頬から手を外した後で、いつも通りの僕に戻っていた。
「あーっ! 何でそういう意地悪をするんですかー!」
「心外だよ。意地悪っていうなら僕に変な真似をさせようとした冬香の方じゃないか。あと咲夜も」
「変な真似だなんて、私にはそんな覚えはないのだけど?」
「よく言うよ。一番楽しそうな顔をしていたくせにさ」
咲夜に見られるのは稽古で散々見られた後なのでどうとも思わない。彼女が面白がっているのは僕の困った反応の方。だから、こういった場合はさっさと要求を満たしてやる方が負担が少なくていいと知った。効果があるようには思えないけども。
そんな風にじゃれついていると予鈴が鳴った。次の授業の場所は教室なのでこのままで教科書を用意すればいい。未だに駄々を捏ねている冬香を引っぺがして自らの席へと押しておいた。
「授業を始めるぞー」
諸々の喧騒は教室にやってきた教師の宣言によって静まっていく。
内容としては妖怪が復活する前の世界と復活してからの世界の情勢についての歴史だ。
つまりは退魔師という職業がなかった頃から出来上がった頃のお話ということになる。
生徒たちは本来は自分たちには関係のないことだと思っているのだろう、一部ではあまり関心なさげにしている。
けれど同じ教室内に僕という存在がいるせいか、完全に無視をするのは気が引けるといったところらしく寝ぼけ眼を擦っている生徒もいたり。
「……という訳で、科学が主流となっていたごく最近まで、大事に大事に古くからの慣習を受け継いできてくれた人たちによって人々は生活が出来ている訳だな。妖怪が復活した理由は諸説あるが、退魔師協会が発表している内容としては古くから受け継いできた儀式を最新の価値観によって放棄してしまったことに起因するとされている。確かに科学は便利で万人に使える素晴らしい発明ではあるものの、だからといって古くからの知識や教えを蔑ろにしていいという訳ではないということだ。分かったか?」
「先生、科学の力で妖怪をどうにかすることは出来なかったんですか?」
「いい質問だ。だが、生憎と先生もそこに関しては専門外だから詳しくは語れない。しかし、出来ていないから今の世の中なんだろうな」
「じゃあじゃあ、もしもそれが出来たら退魔師の人たちの仕事も無くなっちゃうってことなの?」
「再度言うが、詳しくは知らん。だが気になるのなら退魔師協会に問い合わせたり、自分で調べてみるといい。退魔師の人たちは常に人員不足だと聞いているから実現出来れば喜んでくれるかもしれないぞ。妖怪退治は稼げるってよく聞くしな! ハッハッハ!」
僕がここにいるというのに大声で笑う先生に若干名の生徒が引いている。
退魔師が稼げるとは言うけれど、霊力がなければ身体機能の強化は出来ないので殆ど生身のまま戦うしかない。僕の隠し撮り映像で見て戦う相手として鵺を想像したらしい生徒は無理だろうと呆れ顔で肩をすくめていた。
元々、退魔師というのは妖怪が現れた時の緊急対応が主な仕事で、妖怪が現れなければ特に仕事らしい仕事はないと言っていい。
自己鍛錬も確かに重要だけど、そのせいでいざという時に霊力が足りないという事態は避けなければならないからだ。
だから退魔師の職に就く者は子供の頃にしっかりと訓練をして大人となって仕事をする時にまで備えておく必要がある。ゆえに今からなろうと思ってなれるようなものではないし、なれたとしてもそれは元からの素養があった場合の話になる。
稼げると言ったことに好意的な反応を示した生徒たちに対し現実を分からせるように、先生が妖怪復活当初のことを振り返りながら陰惨な事件のあらましをいくつか例として挙げていく。退魔師の絶対数が少ない頃は本当に悲惨だったと聞くし、一部の生徒には顔色を悪くしている子すらいるほどだ。
しかし、これも大事な話だ。このことを忘れて退魔師軽視の社会になったりしたらまた同じようなことが起こりかねないのだから。
そんな折に咲夜が手を挙げた。
「先生、授業中にすみませんが仕事で席を外します。清花と冬香も一緒に連れていきますが構いませんか?」
「うん? あぁ、宝蔵さんか。よろしい、許可をする。三人とも、さっき先生の言ったことを忘れずにくれぐれも怪我のないように気をつけるんだぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
「失礼します」
「し、失礼します!」
子供の内にこういう活動をする以上、授業中に妖怪が現れるといった事象は尽きることはない。妖怪はこちらの都合なんて考慮してくれないから。
出現数は少なければゼロの日もあるし、多い日は五回かそれ以上ということも有り得る。だから一度でも授業中に妖怪が出現した日にはもう学校には行けないと思っていい。妖怪退治についての報告もしなければいけないし、その度に一々戻って授業の続きなんて出来ないからだ。
授業の遅れについては個々人でどうにかするしかないのが世知辛いところではあるけれど、その辺りが未成年の妖怪退治に対して否定的な意見が出る要因か。
そんなこんなで授業を抜け出してきた僕たちは車で妖怪出現地域に向かっている。
相手の階級が低いことと、あのまま学校で一人にはしておけないということで冬香には同行して貰っていた。
「は、初めての妖怪退治って緊張しますね」
待機してあった車に乗り込んだ冬香があからさまに緊張した様子を見せていた。
僕がいるとはいえ、妖怪退治の時は近くにいてもらうことは話しているからそうなるのも無理はない。
「出てくるのは最下級の妖よ。別にそこまで気負うほどの相手じゃないわ」
「で、でも! やっぱり怖いものは怖いですよ…………またあの白面とかいうのが出て来たらって思うと」
「あれは例外中の例外。言うなれば特級の超有名退魔師が来たようなものよ。そんなのを一々気にしていたら精神が持たないわ」
「そうそう。それに白面は暫くは表に出て来ないだろうし、出てきたとしても大妖怪ほどの妖力だと感知系の退魔師たちの目を掻い潜るのは至難の業だと思うよ」
僕たちの近くに来たとしても、咲夜の目には既に白面の妖力の型というか波長らしきものは記憶してあるというし、もしも同じものが見えた場合はすぐに白面か白面の手によるものだと気付くことが出来るというのは本人談だ。咲夜の目のことを知っている白面がおいそれとこちらに手を出してくることはないだろうと僕たちは踏んでいる。
完全に気を抜くことは出来ないけど、気にし過ぎもまた毒であるから白面については咲夜にお任せだ。
僕は僕で、辺りに浄化の水を撒いて妖力が少しでも削がれるようにしている。その程度で何とかなるとは思ってはいないけれど、やらないよりはましだろう。
「それは、そうなんだけど……」
冬香にとっては初めて妖怪を目撃をしたのが最高峰の存在ということで、妖怪という存在そのものに対して気後れをしてしまっているのかもしれない。
これを払拭したいのなら、やはり成功体験しかない。実際に妖怪と対峙をして、自分がどこまでやれるのかを自覚することが大切だ。
「初めてが中級妖怪で、碌に戦い方を知らないままやり合った僕と違って安心確実な状況で経験を積めるんだから安心していいよ?」
「それで何とかなってる清花って本当に何なのかしらね。前世は戦闘民族か何かなんじゃないかしら」
「咲夜が何か言ってるけど、最悪はコレで何とかなるものだよ」
僕が初めに妖怪を倒した時、それは戦いなんて呼べるものではなく、ただただ単純な殴り合いだったことを思い出す。
そもそも自分に浄化の力があるだなんて知らなかったからというのもあるし、元来の化装術が肉弾戦に特化した術であるというのもある。その先入観から自分も肉弾戦でしか戦えないと誤解していたせいであの泥沼の戦いがあった。
「それで何とかなるのは貴方だけよ」
「私の身体能力は一般人並みだから近接戦は無理ですよ?」
二人からの視線が痛い。
「まぁまぁ、近接戦は無理だとしても、いざという時に流れ弾が飛んできたとしても自力で避けられると前衛としても助かると思うよ。それに、走って移動しなきゃいけない時とか、相手に敵わないから全力で逃げる時とか、結構体を使う場面って多いからね。鍛えておいて損はないよ」
白面の戦いの時もそうだ。いくら浄化の力で相手の術の威力を減衰させようとも、込められた妖力次第ではすぐに消滅をする訳ではない。鋼刃で攻撃を仕掛けてきたように浄化の力と相性の悪い攻撃を使ってくる可能性は往々にしてある。
その戦いを間近で見たからこそ冬香も感じるものは多いはずだ。
「冬香はこれから霊力を増やす訓練と浄化の力を扱う訓練に加えて、体力がなくなって疲れた時でも十全に力が使えるようにする訓練を平行して熟す必要があるね。それをこなす為にも体力が必要っていうことになる訳だけど」
「そんなに沢山できっこないですよぉ……」
「体力に関しては浄化の力が使えなくても増やすことは出来たはずだから、日頃の怠慢が祟っただけじゃないかなって僕は思うけど?」
「う゛ぐぅ! は、反論出来ない……っ!」
退魔師というのは体が資本だ。いくら術に特化した血筋とはいえ鍛えるのを疎かにする理由はない。
冬香の場合は仕方のない部分もあるけれど、それを妖怪は許してくれはしない。例え小さな子供だろうとだ。
「風音様はその辺りは教育はされなかったの?」
「その、どうせ浄化の力なんて使えないだろうって思ってたから……」
僕たちの視線を身に受けた冬香は肩身が狭い思いをしているように体を縮こまらせた。
その様子から、恐らくは特訓から逃げていたんだなと察した。
風音様も力を扱えないという自責から冬香に訓練を強要は出来なかったのだろう。
「なら、その分の穴埋めは自分の努力でしないとね」
「うぅ……過去の自分が恨めしい……」
それでも今までよりは彼女も身を入れて特訓をするだろうし、環境としては僕なんかよりもよっぽど良いから成長する度合いも高いだろうと思われる。
他人の為にと頑張れる彼女ならば心配をする必要はないはずだ。
とりあえず、この件については彼女の頑張りを見守るとしよう。
「それで、あの後の土御門家での生活はどう? もう慣れた?」
「流石に慣れたとは言えないですね。特別待遇みたいな感じで居させて貰ってるから少し居心地が悪い気がしなくもないですが、待遇に見合った努力はしようと思ってるから……多分、大丈夫です。将来的には何とか埋め合わせをしていきたいかなとは思っていますが……」
「その気持ちがあれば特に問題はないでしょう。ちなみにだけど、土御門家の人たちってどんな人たちなの? あの天才君みたいな感じが沢山いるのかしら」
「天才君? ううん。景文さんは仕草がちょっとあれだけど、彼も含めて誠実で真面目な人が多い印象かなって感じますよ?」
彼女の中にはその候補が幾人か浮かんではいるようだ。
「ふーん? まぁ、関係が良好そうで良かったわ。前から大蓮寺家に援助をしていたくらいだから懐の深いお家なのかもね」
「そういう意味だと私たちは土御門家の人たちには頭が上がらないですね。向こうの人たちは対等な関係でって言ってくれるんだけど、そういう訳にもいかなくて、はい……」
一つの家を存続させる為のお金というのは決して安いものではないはずだ。
土御門家の景文さんも自分で様子を見に来たりとしていたらしいので人が良いというのは間違いないのだろうと思う。
「まぁ、そんな性格でもなければとてもじゃないけれど浄化の力を持った人間と一緒にはいられないわね。ある意味では自分たちが善人だと自覚している自惚れ屋でもあるのかしら?」
「もう、咲夜さんはまたそんな風に言うんだから。ともかく、人間関係で不仲とはならなそうだから安心して下さいね」
本人がそう言っているのならば彼女たちを受け入れられなかった僕たちに言う事はない。
大家である土御門家は退魔師として大きな派閥を持っていて、そこに所属する人は非常に多い。次期当主である景文さんが非常に優秀であるために将来性も高く、今現在も門下生が増え続けているとも聞いたことがある。
母数が多ければその上澄みの水準も高く、数多くの高位の退魔師を抱えている退魔師派閥の中でも大手と言っていい。そこに匿われているのなら冬香とその家族の安全は確保されたも同じだ。
「あえて厳しいことを言うけれど、優しいからって甘えてちゃ駄目よ。土御門が許しても他の門下生とかが許さないかもしれないのだから」
「……分かってます。まだまだ私のことを落ち目の家の子だとか、清花さんのお零れだとか言われてるのは知ってるから」
「そんなことを言われてるの?」
「土御門家の人とそれに近しい人には言われてないんですが、まだ若い門下生の人まではって感じです。あはは……事実なので何も言い返せませんが」
僕は冬香のことをそんな風に思ってなんかいないし、そんなように言っている人が信じられなかった。
相手はあの白面だ。数々の退魔師が衰退していく大蓮寺家に気を掛けたはずだった。それでもあの地下は見つけられなかった。それほどの妖怪だった。
それに魔の手に堕ちたのは自分ではどうしようもない先祖の人で、今を生きる冬香たち家族はただの被害者だ。力が使えなくなったのは本当に仕方のないことだった。少し考えればそんなこと分かるはずなのにと憤りの気持ちが込み上げる。
「けど、いいんです」
そんな僕を見てか、冬香は首を横に振った。
「私は未熟も未熟で、退魔師としてはようやく第一歩を踏み出した程度なのは自覚してます。景文さんも、清花さんも、私なんかじゃ足元にも及ばない高みにいるのはこの前の戦いを見て感じましたし」
「あの戦いを基準にされると、世の中の退魔師の九割はひよっこになってしまうのだけど?」
「そこまで言うつもりはないですが……。ただ、あそこに行くのには相当な苦労があったんだろうなって思ったりしまして。それに比べると、私なんか全然生温い環境にいるな……って。だからなのか分からないけど、少しくらい罵倒されても仕方ないなって思ってしまうんです」
普通の人があの戦いを見て委縮してしまうのは無理もないことではある。転身を初めて使った頃の自分でもきっとそうなってしまうと思う。
だとしても、戦いの残滓を見た他の中級以上の退魔師も絶句するほどの相手を基準としてしまうのは冬香にとってあまり良くないことだ。
「土御門さんは神童って呼ばれていたし、僕は特殊な身の上にあって、白面に至っては何百年も生きてる化け物だよ。だから冬香は比べる相手を間違ってるんだ。僕や白面のことなんか、この際忘れちゃった方がいい」
常に上へ上へと目指していかなければならない僕と違って、冬香は必死になってまで僕たちに食らいついてくる必要はない。
しっかりと足場を固めてから次へ進んで、ゆっくりとでいいから歩み続ければいい。彼女にはそれくらいのことは許されていいはずだから。
「そんなことばっかり考えてたらダメになっちゃうよ。そんな心持ちだと浄化使いとして、退魔師としているのが辛くなってくる。力を使うことにすら嫌になってくる。僕は冬香にそうなって欲しくない」
「清花さん……」
僕のように血によって高い霊力と素早い霊力回復を持っている訳ではない冬香には普通の退魔師として正攻法で強くなる以外の方法はない。けれど、数代も前から力が途絶えていた大蓮寺家にまともに彼女を育て上げることは難しいかもしれない。
浄化の力が本来の力を発揮するようになるにはきっと失った世代分の時間か、それに見合うだけの努力が必要になる。
そんな道を今まで一般人として生きてきた彼女に突き進めだなんて、あまりにも酷というものだろう。
「だから、まずは家族以外の誰かの為になることをしよう。戦いなんて僕や土御門さんみたいな人に任せて後方支援に徹していればいい。それ以外の仕事で少しずつ自信をつけていけばそれでいいんだよ」
「清花さん……」
「浄化の水は色んなところで重宝されるからね。僕の場合、咲夜の作戦で力を安売りしていないからその内に冬香の方にもたくさん仕事は流れて来るだろうし。例えば妖怪に汚染された水の浄化とか各家庭の魔除け、怪我の治療に戦闘支援用の霊具とか、意外と用途は多岐に渡るから冬香の仕事が無くなるってことはないと思う。僕達以外に代わりなんて他にいない訳だしね」
「そ、そんなに色んな仕事があるんですね。確かにそこまで考えたことはなかったかも……」
「そうそう。だから妖怪を相手にするっていうより、冬香の戦いは本当に自分との戦いなんだよ。焦る必要はない。ゆっくりと、着実に成長していけばいいんだ」
「そう、ですね……。うん?」
冬香は何かに気づいたように首を傾げた。
「だったら今日はどうして私が一緒にいるのでしょうか? 仕事が戦い以外にあるのなら、別にここに私がいる必要はないのでは……」
至極最もな疑問だけど、これにはきちんとした答えがある。
「いざという時の為だよ。戦いの為の技法も覚えておいて損はないからね。それに必死になった方がコツを掴むのは早いと思うから連れて行くことにしたんだ」
「それって、本当はやる必要はないってことですか? 清花さん、自分がいない間の訓練を見れないからって確か言ってませんでした? なら私が行く必要はないんですよね?」
「うん。まぁ、そうだね。でも何事も経験だから。僕達がいない間にされるかもしれない白面の嫌がらせを考えると多少の自己防衛力は欲しいからね。ということで、今日は二件くらい妖怪退治に付き合ってもらうよ」
「あ、あわわ……」
「霊具もきちんと持っているし、何かあったとしてもそれが守ってくれるから安心してていいからね」
「何かある前提なんですか!?」
愕然とした様子の冬香をよそに、現地に到着したので彼女を引っ張って目的地へと向かって行く。
後ろをついて来ていた咲夜はそんな僕らを見ながら肩を竦めていた。
ちなみに今回の連れ回しによって冬香の実力は少しずつ伸びていることは確実だった。
やはり浄化の力は妖怪や悪しき心を持った者に対して使う方が正しい利用方法ということなのかもしれない。
生き残る為に必死になって限界まで力を使うことは見立て通り実力向上に繋がるということが明らかで、今後は土御門家の方でも定期的にやってもらおうと言ったところ、冬香は「もっと頑張るからそれだけは!」と全力で拒否をするのだった。
一話はこれにて終わりです。
☆☆☆☆☆、ブックマーク、感想など頂けたら創作意欲に繋がるのでよろしくお願いします。
次話から例の場所へ向かう事になります。




