一話-4 大蓮寺家の霊具
霊具作りに関して大蓮寺家の人に連絡を取った後、すぐに返事は返ってきたらしい。
何でも大蓮寺家に代々伝わる霊具をお見せしたいからすぐにこちらに来るとのことで、翌日の朝に僕たちは玄関で冬香のお婆様である風音様を出迎えた。
挨拶もそこそこに、僕は倉橋さんに教わった礼儀作法でもって頭を丁寧に下げる。
「風音様、この度はご足労頂きありがとうございます。不勉強な身で恐縮ですが、何卒ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いします」
「頭を上げて下さいませ。清花様。本来ならば実演にて指導をしなければならないところを、口伝でしか伝えられない我が身を恥じ入るばかりです。それでも貴方様の為になるならば、この大蓮寺風音、記憶の隅々まで掻き出して全てをお伝えさせて頂きたく思います」
「ありがとうございます。冬香にも、僕から何かを伝えられるよう誠心誠意頑張ります」
「こちらからも是非ともよろしくお願い致します。孫の為にも力の限り、全身全霊で以て望ませて頂きます」
風音様には自らが浄化の力を使えないという負い目があるからか異様に腰が低くなってしまっているのは気のせいではない。
比べるべきではないけれど、僕は白面から最も強いとされていた初代浄化の水使いと比較されるほどの力を持っている。だからか僕に対しては非常にへりくだった態度で接してしまうようだ。冬香や冬香のお母様が言ってもそれは変えられないらしい。
こちらとしては遥か年上の人が遜った態度なのは相当にやりにくい話ではあるのだけれど、恐らくは風音様が力を使えるようにならない限りはこの態度は決して変わらないだろうとは咲夜の談。だからこのことに関してはそういうものだと割り切るしかない。
冬香のお婆様との挨拶を終えると、その後ろにいる二人に目を向ける。
「冬香と土御門さんも、いらっしゃい。あまりおもてなしは出来ないけどゆっくりしていってね」
今回の話にはあまり力になれないからと咲夜はこの場にはいない。いるのは当主である冬香のお婆様である風音様と、恐らくは同時に教わる為に冬香が伴っている。二人の護衛としてかは分からないけれど、何故か土御門景文さんもいた。
「お、お邪魔します。邪魔にならない程度に見学させて貰います。よろしくお願いします!」
「どうも、久し振りだね。清花さん」
「はい。お久しぶりです。何やら例の大掃除でも大活躍しただとか聞いてますよ」
彼はあれから白面がいただろう場所を周知してくれた。その後は彼を含めた大規模な討伐隊が組まれ、作戦が実行に移されたのだけど、そこまで短時間で出来たのは彼の名声によるものが大きい。おそらく実力が不確かな僕では呼びかけたところで動いてくれるのは少なかっただろう。白面が現れても彼に任せればという安心感がなければそうはならない。
握手しながら言った言葉に彼は苦笑しながら頭を掻いた。
「作戦は失敗したけどね」
「それでも意味はあったでしょ?」
「まぁね。敵の拠点を一つ潰せたのは大きい。それに似たような場所も続々と報告に上がっているからいずれ当たりを引くかもしれないしね。もし仮にだけど、その場合に他の人に白面が倒されるのは君は嫌か?」
「出来るかどうか別として、討てるのなら討てる時にすべきだと思うよ」
「同感だ。でも、そこの辺りのことを理解出来ないのが大人ってやつなんだけどね」
咲夜が仕入れた情報では作戦は無事成功とあったけれど、彼からすればそうではないらしい。
そのことを軽く語りながら土御門さんを含めた三人を連れ立って家の中にある修練部屋へと向かう。
本当はもう少しくらいお喋りをしてからと考えてはいたものの、修練にどれだけ時間が掛かるか分からないし、習得までの時間と霊具作成に掛かる時間を考慮すると招待されるまでの期限までにはそう多くの時間がある訳ではないのでまずは何より教えを請いたいということにさせて貰った。
部屋に着くと冬香が持っていた袋を地面に降ろす。そこから風音様が何やら物色しては色々と取り出していっている。
「まずはこちらをご覧下さい。これらは大蓮寺家に代々伝わる宝具の数々です。財政難で質屋に売られてしまい、その殆どが探しても見つからなかったのですが、土御門家の皆様のお力を借りてここまで取り戻すことが出来ました」
元々持っていた土地も大半を手放したと聞いていたし、本当に苦しい状況だったのが伺える。
本来、これら霊具は自分たちに必要な物のはずだったのに手放さなくてはいけなかったのは心苦しかっただろう。
そこで土御門の出番という訳らしい。
「清花さんのお陰で冬香さんに力が戻ったから買い戻す為の予算もついたんだよ」
「それは良かったですが、総額でどれくらい掛かったんですか?」
風音様にも聞いてみたけど、はぐらかして値段は言ってくれなかった。それだけでも相当の金銭が掛かったのは容易に想像できる。
そうして取り戻されたお陰で眼前に並べられたのは和装が一着に身に付ける小さな装飾具が数点ほど、それから土器らしき何かが一つと古ぼけた鏡、神事に使う際に用いると思われる大幣に鈴といったところか。色々と取り揃えられていてかつ状態はそれほど悪くはないという程度。もしかしたら売った先で大切に保存でもされていたのかもしれない。
よく見れば、それらはかなり古い物であるにも関わらずに未だに何かしらの力を感じる。これが霊具というものなのかと直に見たお陰で深く実感した。
「清花様にお見せする物ですので、今回は万全を期す為に護衛として景文様にご同行頂きました。誠に感謝の念に堪えません。これらを再び大蓮寺家で管理出来るようになったのは偏に貴方様のお陰で御座います」
「風音様。ご当主がそう簡単に頭を下げられるものではありません。これらの品々は本来あるべき場所、持つべき者へ還っただけなのですから。そうお気になさらず、これらを正しく用いて頂くことが私にとって何よりの喜びです。ですからどうか……」
「土御門さん、僕からも感謝します」
「清花さんまで」
「未だにどうしてここまで手を貸して貰えるか分からないですが、土御門さんには本当に助けられています。ありがとうございます」
簡単に取り戻したとは言っているけれど、それだって相応の労力は掛かっているはず。お金だって決して安くはない額が支払われている。
細かな事情までは突っ込んだ話は出来ないけれども、これらが揃ったのは土御門家の人の尽力によるものなのは間違いない。
その恩恵に自分もあやかっているのだから感謝をするのは当たり前だ。
感謝の言葉を述べられた土御門さんは少し照れくさそうに首の後ろを掻く。
「博物館に飾られていても意味のない物だからね。それに元々が必要な時に返す契約だったみたいだし、本当に気にしないでいいんだけど」
「それでも先代が売り払ってしまった一部の霊具に関しては行方知れずとなってしまいましたが……」
「それは仕方ありませんよ。こちらでも手を尽くして捜索はしているので吉報を待ちたいところですね」
「重ね重ね、お礼を申し上げます」
所詮は傍流の血しか流れていない僕には知らない話ばかりだ。
人に歴史ありとは言うけれど、近年の大蓮寺家には本当に暗い歴史しか残されていない。
もしも土御門家の援助がなかったらもっと早くに無くなっていたかもしれない、そんな家だった。それほどの恩があれば頭が上がらないのは当然だ。
「では、お礼と言ってはあれだけど、このままここで見学をさせて貰ってもいいかな? 邪魔をするつもりはないからさ」
元々それが狙いでやって来たのだろうとは思っていたけれど、こちらとしては特に拒否する理由はない。
霊具作りを見られたところで、浄化の力がない彼にはどうしたって同じ物は作れないのだから見られたところで問題はないからだ。
大蓮寺家に戻った霊具の数々も、一度は土御門の手に渡っているとしたらその内容までも彼は知っているかもしれないし、それならわざわざ秘密にする必要はないだろう。
「僕は構いませんが、風音様はどうですか?」
「清花様がお許しになられるのであれば否やはありません。このまま続けましょう」
まず手渡されたのは衣服。昔に使われていた和服で、特に飾り気のない白を基調とした服になっている。真新しいものではないので多少の汚れと色彩変化は起きてしまっているけど、微弱ではあるけれど未だに霊具として力は感じる。
「これは代々当主が受け継ぐ霊具の一つ、当主が大規模な儀式を行う際に必ず着るとされる物です。効果は霊力の底上げと質を高めるものですね。それにこちらの装飾品は霊力を溜め込み、霊力消費の肩代わりをしてくれるものです」
髪飾りや髪留めに使いそうな紐に簪といった物がその効果を持つらしい。
その他の装飾品も大体が霊力を蓄えるものや霊力の消費を軽減するものだとか、あまりにも霊力に関することが多くてつい疑問が零れる。
「そこまで霊力の肩代わりになる物を用意してする儀式とは一体何なのですか?」
「そ、それは……」
もしかすると、僕では知らない何か凄い術があったりするのかもしれない。そう考えていると、風音様は言い難そうに口籠る。
しかし僕の力になると宣言をしたからか、意を決してように口を開いた。
「……それは浄罪と呼ばれる大儀式です。半日間身を清め、二晩掛けて瞑想をし霊力を底上げして行う大蓮寺家の秘儀と言っても差し支えないでしょう」
「そんなものがあるんですね…………でも、えっと、それは僕が聞いていいものなんでしょうか」
それ程のものならば、次期当主である冬香にだけ教える方がいいのではないかと思ったのだけれども。
しかし、どうやら風音様は違う考えをしているみたいで、非常に苦悩をしたような顔の果てに言葉を紡ぐ。
「その内容は広範囲に雨を降らせ、聖なる雨に触れた悪鬼どもを一網打尽にする対妖怪用の奥義で御座います」
「……雨、ですか」
つい最近そんなような技を使用した記憶がある。それも、一日に二度も。
大量の霊具を身に纏い、度を超す程の霊力の底上げを行わなければ出来ないという儀式を、二度もしたような。
まさか浄罪だなんて大層な名が付いているとは思わなかったけれども、雨で罪という名の妖を洗い流すという考えであれば納得の名付けだと思った。
そんな現実逃避をしていると、風音様は一歩僕の方へ歩み寄っては強い視線を送り続けてくる。
風音様の言葉と共に、周りの視線が示し合わせたように僕に集中した。
「大蓮寺家の初代当主はこれを用いて名を挙げたとの記述があるくらい大蓮寺家にとっては最大の奥義と言っていいものなのですが」
「えー……っと、そ、そうなんですね。それほどの凄い術だったとは……あ、あはは……」
この場合、僕の霊力が多すぎるというべきか、昔の人たちが少なすぎるというべきか。残念ながら霊力の総量の統計なんてものは歴史上どこにもなく、昔と今とで比較をするのは難しい。
だけど、伝承として記録にはある。幾つもの霊具で補助しなければ発動と維持すら出来ない術だということは証明がされてしまっている。
こうして並べられた証拠を前に何も言葉が出ないでいると、冬香が噴き出した。
「もうっ、お婆ちゃんの話を聞いて私も目が飛び出すかと思いましたよ。そういえば清花さんって連発してたよねって!」
「事前の儀式が必要だってくらいの情報は俺も聞いていたから実際に目の前でやられると度肝を抜かれたな。あの白面だって吃驚して術を止めていたくらいだし」
土御門さんの言葉に確かにとその場面を思い出す。白面もあの時は攻撃の手を止めて上空を見上げていた。
つまり一度は食らったことのある技だったということ。それでも僕が使えることは想定外だったに違いない。
「でもあれは霊力のごり押しというか、その浄罪という術とはまた違うものだと思うよ? 多分、きっとそうだよ、うん」
僕の場合、小難しい術式を編んだ訳でも精密な力作業をした訳でもない。
雨雲を呼び出してそれらに含まれる水一切全てを浄化の水へと変質させてそれを降らすというだけのただの力技だ。
降らした後も自身が動くことを念頭に置いたもので、雨にのみ意識を割いている訳ではない。僕にとってあれはあくまでも少し消費が重めの広範囲攻撃の一種に過ぎない。
「どうなんだろうね。風音様のご見解としては如何でしょうか」
「私も実際に見るのはあれが初めてだったので正確なことは言えませんが、浄罪について載っている書物の記述と違う点は一つだけあります」
懐から古びた冊子を取り出した風音様はその部分を指差した。
「ここの部分になります。記述には雨が降ると同時に浄化の力を宿した結界が生成されるようですが、あの時にはそれがありませんでした」
「本当ですね。となると、やはり僕のあれは根本的に違うものということでしょうか」
敵を逃がさずに閉じ込めて雨でじわじわと弄り殺すという戦法だろうと思われるけれど、僕には結界を作るような術は使えない。
完成形はこうだと言われても、想像すら出来ないから今のままでは再現は出来ないと思う。
結界まで作るとなると更に消費する霊力は大きくなるし、それなら多くの霊具によって補助をするのは当然だ。
「恐らくですが、結界の生成は儀式の有無が関わっているのではないかと思われます。儀式の通りにすれば清花様も結界を使えるようになるのではないかと」
「なるほど……。その結界を発動する為の儀式にどれくらい時間が掛かるか分かりませんが、是非とも修得したいところですね」
僕の力の扱い方は独自で模索したものだからやはり粗削りというか、歴史を重ねて試行錯誤の末に改良したものとの差異がある。そもそも浄化使いとしての本来の戦い方と違うのだから力の使い方もまた違ってはくるのは仕方ない。
それでも僕がやりたいと思っても出来なかったことが出来るのならば積極的に取り入れたい。
その可能性を見せるということが風音様が色々と持ってきてしたかったことなのだと推察した。
「それでは次の物になります」
「こちらの霊具ですね」
和装や装飾具は横に置いておき、土器と鏡が目の前に置かれる。
先に鏡の方が説明されるけれど、これについては用途が不明らしい。浄化の力を少し宿していることから大蓮寺家の霊具には間違いないけれど、説明書もなければ鏡について記述のある書物も見当たらないらしい。なので今回は見せるだけとなる。
もう片方の土器についてはしっかりと書物と口伝もあるらしく、自信を持って前に置かれた。
「こちらの土器には入れた水を浄化の水へと変化させる力があります」
「そんな物があるんですね」
「大蓮寺家の者の霊力が補充されないと機能は発揮しないので、それ程普及はしませんでしたが」
「確かに、それは広めたりは出来ませんね。管理が大変そうですし」
それは霊具としてどうなのかと思っていると、風音様は僕に向けて土器を差し出した。
「普及こそしませんでしたが、こうして形として残るくらいには価値のあるもののようです。清花様、こちらに霊力を補充した後に浄化の水を注いでは頂けないでしょうか」
「分かりました。水は器を満たすくらいでいいですか?」
風音様が首肯の後に、まずは手で触れて霊力をゆっくりと流し込むように注ぎ入れる。
あまりいきなりドバっと入れるのもあれなので少しずつ、蛇口から細い糸が垂れるようにゆっくりと。霊力を一割ほど入れた辺りで静止の声が聞こえてきた。
「そこまでで宜しいかと。あまり多く注ぎ込むと霊具が壊れる可能性がありますので」
注ぐのを止めて土器を見ると、確かに霊力が満ちている。これ以上は入らなさそうだと自分でも分かる。確かにこれに必要以上に注ぐことは止めた方が良さそう、というより出来なさそうだった。
壊れるというのは比喩ではなく霊具そのものの破壊も示していると思われる。
「なるほど、そういうことにも気を付けないといけないんですね」
「清花様の場合、内在する霊力が多すぎるので霊具の限界値は慎重に見極めるのが宜しいかと」
「気を付けます。後はこれに浄化の水を入れる、と」
所々に塗装に罅はあるものの、霊具らしき土器は水を溢すことなく水を留めた。
少し待つように言われたので様子を眺めていると、段々と器にある霊力が水の方へと流れ出す。
本来はこれでただの水が浄化の水に変わるのだろうけれど、今入っているのは浄化の水。にも関わらず霊力は変わらずに混じり続けている。
「えっと、質が変化しましたか?」
「はい。ただの水を入れれば浄化の水に、浄化の水を入れればより濃度が増してその効力を強めるというのがこの道具の使い方です」
仕組みとしては単純に、補充した霊力が浄化の力を含んでいるから器の中の水に影響を与えるというもののはず。濃度が増したというのは別にそう珍しくも難しい話でもない。僕が気になったのはそれとは別の部分だ。
「その濃度はどこまで高められるんですか?」
「限界値についての記述は見たことはありませんが、記録にある限りではこれによって神水が作られたとあります。神水についてはご存知ですか? 」
聞いたことはない。生成方法からして、大量の浄化の力を保有している強力な浄化の水だということは分かるけれども。
首を横に振った僕に頷き返して風音様は先程の冊子を取り出した。
「神水は浄化の水の中でも最も強い浄化の力を宿している状態を指す言葉だそうです。この水を使って張った結界を破った妖怪はいないとされており、その中には大妖怪の名も含まれておりました」
「それ程のものなんですか。……そうだ、結界というからには先程の件と話が続いている感じですかね?」
「そのように思われます。過去の浄化使いは清花様のように前線にて戦うのではなく、必要な時に後方支援を求められる形の存在でした。なので普段は力を溜めて神水を生成し、有事にはそれを用いて結界を張り大妖怪への抑止力となるのが主な役割だったようです」
「だからこそ白面は大蓮寺家を根絶させようとしたということですか」
「そのように考えるのが自然かと」
作戦が成功していたらと思うと恐ろしい話だ。これを成功させてしまった場合、その結界の力を頼りに出来ないまま先の大規模進行のような妖怪たちの攻撃を受ける可能性が高かったということなのだから。
僕が生き残ったことでその可能性がなくなったと思いたいけれど、考えたって相手の目的は分からない。
「別に平行して何か暗躍はしているだろうけど、本命だったのは間違いないだろうね。でなければ地下にあんなものを作ろうとはしないだろうし」
「土御門さんはこれで大蓮寺家に対する動きは止まると思う?」
「いや、止まらないだろう。というより止まれないが正しいか。あと一歩で夢が叶うところまで行ったんだ。例え白面が諦めてもその周囲の奴らまでもが諦めるとは思えないな。そして、そのこともまた白面は無視出来ない。経緯はどうあれ、近い将来にまた戦うことになると思うよ」
「問題はいつになるかというところと」
「恐らくは次こそ本気で来ることだね」
僕と土御門さんの見解は同一のものだった。白面はまだ諦めていないということ、再戦はそう遠くはないということ。
「ちょっと待って! 次って、本気ってどういうこと!?」
「落ち着きなさい、冬香」
話を聞いていた冬香が我慢出来ないといったように悲鳴じみた声で問いかけて来る。
取り乱しかけた冬香に対し、風音様は冷静に窄めるように言い聞かせる。
「このまま何事もなければ大蓮寺家は清花様と貴方で盛り返していくことことになる。ならば、二人がまだ未熟な内に刈り取ってしまいたいという考えは敵としては至極真っ当であるということ。あれで終わりなどという楽観視は九尾の狐が未だ存在し続ける限りはするべきではないと心得よ」
「それは……そう、だけど……それじゃあ本気って? 清花さんや景文さんがいれば、修行をしたりして強くなった二人なら勝てるんじゃないの? 何で二人して難しい顔をするの?」
今回は勝てた、だから次も勝てるだなんて話は驕りが過ぎるというものだ。
徹底的に身を隠して計画を遂行していた白面がこれからは堂々と正面から挑んでくるなんて保証はどこにもないし、そんな期待はするべきじゃない。今この瞬間だって何をしているかどうか分からないような相手だ。
そんな相手が何の準備もなく戦いを仕掛けてくる訳がないし、来るとしたら必勝の策を引っ提げて来るのは確実だ。
だからこそこうして新たな道を模索する為に風音様に知恵を借りている訳だけど。
僕達が暗い顔をしたことに不安を抱き始めている彼女に土御門さんは冷静に語り始める。
「あの時の白面なら、本気じゃないよ。例えるなら、湖から水道管で水を引っ張ってくる感じかな。俺たちがあの日に見たのはその湖から引っ張ってきた水だね。湖から直接使う訳じゃないから水道管の大きさによって使える妖力も行使出来る妖術の規模も制限されるけど、代わりに水道管から引いた小さな湖という末端が潰されても元の大きな湖自体には影響が少ないという利点がある。それが白面の使っていた分体という術だよ」
「はぁ……土御門さん、妖怪の術なのに詳しいんですね」
「敵のことを調べるのは兵法として当然のことだろ?」
その言葉は僕にも刺さる。勉強をしていない訳ではないけれども本腰を入れているかと言われればしていないから。とはいえ、今からそれに割く時間はない。
「とはいえ、水道管を例としたように本体と分体は繋がり自体はあるから、強い威力での分体への攻撃は繋がりを通じて本体へと返る。清花さんの攻撃を散々受けて相当の手傷を負った白面が行動を再開するのは当分先にはなるだろう……と、俺たちは考えているんだ」
「だから本当は集会なんか無視して戦力強化に専念したいところではあるんだけど」
「もしもの時を考えるのなら横の繋がりは強化しておいた方がいい。過去に行ったことのある身からするとお勧めはするよ」
「何か含みのある言い方な気がするんだけど?」
「良くも悪くも個性的な人たちが多いからね。優秀な退魔師の家系ほどその傾向にあると言っていい」
「それって自分のことも言ってます?」
「俺は比較的まともな方だと思うよ? 同世代の中だと常識人だと自負してるくらいだし」
こういう時の自己申告ほど当てにならないものはない。少しおちゃらけた雰囲気を出すつつ、それを見て調子を取り戻した冬香と目を見合わせて軽く笑うと土御門さんが風音さんに自分がまともかどうか問いかけてくる。
僕たちの後に風音様に聞くも、それについては曖昧に答えられてガックリと方を落とす土御門さんが少し面白くて笑ってしまった。