一話-1 次の段階へ至る道のり
大蓮寺家にて白面の撃退に成功し、その脅威を排除するべく大規模な掃討作戦が実行されている間も自宅に謹慎状態の僕の訓練は続いていた。
招待された集まりに出ても恥ずかしくないように倉橋さんは仕事の合間を縫って礼儀作法の指導をしてくれる。
その内容は丁寧だし分からないことがあれば分かるまで根気よく付き合ってくれている。学校に通い出してからは主に夜になったし、大門先輩の訓練もあるので時間は限られているから僕もそのことを自覚して教えられた内容を忘れないように努めているつもりではあるけれど、そんな状況だからか倉橋さんの授業は普段の何倍もの厳しさを増していた。
「もっと背筋を伸ばして。爪先まで意識を集中。顎を下げない。そのまま維持して……はい、一呼吸入れて。その繰り返しです」
「むむむ……」
「そのまま片足ずつ前に出して。はい、一、二。一、二。歩幅が揃ってない。目線は真っ直ぐ前を向く。やり直し。最初から始めますよ」
「ま、またですか!?」
「初めに言ったはずです。完璧に仕上げてみせると。これくらいは初歩の初歩ですので、意識していない状態でも出来るようになって貰いますからね」
「初歩……これが、初歩……?」
まずは歩き方の練習だと言われて始めたこの特訓。以前にも似たような講習を受けたことがあり、その時は男の歩き方と女の歩き方の違いを教えられて女の子としての歩き方を教わった。けれど今回はそうではなく、お題目としては「上流階級の集まる場でも悪目立ちしない方法」を教わっている。
前回が歩き方が主だとすると、今回は体の扱い方だ。それだけで難易度が跳ね上がっているのかが分かるというものだろう。
「いいですか? 歩き姿というものはその人の人生が反映されていると言っても過言ではありません」
「いや、それは過言なのでは……」
「どれだけその姿勢で人生を歩んできたのかは見る人が見れば分かるものです。咲夜お嬢様が清花お嬢様の違和感をお見抜きになられたように、人は自分の知る世界ではないものに触れた時に例えごく僅かな些細な違和感をも感じ取るのです」
それは僕という男の内面に女の外見を持つ違和感の塊だからではないだろうかという脳内の疑問に倉橋さんは気づいたように端末を手に取る。
「試しに録画した動画を見てみましょう」
「あ、はい」
特訓初期に撮影された僕の歩き姿がまず映し出される。今のところ僕の意見は聞くつもりはないらしい。
見せられる動きは別に悪いものではないはずだ。元々何度も矯正された部分ではあるし、そこに関しては咲夜も倉橋さんも何も文句はないとも言っていた。他の人たちの指摘されるようなことも変な目で見られることもなく、特に問題らしい問題はない。
次にこの特訓の間で最も良いとされた動きが出てくる。こうして差を見せつけられると違いが見えてきた。
同時に倉橋さんが言いたいことも段々と理解してくる。
「どう見えますか?」
「……確かに違いますね」
僕が以前に教わったのは"男性には見られない"方法だ。その時に必要だったのは間に合わせの付け焼き刃でもいい最低限の所作だった。
だけど、今回求められているのはそうではない。その他大勢に埋没しないようにと清花という”女”を輝かせ目立たせる為の本物の技術だ。
周りに合わせるのではなく、自分を目立たせる為の方法だ。そもそもの目指す方向性が全く違うということになる。
「今までに覚えて頂いた動きを街中ですれば人並みに溶け込んでも何ら問題はありません。ですが、新しく覚えている動きを街中ですればどうでしょうか」
気にしない人の方が大半だろうけれど、少なくとも一つ前の動きよりは注目を集めそうだなと感じる。
「想像の中ですが、違和感を確かに感じます。……その場その場で求められることが違うってことですね」
「その通りです。立ち姿に歩き方、話し方と会話の内容、どれも普通の学校でご学友と話されることと全く違います。今現在の清花お嬢様のそれはただの一般人の域を出ていません。これまではそれで良かったかもしれませんが、今のままでは一般人がちょっと強い力を手に入れて調子に乗ってる程度に軽く見られてしまいます」
「それはあまり良くないこと……なんですよね?」
「上流階級の方の集まる場では、舐められるということは何をしてもいいと思われることと同義ですから」
以前にここへやてきた前園龍健も、宝蔵恋歌もその類の考えを持つ人だった。
咲夜や清光としての僕を格下としか認識しておらず、自分に歯向かうことを良しとしていないような人たちだった。
「退魔師ってそういう野蛮な考えをする人が結構いますよね。宝蔵家はその最たる例と言いますか」
「そうですね……」
強ければ何をしてもいいと考える人たちがいる。今の世の中が退魔師の存在によって成り立ち、その退魔師が完全実力主義になってしまっているからこそ起きている弊害と言うべきだろう。
これを無くすことは妖怪を根絶させることと同義で、つまりは無理難題にも等しいということ。
そんな世情だから宝蔵家に生まれながら戦う力を持たない咲夜が軽く見られがちなのも仕方のないことというのは理解は出来る。
そういった考えの人たちに対抗するには力だけではなく教養も必要ということなのは嫌でも理解されられた。勿論、それだけで全てを防げるという訳でもないことは承知している。だからこそ倉橋さんや大門先輩の存在は大きいと感じたこともある。
「清花お嬢様のお陰で最近は少なくなりましたが、咲夜お嬢様がご実家からの干渉を退けられないのは私共の不徳の致すところではございます」
「倉橋さんたちのせいなんかじゃありませんよ。絶対に違います。……どうせと言っていいのか分かりませんが、僕たちだけだと何かと理由を付けて何かと下に見られると思います。倉橋さんたちがいてくれるからこそ、大人という立場の人から余計な手出しをされないで済んでいますから。咲夜はあんな調子なので中々感謝の言葉を言わないですが、心の中ではきっと凄く感謝していると思います」
「そうでしょうね。あの子は滅多にそんなことを言いませんが、きっとそのように思ってくれていることでしょう」
「はい。根は優しい子なので。……ちょっと口が悪いところはありますが」
「あれについてはいつか矯正したいところですがね」
共通の話題にお互いに笑みが漏れる。これだけ物腰が柔らかい倉橋さんに育てられてどうしてあんなに尖った性格になってしまったのか。
いや、尖らずにはいられなかったのだろう。そうでなければならないような環境にいたのだと思う。
初めは咲夜と倉橋さん、大門先輩で始まったこの地での生活はさぞ辛いことが多かったに違いなかった。
僕がまだここにいない時、彼女がここに着任してからどんなことをされて、どんなことを言われてきたのかは倉橋さんや大門先輩から聞いている。
またそうならない為にも招待された集会で醜態を晒すような失敗は出来ない。
「ここを守れるのは僕の頑張り次第、ということなんですよね」
「清花お嬢様の頑張りは私共も重々承知しています。その上で更なる努力を要求してしまうことに心苦しく思っております」
「自分がしたくてしてることですから気にしないで下さい」
正直、色々なところと通話している咲夜の会話を聞いていて自分には彼女の役割は合わないなと思っていた。
そんな世間知らずの僕に代わっていつも矢面に立ってくれている咲夜の負担が軽減するためならこれくらいはして当然だ。
「だからこそ、この訓練もしっかり終えて少しでも早く宝蔵家から自立出来るようにならないと。その為にも出来る限り精一杯頑張ります」
「咲夜お嬢様には清花お嬢様は絶対に必要なお方。……何卒、あの子をこれからもよろしくお願いします」
「何を言ってるんですか。僕だけじゃ咲夜は支えられませんよ。お二方の力あってこそだと思います。寧ろこちらから力を貸して欲しいとお願いしたいです」
「ふふっ、そうですね。ではお互いに力を合わせていくとしましょうか」
いくら頭の良い咲夜と浄化使いの僕だからといって、子供二人の力なんて高が知れている。それこそ狡賢い大人たちにいいように食い物にされるに違いない。どれだけ強がっても僕たちはまだ子供で、今の社会ではただの子供には強い権利はない。子供が自分の力で得たお金を親が管理するように、社会自体がそういう仕組みになってしまっている。
仕組みから抜け出す為には自らの力だけで立てていけるのだと、外に向けて強く訴えかけ続けなければならない。
それを力強く支えてくれている二人がいらない存在だなんて、そんなこと思う訳がない。
「お二人は僕にとっても掛け替えのない存在だと思っています。どうか、自分を卑下することはなされないで下さい。僕と咲夜にとって、お二人は……その、家族のように思っている大事な方ですので」
「まぁ、そう言って貰えるだけで心から嬉しくなってしまいますね。……さぁ、お話はこの辺りにして続きをしましょうか。家族だからこそ、心を鬼にして厳しく指導させて頂きますよ」
「はい。ご指導、よろしくお願いします!」
この会話は決して無駄話なんかではなかった。多少の恥ずかしさはあったものの、改めて自分のするべきことを確認出来た気がする。
それが女の子になり切ることだということはさておいて、だけども。
兎にも角にも、僕のお嬢様教育はまだまだ始まったばかりだ。
「————ふぃぃぃ…………」
「……やけに疲れているじゃない。そんなに千洋さんの稽古は厳しかった?」
折り畳み端末に文字を入力しながら片手で紅茶を啜った咲夜が隣で机に突っ伏している僕に問いかけてくる。
その問いかけるまでの時間がかなりの期間を要したことから、ある程度の仕事の目途はついたというところか。
別に稽古自体は自らが望んだことでそこに不満がある訳ではない。だからこれは、ただ単に気を紛らわせたいだけの行為。それは自分でもよく分かっている。
「動き自体はすぐに覚えられるんだよ。そこそこ運動神経はある方だし、何度か練習すればモノには出来る自信もある。倉橋さんもそこのところは褒めてくれるんだ。動きは良いから後は心が乗ってくれば完璧だってよく言われるし」
「あら、全くの良いことじゃない。あの千洋さんが手放しで褒めるなんて相当のことよ?」
「うん。まぁ、それは嬉しいんだけど……」
「何か他に理由でもあるの?」
気を効かせてくれたらしい大門先輩が僕の分の紅茶を、しかも僕好みに牛乳に少しの砂糖まで入れてくれていたものを用意してくれたので少し息を吹きかけてからゆっくりと口へ運ぶ。冷まさなくてもよかったくらいの丁度よい感じの温度の、僅かにほろ苦いような、それでいて紅茶と牛乳の適度な甘味のあるとても良い味だった。
僕好みに調整された絶妙な味わいに心身が癒されていくような心地だ。
落ち着くのを黙って待ってくれていたらしい咲夜に続きを語る。
「それがさ、覚えられた分だけ次へ次へ進んじゃってさ」
「あぁ……あの人ってそういうところあるものね」
倉橋さんは咲夜の講師もしていたらしいので僕の気持ちは痛いほどよく理解出来るらしい。その顔には過去に受けた稽古の苦い思い出が浮かんでいた。
「最初に覚えたことが出来ていないとすぐに指摘が入るのよね」
「そうそう。何個か前に覚えたやつなんか、新しいことを覚える時にすっかり頭から飛んじゃっててさ。それで何回小突かれたか……」
倉橋さんは手に細長い鉄の棒を持っていて、一つ間違える毎に指摘する為にチクチクと棒で刺してくるのだ。
痛くはないけれど、あれはあれで心に刺さるというか、突かれることがトラウマになりそうなくらいに突き刺さる。
「まぁ、貴方には覚える為の時間が圧倒的に足りないからね。反復練習で体に覚えさせるしかないもの。仕方がないと割り切るしかないでしょう。千洋さんからしたら甚だ遺憾といったところでしょうけど」
それは倉橋さんにも言われた。本来なら、もっと時間を掛けて楽しく覚えて欲しいと。
辛い記憶や苦しい記憶は苦手意識に繋がり、苦手意識は結果に繋がりかねないから。
だから本物のお嬢様というのは幼い頃から常日頃、日常生活で矯正をされるらしい。習慣というのは何事も一朝一夕で身につくものではないのだから。
それが倉橋さんの言っていた歩き方が人生を映す物だということ。努力は一日にして成らずという言葉を再度認識させられたような思いだ。
「それで? 実際の進捗としてはどうなのよ。例の集まりには間に合いそうなの?」
「それは大丈夫……な、はず。倉橋さんからも期間内には完了するだろうって言われたし。……というか、逆に物覚えが良すぎるって言われた。その分の結果が自分でも手に取るように分かるから前へ進めている実感があって楽しい気分にもなってる」
「……? 良いことじゃない。その割には顔色が選れないようだけど」
「それは……」
何と言うべきか、言葉に詰まる。
身体測定をしてもらった倉橋さんにはもう知れてはいるけれど、まだ咲夜には言っていないらしいし、これを言っていいものか迷う。
何か変化があった時は必ず言うように言われているので口に出すべきというと言うのは頭では分かってはいる。
いるのだけども……。
「霊力は少しずつ上がってはいるんだ」
「良いことなのにどうして言葉に詰まっているのよ」
僕の様子が明らかにおかしいからだろう、咲夜の目が段々と鋭いものに変わって来ている。
それから何とか逃れようとする度に、 どんどんと鋭さは増していっていて。
「いや、その……」
言わなくてはと理解はしているものの、中々口から言葉が出てこない。
すると、どこかからこちらを見ていたのか、倉橋さんがこちらに寄って来て。
「どうやら"また"成長されたようで、"また"買い替えが必要みたいですよ」
「ちょ」
言い難いことをあっさりと、まるで急降下爆撃でもするように言い放ってそのまま倉橋さんはどこかへ行ってしまった。
心なしか言い方にも棘があるような気がする。
「……………………」
咲夜の反応がない。それが今は逆に不気味に感じる。
僕もそろりそろりとその場を離れようとしたところ、後ろから袖を掴まれてあえなく撃沈した。
力尽くで振り解けはするのだけど、それをしたところで迎える結末は一緒だから意味がない。
「な、何かな? 咲夜、少し顔が怖いんだけど。僕はこれから教えられたことの反復練習をしないとだから離して欲しいなって」
「別に? 貴方の力が強まることは大いに結構なことだもの。ある意味でその胸の駄肉が増えるのは力が増す副作用のようなものだとすれば、貴方も見方によっては被害者側ではあるでしょう。普段からそんなものなんていらないって豪語している貴方からしたらいい迷惑だものね。えぇ、分かっているわよそのくらいのことは。だから貴方がやって来てからというこの短期間に新品の下着を三回も! 三回も! それくらい買い替えることになるのは本当に仕方のないことよね。えぇ!」
早い早い。まるで機関銃のようによく回る口だ。よくも一度も噛まないでそこまで喋られるものだと感心すらする。
僕がより女性らしくなるにつれて身体が成長をするのはもう不可抗力だし、それについて咲夜がどうこう言うのは筋違いだとは彼女も理解はしている。
それでも抑えきれない何かが漏れ出している、ということなのだろうと察した。
ひとしきり毒を吐き出した咲夜は深い深いため息を吐いて。
「それで、霊力の伸びはどれくらいなの? まさかその増量したらしい脂肪分じゃないでしょうね?」
毒は吐いたそばから新たに生成されているらしい。解毒薬として浄化の水は効くだろうか。
「少しずつ増えていってるから正確な数値は分からないけど、体感だと白面と戦った時から一割増ってところじゃないかな」
「一割、ね、……言い方では少なく感じるけど、貴方の元々の霊力量から考えるとかなりのものなるじゃないの。この調子で増えればいずれは元々の二倍近くはいってしまいそうね」
「どうだろう。どこで頭打ちになるのかは自分じゃ分からないし」
「確かにね。そう考えると、何を以て女性としての成長の終わりとするのか。貴方は自分の中でその想像が出来ているの?」
「過去の葛木家の人の自伝によると、次第に自己と変身との境がなくなってどちらが本物の自分か分からなくなるらしいよ。その自伝を書いた後にその人は獣堕ちして二度と人間には戻れなくなったんだけどね。僕たちの間ではそこが境目って言われてるかな」
化装術の真髄は成り切ることにある。変身をした対象により近づくほどに力が増していく。その性質上、最も力を発揮する時は人間よりも変身対象に精神が寄っていった時になる。そうして行くところまで行き着いてしまうと、最後には自分が人間であったことすら忘れてしまうらしい。
そしてその場合、霊力の限界という枷から外れて永久に人間には戻れなくなるという結末を迎えることになる。
それを不幸と取るか幸福と取るかは個々の判断によるだろう。僕の場合は理性がなくなるということはないので、おそらくは一生清花として過ごすことになるはずだ。
「待ちなさい」
咲夜が手のひらをこちらに向けながら深刻そうな顔をしていた。
「それってつまり、いずれ貴方は女から戻れなくなるかもしれないってこと?」
「うん、そうだね。元々覚悟はしていたことだし、咲夜が気にする必要はないよ」
本当ならば深刻な問題なはずだけれど、僕に限ってはそうではない。
「獣堕ちに比べれば、人間から人間に変わって戻れなくなるってだけのことだし……」
「気にするに決まっているでしょう」
間髪を入れずに言葉を遮った咲夜の顔は明らかに怒っていた。
「どうしてそんな重要なことを言わなかったのよ」
「言ったら何か変わってたと思う?」
「何かが変わったかもしれないでしょう」
これは本気で怒っているみたいだ。下手な言い訳をしたりすれば余計に怒らせることになるかもしれない。
こちらのことを逃さないとばかりに視線で射抜いてくる彼女と目を合わせる。
「言っていなかったのは悪かったよ。咲夜が化装術のことを調べていて成れ果てるって言葉を言っていたから知っていたと思っていたし、今まで言わなかったのはそのことから目を背けていたからなんだ。戻れなくなるのが嫌って意味じゃなくて、自分がどんどん女の子に近づいていく早さに対して逃げていたんだ。そこは誤解しないで欲しい」
「…………そういえば、そのことを聞いた時に誤魔化そうと話を終わらせようとしていたわね」
よくそんなことを覚えているなという目で見ると、咲夜は額を指先で叩いてから溜息を吐いた。
「転身の術でより強くなる為にはより女の子らしくなる必要がある。そのことを言えば特訓がもっと厳しくなるかもしれないから言うに言えなかったと。だから獣堕ち、だったかしら。そのことも触れられずにいたということ?」
「そ、そういうことになるね。別に女の子になりたくないということではないんだよ? もしそうだったら、そもそも転身自体が出来ない。そういう術だから。……だから本当に嫌って訳じゃなくて、あまりにもいきなり変わるのは躊躇いがあるってだけで……その……」
視線の鋭さは幾分か和らいではいるものの、未だに怒っている気配は止まない。
咲夜は何も答えず、そのまま暫くこちらを見つめ続けていた。それが五分かそこらくらい流れた辺りで、彼女は先ほどよりも長い長い溜息を吐いた。
「貴方がそういう考えを持ってしまったのは私のせいね。力はあった方がいいと常日頃言っていればそういう考えにもなるでしょう。私がその時、その話を聞いても自分を止められたかは自分でも分からないし、だからこそ貴方の心配も理解出来る。貴方だけを責めるには私の配慮が足りなかったわね」
「いや、僕も言うべきことを言っていなかった訳だし……」
「いいの。ただでさえ、異性に成りきるというのが精神的に抵抗があって然るべきことなのに、幾ら何でも事を急ぎ過ぎてしまったわ」
珍しく自罰的になっている咲夜に何て声を掛ければいいのか分からない。
かといって彼女のせいではないと言うことも出来ない。全てではないしろ、それは嘘になるからだ。それはきっと咲夜には伝わってしまう。
「負担を押し付けているのは分かっているつもりだったけれど、本当につもりだったということね。考えが足りなかったのは、私の方……」
どうしよう。こうなるとは思わなかった。伝わる感情からして、本当に反省しているのが伝わってくる分、どう対応すれば正解なのかよく分からない。
彼女は自分のせいだと言ってはいるけれども、転身をして強くなる為に女の子らしい知識や経験を身に付けていくと決めたのは自分なのだから、このまま彼女だけのせいにしておくのは筋違いと言うものだ。
「えっと、咲夜……」
何か言おうとした時、咲夜の方が一瞬早く言葉を紡いだ。
「とはいえ、例の集会に準備不足で行くのは失礼に値するし、失敗をすれば貴方自身の損失にも繋がることになるわ。だからそこまでは頑張って貰わないといけないのだけど、それは構わないかしら?」
「あっ、うん。元々そのつもりだし。全然大丈夫だよ」
「そう。苦労をかけるわね。それと貴方には更に負担を掛けて申し訳ないけれど、何がどう怖いのか、貴方が思うこれだけはしたくないとか、貴方の思い描く女性像とか、そういったことを少しずつでも共有していきたいの。恥ずかしいかもしれないし、言いにくいかもだけど、今後の貴方の為にもしっかりと今の内に話し合っておきたいわ。貴方に我慢を強いて心の負担になるようなことはしたくはないから」
「……分かった。そういうことなら、恥ずかしいけどちゃんと話をしようか」
こちらの為を思って考えていることだから嫌だなんてことはない。
絞り出した僕の考えをお互いに擦り合わせしていき、譲れない所や妥協点といったことを話しあっていく。
これまで避けていた分、しっかりと綿密に。すれ違いなど起きないように、言葉に気をつけて語る。
そうして出た結論は、結局は今までとはあまり変わらないものだったけれど、お互いで出したということもあって心残りはないものとなったのだった。
だから今までもこれからも出した結論に不満なんてないし、納得して出した結論だからこそこれからはもっと身を入れて修行に励むことが出来るだろうという確信があった。