三話-間話 好みの問題
「視線を感じる?」
事の始まりは冬香からの相談だった。
僕と違って世間に顔が出ていない冬香はそこまで他人の視線を気にせずに外出は出来るはずだ。
とはいえ、彼女が大蓮寺の人間だというのは知っている人はいるし、妖怪だって白面を通じて伝わっているだろう。
だから彼女には常に護衛がいるのだけど……。
「そうなんです。清花さんが前にしてくれた警告を覚えていますか? 多分ですけど、それだと思うんです」
大蓮寺家の先祖が自らの家を妖怪に売り渡した。そうなってしまった経緯をあの魂から僕は感じ取り、それを出来るだけ詳細に冬香の祖母である風音様に伝えた。その話を家族に伝えるかどうか風音様に任せていて、そこから冬香にも伝わったのだろう。
「ということは、見知らぬ人が寄って来ているってこと?」
「それも顔の良い若くてイケメンのね」
言いながら冬香は深く頷いた。ただし、その顔は凄く複雑そうではある。話を聞いていた咲夜が忙しなく打ち込んでいた端末を閉じてこちらに混ざり、視線を冬香に向ける。その視線は多分に非難の色が出ていた。
「まさか絆されたりしていないでしょうね?」
「いやいや! 流石に事前に警戒するように言われてましたし! まぁ、多少は心が揺らいだのは事実ですが……」
「冬香?」
大蓮寺家の先祖を騙くらかしたのも同じ手口だった。
劣等感に苛まれた当時の三姉妹の末妹はある時に自分のことをよく理解し、親身になってくれる男と出会った。
それが白面によって仕組まれたものとも知らず、そのまま抜け出せない沼に嵌ってしまったのだ。
結果として姉達を殺害し、自らが当主となって一族を衰退させていったことを思えば、同様の事例は何としても絶対に阻止しなければならない。
そう厳命されたはずの冬香は満更でもなかった顔をしていて。流石にこれは咎めずにはいられなかった。
「もしも本当に利用されるようなことがある可能性があるって感じられたら、外部の人間と接触出来ないような環境にされちゃうってことを分かってるの? 分かって言っているのなら相当の度胸だと褒めてあげるけど」
「いや、分かってますよ! けど! だって、相手が私の好みド直球だったんですもん……」
自分がマズいことをしている自覚はあるのだろう。言葉が段々と尻窄みになっていく。
その乙女心を理解するにはまだまだ僕は修行不足かもしれない。
彼女の心境の逆を言えば、僕の下に好みの女性がやって来たといったところだろうけれど、僕の場合はその状況の不自然さのせいで警戒心が上がってしまいそうだ。
おそらくは冬香は長らく一般人として生活をしてきた為、退魔師としての心構えや妖怪の悪意に対しての経験が少ない。
そこに付け込もうとする意思にさえも気付けないほどに。
「清花さんは分かってくれますよね!?」
「いや、全然」
「さ、咲夜さんは……っ!」
「私って、人間の価値は自分にとって有用かどうかで決めているの。顔がいいだけの男はあんまり好きじゃないのよね。だからアイドルとかあまり興味ないし」
人を散々アイドルにしようとしていた人が何か言っているみたいだ。
「そ、そんな……見目麗しい乙女達が何でこんなに枯れてるんですか……っ!」
「枯れてるって」
この場合、どちらかと言えば冬香の方が一般的な意見であることは僕も、そして咲夜も理解はしている。
僕たち二人とも、普通とは言い難い生活をしているからそこに関しては仕方ない。
だからといって冬香が今までのままの感覚でいいという話ではないことも確かだ。
「冬香の場合、今は花より修行でしょ。いくら修行で辛いからって癒しを求めてると変な人に引っ掛かるよ?」
「う゛っ」
「今になって冬香の周りに現れる見目の良い人は十中八九、いや確実に妖怪の手先なんだからね? 日常生活を盗み見していた白面は冬香の趣味嗜好まで網羅しているから的確に心につけ込められそうな人を送ってるんだよ?」
「それくらい私だって分かっていますよ……っ! でもっ、純君似の人にはどうしたって心が動いてしまうんですよ!」
「…………純君?」
好きな異性の人だろうか、と考えていると咲夜が溜息を吐いた。
「大方、アイドルでしょうね。そんなに似ていたの?」
「それはもうすっごく!」
「……なるほどね」
食い付き方が凄い。余程好みだったのだろう。いっそ悔しそうですらある。
ここはそこらにある喫茶店だ。教室ほどではないけれど、人の視線はある。そのことを小声で伝えると彼女は手を引っ込めて恥ずかしそうに俯いた。
「冬香の好みは置いといて、相手が術師じゃないのが問題なんだよね」
霊力を持っている相手なら冬香の護衛をしている人たちが気づいているはずだ。そういった人たちをそもそも近づけさせすらしないだろう。
それでも冬香に接近出来ているというのは霊力を持たないからこそ警戒心を突破出来てしまうから。
顔が良いだけで力も持たない、危険のないただの一般人までも力尽くで排除は出来ないということ。
ただの一般人を何の理由もなく追い出したりしてしまっては世間からの反発は免れない。退魔師がみだりに力を振るうことは流石に許されてはいないからだ。
「冬香はそういう人たちから何か感じ取ったりはしなかったの? こう、邪な感情とか」
「ううん。そういったものは特に……」
「そうなんだ。じゃあ、それを感じ取る為にも修行あるのみだね」
「えっ」
白面の差し向けた相手が清廉潔白で誠実な人とは思えない。
詳細な話をされていなくとも、冬香を籠絡するという目的意識を持って近づいてきているのは間違いないのだから、邪な感情はあるはずだ。
それを感じ取れないのはやはり根本的な冬香の力不足が原因だろう。
「浄化使いは他人の悪意には凄く敏感だからね。更に力を磨くと悪い心を持っているだけで近づけなく出来るけど、まずは相手の悪意を感じ取れるようにならないと。そうすれば近づいたらいけない相手くらい自分でも分かるでしょ? 危険は今よりもグッと下がるはずだよ」
「それは、そうなんですが……」
言い淀むのは、冬香がまだ修行を始めて間もなくて成果と呼べるようなことは何一つ実っていないからだろう。
人はそれぞれ歩む早さが違うのだから気にしなくてもいいとは言ったものの、やはり同じ力を持つ僕という存在は彼女にもよく見える壁として立ってしまっているということ。
「荒療治でいいなら、僕にも手伝えることがあるけど?」
「な、なんですか、それは⁉︎」
「清花、貴方……」
何か感じ取ったらしい咲夜が呆れ混じりの声を漏らしていた。
止められる前に話を続けることにする。
「妖怪と何度も戦えば分かるよ」
冬香の顔が明らかに引き攣った。
「友人知人にやって貰うのも悪くはないんだけど、いざ自分に悪意を向けてくれって言って出来る人はあんまりいないからね。それなら確実に自分を殺したいと思って向かって来る妖怪と相対した方が確実だと思うんだ。僕はそうやって覚えたよ。覚えようとしてやった訳じゃないけど」
「でも、あまりに極端なことをすると些細な違いが感じ取れなくならないのかしら?」
「そっちの訓練はまた別にすればいいと思うよ。今は感覚を掴むことを大事にすべきじゃないかな。分からないものの小さな違いなんて理解出来る訳がないんだしさ」
「一理あるわね。……まぁ、本人が首を縦に振ればだけど」
凄まじい程の勢いで首を横に振る冬香。戦う力がほぼ皆無の彼女にとって妖怪は人殺しの猛獣でしかないので怖いと思うのも無理はない。
だったら別の方法でやらなくてはいけないのだけども……。
「とはいえ、僕だと訓練相手にならないし。……咲夜は出来る?」
「要は悪意をぶつければいいのよね? ————で、どうやるの?」
「うーん……分からないけど、虐めちゃうぞって感じ? それとも殴るぞって感じかな?」
自分が他人に悪意を持ったことがあるのはいつだったか思い出せない。
あったような、なかったような。少なくとも思い出せる範囲でそのような出来事がないことは確かだった。
分からないけれど、あえて悪意がありそうなことを口にすると、咲夜は難しい顔をして押し黙った。
「どう? 何か感じた?」
「いえ、何も……」
「いきなり悪意を向けろって言うのも難しいわね。清花は何か感じられた?」
例え僕に対して出なくとも悪意自体は感じられるので、やはり咲夜には出来ていなかったようだ。
「伝わってないよ。……うん。まぁ、あれだね。僕たちには不向きみたいだから別の人にやってもらうしかないね」
「そう。となると、素行の悪い生徒が多い学校にでも放り込む?」
「ヒェ」
「こらこら。そんな肉食動物の居そうなところに草食動物を放り込んだらいけません。ほら、さっきよりも激しく嫌がってるじゃないか」
冬香は今度は縦にブンブンと激しく頭を振った。縦に横にと大忙しだ。あれほど激しいと首は大丈夫だろうかと心配になってくる。
街中を歩いていて害意を感じる視線の多くは素行の悪そうな人たちばかりだ。
ねちっこく、隙さえあればどうにかしてやりたいという欲望を感じる。中には妖怪と遜色ないほど穢れている人すらいる程だ。
ああいった人たちが集う場所へ行けば確かに悪意が何たるかは理解出来るだろうけれど。
「逆に人間不信になったりしたら、それこそ悪影響が出かねないんだし。それは最後の手段ってことで」
「最後にはやるんですか⁉︎」
「それもそうね。だとしたら、やっぱり本人が頑張る以外の選択肢がないのだけど……」
「が、頑張りますから……どうか……どうか怖いところに放り込むのだけは……」
そこで咲夜は、冬香の目を真っ直ぐに見た。
「私からしたら普通に頑張る方が辛い道のりに思うわよ? 怖い目に遭うって言ってもこの子が一緒についていてくれるから安全なのだし。直接的な危険はないと断言出来る。けど、他の方法で余計な時間を食っている暇は清花にはないの。そこのところは理解してくれるわよね?」
「それは分かっています。清花さんに手を引っ張って貰った方が効率はいいのは理解しているんです。でも、いつまでもおんぶに抱っこじゃいられません。いつかは自分の足で立って独り立ちしなきゃいけない日が来ると思うんです。その時の為にも、清花さんに頼りすぎない心構えを作っていこうかと」
「っていう言い訳ってこと?」
「ごめんなさい流石にいきなり強面の裏世界の人たちと対面する勇気はないんですすみませんほんとに勘弁して下さい」
意味のわからないようなことを早口で言い切った冬香に思わず苦笑が漏れる。
そこまで嫌と言うのなら仕方がない。本人が頑張ると言っているのだから信用して成長を待つとすることにしよう。
「分かったよ。それじゃあ、悪意の感知が出来るまでは学校に来る以外の外出は禁止ってことでいいよね?」
最初の承諾の言葉で笑顔になった顔が張り付いたように固まった。
「どの人が近づいたらいけない人なのか分からない内は危険だからね。護衛の人たちも霊力を持っていない人は監視の対象外になりがちなんでしょ? だったら、その役くらいは自分でやらないと」
「それが妥当なところね。その方が冬香もやる気になるでしょうし。ついでにそのイケメンアイドルの純君?っていう人のことに関わるのも禁止にしましょうか。本物を見れるからいいやってなると修行にも身が入らないでしょう? その代わり、達成出来たら何かしらご褒美をあげるよう私から言っておいてあげるから精一杯励みなさい」
「わ、わぁ……あ、ありがとうございますぅ……」
動物は目の前に餌があった方が動くものだ。それは人間だって例外なんかじゃない。
決まりといった雰囲気の中、涙目の冬香が弱々しく手を挙げた。
「あ、あの〜、私めから一つ提案があったりするのですが聞いては頂けないでしょうか」
「とりあえず話してみなさい。聞くだけは聞いてあげるから」
「私が男に引っかかったフリをして敵の居所を掴むというのか如何でしょうか? 所謂囮というやつでして……」
それは一度は考えたことのある作戦ではある、が。
「却下」
有無を言わさない迫力で持って断固とした姿勢で持って否と叩きつける。
取りつく島がないと強制的に悟らざるを得ない程に見事なまでのぶった斬りだった。
「相手は貴方と親密になる為には護衛は邪魔でしょうから、必然一人の時を狙われる。だから身の安全は保証されない。最大限に警戒しているでしょう清花の手助けなんて期待する方が不可能。囮として相手の警戒心を解く為には何度か足を運ばないといけないでしょう。つまり、その度に得られるかも分からない情報の為に命を賭けることになる」
「でも、妖怪の命令で私のところに来ているんですよね? その居場所だけでも……」
「お馬鹿。自分で妖怪が相手だと理解してるじゃない。それで十分だし、仮にやったとしても今の貴方みたいな非力な人間はほぼ確実に死ぬわよ。悪いことは言わないから、その案は捨てて二度と拾わないようにしなさい。そういう囮捜査が出来るのは清花みたいな荒事にも対応出来る人間で、貴方みたいな妖怪と聞いただけで怖がるような臆病者には絶対に出来ないことだと理解しなさい。い、い、わ、ね?」
「はいぃ……」
「間違っても功を焦ったりしないように。清花の言う通り、悪意をしっかり感知出来るまでは自分で何かしようだなんて思わないこと。分かったわね?」
「わ、分かりました」
「あぁ、そうだ。もしもイケメンに絆されて刺されて死んだりなんかしたら一生の笑い物になると思いなさい。先祖のやらかしを知っていて同じ轍を踏む今世紀最大の大馬鹿者だってね。そうなったら、ついでに葬式に参列された貴方の知り合いにその無様な死に方を知ってもらうとしましょうか。命が危ないと分かっているのにイケメンに釣られてホイホイついて行って死にましたってね」
「あばばばば! ぜっ、ぜぜ、絶対しませんから! お願いですからそんな酷いことはしないで下さいぃーっ!」
咲夜は罷り間違って彼女が一人で男たちの所に乗り込んだりしないよう、囮だなんて考えすらしなくなるようにバッキバキに心を折りにいっていた。
折りすぎてちょっと可哀想だけど死ぬよりはましだろう。
その冬香はまだ何も出来ていないのに色々な人たちから恵んでもらっていることに負い目を感じている。だからすぐそこにある餌に食いつきそうになってしまったのだと思う。それが罠だと気付いていても何かしなければという使命感に駆られている。
周りがそんなことを求めていないとしても、本人がしたいという想いは無くなったはしない。
「冬香は僕を見ているからそういう武闘派みたいな考えに至ったのかもしれないけど、自分でも思うけど僕って浄化使いの中でも例外らしいからね。他の浄化使いは妖怪と直接戦闘なんてことはしないらしいし。その一点だけを見ても、冬香が目標とするのは僕じゃなくて他の浄化使いだと思うよ」
「でも、私にはそんな知り合いなんて……」
「そこは土御門家が何とかしてくれるでしょ。とりあえず聞いてみるよ」
「えっ」
端末で土御門家の中で唯一の知り合いとなっている景文さんに言伝を送ってみた。
内容としては冬香に他の浄化使いを紹介してあげて欲しいといったもの。土御門家としても、冬香が早く一人前になるのは望むところなのでそういった手助けは積極的にしてくれるだろうと踏んでいる。
少しして、返ってきたものには了承の旨が記されていた。
「こっちに任せて、だって。それでは冬香のことをよろしくお願いしますっと」
早くに返事が返ってきたことも含めてお礼を言い添えて送ってから端末を閉じる。
「うん? どうかしたの?」
二人の目が点になっている。何か意外なものでも見たかりような反応にこちらも首を傾げてしまう。
「いや、いつの間に連絡先なんて聞いてたの? そんな素振りなんて見られなかったけど」
「ほら、僕ってネットの方ですぐに特定出来るでしょ? そこにあの人から連絡が来ててさ、始めは本物なのかなって疑いはしたんだけど、よくよく調べてみたらどうやら本物っぽいって分かったから連絡を取り合うことにしたんだ。ちなみに本人の証明は自撮り写真だったよ」
冬香が「景文さんの個人連絡先ってかなり貴重なんじゃ……」とか呟いているけれど、彼なら聞けば教えてくれそうだとは思う。
「他に何かやり取りとかはしているの?」
神妙な顔をした咲夜に尋ねられるけど、それに対しての答えとして首を横に振る。
「初めの挨拶以外は特に何もないよ。向こうも忙しいだろうし、わざわざ世間話の為に連絡をしてくるってことはないと思う」
出来ることなら術の扱い方などについて色々と聞きたいことはあるけれど、そういうことは大半が門外不出のものだったり、お金になるものだったりするからおいそれと赤の他人に聞けるものではない。もしも聞けたとしても、何かしらの見返りを求められるかもしれない。
本当にただの世間話程度ならばと考えはしたものの、彼と会ったのは白面と対峙した時のただ一度だけ。それでいきなりお友達面して対話というのもといった感じなので連絡先は得たものの、とりあえずは放置と言うのが現状といったところだ。
それを包み隠さず伝えると二人はそれぞれ違う意味を含んだ渋い顔をする。
「清花さんって、あの地下の時もそうでしたけど、景文さんって好みじゃないのですか?」
「好み? それは異性でってこと?」
首肯される。激しく。何度も。
急に頬が赤らんでいる辺り、何か誤解をしているに違いなかった。
「そういう意味で言うなら別にって感じかな。あぁでも、格好良い人だとは思うよ? そういう感性がない訳じゃないからね?」
「え〜……それなら尚更どうしてそんなに淡白な反応なんですか? あの人の個人情報なんて、世の中の女の子たちからしたら垂涎ものの超お宝情報ですよ? それこそ毎日何百通も連絡をしちゃうくらいにはのめり込んじゃう物だと思うんですが」
「何百って……。それって全員が全員って訳じゃないでしょ? 僕がその中の一人ってだけだよ。別におかしな話だとは思わないけど?」
「うーん……」
納得がいっていない様子の冬香だけど、かといって反論が思い浮かばないみたいだ。
好みは人それぞれだし、景文さんが単純に僕の好みではなかった可能性もあるから否定も出来ないといったところだろうか。
「そう言う冬香はどうなの? その純君って人と景文さんとではどっちが好み?」
「えっ⁉︎ そ、それはぁ……」
指をあれこれと動かして誤魔化すように笑う。即答出来ないのは土御門家にお世話になっているからか、それともどちらも好みの外見をしているからか。
少なくとも即答しないくらいにはそこまでの差はないのかもしれない。純君という人の顔は知らないけど。
ただ、彼女を見る限りでは景文さんを異性として意識しているようには見えなかったような気がするのは気のせいか。
「つまり、冬香は景文さんを意識しているってこと?」
「そ、そそそそんなことはないですよ⁉︎ あの人や純くんは遠い存在というか、身近な物じゃなくて眺めるのが最も良いと言いますか……っ」
「でもその純君に似ている人がいたら舞い上がっちゃうんだよね?」
「それは仕方ないじゃないですか! 清花さんだって見ればきっと恋しちゃうに決まってますもん!」
語尾が幼くなっていることは一々指摘したりはしない。
冬香が机を叩きながら立ち上がったせいで少し周囲の視線を集めてしまっている。それを散らす為に、あえて彼女には言葉を返さずに黙って飲み物を口に持っていく。出来るだけゆっくりと。
そうしている間に落ち着いたらしい冬香は忙しなく端末を操作していた。
「これが純くんです! 目を開いてよく見て下さい! さぁ!」
どうやら興奮状態はまだ続いているようだった。突きつけられた画面には、確かに世間的にはイケメンと評される顔の持ち主の青年が映っている。
女性はこういう人が好きなんだろうなというのが率直な感想だ。背が高く、顔が良く、陽気で少しやんちゃそうな人が。
「……咲夜はどう思う?」
「だから、私は顔が良いだけの人はあまり好みではないと言ったでしょう。この人も、顔が良さそうって感想しか出てこないわね」
咲夜は画面をチラ見しただけで大した興味を抱いていない様子だった。僕に関しては言わずもがな。
「純くんを前にしてこの塩対応……っ⁉︎ この子たち、女の子として決定的に何かが欠けている⁉︎」
僕はともかく、咲夜まで含められているのは少し笑った。そして痛い。机の下で脛を蹴られたみたいだ。
それはそれとして——
「こうなったら、誰が二人の好みなのか徹底的に調べ上げないと」
「修行より男漁りに力を入れてるって風音様に連絡しておいたよ」
呟きに間髪を入れずに言葉を差し込むと、冬香は画面からゆっくりとこちらに視線を向けて。
その動きは年季のいった錆びたロボットのようでもある。その顔からは油の涙でも流れそうなくらいに悲しげだった。
「……それは酷くないですか? 私、何か悪いことをしましたか?」
「強いて言うなら、自分の好きな異性に興味を示さないだけで女として終わってるとか言ったところかな」
「そこまで言ってませんよ⁉︎ でも確かに言い過ぎましたごめんなさい! ……そ、それよりも先ほどの言葉は冗談なんですよね?」
その問いに僕は視線を逸らすことで答えることにした。
追い縋るように僕に抱きついてきた冬香の下に、一通の着信が来るまでは。
「あっ」
僕と咲夜は合図を送るでもなく、自然と立ち上がる。
「ま、待って……っ! も、もう少しお話ししましょう……ねっ? ねっ⁉︎」
間を置かずに空気を読んでこちらにやって来る護衛の人たち。ささっと片付けに来る店員。清算される会計。冬香は流れるように警察に逮捕されるようにして連れて行かれた。
やや強引ではあったけれど、あのままでは延々と質問攻めされていたことを考えると致し方なしか。
そもそもこうして集まっていること自体が冬香が修行から少しでも遠ざかる為の物だったので当初の予定に戻っただけと言えばそうだけども。
お互いに息抜きは必要だからこうして集まっている訳だけど、やるべきことがあるのならばそちらを優先するべきだ。
冬香には悪いけど、恨むのなら自分の軽い口にして欲しい。
「またね。修行が進んだらまたお茶しようか」
「清花さんの鬼〜っ!」
浄化使いが妖怪と揶揄されるとは、これには咲夜がぷっと吹き出すのを堪えられずにいた。