三話-9 一休みは膝の上で
あの日から少しだけ経って、その間に僕たちが白面とやり合ったという話は瞬く間に広まった……らしい。
らしいというのは他家との関りが少ないので僕たちが聞いた訳ではないこと、更にその話も数少ない伝手から聞いただけだから真実かどうかはまだ判別出来ないからだ。
僕と白面、そして土御門さんの噂は既に大小関係なく連絡の取れるほぼ全ての退魔師の家に通達された。文字通り、全ての家に。
どうしてそこまで噂の回りが早いかというと、それは他ならぬ当事者である土御門さんが触れ回ったからだ。
今回の一件で白面を完全に滅することが出来たのならば良かったけれども、現実はそうではない。本体は未だに健在で今もどこかに身を潜めている。であるならば警戒を強めるのは当然だ。次期当主候補という立場の彼にはその危険性も報告はする義務があるのだから、関係各所に報告をするのは仕方ないのことだ。
必然的に僕のことも語られることとなった訳になる。
そうして一連の出来事は殆どが詳細に語られた。
なにせ浄化の力を持つ血族が高位妖怪の手によって滅びかけた。一番妖怪に対して抵抗力のあるはずの血族が為す術もなく、だ。
同じように他の有力な血筋にも魔の手が伸びている可能性がある以上、迅速に退魔師同士の連携を強めて事に当たるべきだと考えた。反対する者は妖怪との関係性を疑われるからか、これには反対の声はなかったという。
そんな訳で僕が砕いた白面の妖力の残る水晶玉らしき物を証拠として、巷では神童と呼ばれる土御門さんの働きによってこれらが真実として広められた。
その結果として特級退魔師複数名からなる白面の討伐部隊が組まれ、咲夜が暴き出した場所に襲撃をかけるも時に既に遅し。妖力の影響のある人間や雑魚妖怪がいても、肝心の白面は当の昔に雲隠れをしてしまっていた。探知能力に長けた退魔師でも見つけられないほどに残滓すら残さず、完全に行方を見失ったという。
これに関しては咲夜曰く、僕たちへの襲撃直後ならともかく、数日経った段階では咲夜であっても追うのは不可能だろうとのこと。
そして、僕にとってはこれが手痛かった。見つかって欲しいと思っていた例の物も見つからなかったからだ。
白面の討伐よりも一番に何とかしたかった、妖怪に魂まで売った大蓮寺家の先祖の遺灰がどこにもなかったらしい。
あの場では真の目的は告げずにいたというのに白面はそのことまできっちり考えて行動していた、ということだろう。
白面はものの見事に姿を消えてみせ、世情に多少の不安感を残しつつも妖怪によって汚染されていた地域を正常化したという成果の下、今回の騒動は一応の終結に至った。
「————今回のことは色々と想定外ではあったけれど、結果としては得られたものは大きかったわね」
咲夜は今回の件を振り返ってそう纏めた。この一件がそのまま金銭に変わる訳じゃないけれど、土御門さんとの繋がりが出来たこと、大蓮寺家に恩を売って僕が大蓮寺を名乗ることを暗黙の了解として認知して貰ったこと。そしてあの大妖怪を分体とはいえ年若い自分たちの力で退けたことで本格的に僕を一人前の退魔師として認める方向になっているらしい。
評価としては浄化の力に頼りきりの使える新人から大妖怪に対抗し得る期待の新人といったところ。
一部では土御門の力が大きいのではという疑問の声があったものの、それを当の本人である彼が否定しているのだから周囲に反論の余地などなかったということを聞いた。
元々地位向上を狙っていたのだからこれは別に悪いことではない。寧ろ最高の宣伝になったと思ってもいい。相手は望んでも戦えやしない超の付く程の大物。それを相手にして生き残ったどころか勝利を勝ち取ったのだから。
「ふふっ、あの男がいたとはいえトドメを刺したのは清花、貴方よ。これなら例の集会とやらでも大手を振って歩けるというものよね」
「新人としての功績で言えば並ぶものはない、だっけ?」
「そうよ。相手はあの白面金毛九尾の狐。それに並ぶとしたら鬼王か大天狗、ダイダラボッチ、八岐大蛇とかの特級の大妖怪しかいないもの。例え分体だったとしても、あの場に残る残滓から相手の強さを見誤るほど協会も馬鹿じゃないってことね」
挙げられた名はどれも討伐難易度が最高も最高の怪物だらけだ。それぞれがいざ対面した場合に死を覚悟する程の強者たち。それと同格の白面は術を多用する術師だったから相性では僕の方に分があったというだけで、他の——特に鬼王辺りは個人的に会いたくもない。
周囲は白面とやり合った僕を褒める声が多いみたいだけれど、あれほどの強さを他の大妖怪が持っているのなら白面以外の大物にはもっと苦戦するかもしれない。これからは心して特訓に取り掛かる必要がありそうだ。
「あんなのが跳梁跋扈していた昔の時代は本当に魔境も魔境だよね」
「それと同じくらい人間も強かったということでしょうね。あの土御門と、それに貴方を見ていると強ちそれが嘘じゃないって思えてくるわ。特にあれ、あの雨を降らすやつなんて妖怪共にとっては超広範囲型の猛毒のガス並みに効くじゃない。あんな技を持っていたなんて知らなかったのだけど?」
「毒ガスは例えが悪すぎない⁉︎ ……まぁ、浄化の雨は確かに強いけど、消費の割りに決定力に欠けることは分かったからね。他の大妖怪にも通じる新しい必殺技を考えないとって今は思ってるよ」
「必殺技……ねぇ」
そもそもの僕の戦い方としてじわじわと削り潰すのが最も適しているので必殺技という一撃で勝負を決める技とは相性が悪いのが難点ではある。
だからこれといって何か良さそうな案が浮かんで来ないのが悩ましいところで。
「うーん。……必殺技って言い方が悪かったかも。一撃で殺す技っていうよりは一撃毎の強さを高めたいって話だね」
「あぁ、そういうことね。確かに、貴方の霊力回復速度から考えるともう少し重めの一撃を入れてもいいかもしれないわね。方法については門外漢だからさっぱりだけど」
「それに加えて初撃をどうにかしなくちゃいけないっていう課題もあってさー」
「貴方の場合はどっちかと言えばそっちの方が重要じゃないの?」
「それはそうなんだけどさぁ……」
一撃の強さならどうにかして何とか出来るかもしれないとは思っている。過去の浄化の水使いの人たちは僕の戦い方とは違ったものを用いていたらしいし、そこから何かしら手掛かりは見つかるかもしれない。
反面、相手が浄化の水で弱体化しきっていない時に最大最強の攻撃をされるのが僕にとって一番嫌なことなんだけれど、これに関してはこれといって最も良い解決策というのが思いついていない。
あの大妖怪は僕の力を試すように少しずつ妖術を強めていくという遊びをしていたけれど、あれが初めから本気だったらどうなっていたか。
勿論、それでも対応出来るように訓練はしているし、出来るように努力はするつもりでいるけれど、慢心だけはしないようにしなければならない。
「この際、護衛という意味でも貴方の前衛を務められる人を探すべきかしら」
「でも、入ってくるお金も減るだろうし。僕の正体についてとか、色々と危なくない?」
「問題はやっぱりそこなのよね」
基本的には他所から退魔師を雇う場合、かなり高額になりがちだ。契約形態は様々だけれど、僕と釣り合うくらいの人が安く済むということはまずない。迅速な解決を是としている咲夜からするとその退魔師には付近に常駐して欲しいだろうし、その面でも出費は嵩むと思われる。
今までは僕が単独で動いていても問題はなかったけれど、白面と全面的に敵対をしたことで身の危険については僕自身も考えるところはあった。
「どちらにせよ、候補すら思い浮かんでいないのだから案の一つとして覚えておく程度でいいでしょうね。はい、終わったから反対向いて」
「……お願いします」
僕は長椅子の上で寝返りをうって反対を向く。
視界には黒い服の布地。側頭部には人肌ほどの温もりがあって生暖かい。それに程よい弾力が心地良い。
今までは外側を向いていたから気にはならなかったけれど、今は目の前かに咲夜のお腹が見える。衣服が間近にあるからか、柔軟剤の匂いまで漂ってくる。
気恥ずかしさが限界突破しそうな勢いの中、頭上からは動かないように指示が飛んできた。
現在、僕は所謂耳かきというものを受けている。白面撃退におけるお疲れ様の労い兼女の子慣れの訓練としてやってくれている訳だけれど、正直気疲れの方が激しそうではある。さっきから心臓の音が煩いくらいに聞こえるくらいだ。
対する咲夜はというと……今は視界が咲夜で埋め尽くされているので見えない。
「咲夜ってさ、こういうのには慣れてるの?」
「初めてに決まってるでしょう。けどまぁ、やって貰った経験はあるから失敗はしないと思うわ。不意に動かれたりしなければね」
「そうなんだ。僕は初めてだからか妙にこそばゆっくてさ」
「そうなの? 母親からはして貰ったりはしなかったの?」
「母さんは僕が男だったことにガッカリして早々に育児放棄をしたからね。育ててくれた使用人の人も忙しくて親代わりとは呼べなかったし」
「…………」
「そこで黙らないでよ」
「ごめんなさいね。何と言えばいいのか言葉が見つからなかったのよ」
自分でもいきなり重い話題を出してしまったなとは思ったけども。
「なんと言うか、初めてやって貰ってることだからか気分が昂って変なことを口走っちゃうみたいなんだよね。今のも言うつもりじゃなかったんだけど」
「こんなことくらいで?」
「こんなことって……女の子に膝枕してもらって耳掃除までされてるんだけど。気恥ずかしさとか色々とあるでしょ。これでも内面は男なんだしさ」
同じ柔軟剤を使っているはずだけど、自分の物ではないからかすぐ近くにある衣類から漂ってくる香りにもどぎまぎしてしまう自分がいる。
女の子とこんなに近くまで接近したり触れ合ったりすることなんて人生で一度もなかったし、変に意識してしまうのは当然だ────と、自己弁護をしたりと脳内では目まぐるしく思考が回転している。
そんな僕を見てか、頭上では咲夜の楽しげな声が聞こえてきた。
「ふーん?」
「そうやって面白がってるけどさ、咲夜は僕にこういうことをして思うところはないの?」
「特にはないわね。貴方から見た私は異性だろうけど、私から見た貴方は殆ど同性だもの。この行為そのものに対しての恥ずかしさはあっても異性に対するそれとは関係ないわね」
「ふーん、そうなんだ」
「あら、もしかしてガッカリした?」
声音が明らかに高くなった気がする。きっと口元が吊り上がっているに違いない。見えないけども。
「……別に。ここ最近はずっと女でいるなとは自分でも思ってるし」
車椅子での行動はやはり何かと不便だし、事ある毎に人に頼ってしまうことがある。
この屋敷にいる人は限られているため、自分で歩く手段があるのにわざわざ頼ってしまうのは憚られた。そんな理由でついついずっと変身したままで生活してしまっている。最近は自分の肉体が女であることに違和感を感じなくなってきている自分がいたりして。
本格的に自己に対する認識が女性側へと傾きつつある、と自分でも認識しているほどだ。
「そうね。段々と女の子の仕草が板に付いてきているし、振る舞いに関しては一応合格ってことでいいんじゃないかしら」
「それって褒めてる?」
「褒めてるわよ。まだまだ粗はあるけど、普通に過ごしていても男性と女性のどちらにも変に疑われない程度には成長したんじゃない?」
「それは、まぁ、ね……」
ここ最近では退魔代行の二人、お猿さん、土御門さん、それに学校の男子生徒たちと、多くの男性と接する機会はあったものの、特に性別を疑われるような様子はなかった。寧ろ完全に女として扱われていたと感じている。
転身が出来るようになった当初は咲夜に何度も指摘されるくらいには僕の動きは酷かったみたいだし、そう言われると随分と変わったなと自分でも思う。
耳の中を弄られている感覚に耐えながら話をしていると、不意に咲夜の動きが止まる。
「そういえば、以前に話したことがあったかしら」
「何の話?」
「ほら、貴方が急に強くなったって話。ここに来る以前でも十分に強かったけれど、鵺や鬼と対峙して有利に戦えるほどではなかったでしょう? 少なくとも私はそう感じていたのだけれど、貴方はどう思う?」
そう言われれば確かにとは思う。
「僕も以前より強くなったとは思ってたよ。少なくとも、咲夜と出会った頃の僕だったら白面には絶対負けていたと思うし」
まだその頃の感覚は覚えている。戦いの勘とか経験とかではなく、霊力の総量や扱い方が今とは段違いだというのが理由だ。
単純にその頃の僕は退魔師としての格が低かった。いいとこ、中級退魔師といったところで白面とやり合うのなんて夢のまた夢といった話だったはずだ。
それが派手にやり合った挙句、分体の撃退まで成功したのはやはり成長をしているからで。
「けど、それがどうしたのさ?」
そんな話を持ち出したからには咲夜なりの推測や結論があるはず。だからこそ、言い難そうに口元をもごもごと動かしているのが分からない。
「ちょっと、咲夜ー?」
「ひゃんっ! ちょっと、いきなり女の子のお腹を突くのはどうかと思うのだけど?」
責めように半目で睨みつけてくるけども、変な驚き声をしたせいでちょっと照れが入っているからか別に怖くはない。
「咲夜が全然答えないのがいけないんじゃないか。変に口籠るよりさっさと喋っちゃいなよ」
「……貴方は悪意には敏感だけれど、もっと人の心を読む力を付けるべきね」
お腹をツンツン突き続けていたら額を叩かれてしまった。
「まぁ、そこまで言うのならはっきりと告げてあげる。貴方、女の子らしくなる程、段々と強くなってるんじゃないの?」
「————————」
指摘されたのは自分が意識的に考えないように、考えないようにとしていたことだった。
可能性としては高いと感じてはいたものの、心のどこかで否定したくて考えを隅っこに追いやっていた。
いや、違う。僕はそのことを知っていた。
知っていたから、頭から追い出した。
そのことを改めて突きつけられて、思考が止まる。止めてしまう。
「……………………い、いやー……そんなことは、ない……はず、だよ? 気のせいじゃない、かなぁ? あ、あはは……全く、咲夜は何を言い出すんだか」
「時期としては貴方が千洋さんに女の子の所作を習い始めた頃かしら? その頃からの貴方の加速度的な成長時期とピタリと重なる気がするのよね」
開けようとした口を押さえられる。
「だから私の方でも少し調べたのよ」
「にゃ、にゃにを……」
聞くけれど、答えは分かり切っているようなものだった。
だからこそ悪足掻きだと知りながらも答えを待ってしまう。彼女はそんな僕に無情にも事実を突きつける。
「貴方の化装術、"より本物に近づく程に強くなる"という特性があるらしいわね」
「う゛ぐぅっ」
「犬なら犬らしく、鳥なら鳥らしく、想像上のものであっても変わらず、変身する対象への理解をより深めていくほどに更に強固かつ強力になっていく術式らしいじゃない。だから貴方の一族は研究熱心な人が多いとか。実際、それぞれ道の有識者として名を馳せる人が多いらしいわね」
「や、やめ……それ以上は……口にしちゃ、い、いけないっ!」
「つまり、清花は今よりもっと女の子らしくなればなる程に力が強くなるってことでしょう? だからこそ、退魔師史上の中でも異例とも呼べる早さでここまで強くなった。違うかしら?」
「はぅあっ!?」
僕は咲夜の太ももに顔を埋めた。うつ伏せのまま、もう何も聞きたくないという意思表示をしておく。
「本来は精神が対象のものに完全に成り果てるのはだけは避けているから、本来はギリギリのところで理性を維持するのが大変な術らしいわね」
先程のお返しとばかりに今度は僕のわき腹が突かれる。身を捩っても逃がさないとばかりに追撃をしてくる。
「けれど、貴方の場合は話が別。変身をする対象が獣などではないからどこまでも堕ちていける。同じ人間だからこそどこまでも出来る限り女の子になっていける貴方は通常の化装術よりも更に強くなれる可能性があるんじゃない?」
「も、もうこの話は止めよう! これ以上は不毛なだけだ! はいこの話は終わり! 閉店! ガシャン!」
聞きたくないと耳を塞ぐ僕の耳元で咲夜が囁く。
「あら、強くならないとって言ったのは貴方じゃない。私はただ簡単かつ可能性の高い方法を示しているだけ。本当にこの方法で強くなれるかどうかなんて分からないけれど、やれるだけやってみるだけの価値はあるはずでしょう?」
「それは……そう、だけど……そうだけどさぁ……っ」
僕が感じている成長の幅は他の退魔師たちが必死になって修練をした結果の更に上を行くもので、それは普通の退魔師からしてみれば異例の成長速度と言っても過言ではない。
その成長方法が"女の子らしくなる"だけだと考えれば破格も破格、超の付く程の破格の条件だとすら言える。
「別に何か減るものでもないし、男らしく……いいえ、女らしく決めちゃいなさいよ」
「い、言っていることは間違っていないはずなのに何かがおかしくない? 日本語はしっかりと喋るべきだよ?」
「男らしく、きっぱりと女の子になりなさい」
「ほらー! やっぱりおかしいよそれ!」
「つべこべ言わない。そうと決まったら貴方のことを千洋さんにびしばし厳しく鍛えて貰いましょうか」
「何も決まってないよ? ねぇ! お願いだから少しくらい待ってよ!」
必死の願いも空しく、倉橋さんを呼ばれてしまった。
そこで一連の話を聞かされた彼女はその瞳に決意の火を灯してしまったようで。
何だか急に部屋が冷えてきた気がする。おかしい、体が震えているような。もうすぐ夏になるというのに。
「お任せ下さい。この倉橋、清花お嬢様を一人前の、どこに出しても恥ずかしくない立派な淑女へと育て上げてみせましょう」
「貴方なら出来ると信じているわ。一先ずはこの集まりに向けて、出来る限り完璧に仕上げて頂戴」
咲夜が取り出したのは先日に土御門さんから渡された退魔師たちが集うという催しへの招待状。
あの土御門さんがわざわざ自ら持ってきた物だ。これの価値については倉橋さんの方がよく理解しているのかもしれない。手に取って中身を見た瞬間、明らかに驚いた顔をした後に何か覚悟を決めたような顔をしていた。
「これは……っ! 畏まりました。全身全霊、身命を賭して臨ませて頂きます」
「よろしくね。清花も、ここには有力家の子息子女が多数集う予定になっているから、今のような半端な立ち振る舞いでは格下に見られると思いなさい。千洋さんの教えをしっかりと覚えられれば何も問題はないのだから、決して気を抜かないように」
聞けばそこに呼ばれる退魔師というのは誰も彼も名家の血筋を引いている者ばかりらしい。偶に自力で這い上がって来るような一般退魔師もいるらしいけれど、大抵は立ち居振る舞いや言動が粗野になりがちで一歩引いた目で見られがちだとも。
「えっと、下に見られるとどうなるの? 僕はそういう場所に行ったことがないから分からないんだけど」
「端的に言うと、舐められるわ。馬鹿にされるし意見も聞いて貰えなくなるし、まるでおもちゃを見つけたかのように弄り倒そうとしてきて面倒なのよね。清花の場合、浄化の力があるからそんなことをすれば自分に返ってくるからして来ないでしょうけど。それでも、確実に態度や扱いに差が出てくるはずよ。それはこれからの私たちへの対応にも関わってくると思いなさい」
「最初のは経験談?」
「というよりは、目撃談ね」
どうやら過去に宝蔵家の一員として似たような場に赴いた際にそんな光景を見たとのことだ。
語っている咲夜の表情を見る為に見上げていると、それに気づいた彼女が僕のおでこを小突いてくる。
「もし失態を晒して貴方の格が落ちるのは仮にいいとしても、同時に大蓮寺家の格も落ちることは理解しているの?」
「うっ……そ、そうだった」
自分で大蓮寺を名乗ってしまっている以上、そうなってしまうのは当然か。
「それじゃあ、手は抜けないか……」
このことをあの人たちに言えばきっと「その程度のことは気にしないで」と言うのは目に浮かぶ。僕だけの評価ならまだしも、これから家を盛り立てようと頑張っている大蓮寺家の人たちに水を差すような真似は出来ない。
そうなると僕には咲夜の言う通りになるしかない訳で。
「けどさ、女の子になるっていっても具体的に何をすれば女の子になれるのかな? 実際の女性だって色んな人がいるんだから、一概にこれをしたら女の子ってことにはならないでしょ? 僕、そこのところはあまり考えはいなかったんだよね」
「それについては成長が行き詰ってから考えましょう。千洋さんがやる気な以上、まだまだ改善する余地があるということなのだし。ねぇ?」
倉橋さんはしきりに頷いている。一応は及第点を貰っているはずなのに。しかし、先生の言っていることは絶対なので受け入れる他なかった。
「……そうだね、まずはやれることをやってから何が足りないのか考えるとするよ」
自分でも今が完璧に女の子になったと思ってはいないのでそこは同意するしかない。
主人から命令を貰った倉橋さんは巻き尺を手に微笑んでいる。
……が、目は全く笑っていない。
経験上こういう時の彼女が一番怖いと僕は知っている。
けれど、倉橋さんは次の瞬間に引き締めた顔をふっと崩して笑った。
「先々を考えれば今すぐに取り掛かりたいところではありますが、まずは心と体をしっかり休ませましょう。清花お嬢様にはそれくらいの猶予があって然るべきですので」
「千洋さんの言う通り、今は休息の時間ね。何ならこのまま寝てしまってもいいのよ?」
それは流石に恥ずかしいので止めておく。
ともあれ、咲夜と倉橋さんの言うように心を休ませることも必要かもしれない。
これ以上はとやかく言うつもりはない様子で、再び耳かきが開始しようとしていた。
頭の中ではずっと先ほどの会話が繰り返されていて。
もし、僕が本気で嫌だと言ったら咲夜は倉橋さんを止めてはくれる。
けれどその場合は僕の成長の機会はずっと先になる。咲夜が大丈夫だと判断するまでは先送りになってしまう。
だから、僕が決めなければ。
「ねぇ、咲夜」
「何よ? 言っておくけど、寝るなら一時間くらいにして頂戴。足が痺れたら嫌だから」
「そうじゃないよ。……ただ、うん。少し休んだら、もっと頑張るから。それだけ言いたかったんだ」
より女性らしくなれば強くなるのは本当のこと。
あの白面に目をつけられてしまった以上、強くなる方法がそれしかないのにやらない理由があるものか。
必要なのは自分の覚悟だけ。それなら簡単だ。自分のちっぽけな自尊心なんて天秤にかけるまでもない。
「そう」
咲夜はそれだけ呟いて、髪の毛を優しく撫でてくる。
「無理だけはしないようにね」
「分かった。気をつける」
そこまで言ってからこちらを見る倉橋さんと大門先輩の目線が生暖かいものだということに気づいて、お互いに少し気恥ずかしくなって途中になっていた耳かきを再開するのだった。
これにて一章は完結になります。
ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございました。
明日は閑話として小話が上がりますが、次章に関しては期間を開けて投稿する予定です。
ということで、☆☆☆☆☆やブックマーク、いいね、ご感想など頂けると幸いに御座います。
それでは、また!