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三話-5 行方を辿れ




 まだ何も話していないというのにその場の勢いで決める彼にこちらは疑いの眼差しが強くなる。

 悪いことは考えてはいなさそうだけれど、その腹の中までは読めない。それを語ろうとは彼はしないだろう。


「……即断即決ですね。少しは疑うとかはしなかったんですか?」


「うん? まぁ勘だけど、そう悪い話ではないだろうと思ってるからね。大蓮寺の血を引いてそこまでの力を付けた子が悪いことを考えるのはあまり考えられないし。そこについては俺は信用をしているんだ。君からしたらこんなこと信じられないかもしれないけどね」


 果たしてこの話を聞いたらその言葉を撤回せずにいられるかどうか。


「そうですね。どうしてそこまで信用しているのかは謎ですが。……とりあえず協力関係になった土御門さんにお願いがあります」


「聞こう」


 彼は改めて姿勢を正しくして聞く構えを見せる。

 僕がやろうとしていることは本来は一人でするつもりだったことだ。家に帰り、咲夜にのみ告げるつもりでいた。

 考えを変えたのは、彼を直接この目で見たから。


「これから僕のすることには人手が必要なので、土御門さんが動員出来る可能な限りの人をすぐに動かせるようにして下さい」


「……協力はするとは言ったけど、流石に理由がないとそれは出来ないよ? 何せ動くのが俺だけじゃないからさ」


「分かっています。理由は説明しますけど、その前に……」


 僕は咲夜の方を見る。何も言わずに推移を見ていた咲夜はこれが僕の言っていた彼女にも言わなかったことなのだと気付いた。

 立ち上がり、仕方ないといった様子で肩を竦める。


「何をすればいいの?」


「咲夜と、それから冬香のお婆様には少し案内して欲しいところがあります」


「私が、ですか?」


「はい。お手数ですが、必要なことなので」


「であれば是非もありません。僭越ながら私目にもお手伝いさせて下さいませ」


 話が来ると思っていなかったらしい冬香のお婆様が驚きつつも立ち上がる。

 残る人たちには一先ずここで待っていて欲しいとお願いをしつつ、二人を伴って部屋を出て屋外へと出る。

 多少困惑したような顔の二人を連れながら、ある程度離れた位置まで歩き続けた。


「お二人に付いて来て貰ったのは、探したいものがあることとそれを使ってとある場所を探りたいからです」


 無言で続きを促す二人に応えて続ける。まずは水を球状に周りに貼り、音が外に伝播させないように術を施す。


「結論かと言いますと、大蓮寺家に呪いを自らの意思で受けたのは当時の大蓮寺家当主ということになりますが、その呪いを実際に掛けて計画を実行したのは別の人物になります」


 告げる言葉には二人はやはりという顔をしていた。

 これ自体は簡単に予想は出来たことだろう。そもそも大蓮寺家には浄化の力以外を扱うことは出来ず、呪いを扱うことなんて以ての外だ。そんな家系の人物に呪いがどうしたら掛かるのかは疑問に思うのも当然のこと。


「僕はその原因となった事件について半ば確信をしているので逆説的な推察にはなりますが……」


 まず思い出すのはあの怨嗟の声。人を恨み、妬む感情に染まり切ったあの醜い魂だ。

 アレが言っていた姉という言葉からして、それは血の繋がった家族に向けられたものであったのは確実だ。

 恐らくはそこに付け込まれた結果、妬みの対象である家族を排除して自らが当主の座に就いたのだろう。

 権力を握った後は人を遠ざけ、更には将来生まれてくる"自分よりも優秀かもしれない"我が子を妬み、遂には呪いに手を出した。

 そこから大蓮寺家の苦難が始まった。


「当時の状況は正にその通りです。当時の当主は誰よりも嫉妬深い人だったと言い聞かせられています」


 自分の先祖が全ての元凶だと知り、冬香のお婆様が当時に思いを馳せている。大蓮寺家の中で最もその状況を味わってきたのが風音様だ。強く瞼を閉じたのにはどんな意味があるのか、それは当事者以外には理解出来るものではなく。

 元凶となる人物は今となっては既にこの世にはいない人。この場で何を言っても届きはしないし、責めたところで過去も変えられはしない。

 しかし、これからを変えるには重要な人物であることも確かだ。


「冬香のお婆様には、その人のお墓に案内して頂きたいのです」


「本人の遺骨にまだ呪いが残っていると言うことでしょうか?」


「恐らくは。それだけではなく、呪いを掛けた人物との繋がりが見つけられるかもしれません」


 そこで咲夜を見る。彼女も自分が呼ばれた理由が分かり、納得の表情で頷いた。


「私の目には霊力や妖力といった力の流れを可視化する力があるのです。その呪いと呪いを作り出した人物に繋がりがあるのなら私がこの眼で追うことも可能でしょう。この力のお陰で誰にも見つからなかったこの子を見つけ出しましたから、まず間違いなく出来るかと」


「そんなことが……」


「戦い自体には何の役にも立ちませんがね」


 肩を竦めて自嘲気味に笑う咲夜に風音様は無言で首を横に振った。


「それはそうと、遺骨でしたね。あまり先祖の墓を掘り起こしたりはしたくはありませんが、そうは言ってられませんな」


「それについてはご心配なさらず。直接遺骨を見なくとも土の上からでも分かるはずなので。清花、つまりは冬香から出た呪いと同種のモノを見つければ良いのでしょう?」


「うん。これは咲夜にしか出来ないことだから。やってみるだけの価値はあるよ。ただ、ここにあれば何も問題はないんだけど……」


 言葉にすると現実のものとなってしまいそうなので言わずにおいた。けれど、多分言わなくても結果は変わらないだろうと僕は踏んでいる。

 咲夜は案内をされた墓石を隅々まで見渡していく。ごく僅かな呪いの痕跡を探しているのだろうけども、それはとうとう目的地に着いても分からず終いだった。


「何もないわね。見落としはないはずだけれど……」


 考えられるのは、そもそもここに当事者の遺骨がない可能性だ。あれほどの呪いを有しておきながら自身には何の痕跡も残っていないというのは咲夜としては絶対に有り得ないらしい。


「墓荒らしに遭ったってこと? 犯人が持ち出したとか?」


「というよりは、呪いの発見を恐れて最初からここに埋葬していないのだと思うわ。……風音様、その先祖の人が持っていらした装身具や思い入れの深い道具、或いは遺髪などは残っていますか?」


「なに分、当時暮らしていた屋敷は手放してしまいましたもので。残っている物と言えば当時の着物くらいのものでしょうか。それも当人の物かと問われれば絶対とは言い切れませんが……」


「とりあえずは見てみましょう。案内をして下さい」


 冬香のお婆様に案内をしてもらう中、僕はそっと耳打ちをする。


「冬香のお婆様、咲夜のことについては他言はしないよう口裏合わせをお願いします。彼女の力は知られていないことが武器になりますので」


「分かっております。清花様についても、お二人のことは土御門の方々が相手でも一切口外することはしないと固くお約束致します」


 謝辞を述べながら続いて歩いて行くとやがて古ぼけた小屋のようなところに辿り着く。

 大蓮寺家が衰退していく中で多くの物資が売却されたりしたけど、その中でもこれだけは売れないとされてきた大切な物を保管している倉庫だという。大半がいつの物か分からないくらい古い物で、もはや価値としてはそう値が付かない物が多い。思い出の品々といった物ばかりだった。

 そんな小屋の奥、そこにある物に僕と咲夜の視線は釘付けになっていた。


「これだよね?」


「凄く嫌な気配がするわね。私としてはすぐに浄化して欲しいところだけど、それをすると辿れなくなるのよね」


 一つだけ、倉庫の中では場違いなほどに高そうな着物が残っていた。

 異彩を放つそれは、僕からはドス黒い怨念のようなものが宿っているように見える。

 咲夜からはどう見えているのか気になるところだけど、言葉からしてあまり良い見え方ではないようだった。


「咲夜様、清花様。それは……つまり?」


「えぇ、確実にこの着物の持ち主が呪いの主ね。間違いないわ」


 時が経ち微かに残るだけの残滓が、まるで生ごみのような腐臭のように敏感に感じ取れてしまう。

 これ自体に何かを呪う力はないけれども、あまり残しておいても良いことはないだろうことは間違いなかった。


「五分程頂戴、すぐに見つけるわ」


 咲夜が着物から霊力の繋がりを探っている間に僕たちは他に例の女性に関係する物を探す。

 結果的には他にそれらしい物はなかった。偶々残っていた着物は代々処分しないように申し付けられている品だったらしいから、当時の当主はよほどの自己顕示欲の持ち主だったのだろう。


「見つけた」


 丁度五分が経った頃、目を閉じていた咲夜が呟いた。


「やはり遺骨は持っていかれていたみたいね。出元を探られると面倒だからか、下手に捨てられずに未だに手元に残しているみたいよ。……あるいは何かに使うつもりなのかしら。いずれにしても、碌な感性をしている連中ではなさそうね」


「もう、最初から最後まで悪意しか感じられないね」


 こうして逆探知を出来る人がいなければ発覚しなかっただろうことを考えると、今の今まで誰にも知られなかったのは相手にとっては相当な幸運だったはずだ。最も、その幸運もここで途絶えることになるけれど。

 そんな僕の気配を感じてか、咲夜が怪訝そうな顔でこちらを見て来る。


「まさか、ここに攻め込むつもり?」


「その相手のことに関しても話したいことがあるから、一旦皆がいるところに戻ろう。そこで続きを話すよ」


 何か言いたげな咲夜と何も言わずに頭を下げた冬香のお婆様と共に部屋に戻り、残っていた人たちに先ほどまでの経緯を説明した。

 ある程度の経緯を想像はしていたらしい大人組と土御門さんは納得をしていたけど、冬香は隠しきれないほど怒りを露わにしていた。


「それじゃあその人が真犯人ってこと⁉︎」


 冬香は食い気味に咲夜が地図の上に指し示した場所を覗き込み、そこを睨みつけるように一心不乱に見つめている。


「真犯人っていうよりは共犯者だね。流石に浄化の力を持った人の体の中に呪いを埋め込むのは本人の同意なしには出来ないはずだから。呪いに精通した別の協力者が必要不可欠だよ。僕的にはこっちこそ真犯人かなって思ってるけどね」


「そう、なんだ。……じゃあ、その人がいなければ呪いなんてなかったんだよね? わざわざそんなことをするなんて……許せない」


 冬香が新たに判明した共犯者に怒りを向ける気持ちは分かる。そいつがいなければという思いは確かにあるだろう。

 人として、退魔師として、そして大蓮寺家として越えてはいけない一線を越えた先祖に対しての怒りも。

 彼女からしてみれば怒涛の二日間で、その間に色々な情報が詰め込まれていっぱい一杯になりつつある。それは仕方のないことで、僕という存在がある以上はいつかは経験することだったと思って欲しい。


「冬香。怒ってくれるのは嬉しいが、今は清花様たちの邪魔をしてはいかん」


「お婆様……」


「今はあの方たちにお任せしなさい。我々は力無き身でしかないのだから。だからこそ、常に何事にも感謝を忘れぬようにな」


 冬香が頭を優しく撫でられて大人しくなったので、頃合いを見計らって話を戻していく。


「それで、まずは場所についてですが」


 一応、僕が見つけたという体を取っているので咲夜から聞いた場所を端末で開いた地図の上から指し示す。

 そこは一般的には色街、或いは風俗街と呼ばれているようなところだ。

 人の欲望の集う場所。ここには実に様々な感情が集っていることだろう。

 妖怪の好きそうな負の感情が。


「聞いたことがある。原因となった当時の大蓮寺家当主は貞淑な姉たちと比べても異常な程に色狂いだったと。そこに所縁のある場所ということか」


 どうやら土御門家が大蓮寺家のことを何とかしたかったというのは本当のことらしい。過去のことも詳しく調べ上げているようだ。


「初めからそうだったのか、嫉妬に狂った結果なのかは分かりませんが……。ともかく、その人はここと強い繋がりがあることは分かっています」


「分かったところで、他者の地域に割って入ることは早々出来ないけど、どうする気だ? 協会に報告をするか?」


「それもアリですが、今回に限っては大義名分があるので協会には事後報告のみをして即時突撃を敢行します」


 相手が呪いを専門とするような呪術師と呼ばれる類の人間であったとしても、人間が相手ならばそう簡単に捜査をすることは出来ない。

 その土地の主に許諾を得なければならないし、捜査の手が入るのは全ての処理が終わってからになるのは間違いない。それでは意味がない。

 けど、今回に限ってはそうではない。


「そんなことをすれば結構な問題になると思うけど? 勝手をし過ぎれば流石に浄化持ちだからって多めには見てくれないよ?」


「相手が人間以外だったとしてもかな?」


 僕の答えに一瞬、空間に静寂が訪れる。予想はしていただろう。何ならそうであった方が良いとすら考えていたはずだ。

 相手の人の場合は法律だったりが邪魔をするけれど、妖怪相手ならそれはない。ただ実力でもって打ち倒せばいい。

 しかし、それは相手が倒せる強さの場合に限る。

 この状況を作り出せる奴が容易に勝てる相手だと、ここにいる誰もが考えてなんていなかった。


「それは本当なの?」


 咲夜の問いはこの場全ての人たちの総意のように思う。僕自身、これをおふざけで言うことなんて出来ない。

 それはつまるところ、人間社会に妖怪が人知れず溶け込んでいるということなのだから。そして、妖怪たちの目的はある程度達成しようとしていた。自分たちの天敵である浄化の力を持つ一族を排除するという目的を。


「呪いを浄化する時に背後から操っていた妖怪が見えた。間違いないよ。相手は妖怪だ」


 呪いを祓った時に見えたのは最後にこちらを強く恨む憎しみの籠った感情だった。

 色狂いだった大蓮寺家の先祖だけではない、妖怪と人間の負の感情が混ざり合った結果、大蓮寺家を蝕む呪いと成ったのだと僕は知っている。


「その妖怪って?」


 咲夜は嫌な予感を持ったような緊張感のある顔で尋ねてくる。

 冬香の中にあった呪いを浄化した時に見えた、過去の党首が接触したであろう妖怪を思い出し、知らずの内に乾いていた喉から言葉を絞り出すようにして語る。


「狐が見えた。尾が……九本の」


「白面……九尾の狐か!」


 土御門さんが驚きの声をあげる。たった二つの情報だけでも僕たちの頭には同様の妖怪が想像出来ているはずだ。

 その名はそうそう聞く機会はない。なぜならそれは妖怪の中でも大物である大妖怪の名ではあるものの、妖怪が復活して以来の日本では発見報告が一つもないからだ。もはや既にいないとされていたそれは、こんなにも身近に潜んでいたということに驚きが強い。

 まず妖狐という種族はいる。鬼とは違い、身体ではなく術の扱いに長けた妖怪の種族で、その練度は最低でも三級だとも言われている。攻撃から防御、補助に至るまで術の達人とも言える存在だ。

 土御門さんの口にした白面というのはそれに近いけれど、存在の格はもはや別種の何かだ。古い言い伝えでは人としての名前も持つくらい、化けたり人を欺いたりするのが得意な存在だという。かつての昔の人でも退治出来ていなかったことからその厄介さが推し量れるというもの。

 九尾の狐の階級を人間に当てはめれば、最上位を指す特級こそが相応しいというのは誰もが否定しない。というか、否定なんて出来ない。

 それくらい白面金毛九尾の狐の名は一度は耳にするくらい有名ということ。

 例え土御門の名を持ち、その中でも天才と呼ばれる彼でも無意識に握り拳を作ってしまうのは無理もないことで。


「だからこそ、土御門さんには相応の戦力を調達して欲しいんだ」


「五家の当主が動かなければいけない規模の話だ。確証もないままには動かせない。無闇に動けば悪戯に被害が増えるだけだ」


 すぐには頷けないのは分かっていた。けれど、事は一刻を争うことも彼は理解しているはず。

 のんびりとこちらの戦力が集まるのを待つほど相手は馬鹿ではないと。


「最悪は僕一人でも突撃をするつもりなので、明日のお昼頃までに動けなければそれまでということで構いません」


「……どうしてそこまで早急な解決を望むんだ? 万全を期すなら感づかれないようにじっくりと包囲をするべきだと思うけど?」


「そうよ、貴方が一人で行っても返り撃ちに遭う可能性が高い。本当に白面が相手なら可能な限りの戦力を整えるべきよ。流石に貴方でも無茶だし無謀だわ」


 当然の懸念に咲夜も同意してくる。確かにそれが最善ではあるし、本当はそうするべきなのだろう。

 相手がそんな時間をくれるという前提があるのならば、だけど。


「相手は分かっているだけでも五十年の時間を退魔師に一切気取られずに動き続けた相手だよ。こっちが派手な動きを見せようものなら逃げるだろうし、静かに時間を掛けてもいずれ気付かれるのは間違いない。そんな相手には、作戦とか端から決めてかからずに即時急襲が最適だと僕は思う」


 今まで大蓮寺家に掛けられた呪いを誰も見破られなかったというのも、かの大妖怪の力を示していると言える。

 それはここにいる天才、土御門景文に対しても同じ事。

今回はたまたま咲夜の眼に引っかかったというだけで、他の方法では見つけられたかどうかすら分からない。もし逃げられて大蓮寺家の呪いのように隠れられていたら、次も白面のことを見つけられるかどうかすら分からない。ここが、今こそが九尾の狐をこちらから叩く千載一遇の機会と言っても過言ではない。 


「待ちなさい。それは相手が弱いから出来る手よ。相手の力量を考慮すると返り撃ちに遭う可能性が高いと言っているの」


「万全を期しても勝てるか分からないんだ。敵は最強の一角、如何に君が浄化使いの中で抜きん出た実力を持っているとしても自惚れが過ぎると言わざるを得ない。もしも無理な突撃をする場合、俺はそれを止めなくてはいけなくなる」


 弱いから挑むなと、勝算もないのに調子に乗るなと言う。

 二人からすれば叩くなら今しかないというのは僕個人の主観によるものしかないので信憑性に欠けている。だからこの話には乗り気ではないし、僕が意地でも動く気でいるのならば実力行使で止めようと身構えてすらいる。

 咲夜に至っては戦える力がないというのにだ。

 他の大蓮寺家の人たちは静観をしている。自分たちを苦しめた元凶に思うところがない訳ではないけど、僕に賛同しても手助けは出来ず、かといって止める手立てもないからだろう。

 いっそこのまま飛び出して行けるけれど、それは咲夜との信頼を打ち壊す行為だ。軽率に取っていい行動ではないことは重々理解している。

 その咲夜は僕の腕を在らん限りの力でもって掴み、訴えかけるように言い放つ。


「清花、契約を思い出しなさい」


「………………」


 それは僕を止める一言だった。


「咲夜……本当にそれでいいんだね?」


「愚問よ。貴方の命に代えられるものなんてないわ」


 立身出世の機会があれば見逃さない咲夜にとって、物事には常に利益と損失との釣り合いを意識して考えられている。その咲夜が僅かでも悩む素振りがないのは僕が負ける可能性が高いと見ているからだ。

 ここで強硬に白面の討伐に打って出るのは望んだ援軍を得られず孤立無援の状況になるかもしれない。

 僕が懸念しているのは白面がたった一人だけこちら側にいるのかという点で、他にも援軍となる妖狐がいる可能性を考えた故の援軍要請だ。

 元々自分一人で白面とは戦うつもりだった。勝てると思っていた。

 白面を討つことが出来れば名実共に一人前の退魔師として名乗れ、それが咲夜の為にもなると思ったけど。

 彼女にとって決して譲れないものがここならば、従おう。


「仕方ない。白面のことは諦めるよ」


 肩から力を抜いて言ったその言葉に周りから安堵の息が漏れ出た。反対されなければ僕は確実に向かっていたのでその気配を感じ取っていたのだと思う。

 もう白面を討つ機会はないことを残念に思いつつ、この人間の世界で何かを画策している大妖怪の計画を出来るだけの邪魔はしてやろうと心に決める。

 その為の手段を僕は持っているのだから出来ないことはないはずだ。


「それならこの情報は慎重に使った方がいいよ。このまま放置するなり、討伐隊を組むなり好きにすればいい。無駄足になるとは思うけど、相手の活動拠点を潰せるという意味でなら大きな意味があると思うからね」


「無駄になると決めているけど、根拠はあるのか?」


「うん? 白面が逃げるかもしれないってこと?」


 土御門さんの指摘は御尤もだけど、ある意味でその答えは彼らが口にしていた。


「二人が言ったんだよ。相手は最強だって。そんな相手が自分の身の危険に鈍感な訳がないじゃないか。きっと何かしらの方法で自分が討たれる未来を回避すると僕は思うよ。未来予知とか、占いとか大妖怪なら色々出来ることはあるだろうしね。伊達に何百年以上も誰にも気づかせずに潜伏をしている訳だから説得力はあるでしょ? それをさせない為には相手に対処させる暇を与えないことだけど……」


 そこまで言っても二人は意見を翻すつもりはないようだった。


「取り逃した白面が次はどこに潜伏するのか、その辺りまで考えて作戦を考えた方がいいよとだけ言っておくよ」


 きっと僕は白面のことを軽く考えているのだろうとは思っている。

 浄化という妖怪に対しての決戦兵器とも呼べる力を持っているから。あるいは自信過剰になって天狗になっているだけか。

 しかしながら、反対に二人は相手のことを重く捉えすぎているとは思ったりはする。浄化の一族の誰も発見出来ないような呪いを施した術士を逃したりすれば未来でどんなことになるか。いや、これまで野放しになっていた分、事態はずっと深刻なもののはずだ。

 罠を仕掛けたのが大蓮寺家だけだとは誰も保証なんてしてくれない。むしろ、相手を考えれば被害はもっと多くあると考えるべきで、その対処は早ければ早いほど効果はあるはず。相手の意表を突ければきっと状況は打開出来る……はずだった。

 僕の話を聞いてここにいる人がどう感じたのかは分からない。ただ、土御門さんは神妙な面持ちで頷いていた。彼が一番事の重大さに気づいていた。

 土御門さんが早速話を持ち帰りたいということで腰を持ち上げた、その時————


『フム。いや、全くその通りよ。この分では手塩をかけて作った地を手放さなければならぬ。幾年を掛けて築き上げた城を手放さなければならぬのは何とも歯痒いことよ。のう、浄化の神子よ』


 どこからか聞こえてくる声はやけに貫禄のある大人びた男性の声。

 それと同時に途端に感じさせる妖力は鬼なんて比ではない程の量と圧力でもって僕たちをあっという間に包み込んだ。

 生物としての危機感知能力が最大限の警戒を促してくるのを瞬時に脳が理解した。


『が、それは主らがここより生還したらの話よの』


 火の玉、なんて生温い。触れる物全てを滅却せんとする業火が瞬く間に顕現し、僕たちへ放たれた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白いです! 続き楽しみにしてます!
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