三話-4 招待状と約束
咲夜に続いて僕が立ち上がり掛けたところで、土御門さんから待ったが掛かる。
足を止めた僕たちを見て、話し合う気があると見たらしく言葉が続けられた。
「冬香さんのことは土御門に預けてもらって構わない。既にこっちで全面的に面倒を見る用意は出来ている。話とはそのことではなく、大蓮寺清花さん。君に招待状を持ってきた。まずはこれを受け取って欲しい」
「うわっ、と」
言いながら懐から取り出した紙を手裏剣の要領で投げ飛ばしてくる。
無視すれば怪我をしかねない程の速度をしていたので仕方なく受け止める。捕まえた時に挟み込んだ指から煙が上がっているのは多分気のせい。
触ったみたところ、封筒の中に一枚の硬いカードのようなものが入っているのを確認した。
「清花。そのまま読まずに返してしまいなさい。どうせ禄でもない招待よ」
「無視するのは出来れば止しておいた方がいいよ。そうしたら連中は喜んで掻き乱しに来るだろうし、何ならそれを望んですらいる。最悪の場合、君達をなりふり構わずに無理矢理にでも引き剥がしに来る可能性もある。今の君達にそれを退けるだけの力はないんじゃないかな?」
一転攻勢という様子でこちらにとって心底嫌な情報を持ってきた彼は余裕の笑みを浮かべている。
ご丁寧にこちらの逃げ道を潰して来るところとか、そこに躊躇いがない様子だとこういった手管を使うのは得意なのかもしれない。
僅かな時間を用いての熟考の末、咲夜は舌打ちをした後に振り返って対面することを選んだ。
そして僕に向かって手を差し出してくる。
「清花、招待状を貸して」
「宛先は僕らしいけど?」
「開いた瞬間に瞬間転移でもさせられたら困るもの。それくらいの警戒をして然るべき相手ってこと」
「それなら、猶更に僕が開いた方がいいと思うけど」
手紙からは特に悪意は感じられないけども。もしものことがあるなら対応力のある僕の方がいい気がする。
たたでさえ咲夜は戦闘能力がからっきしだというのにそんな危ないことはさせられない。咲夜はそれならと無理矢理に奪い取ろうとしてくるけれど、身体能力的にそれは叶わずにいた。
そんなやり取りをしていると、横から押し殺したような笑いをする土御門さん。
「いや、悪い悪い。でもそう警戒することは必要だと思うよ。あの連中は悪巧みをすることが趣味のような連中だからね」
「僕たちの中では貴方もその中に入っているんですが?」
「まさか! 浄化の力が怖くて直接出て来られないような腰抜け共と一緒にはしないで欲しいな」
「土御門さんはそうではないということですか?」
「事実としてこうして自ら出張って来ている訳だしね。こうして浄化使いの前に問題なく立てると証明したことで俺の人間性はある意味担保されたようなもの。それだけでもこうして足を運んだ甲斐があったというものだね」
それがどんな意味を持つかは知らないけども、どうやら彼にとっては意味のある行動だったらしい。
彼ほどの人物がわざわざここに来るという意味がどれだけの意味を持つのかは僕には分からない。
それでも彼が何か他の目的をもってここに来ているということは分かる。ただ僕に会いに来て招待状を渡すだけ程度のことで彼ほどの人物が出張ってくるとは到底思えないから。
「まぁまぁ、俺を警戒する気持ちは分からなくもないけどさ、とりあえず手紙の中身を読んでみたら? もしも手紙に罠があるって思っているなら、俺がそれを開封をしよう。その後で俺が悪戯でもしようと考えようものなら清花さんが気付くだろう?」
「そこまで言うのならお任せしますけど……」
彼に手紙を渡すと、予想されていた反応はないままに中から一枚の紙を取り出す。それを受け取って見ても特に悪意らしきものはそこにはなく、書かれているのは日時と場所のみを記した紙切れ一枚のみだった。
「これは?」
「退魔師協会を介さないそれぞれの家の、力のある奴らが集まる集会所みたいなものかな。協会主催が公的機関のものだとしたら、こっちは民間主催ってところだね。それでも一応、由緒ある家柄とか実力の認められた者しか招待はされないんだよ。一応、世間的には名誉なことらしい」
「へぇ……。そんなところがあるんですね。知りませんでした」
退魔師協会とは政府及び一般人が退魔師に対して関与をする為に設立した言わば公共機関のようなもの。人よりも優位に立ちながらもその存在を隠し続けてきた人たちの全員がそんな機関に所属しているかと言われれば必ずしもそうではない。僕だってその一人だ。
他者からの関与を嫌う人同士が結束し集まる場、僕が誘われているのはそんなところらしい。
「でもどうして僕をそんなところに?」
「色々あるだろうけど、一番の目的は直接自分の目で君を見ることだろうね。今まで見聞きした情報の中で果たしてどれが真実なのか、自分で確かめないと我慢出来ない奴は世の中にはごまんといるから。例の映像だって、今の世の中じゃ改竄なんていくらでも出来る。君が鬼や鵺を倒したことを疑う声も少ないけどあるということだね。勿論、俺は疑ったりはしていないよ。直接目で見たこの目を信じているから」
言いながらこちらに甘い笑みを向けてくる。何だか胡散臭いとしか思えないけど。
「なるほど。その考えには一定の理解はしますが、僕にとってのこの招待を受ける利益がありませんよね」
「一般の退魔師にとっては誘われること自体が名誉なことで参加することが退魔師的地位の向上に繋がると思っている訳なんだけど……どうやら君にとってはどうでもいいことみたいだね」
彼が言うにはそういうことらしいし、周りを見てもそのことに否定の言葉はないので本当のことなのだろうとは思う。
ただ、どうも葛木家で過ごした時期にそういった一般的な退魔師としての感性が培われなかったせいで、彼の言う名誉だとか地位向上だとかがあまり興味がないのは事実だ。承認欲求が目的なら、もっとテレビに出たりネットに色々と出ていたりしているだろうし、そういうことには余り興味がない性格なのかもしれない。
最も、その欲求が強かったら咲夜のアイドル化計画が今頃始まっていたかもしれないから、やはりこれで良かったのだろうと思う。
「そうなると、君に来て貰う為にはそれ相応の見返りが必要になる訳だ。ということで、一応こういう物も一緒に入ってる」
懐から取り出された封筒の中身を手渡され、確認すると何かの目録のようなものだった。宝石、貴金属などの品々の他に霊具らしき類の名前もある。
ざっと目を通しただけでもそれらが高級品であることは分かった。金で買おうとすれば一体どれほどの妖怪を倒さなくてはいけないのか、気が遠くなるほどの金額が積まれているということを。
目録の最後には、これらの品々の全てを譲渡する、と書かれていた。
「そこに書かれているのは当日に君が来てくれる"だけ"で渡す品だよ。その他に欲しい物があれば言ってくれれば俺から伝えるけど、まぁ余程の物でなければ大抵は用意して貰えると思ってくれていい。具体的には、一千万くらいまでなら二つ返事で頷いていいという許しを貰ってる」
「一千万……。どれも大変高価な物だというのは見て分かりますが、それを僕が行くだけで渡すと?」
「本当はもっと俗物的な、例えば自分のところの息子と結婚させてやるだとかはあったらしいんだけど。まぁ、普通に却下されるに決まってるよね。何様だって話だし。そいつは他の当主達にボコボコにされて出禁食らってたから気にしなくていいよ。まぁ、そんな経緯があったりなかったりで、無難に金銭に代われるような物に落ち着いたって話なんだ」
「はぁ。えっと……」
話がかみ合っていないというのはこういうことなのだろうか、彼の話では貰う物に対して僕が何か物申しているような感じだ。
そのことは他の人達も理解しているのか、一様に困ったような顔をしている。
「清花が言いたいのはそうではなく、どうしてそれらの金品をタダ同然でくれるのかって話よ」
皆が抱いていたことを代わりに咲夜が代弁してくれる。するとようやく考え方の違いに気付いたらしい。
なるほど、と言って手を叩いた。
「単純にそれだけの価値があると思ったんじゃないかな。そこは直接俺が関わっている部分じゃないから深く突っ込まれても答えられないと思う」
「それはそうですが…………それにしたって、多くはないですか?」
「物事の価値を決めるのはいつだって他人だよ。それに対して妥当かどうか考えるのは君の自由だけどね。個人的には会うだけの報酬としては破格だから貰える物は貰っておけばいいと思う。感謝としての報酬だから貰うことに引け目を負う必要もないし」
彼の言う事はもっともではある。値段の付けられないようなものに付ける価値は各々が決めるべきものだ。
だからいってこの一千万という数字がただ"行くだけ"で得られるものだと言うのは流石にはいそうですかと即答出来るものではなかった。
有り体に言えば、裏がありそうで怖い。
「思うに、清花さんは自分の価値を正しく認識していないようだから、こういう時は助言をしてもらうことをお勧めするかな。参謀役としてはどのようにお考えで?」
彼の目線は咲夜へと向けられる。そのことに釈然としない顔をしないながらも彼女は僕から目録を受け取って眺めていく。
「……これらの金品は全ていらないから、代わりにこちらからの条件を付けさせて頂戴」
それをポイと後ろへ放り投げた。
土御門さんはそれに対して特に反応を示すでもなく頷いた。
「とりあえず話は聞くよ。どういう条件がいい?」
「その集会での清花への強引な派閥や自勢力への勧誘を禁止。脅し、恐喝の類をした者は即刻退場すること。また清花が帰りたいと申し出た場合に引き留めることも禁止。今回結ぶ条件を破った場合には主催者が責任を以て対応すること。それでも止まらない場合、清花が実力行使をすることを許可すること」
「それで構わないよ。他にはある?」
即答で許可を出す彼に咲夜は一瞬怪訝そうに眉を顰める。
「……その場での婚姻の申し出、並びにその示唆も極力禁止。彼女への不必要な肉体的接触も禁止。彼女の素性に関することを詮索することも原則禁止で」
「婚姻関係に関しては完全には通らないかもしれないけど強く検討するよう強く言い聞かせるよ。それから、条件とは関係なしに女性に対しての不埒な真似はさせないよう徹底させることはこの場で約束する。それは人として間違った行いだからね」
スラスラと、咲夜の言葉に対して特に否定することもないままに話し合いは進んでいく。
その後もいくつか細かい条件を出していくものの、その大体は大して議論されることなく可決されていった。
余裕綽々な様子の彼とは真逆に、咲夜の感情が苛立たし気なものになっていくのが伝わってくる。
それでもお互いに表情は涼しいもののままなのは素直に凄いところではあると思う。そうして一通りの条件を設定し終えたのか、咲夜は思い出したように何でもない風に条件を述べる。
「あとは、そうね。土御門家が……いえ、土御門景文。貴方が今回の件の責任者になること」
「それは……」
今まで恙なく返事をしてきた彼が初めて言い淀む。
これまでの条件は責任者が主催者や家単位だったから彼は色々と条件を言われても笑って流していた。
しかし、それらの文言の内容全てが自分に降りかかるとなれば話は別になる。
涼しい顔をしていた彼の仮面が剥がれかけているのが見て手に取るようにわかった。
「……それについては簡単には頷けないな。具体的にどういった時に責任を取るか擦り合わせが必要になるね」
「清花が一人で対処出来ない事態に陥った場合、或いは彼女から助けを求められた場合は貴方が前面に立って事に対処をしなさい。もし自分は関係ないとか言い出したら、その集会に貴方が来ないことを条件に付けるわよ」
こういう時の咲夜の迫力は言い表せない程に力が満ち満ちている気がする。
なんと言うか、決して無視出来ないと思わせるような、言葉に力を感じるのだ。
それは彼とて例外ではないようで、少し面食らった顔をしていた。
「それは嫌だな。俺ってそんなに信用がないかな?」
「当たり前でしょう。愉快犯ほど放って置いて面倒な奴もいないのだから。こうして自ら出向いてきたのが運の尽きだと思いなさい」
「愉快犯は流石に酷くないか? これでも一応、お天道様に顔向けできないようなことはしてきてないつもりなんだけど」
確かに自らこうしてやって来なかったらこうはなっていなかっただろう。
今までとは違い、自分に関わる要求を突きつけられて、彼は少し困った表情をして。
それから両の手のひらをこちらに見せるように挙げた。
「……まぁ、仕方ないか。周りに味方がいない状況というのも心細いしだろうし。よし分かった。その条件も受けようか」
「そう。なら、貴方のするべきことは行き帰りを含めて清花を無事に家まで送り届けること。ある意味では一番至近距離で観察出来るのだから役得だと思って前向きにやれば? それくらいの権利くらいは与えてあげるから」
「そうすることにしようかな。清花さんはそれでいい?」
話の流れ的に集会には咲夜は来れない前提で話しをしている気がする。招待をされていない人物はそもそも来れないのかもしれない。
咲夜が一緒にいたら僕は諸々の対応を彼女に任せるだろうし、それを周り快く思わない。咲夜はいないものとして考えるべきで、だからせめて一人でも味方がいるようにという考えでこの交渉をしたのだろうと思う。
誰が来るかも分からないような場所だから、彼のような実力者を取り込みに行ったのだと。咲夜から見ても彼の実力は確かなものだと判断された、ということなのだろうと。
これまでの流れを果たして彼が予測していなかったかと考えると、それは表情が全てを物語っていた。
汗一つない余裕のある笑みからして、最後の条件以外の一連の会話が最初からこうなると見据えていた可能性すらある。
あるいは咲夜がその路線に自分から乗っかったと言うべきか。
「ちなみに、行かないという選択肢をとるとどうなりますか?」
「さっきも言ったけど、その場合だとより面倒なことになると思う。情報を得たい間者たちが君たちの周りをうろつき始めるだろうし、何かしらの情報を引き出そうと嫌がらせのようなことも起きるはずだから。一番面倒かつ急所なのが君ではなく、咲夜さんを狙った攻撃だろうね。特に、宝蔵家は表向きには彼女を好きに操れる立場にいる。無理矢理に近縁の配下の人と結婚でもさせて君から引き剥がしに掛かる可能性は決して零じゃない」
「僕が行けばその可能性はなくなるってこと?」
「そうする大義名分が無くなるからね。それでも執拗に君や咲夜さんを攻撃しようとする場合、君の浄化の力の矛先は自分たちに向くと、そう心の汚い大人たちは考えているだろうから、彼女だけが狙われる心配はしなくていいはずだよ。だから、ある程度は彼らの相手をしてガス抜きをする必要はあると俺は思う」
ガス抜き、それは以前にも咲夜が言っていたことだった。一度抜いたくらいでは抜け切りはしないということらしい。
「なるほどね……」
視界端に咲夜を入れる。その顔はすまし顔をしながらも苦々しく思っているはずだ。
自分が狙われるせいで僕が動かざるを得ないという状況は極力作りたくはないと思っているだろうから。
もしも今回咲夜が狙われるのを阻止したとしても、その後も同じようなことをしてくるはず。そして僕はそれを見捨てられない。同じ事が続けばきっといつか取り返しのつかないボロを出してしまう。それくらい、僕にだって分かる。
「土御門さんとしては、宝蔵家を黙らせるにはどうしたらいいと思う?」
思い付きで聞いてみた質問に彼は目を見開いて笑った。
「それは面白い発想だね。かの家に取り入ろうとはしても潰そうと考える人は君くらいだよ。……それは置いておいて真面目に質問に答えるとするなら、宝蔵家は単純に力で黙らせるのが一番だと思うよ。理由は至極単純、あそこの家は実力至上主義だから。首根っこを掴んで言う事を聞けと揺すってやれば黙るしかない。でなければ今までの発言もあって求心力がなくなり宝蔵家そのものがいずれ立ち行かなくなるからね。ちなみに俺の予想だけど、"そういう場"は用意されていると思うよ。なかったら俺が用意するから安心していいよ」
言い回し的に宝蔵家の人が来ることはほぼ確定らしい。
「それは願ったり叶ったりですが……」
「都合が良すぎるって? これに関しては完全に俺個人の道楽っていうのと、宝蔵家以外が咲夜さんを使った暴走を防ぎたいっていう思惑があるから確実に通すと思うよ。まぁ、そもそも君が宝蔵家の人間に勝てなければ何の意味もないんだけどね?」
試すような視線に真っ向から意思を叩き付ける。
「負けませんよ。例え、土御門さんが相手でもそれは変わりません」
戦って戦って、戦って勝ち続けること。それが僕が咲夜と交わした約束なのだから。
相手が誰だろうと。それこそ五家や十二家にだって負けはしない。
「へぇ」
常に飄々として雲を掴むような態度を見せていた彼の表情に僅かに変化が起きた。
獰猛な、それでいて興味深そうに、視線だけで壁に穴が開きそうな程に僕を見据える。
「何ですか?」
「いや、何でもないよ。ただ単に、俺にそう啖呵を切ってくる相手がまだいることに色々と思うところがあるだけさ」
その笑みがあまりにも意味が分からな過ぎて聞いてみると、何でもないとはぐらかされる。
追求してもあまり意味はなさそうなので話を進めることにした。
「では先ほどの咲夜の要求の通りで僕は構いません。その集まりというものにも行きましょう。ただし、それとは別に僕から一つだけ要求があります」
「君から? 要求って何かな?」
これは咲夜には相談していないことだけれども、視線で問うと構わないと言うように咲夜は頷いた。
思い出すのは冬香の治療を施した時のこと。
あの時に感じた感覚は今も忘れていない。ずっと口にしたいと思っていた。誰かと共有をしたかった。
でも、まだ早い。段階を踏んで、しっかりと話をしていかなければ彼を納得させることは出来ないから。
「この話を承諾した瞬間から、土御門景文さん。貴方が僕たちに協力をすることです」
「協力、というと? 具体的にどういうことを求めているのかな?」
「僕たちの行動に可能な限りの助力をすることです。もっと言えば、これから僕が行うことに対しての協力さえしてくれれば構いません」
「内容を聞いてからっていうのはダメなのかな?」
「構いませんよ。内容を聞いてからでも判断は遅くないので」
彼は少し悩む仕草をした後、自らの膝を叩いた。
「よし、受けよう。今から俺は君の協力者だ。実力でも知恵でも不足はないと自負してるからどんと頼ってくれていいよ」
そう笑って快諾する。その間、実に数秒。悩むと言うには短すぎる時間だった。




