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三話-2 家族の絆




 大蓮寺家で頂くことになった昼食は、ただ昼食と呼ぶには烏滸がましい程の豪勢ぶりだった。

 食事の内容もそうだけど、使われている食器やそれを乗せている机も凄く豪華そうな見た目をしている。

 流石にそれが高級品なのかどうかの真贋を見極める眼力を僕は持ち合わせていないものの、これがただの昼食の風景ではないだろうことは流石に理解出来る。

 今の大蓮寺家にこれを用意するのは苦しかっただろう。けれど、そこまでして僕たちを歓迎したいという気持ちの現れだと受け取ることにする。


「ここまで歓待の用意をして頂き、誠に恐縮です」


「凄く美味しそうで楽しみです。ありがとうございます」


 二人で頭を下げる。すると向こうからは落ち着いた声で冬香のおばあ様が声を掛けてきた。

 冬香と彼女の両親は部屋の端っこの方で話し合っているので祖母である風音さんが直々に応対してくれることになっている。


「お二人を持て成すには足りないかとは存じますが」


「そのお気持ちだけで十分です。とても美味しそうなご料理を本当にありがとうございます」


「そう仰って頂けるのは助かります。当家に現在出せるものはこれが限界でして」


「そんな……。では、次の機会があれば期待をさせて貰っても宜しいでしょうか?」


「えぇ、えぇ……。その機会が御座いますれば、是非にお願いしたく」


 今までの大蓮寺家であればこの質の食事を次に用意出来るようになるのは一体いつのことになるのか。

 お互いにもう今までとは違うという認識をしているからこそ、未来のことを見据えた話をする。冬香のおばあ様は全容は知っていないはずだけどある程度は察しているのか、既に感極まってきているのが様子から見て分かる。

 咲夜はその様子を察してあまり話を引っ張るのは止めたようだ。

 話があると、冬香とそのご両親をここへと呼んだ。冬香はまだ何があったかは明かしていないようで、父君の方は困惑しているようだ。

 母君の方は風音さんと同じで察しているのか、少し目が潤んでいるように見える。

 冬香をこちら側へ呼んで、家族と対面させる。


「お食事を頂く前に大蓮寺家の皆様方に朗報があります」


 皆の視線が冬香に注がれた。家族からの強い視線に彼女は一瞬だけたじろいだけど、僕が肩に手を置いて励ますように視線を合わせると、意を決して前に踏み出した。


「お母さん、お父さん、そしてお婆ちゃん。先日、ここにいる清花様に私の体を診て貰った結果、私の体には呪いがあることが分かりました。女性が子を産む時にだけ作用する、浄化の力を使えなくさせる呪いだそうです。その呪いのせいで今日まで私たちは力を扱うことが出来ませんでした」


 あの女性の怨念は凄まじいものだった。子々孫々に続かせるような呪いでなければ人ひとりを呪いだけで殺せそうな程の負の力の塊だった。

 呪いに打ち勝つには、生後間もない状態で強い浄化の力を持つか、呪いに感知されないようにするしかない。

 男として生まれた僕はそもそもが呪いの対象外で、転身をして女の子の体になった時には既に呪いに打ち勝てる程の霊力を自身で保有していた。だから僕に呪いが発生しても瞬時に呪いを弾くことが出来たのだろう。

 思えば、転身をした直後に何か良くないモノを感じ取って、けれどすぐに消え去ったような記憶がある。つまるところ、知らず知らずのうちに僕は自分の中に残留していた呪いを駆逐していたということだ。

 無論の事だけど、こんなことを他家で真似出来るはずがない。浄化の水しか扱えない血筋の大蓮寺家ならば尚更にそうだ。

 僕が自分なりの転身を修得したこと、転身した結果が女性の肉体であったこと、大蓮寺の血筋を引いているお陰で浄化の水が扱えたこと、これらはまるで奇跡のような出来事の連続だ。次の機会なんて、望むべくもない。


「ですが、清花様のお力によって呪いは祓われました」


 呪いという言葉によって曇っていた大蓮寺家の人たちの顔が希望に縋るようになっていく。

 その視線を受け止めて、冬香はもう一度僕を見た。

 家族たちから呪いが溢れ出したらと考えているのだろう。安心させるように頷く。その為に僕がここにいるのだから。


「早く見せてあげて。何が起きても僕が対処するから」


「はい!」


 冬香は目を閉じて朝から練習していたことを再現しようとする。

 周りが見守る中で、その甲斐あって彼女は浄化の水をその手の平の上に浮かべることに成功した。

 冬香の母君、それとお婆様にはそれが何なのかはすぐに分かったのだろう。次第に目尻に涙を溜めて、口元を手でを覆った。

 危険は直ちにはないと判断した僕と咲夜はそれとなく冬香から距離を取る。


「「冬香!」」


 我が子の好事を喜ばない親は少ない。漏れなく冬香のお母様は冬香に抱き着いて感極まったように泣いていた。

 いきなりのことに驚いた様子だけど、冬香がもがきつつもそこから抜け出す気がないのは見て分かる。


「お、お母様……っ! これは私だけの力ではなく、清花様のお陰なので……っ!」


「えぇ! 分かっています! でも、今だけはこうすることを許して頂戴……!」


「……はい」


 抱き合う二人を見ながらも僕は警戒を緩めたりはしてはいない。呪いを未だ宿しているかもしれない母親や祖母が襲われる可能性、それと二人の呪いが冬香に向かう可能性を考慮していつでも浄化の水を出せるように臨戦態勢を続けている。

 けれど、いつまで経っても呪いが動き出す様子はない。

 というより、そもそも呪いの存在それ自体が感じられない。


「清花、どう?」


 難しい顔でもしていたのか、横に来ていた咲夜がこっそりと話しかけてくる。

 ここで誤魔化してもすぐに分かることなので包み隠すことはしないことにした。


「……僕からは呪いを感じ取れない」


 僕の中にも呪いがあったことから、呪いは浄化の水が発現する可能性のある個人それぞれに宿っていると考えられる。元々が男の僕の中にもあったのだから、おそらく少しでも大蓮寺の血を持っている人全てに呪いはあると考えていい。

 だというのに、冬香の母親と祖母から呪いの存在を感じ取れない。

 感じ取れないくらい小さいというよりは……。


「覚悟はしておりました」


 僕の言葉を遮るように、その場に座し続けていた冬香のおばあ様が語る。小さい声で話し合っていたものの、こちらに注力して僕たちの会話を聞いていたのだろう。その言葉には諦観のようなものが混じっているような気がした。


「その呪いにとって、私共は既に用済みということなのでしょう。そして、その呪いが役割を果たしたということは……」


「はい。呪う必要がなくなったということは完全に力を削ぎ落した後ということかと。その残滓を祓ったとしても力が戻る可能性は限りなく低いと思います。ただ、完全に呪いがなくなったかどうかは調べてみないと分かりません。残り滓が悪さをしないとも限りませんし」


 どの道、身体検査はするつもりではあった。ここで期待を持たせてぬか喜びをさせておくよりはいいはずだ。

 口にするのは心苦しいけれど、今まで何も分からずにいた頃よりは幾分かましだ。何より、この人たちにはまだ希望が残されているのだから。


「残滓があの子に何かをする可能性はあるのでしょうか?」


「それも分かりません。他人の呪いを祓うこと自体、あまり経験のないことなので。このままにしておくことが良いことか悪いことなのかも判別が出来ません。ですので、後顧の憂いを断つ意味でお二人の体を診させて頂きのたいのですが」


「是非に。こちらからお願い致します」


「私からもお願い致します。万が一があって娘の邪魔にはなりたくないのです」


 祖母と母親の二人が僕に対して真摯に頭を下げてお願いをしている。その姿が良いものだとはとても僕には到底思えない。間違っていると思っている。

 その原因となる過去の異物には早々に退場して頂く方が良さそうだ。


「着替えなどの問題もありますし、今のところは異常は見られないので施術はお食事の後にでもするとしましょう。それで宜しいですか?」


「こちらに異存はありません。ですが……一つ、お聞きしても?」


「はい、何でしょうか」


 改まって、冬香のおばあ様が思案気に顔を伏せた後にこちらに問いかけて来る。


「孫の体にはもう何の影響もないのでしょうか? 力が使えなくなる程の呪いとなれば、少なからず後遺症はあるかと予想されますが」


「その懸念は最もですが、その点に関しては僕は専門家ではないのであまり多くを語ることは出来ません。冬香は力を扱えてはいますが、まだまだ過去の世代の力には程遠いでしょう。これからの修行次第で戻っていくのか、呪いの後遺症でこれからも十全には力を発揮出来ないのか。それはこれからの彼女を見守っていく他ないかと」


 私見だと、冬香に残っていた浄化の力の才能は全盛に比べれば微々たるもののはずだ。あの呪いの性質は力を一気に使えなくさせるものではなく、徐々に衰えて無くなっていくことと子供に呪いを引き継がせることを目的としている。

 そうすることで次代ではより少ない才能を引き継がせていき、最終的には脅威にはならない程度の存在でしかなくなるようにしたかったのだろう。

 だから、もう既に子供の出来る年齢に達している冬香は呪いによってその力を削がれ続けてきたはずだ。だからここからどうなっていくのかは誰にも予想も出来ないというのが現実だろう。


「……そうですか。では、冬香の子供はどうでしょうか」


「生まれる子供には呪いが掛からなくなったはずなので、例え冬香の力が伸び悩んだとしてもその子供が本来の力を取り戻す可能性はあると思います。確証を持って断言は出来ないのが心苦しいですが」


「そのお言葉を聞けただけでも胸を撫で下ろす思いです。答え辛い質問にお答え頂きありがとうございます」


「いえ。乗り掛かった船と言いますか、一応は従姉妹に当たるので。これくらいの手助けはして当然です」


 呪いは遺伝子の問題ではない。代々続いてきたと言っても根絶さえすれば問題はなくなるはずだ。

 大蓮寺家が全盛期の力を取り戻すにはこれからの絶え間ない努力が必要不可欠。とても厳しい道のりになるのは分かっている。

 それこそ血反吐を吐くような思いをすることだってあるだろう。もう止めたいと思うことだって多くあるはずだ。


「ただ御家から力が途絶えて久しい訳ですし、力の扱い方も忘れられていることも多いでしょう。ご家族の手助けがなければ、冬香の力だけでこれからの苦難を乗り越えていくことは難しいかと思います」


「仰る通りかと存じます。我らには、特に私共には冬香を導いてやれるような経験が御座いません。折々には清花様にご助力を願うこともあるかとは存じますが……」


「力の扱い方を教える程度であれば問題はありませんが、僕と冬香では身体能力という面で大きな違いがあります。僕の戦い方をそっくりそのまま真似をするのは無謀というより不可能です。そういった戦い方などの知識は大蓮寺家の方で補って頂くしかありません」


「でしたら、幸いにして当家には古くから伝わる多くの指南書が御座います。口伝も全て記憶しておりますので、必ずや冬香を無事に一人前にして見せましょう。……ただ、私個人としてはそれらの知識がないというのにどうやってそこまでのお力を得たのか疑問では御座いますが」


「勘、と言う他ないでしょう。僕には仰られた書物も、大蓮寺家の口伝も知識としてありませんので」


 こればかりは試行錯誤の結果というしかない。初めは扱いの難しさに戸惑ったりもしたけれども、身体能力一辺倒だけでは退魔師の仕事は務まらないと思い、化装術の次には死ぬほどの思いで特訓をしたからこその今の自分がある。

 元々研究するのが苦痛ではない性質なので力の使い方に関する探究は誰よりもしている自負がある。

 その過去の自分の経験を活かせば冬香の訓練にもきっと役立つだろう、と。そんな過去の思い出に耽ながら答えると、冬香のおばあ様の目がギラついたものに変わっていくのが見てとれた。


「なれば、それこそ初代巫女様の再来でしょう。ここは清花様に当主の座に就いて頂くことが……」


「風音様。言葉はあれですが、より上位の者の意思に従うのは退魔師として当然のことかと。清花は鬼をも単身で討伐し得るの稀代の逸材であることをお忘れなく」


「それは重々承知しております。その上で、あそこまでのお力を持つ清花様ならばそれなりの地位が必要なのではないかと思い至り進言させて頂いた所存で御座いますれば」


「お言葉ですが、清花の価値はそれ以上だと私は思っております。その初代巫女という人よりもです。ならば、彼女に相応しい地位は別にあるでしょう。大蓮寺家の当主には冬香こそが相応しいと思いますわ」


 咲夜と冬香のおばあ様が無言で微笑んだまま睨み合う。第二回戦目も負けず劣らずの圧力で持って場を静かにさせる。

 その後も何度か言い合いをしていたけど、流石に食事が冷めそうだったので僕が止める羽目になってしまった。

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