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三話-1 大蓮寺




 早朝四時頃から待ちきれないと起きては一心不乱に力を行使し、霊力を使い過ぎてぶっ倒れてしまった冬香(昨日の夜にお互い名前で呼び合うことにした)を大蓮寺家へと連れてやってきた時にはもう正午を過ぎかけていた。意識を失ってしまった彼女の代わりに詫びの電話を入れると、その分腕によりをかけて食事を用意してくれるとのことでご厚意に甘えることにして昼食は抜いて向こうことに。

 冬香の生まれの家である大蓮寺はその名の通りお寺を生業としている家だ。元々はもっと大きなお屋敷を持っていたそうだけど、それを手放して今は家族四人で慎ましくお寺で生活していると昨晩に聞いた。

 そのお寺の玄関で最大まで頭を下げるのは、そこに住む冬香さんの両親、それと祖母の三人だった。 


「ようこそおいで下さいました。清花様、咲夜様。一同、心よりお二人の来訪を歓迎しております」


「宝蔵咲夜です。由緒ある大蓮寺のご当主様にお会い出来たことを喜ばしく思っております。今後とも宜しく出来れば幸いです」


「あれ? 前に結構大蓮寺のことを散々に言ってませんでしたっけ?」


 代表として一歩前に出て挨拶をした咲夜に、後ろから冬香の口撃が入る。

 浄化の力が使えるようになったこともあって上機嫌になり、家族の前だからと気が緩んでつい口が滑って空気の読めない発言をしてしまった彼女は全員の視線を受けて一歩下がる。

 それを逃さないとばかりに咲夜が距離を詰めた。凄く怖い笑顔で。


「あれは貴方があまりにも身の程を知らなかったからその性根を叩きのめす為に言っただけで本心ではないに決まっているでしょう。自分の家族の前であの時の醜態を晒されたいというのなら私は別に宜しくてよ? どちらに分があるかは明白でしょうけれど」


 迫力だけで言えば一等級もある咲夜の凄みに冬香は更に後ずさる。


「あぅぁ……ご、ごめんなさい。もう言わないのでその話はなしにして頂けると……」


「冬香?」


「ぴっ」


 突然に掛けられた静かな、しかし威厳のある声音に冬香の背筋を凍らせていた。思わず僕でさえ背筋が伸びかけていたくらいの迫力だった。

 その当人とは、見た目から冬香の祖母だと思われる。ご高齢にも関わらず、その迫力は本当に凄まじいものだった。圧力を掛けてくる咲夜を煮詰めて凝縮したような凄みがそこにはある。その威圧感は倉橋さんにさえ引けを取らないものを感じた。


「後でお話があります」


「……はい」


 僕たちの前ということでお叱りの言葉はなかったけれども、それは保留されただけだと悟った冬香の空いた口からは魂が出ていそうだ。遂には力なく肩を落した。そんな姿を見ていると、何だか自分まで怒られているような気分になって気分が僅かにだけど落ち着かない。


「我が家の愚女が失礼を致しましたようで誠に申し訳ございません」


「いえ、あの程度は可愛いものでしたのでお気になさらず」


 あの程度の口喧嘩は咲夜にとってはお遊び感覚のようなものらしい。事実として、彼女自身の心には何ら傷一つ付けられてない。だというのに、向けられた言葉の刃は何倍にして返すのだから咲夜と口喧嘩はしたくないのだ。

 僕の反撃が専ら物理攻撃になってしまうのはこういうところが原因かもしれない。

 話が終え、次に視線が集中したのは僕だった。


「今は大蓮寺と名乗らせて頂いています。清花です。よろしくお願いします」


 頭を下げて礼をしてから暫しの間、静寂が辺りを包む。

 本物の大蓮寺の人たちからすると僕は許可なく自分たちの名を騙った不埒者といった認識のはずだ。それだけならいざ知らず、自分たちが使えなくなって久しい力を勝手気ままに思う存分振るっているとすれば内心どう思っているかは僕にも想像が出来ない。

 冬香に力が蘇ったことはまだ知らせてはいない。そのことで多少は印象は和らぐだろうけど、元々根付いていた悪印象はそう簡単には拭えないはず。

 最悪、この場で罵倒されて話すことすら拒絶されることも予想していた。


「……え?」


 だというのに、大人たちは服が汚れるのも構わずにその場に座して頭を下げる。膝をつき、手が汚れるのを構わずに頭を下げる姿には流石に戸惑わずにはいられなかった。

 視線を下に向けたまま、冬香のお婆様が語る。


「浄化の力は本家の人間のみが使える力。血が絶える危機以外の時を除いて他家で目覚めはしません。故に、我らは清花様を当主として向かい入れる準備と覚悟をしております。どうかこれからの我らの道標となり一族の行く末を照らす光となられますよう、伏してお願いするばかりで御座います」


 冬香の両親も揃って同じ態勢をとっているあたり、これがこの人たちの共通認識ということなのだろう。

 流石にこれには僕も驚いていた。咲夜から取り入ろうとしてくるかもしれないとは聞いていたけれど、こんな形でだとは思ってすらいかなった。

 色々と重大な発言があったけれども、流石に安易に頷いていい話ではないのは分かる。

 流石に話が大きくなりすぎだと判断したらしい咲夜が膝をついて目線を合わせて語りかける。


「お止め下さい、大蓮寺風音様。御家には"今は"正統なる後継者がいるのですから。自由なこの子を抱き込もうとするのは止して下さいますようお願いしますわ」


 咲夜と目線を上げた冬香のおばあ様が意味ありげに視線を交わし合う、貫禄のある遥か年上を相手に咲夜は一歩たりとも退く様子は見せなかった。

 そうして体感では数分とも数えそうな時間に、先に根負けしたのは冬香のおばあ様の方だった。あるいはそれすらそう見せただけかもしれない。


「そうですね。恩人に対して無理に迫るのは我々とて本意ではありませんから。ここは一度退いて、お互いにとって益となるよう方針を探っていきましょう。……お前達も、それで良いな?」


「はい。お婆様のご意向のままに」


「元より、異論を挟む余地などなく」


 勧誘するのをここでは諦めるという意思をあえて口に出して娘夫婦にも共有をさせ、今日のところはこの話題は口にはしないとこちらに認識させる配慮だろう。ただし、その言い方としては僕のことは諦めていないという宣言でもある。追及の手を出し辛い上手い躱し方だ。

 咲夜もそれを理解しているから目尻の辺りをひくつかせて少し苛立っている様子で。


「それで結構です。ただ、清花はあまり欲がない子なので大層なものを送られては返って困ってしまうと思いますわ」


「承知致しました。今後ともより良いお付き合いが出来ればと存じます。恩返しはまたいずれ、別の形でするつもりです」


「えぇ、お互いにとっての最良の道を模索出来れば幸いかと思います。清花もそれでいいわね?」


「うん。僕もそれで構わないよ」


 立場を代表とする二人はお互いにニッコリと、しかし全く笑っていない目で微笑み合う。

 歳の差は孫と祖母のそれだけど、そこにいるのは自らの利益を追及する自立した一人の大人たちだった。

 その間、僕と冬香はお互いに手を握り合って震えるばかりであったことは内緒だ。

 とりあえず玄関先にずっといるのもあれなので中に入れて貰い、大きな机のある大部屋に案内してもらう。

 冬香の祖母と両親は準備があると言って離れた直後、冬香はこちらに向かって思い切り頭を下げた。


「さ、先程は祖母が失礼をしました。決して咲夜さんを怒らせる意図はなくて……っ!」


 いかに先にこちらが大蓮寺の名を騙ったとしても、それを帳消しにしてもあり余る利益をもたらした僕に対して祖母の礼を失した行いをしたと孫娘である冬香が頭を下げて詫びた。その謝罪を咲夜が手で制する。


「謝罪は結構よ。あの程度のお遊び、別に何とも思ってないわ」


「お、お遊び……ですか?」


 僕と同じく二人の間に感じていた緊張間を思い出したのか、体を震わせて冬香が問う。


「あの人はあのまま言い返さなければ清花のことは手中に収める心算だっただろうけれど、全力で威圧される中それを止める度胸が私にあるか、或いは清花が自らの意思で断ることが出来るかどうかを見たかっただけよ。要は度胸試しのようなものね。まぁ、お客様相手にすることじゃないとは思うけれど。思ったよりも穏便な形に出来たみたいで一安心といったところね」


「だからって、清花さんの事情も考えないで言っていいことではなかったと思いますが」


「例え清花が当主になって自分たちを放逐したとしても受け入れる。そういう覚悟をした上での発言でしょうから、私はあまり強く責める気にはなれないけれどね」


「ほ、放逐!? そんなこと僕はしないけど!?」


 なんの事はないと言った様子で答える咲夜に二人して目を丸くしてしまう。

 どうしてそんな物騒な話になるのか。乗っ取るつもりもなければ放逐なんてもっての外だ。心外だと言ってもいい。


「落ち着きなさい、ただの例えの話よ。もしそうなったとしても、浄化の水が使えて強力な術士が当主になった方が大蓮寺家として確実な未来がある。退魔師として、家族と血を天秤に掛けただけの簡単な話というだけ。……これを正しくないと思うのは貴方たちがまだまだ若い証拠ね」


「そういう咲夜は実は年齢を誤魔化しているってこと?」


「お馬鹿。私は現実的な考えをしているだけよ。精神年齢の話を言っているのよ、お子ちゃま達」


「あいたた。抓るのは地味に痛いんだって」


 抓られた太ももを摩る。身体能力が高いといってもこういうところは普通の人と変わらない。

 赤くなってるところに浄化の水を塗り込んでいく。


「でも、お婆ちゃんなら本当にそうするかも……」


 考え事をしていたらしい冬香がぽつりと溢す。

 家族の絆よりも退魔師としての力を優先するのは咲夜の実家なんかもそうだ。退魔師としては寧ろ当然のことと考えているのかもしれない。

 今の世の中は圧倒的に退魔師が不足している。それはそうだ。ここ数百年は科学に力を入れてきて、神秘事には見ないように不思議という名の蓋をしてしまった。確かに科学の方がより多くの人に富を齎しはしたものの、そのせいで今は神秘によってしか対処出来ない妖怪という災厄に頭を悩ませている訳なのだから

 今の時代、退魔師なしには人間社会は回らない。退魔師のご機嫌を損なえば途端に立ち行かなくなる所もあるだろう。

 そういう意味では咲夜の言っていることは至極正しいものになる。感情面を抜きにすれば、だけど。


「でも、それも過去の話よ。冬香が力を取り戻せなかったらそうなっていた未来もあったでしょうけどね」


「それはそれで笑えないんだけど。ほら、冬香も固まっちゃったじゃないか」


「私としては乗っ取った方が好き勝手出来るし、何なら清花に家督を譲るよう働きかけてみるけど? 多分だけど、すんなりと譲ってくれると思うわよ」


「全然笑えないどころの話じゃないよ……。そういうのは止めてよね。あぁ、ほら、冬香が気絶しかけてるし」


「ただの冗談よ。仮定の話に決まっているでしょう。そうじゃないと、何のためにわざわざ清花が力を取り戻させたのか分からないじゃない。それに、人間って崖っぷちだと自覚した方が頑張れるものじゃない? 脅しじゃなくて、発破をかけてあげているのよ」


「そうだとしても、もう少し言葉を考えてあげてよね。ほら、冬香もそろそろ起きて。冗談だってさ」


 お家乗っ取りだなんて、そんなことをしても全然喜ばしくないし、何なら罪悪感で圧し潰されるのは確実だ。

 名家の頭ともなればそれなりに顔は効くだろうし、出来ることの範囲も広がる。それに付随して面倒毎も増えなければこれからの選択肢の内に入れていたはずだ。

 冗談だと聞いた冬香は信じられないという顔で飛び起きて咲夜を見る。


「あの、ではどういうつもりで大蓮寺を名乗ったのですか? てっきり私は大蓮寺の家督狙いだと思っていたのですが……。ああっ、今はそんなことは思っていないんですけどね!? それなら私のことなんか助ける必要はないですし! えぇ、全く思ってませんよ⁉︎」


 身振り手振りで今はそう考えてはいないことを示す冬香だけど、彼女の言う通り、僕たちの行動はお家乗っ取りを狙っているように見えても不思議ではない。昨日の時点ではそこまで話をしてはいなかったから勘違いをしていても無理はないけれども。


「それは、初めは大蓮寺と名乗った方が自然だと思っただけなんだ。訳あって元々の苗字を名乗れない僕にとっては好都合な名前だったからね。この力が使えるから誰もその血筋の人間だと疑いはしないし、浄化の水を使って戦う以上はどの道大蓮寺の血は隠せない。ならあえて自分から名乗ってしまおうって考えだったんだ」


「その、元々の苗字というのは……」


「ごめん。それは教えられないんだ。これからも誰にも言うつもりはないし、不慮の事故みたいなことでバレたりしなければ生涯話す気もないくらいの覚悟でいるつもり。だから、友達とか従姉妹とかだからって簡単に教えられるものじゃないんだ。ごめんね」


「そ、そうなんですか……。いえ、そこまでのことなら無理に聞いたり探ったりするつもりはありませんが……」


 僕が彼女の立場なら親類の状況を詳しく知りたいとは思うだろうけど、同時にこれだけ強く言われたら頷く以外にないはずだ。他ならぬ恩人で友達の考えなのだから。そこに付け込んでいるいるのは自覚している。ズルいとは思いつつも、だからって翻意することは決してない。

 だから冬香は「そうなんですか」と少し寂しそうに頷いた。一瞬だけ咲夜を方を見て……。

 一緒に住んでいることから咲夜は僕の事情を知っているだろうことは予想出来るだろうし、自分だけ教えられないというのは仲間外れだと思うところがあるのかもしれない。


「前回にも言ったけれど、損得勘定で言えば貴方に話す理由がないのよ。寧ろ、私たちにとっていらぬ不利益を被る可能性が増えるだけ。もしも、それでも教えて欲しいというのなら貴方がそれ以上の価値を私たちに示すしかないわ」


「それ以上の価値、ですか?」


「大蓮寺家を復興させて、五家……は流石に難しいでしょうからその次の十二家と対等に渡り合えるくらいに成長したら教えてあげないこともないわね」


「じ、十二家って! それは幾ら何でも遠すぎませんか……っ」


 まだ力を扱えるようになったばかりの冬香には厳しすぎる果てしなく遠い目標だ。

 もう少し手加減を、と縋るような冬香の視線を咲夜は無情にも断ち切った。


「既に清花はその十二家、あるいはそれ以上の奴らに目を付けられているのよ。この子を無理やりに誘拐してしまおうという勢力もいるくらいにはね。まだ実行には移されてはいないけど、怪しい人物は街中に頻繁に見かけられているわ」


 冬香は小さく息を飲み込んだ。まさかそこまでとは考えていなかったのだろう。


「ただし彼女の特性上、攫おうにも悪意は感知してしまうし、鵺や鬼と渡り合える身体能力だから力任せも出来ない。今は知名度もそれなりにあるからおいそれと街中で迂闊に手を出せないと、相手からしたら今は動きたくても動けない状況なの。だから貴方を送りつけた家のように搦め手で清花と接触を図ろうとしているって訳ね。だから、今の貴方は彼女の力になるどころか足手纏いなのが現実。不用意にこちらのことを知ってとしまうと、それを聞き出そうと何をされるか分かったものではないから、今はあえて何も聞かないのが賢明だと言えるわね。どう、理解出来た?」


 とても厳しい意見だ。現実を直視しなければならない言葉は彼女の心を確実に抉ったに違いない。

 けれど、安易にこちらに足を踏み込んできて危ない目に遭うのは冬香の方で、今の彼女には自分の身を守る力すらないのが実情。

 現時点では彼女と彼女の家におよそ力と呼べるものはないと言っていい。将来的に力を付けるとしても、おそらくは遠い先の話になるだろう。

 それに大蓮寺家の復興にはきっと他家の人たちが関わることになる。このまま僕たちが大蓮寺家と深く関わり続けるのは、今の段階では危険を伴う行為に他ならない。


「もしも、本気で私たちの……いいえ、清花の力になりたいと思うのなら死ぬ気で修行をして一日でも早く権力を握りなさい。恩返しをしたいと思っているのなら、それが一番早くて確実な方法よ」


「咲夜さん。……わ、分かりました。どこまでやれるかは分かりませんが、とにかく頑張りたいと思います!」


 冬香が自分のするべきことを見定めて決意を固めたところで、丁度良く部屋の戸が叩かれた。どうやら昼食の用意が整ったとのことだ。


「でもここではまだ力を使わないようにね」


 やる気になっている彼女に念の為に釘を刺しておくとハッとした顔になって笑った。

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