二話-7.5 お風呂女子会
すっかりびしょ濡れになってしまった片桐さんは最後の方にはくしゃみまでしてしまっていたのでまずはお風呂ということになった。
そんな彼女に抱きしめられて、濡れた体に加えて感激のあまり手から垂れ流し状態のまま水を掛けられて彼女よりもかなり濡れてしまった(凄く謝られた)僕もまた流れでお風呂にと誘われることに。
恥ずかしがり屋な設定を生かしてその場を去ろうとしたところに咲夜の一言によって逃げ道を塞がれてしまった。
『あら、別にいいじゃない。明日までに色々と話しておきたいこともあるでしょうし、これを機に従姉妹として仲良くなっていけばいいんじゃない?』
などという有難い助言(?)により、あえなく捕まってしまうのだった。
そんな訳で身包みを剥がされて大衆浴場に放り込まれてしまったという経緯になる。
一応、お情けとして二人にはバスタオルを体に巻いてもらいはしたけれども、やはり女性らしい曲線美は隠せずにいるのは仕方がない。
寧ろ、隠しているのだから直視しなければならないというのが精神的にくるものがあるのは気のせいではないかもしれない。
「服の上からでも分かるくらいなのに、直に見ると更に凄い……」
こちらが直視出来ない間に僕を見てゴクリと喉を鳴らす片桐さん。
今はお互いに体を清めてから湯船に浸かっている最中だ。
バスタオルで身を包みつつ、下から吹き出る大量の気泡と光の屈折によって胸元がぼやけて見えるお陰で何とか意識が変なところに行かずに済んでいるとはいえ、近めの距離感にいるとどうしても意識してしまう。
「えっ? 一応は従姉妹……なん、ですよね? 何を食べたらそこまで育つんですか?」
「いや、お互い成長期だし、そこまで気にする必要はないと思うんだけど。この程度はただの個人差でしょ」
同世代と比べ少しばかり大きい程度ではあるけれど、僕としてはこれ以上大きくなられると戦闘に支障が生じるから止めて欲しいところではある。
胸部が大きくたって、変に視線を集めるし、同性から要らぬ恨みを買っているしで良いところは今の所は一つもない。
これに関しては元々が男だったからこそ抱く思いなのだろうと思う。反面、女性として生を受けた咲夜と片桐さんは胸部の大きさには思うところがあるみたいだった。
同じくバスタオルを巻いた咲夜が僕の胸を突っつきながら声を低くして言う。
「成長期なのは貴方も同じでしょうが」
片桐さんが胸の話題を出したせいで咲夜の機嫌が急転直下してる。これは想定内だったので軽く流すことにしよう。
「咲夜だって、あのお姉さんを見ればそう悲観するほどのものでもないと思うけど」
清光としての僕を誘惑しようとして強調された胸元を思い出す。あれは確かに大きかった。同時に揺れもすごかった。
あれほどのものを持つのが家族なのであれば咲夜だってそう悲観することは……。
「あれは豊胸よ」
「…………あー」
お金があればそういうことも出来るのかと、ちょっと感心してしまった。
見た感じでは手術をしたような印象は見受けられなかったけれど、現代の技術は凄いということなのかもしれない。
より一層、僕への視線を強めた二人から遮るように腕で覆い隠す。
「こ、この話は止めにしようか。遺伝子なんて自分でどうこう出来る問題じゃないんだからさ」
「そ、そうですね! ちなみに清花さんはお肌も綺麗ですけど、何か特別なことはやっているんですか? 凄く気になります」
「えっ? あー、うん。まぁ、色々とね。色々と頑張ってはいるよ」
何もやっていませんなんて言える訳もなく。
未だ勉強中につき、下手に知識をひけらかすと穴を指摘されかねないので曖昧に濁しておくことにする。
「やっぱり高い化粧品とか使ってるんですか?」
「それは……そうだね。僕はもう少し安い物でいいんだけど、咲夜が身の丈に合った物を使えって」
視線を受けた咲夜が少し面倒臭げに答える。
「この子って今まで無名だったでしょう? 妖怪退治もしていなかったから収入とかも無くってね。本人は贅沢をする生活をしてこなかったから今の金銭感覚に慣れていないのよね。だから今はその感覚を矯正中なの」
「はぇ……そうなんですか。ち、ちなみに、清花さんの収入ってどれくらいなんですか? やっぱり高級化粧品が買えるくらいなんでしょうか?」
「この子の場合、諸々の手当に退魔師特権で税金が引かれないから……このくらいだったかしら?」
「ひぇぇぇ……っ⁉︎ そ、そんなに稼げるものなんですか? わ、私の家の月収の何倍なんでしょうか……」
戦う退魔師は命掛けな分は高級取りな仕事ではあるから憧れの職業として挙げられていることもあるほどだ。そうじゃないと妖怪退治をしてくれる人がいなくなり、それは治安の悪化を招いて更なる経済悪化を招くから仕方のない面もある。
ただやはり危険を伴う仕事なだけあって殉職する割合も高いので絶対になりたくない人というのも少なからずいるのも確かだ。
「清花の場合は一人で戦って、周囲への被害なく、手傷を負ったとしても自分で治療が可能だから出来る芸当なのよ。討伐に関わる人数が多ければ、その分だけ取り分は減るし、怪我をすればその治療代もかかるし、自分の術式での街の被害は一部自己負担になることもあるから、そうなると更に……ね。だから間違っても清花の真似をしようだなんて考えないようにしなさい」
「あの鵺との戦いを見て自分にも出来るだなんて勘違いをするほど馬鹿じゃありませんよ?」
片桐さんも見たというあの隠し撮りの反響は退魔師のみならず、一般の人たちにも大きな反響があった。
僕と鵺との体格差は二倍以上ほどもあり、鵺の攻撃は容易く建物の壁を砕くほどの威力がある。そんな相手を前に怯まずに戦い続ける女の子というのは非常に衝撃的だったらしい。ネット上ではその動画の再生数がとんでもないことになっていて、それについて語る動画も伸びが良い。
同時にネットでの僕の応援者数が鰻登りだ。
それでも中にはあの戦いを作り物だと考える人もいて、それを信じる人もいた。
つまりはそれほど普通では信じられないような戦いだったってことになる。
ネットの声の大半はもっと近く寄って顔を見せろと言うものだったのが何だかなという気分にさせられたけれど……。
「そう考えると、清花さんってよくあんなのと戦う気になりますよね」
「兎にも角にもお金が必要だからね。恐怖心よりそっちの方が優っているだけかな」
「身も蓋もない言い方だけど……それっていいんですか?」
「うん? 浄化使いがそんな私利私欲の為に力を使っていいのかってこと?」
「私が聞いた限りだと、浄化の力を持ってる人は質素な生活を心掛けているとかなんとかって聞いたことがありまして」
「僕だって有り余るほどのお金があればお金稼ぎに奔走しなくて済むし、それが出来るならその方がいいとは思うよ。でも現実問題としてお金は必要だし、お金がなくちゃ活動することすらままならない。確かにお金の為に活動はしているけれど、それで自堕落になったりする気はないから大丈夫なんじゃないかな。要は自分の心の持ち様なんだと思う。誰かの為にっていう思いを忘れて私利私欲の為に力を使おうとした時が浄化使いとして終わりなんだろうなって僕は考えてる」
自ら呪いを受け入れたあの大蓮寺家の先祖は、それこそ自分本位であることを終ぞやめられなかった人だ。
姉たちが他者の為に力を奮い、それで名声を得ていることに対して嫉妬をし、その名声を自分もと望んだ。
その中身は自己中心的なものだけだった。だから力を十全に扱えず、従って名声を得られることのない負の循環。
それでも自らを顧みることのなかったその人は遂に力ではなく、お金で自分を認めて貰うことにした。それが衰退の始まりであることも知らずに。
「つまり、浄化使いとして清花に張り合っているようじゃ駄目ってことね。先輩からの忠告はしっかり聞いておきなさい」
「そうですね。初心を忘れないということの大切さと難しさを学んだ気がします。……ですが、この脂肪に対しての嫉妬心はどうしたらいいのでしょうか。こればかりはそう簡単に捨てられるものではないのですが」
視線が再び僕の胸元へ。それは不純物だからキッパリ捨てて欲しいと思う。
「そういえば、霊力の多い女性は胸も大きい……みたいな噂を聞いたことがあるような?」
話を逸らそうと記憶の端っこにあった知識を引っ張り出してはみたものの、あんまり逸れてはいない気がする。
二人の視線強まるし、これは失敗したかもしれない。
「それ、どこ情報なの?」
そう聞いてくる咲夜が般若の顔をした何かに見えてきた。
「ど、どこだったかな……確か実家にいた頃に家族がそんなことを言っていたような気がするっていうだけなんだけど。研究の一環の中で出た仮説ってだけで、別に立証されたものではないし、実例の最たるものが女性退魔師で一番有名な人ってだけだから。別にそこまで気にする必要はないはずだよ?」
その人の霊力の量はおよそ一級退魔師数十人分とも言われている。見ただけで分かる圧倒的なまでの霊力の多さは多くの退魔師にとって羨望の的だったとも。今では三十代に突入しているらしいけれど、その見た目は高校生と何ら変わらないらしい。霊力の多さは老化速度にも影響を及ぼしていると見る学者もいるらしい。これを言ったら大変なことになりそうなので言わないでおこう。
その人とは最大霊力量では敵わないかもしれないけれど、僕の場合は回復速度もあるので総量としては遜色ないはずではある。体の特性も考慮すると清花状態の僕も似たようなものかもしれない。
何にせよ、その人を目標とするにはあまりにも遠すぎるので例として示すのには不適格だろう。だから本当に気にする必要はないのだけど……。
「霊力を増やすってどうやってするんですか⁉︎」
「試しに清花から分捕ってみるのはどうかしら。どうせすぐにとんでもない速度で回復するのだし、日頃余っている分を分けてもバチは当たらないはずじゃない?」
「っ⁉︎ い、いやいや! そもそも霊力って譲渡とか共有したり出来ないから! それこそ余程相性が良くないとお互いの霊力が反発するって研究結果もあるくらいだし! 譲渡や共有をするにしても同性同士の成功確率は血縁関係でも低いんだよ! さっき僕がやったのは空っぽの経路に霊力が流れる感覚を覚えさせる為で、だからこそ反発とかしなかっただけだからね⁉︎」
このことは調べればすぐに分かることなのでハッキリと言い切ることは出来る。葛木家では霊力をどうにかして増やしたりする方法を長年研究していたから断言出来る。
咲夜と片桐さんが顔を見合わせて溜め息を吐いた。それをしたいのはこっちの方だと言ってやりたい。
「霊力を増やしたいなら自己努力か、霊具で肩代わりをしてもらうか。あるいは霊力を多く持っている人と結婚をして子供に継がせるくらいしかないよ。三つ目の場合、自分には意味はないけどね」
これらの中で一番簡単なのは努力することだ。霊具はお金が掛かるし、豊富な霊力を持つ配偶者がそう簡単に見つかる訳でもない。
ただ、簡単とは言っても血が滲む程の努力が必要にはなるのは今更言う必要はない。
「つまり、清花さんのそのお力は努力の賜物ということなんですね」
「あー……まぁ、ね」
冬香が感嘆の息を漏らすけれど、僕の場合は血筋の恩恵とは別に”転身”という特別な要素があるのでなんとも言えない。
努力はしているには違いないものの、その方向性は冬香が思い描いているそれとは全く違うのが現実だ。そんなこと口には出来ないけど。
そんな裏事情を知っている咲夜は別の方を見ながら笑いを堪えている。なので後ろから冷たい水を首筋に垂らす。
「霊力は多いに越したことはないし、片桐さんも頑張ってね」
「あ、うん……それはもちろんだけど。咲夜さんはどうしたの?」
「さぁ? 少し長く浸かり過ぎてのぼせちゃったのかもね。そろそろ出ようか」
人のことを笑ったりするからバチが当たったんだと思う。口には出さなかったけど。
後ろから恨みがましい視線が向けられてきたけれど、それを無視して僕は脱衣所へと向かった。
「待ちなさい!」
「うわっ、ちょっ!」
「た、倒れる倒れる……っ!」
後ろから急に腕を引っ張られたせいで体勢が崩れ、場所が悪いことに足の裏がツルッと滑ってしまった。
そのまま体が宙に浮き、重力に従って再びお湯の中へ落下してしまう。
当然僕を引っ張った咲夜はその下敷きになり、近くにいた片桐さんまでも巻き込んで。
折角バスタオルを巻いて隠して貰ったというのに色々と台無しになって、更には肌同士が必着しあったりと散々(ではないけど)な目に遭った。
そのことを弄くり回してくる咲夜と、それに悪乗りする片桐さんには手を焼かれたり。
この喧騒は夜分遅く、倉橋さんに怒られて僕達が寝るまで続いていた。
二話はこれにて終わりです。
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一章は次の三話目で終わります。