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二話-4.5 些細な変化




 僕達の住む建物には大蓮寺清花という人物の他に、もう一人葛木清光という人物がいることになっている。

 足を失い、退魔師としての価値は無くなったから清花とは違って見向きもされないものの、あまりにも存在感がなさ過ぎると返って不自然になってしまう。二人が同一人物であると勘繰られない為にも清光として生活し、人目に晒すことは必要だった。


「何だか足が動かないのが違和感を感じるようになってきたよ」


「普段はあっちの姿でいることの方が多いものね。私にはあっちの方が見慣れすぎているから、どっちかと言えばこっちの方が変身しているような感覚なのよね。だからこうして車椅子を押すのが懐かしい気分だわ。何か体に異変とかはないの?」


「異変って言われても、元の体だし……違和感と言えば足以外にも色々とあるけど……うん、まぁその内思い出すと思うよ。特に問題はないと思う」


 元々男の時に体格が大きかった訳でもないので、大きな差と言えば胸部と股の間くらいのもの。

 やはり動き易さで言えば男の時の方が幾分か楽ではある気がする。足さえ動けば、だけど。


「以外ってところが気になるけど……。まぁいいわ」


「そうしてくれると助かる。それで、どこに行こうか」


「貴方用の服でも揃えておこうかなって思ってるけれど、せ……清光はどこか行きたいところはある?」


 まだ完全には意識を切り替えられてはいないのか、名前を呼び間違えそうになっている。

 その内何とかなるだろうとそこには触れずに返していく。


「帰りは車を呼べばいいから服は最後にしない? 先に街中をゆっくり回りたいな。あっちの姿だと碌に歩き回れないからさ」


「あぁ、確かにね。前に出歩いた時には囲まれて身動きが取れなくなってたくらいだものね」


「そうそう。どさくさに紛れてお尻触ってきた人とかいて最悪だったんだから」


「その人は特定しているの?」


「気にしなくても大丈夫だよ。その人には暫く手の平がじくじく痛む罰を与えておいたから」


 身動きが出来なかったから避けることが出来ないのでああいうのはもう懲り懲りだ。

 だから清花として街に行く際は変装が欠かせない。

 その点、この姿なら誰も気にはしないので気が楽だ。


「それならいいわ。それじゃあ、今日はゆっくりと色んなところを見て回るとしましょうか。幸いにも、今日は妖怪退治の予定もないことだしね」


 実際には出てくるけれど、最下級の妖怪が四回出てくる程度なので、それは最近赴任してきた松山さんと栗田さんにお任せすることにした。

 五等級くらいまでの相手なら何の問題ないらしく、彼らが積極的に妖怪退治をしてくれるお陰で僕の自由が少し増えたという訳だ。そういう意味でも学校に行くことになったのは利点があったと言える。


「あの人たちには感謝しないとだね」


「それが仕事なのだから別に気にしなくていいわよ。……でも、まぁそうね。清花からってことなら労いとして多少報酬を与えていいかもね」


「ぼ……清花から? 咲夜からじゃ駄目なの?」


「それだと向こうは警戒するでしょうからね。清花ならともかく、私には絶対に懐柔されないように命令されているはずだから」


 咲夜が口達者なのは宝蔵家の人なら知っているから必然そうなってしまうか。


「それじゃあ清花の味方になってもらう為に手渡しとかした方がいいのかな」


「ついでに手も握ってあげて笑いかけてあげれば男なんてコロッと堕ちるわよ」


「僕を悪女にしようとないで欲しいんだけど?」


「僕?」


「……清花を、悪女にしないで欲しいんだけど」


 後ろを見上げると、咲夜は何か考えるように視線を斜め上に向けていた。

 そして何かを思いつくと、徐に後ろから抱きついてくる。


「清花はまだ理解出来ていないようだけれど、女にとって顔と体は武器なのよ。性欲は理性を鈍らせる。それを利用して相手の政治家に好みの女性を送りつけて骨抜きにする、なんていう外交もあるくらいなのだから」


 それは……理解出来る。というか、一度は体験した身だ。

 前園龍健と一緒にやって来た咲夜の姉である宝蔵恋歌。彼女はまさにそれを体現したような女性だった。

 自身の女性としての価値をよく理解し、それを武器として使うことに微塵の躊躇もない。それが当然であるとすら思っているかのようだった。


「清花に恋歌さんのようになれって?」


「まさか、あれは私からすると二流のやり方よ。確かにあれで男は大量に釣れるでしょうけれど、質の悪いのしか寄って来ないのよね」


「質って言い方は酷くない?」


「目の前の胸に釣られてホイホイ付いて行くようなのがまともだと思う?」


「それは……まぁ、そうだけど。でも、一応同性として多少の擁護はしておきたいところもあるんだけど」


 女性の顔や胸や足に目線が行ってしまうのはもはや本能のようなものだ。

 だから清花としての自分がそういう目で見られてもそれは仕方のないことと割り切れている。そこに嫌悪感を抱くのであれば、自分がしてしまっていることにも同様の思いを抱かなければならないから。


「でも、貴方は恋歌お姉様の誘惑には抗えていたでしょう?」


「あれは……咲夜とのあれこれで耐性が付いていただけだよ。他の人たちは普通はあんなことはしないだろうし、免疫がなくて当然だと思う」


「ふーん? まぁ、貴方が女性に対する免疫がきちんと付いてるのなら良かったわ。つまり、あれはそこそこ意味があったと言うこということよね?」


「そこは黙秘権を行使する」


 同意してこれ以上過激なものになるのは流石に色々とマズい。

 ただでさえ、いまだにお風呂に入る時の彼女の姿を直視は出来ないのだから。

 思い出しただけで顔が熱くなってくるのでこの話題はさっさと終わりにしよう。


「ところで、お昼はどこで食べる? ずっと車椅子を押してもらうのもあれだし、お昼を食べてから買い物をしてそこで終わりするのはどうかなって思うんだけど」


 流石に露骨な話題転換に咲夜は吹き出して笑う。

 しかし、どうやらこれ以上はこの件について弄るつもりはなさそうだ。


「……そうね。一緒に食べて買い物をするくらいでいいでしょう。その後はもう一つの偽装工作もやってしまいましょうか」


「じゃあ、そういうことで。まずは街並みを眺めながら商店街を歩こう」


 咲夜の管理する街は宝蔵家の嫌がらせもあって比較的大きいものになっている。

 規模で言えば五万人以上も住んでいる地域らしいからその責任も重大だ。とてもじゃないけど、戦う力のない咲夜に任せるような場所ではない。

 歩く人たちのほぼ全ては妖怪に対して何の手立てもないただの一般市民の人ばかりだ。

 霊力を介さないただの物理攻撃が全くと言っていいほど効かない妖魔たちを相手に出来るのは僕達退魔師だけ。今や彼らの生活基盤は僕達の上に立っていると言ってもいい。

 忘れてはならないのは、僕達が貰っている金銭はその一般市民の人たちが負担をしているということ。

 こうして歩く人たちを見て、それを忘れないよう自戒することは大切なことだ。


「…………何あれ」


 感慨深い思いで街並みを見ていると、不意に何かが視界に入った。


「あぁ、あれ? 清花の隠し撮り写真ね。それを利用して集客しているんでしょう。普通に違法だから後で通報しておきましょうか」


「うん……お願い。でも、あれってそんなに意味があるの?」


「さぁ? 結局は本物がいないから意味がないと言えばそうだけど……ほら、見てみなさいよ」


 言われて見てみると、そこには丁度僕——というより清花の写真を見て、それからどんなお店なのかを確認して店内へと入って行った。

 僕が目的ではなく、それはただの切っ掛けに過ぎなかった。もし他に目を引く物があれば同様の結果が起こっただろうと思える。


「あれくらいなら別に通報は必要ないんじゃないの?」


「そこら中の店が貴方の写真を店前に掲げても?」


「やっぱり盗撮はダメだよね。うん」


 そんなことになったら僕はどんな顔をして街中を歩けばいいのか分からない。


「まぁ、いずれはアイドルになるのだし遅かれ早かれっていう問題ではあるけれどね」


「いやいや何を言っているの? ぼ……彼女はそんなことはしないよ?」


「見たでしょう? あんな雑な写真一枚で引き寄せられるお客の姿を。つまり、本物にはそれ以上の価値があるということなのよ?」


 なのよと言われても、嫌なものは嫌だ。

 あんな目立つような仕事をすれば色々な感情が向けられてしまう。中には良くない感情もあるだろう。それらに対して浄化の力は自動的に反撃をしてしまう。僕自身がそれを制御することは出来ない。

 そうなれば仕事をする度に倒れたり体調不良を起こす人が続出することになる。そんな人がアイドルを名乗るのは無理がある。


「アイドルが出来ない理由は前にも話したじゃないか」


「あら、私はこうも言ったでしょう? 別に今時のアイドルはみんなの前に出て歌って踊るだけが仕事じゃないのよって」


「確かにそんなことも言ってたような気がするけど……でもやらないよ?」


 このままだといいように言いくるめられる気がしたので先に小声で牽制しておく。

 清花として返事が出来ない今の状況で話を進めるのは如何なものかと思う。それは咲夜も分かっているのか、あまり発展させる気はなさそうだ。


「その話はまた今度にしましょうか。今日は街中を散策するのが主目的なのだしね」


「話を切りだしたのは咲夜の方なんだけど」


「なに? まだ話を続けて欲しかったの?」


「いや別にいいから。それよりも、ほら……あそことか少し行ってみない?」


 この街で一番高い建物が目に見えてきた。そこは観光地にもなっているので頂上からは辺りを一望できることだろう。

 清光として街を出歩くことはそうはないし、清花としてはもっと少なくなる。ああいった場所で一度に景色を堪能出来る場所は有意義なものになるはずだ。


「少し待つことになるでしょうけど……そうね、時間的に見終わってから商店街で買い物をして、それから帰れば丁度いい頃合いかもね」


「ということで、早速向かってみようか」


 そろそろ体の感覚も思い出して来たので自分で車椅子を動かして進んでいく。

 おかしな話だけど、腕力があるのは清花の方なので力加減が難しい。こういった所も化装術の難易度が高いと言われる所以だ。

 四足歩行の生き物に変身し続けていたら人間に戻っても同じような行動をしてしまいそうになったというのはよくある話。


「女性二人ですね」


 建物に入る為の入場券を買う際、受付の人は僕と咲夜を見てそう言った。


「いえ、男性一人と女性です」


「えっ? あっ、はい。それではこちらをどうぞ」


 料金は子供と大人で違うだけで、男女で違う訳ではないから否定する必要はない。

 ないけど、間違った情報を訂正しただけなのに受付の人は疑問符を頭に浮かべながら入場券を渡してくる。

 問答をしたい訳ではないのでそのまま中に入って行ったけれど、僕の頭の中は先ほどのことでいっぱいだった。


「咲夜……変に気遣ったりしなくていいんだけど、今の僕って女の子に見えたていたりするの?」


「んー……そうねぇ」


 少し考えた後。


「まずは車椅子ってことでパッと見か弱い印象を与えるのかしらね。それに体型も筋肉質って訳ではないから小柄に見えるし、あとは雰囲気でしょうね。日々の訓練のお陰で女性度合いがぐんと上がったから……こう、そういうものが滲み出しているんだと思うわ」


 言われた要素を当て嵌めていくと、確かに間違えられる可能性があるような気がしてくる。


「それなら仕方ないか……ってなる訳ないよ! 前までは間違えられることなんてなかったのにぃ……」


「千洋さんの教えがそれほど良かったということね。感謝しておきなさい」


「感謝はしてるけどさぁ」


 まさか男の時に間違われるだなんて思いもしなかった。まさかこんなところに影響があっただなんて……。


「落ち込んでいるところ悪いけれど、今はこっちの方に集中して頂戴。男らしさについてはまた後でじっくり考えればいいでしょう」


「わ、分かった」


 今は咲夜との仲が良好であることと清光という存在がいることを周知する為に出歩いている。

 ここで暗い顔をしていては不仲だと勘違いされかねないので意識を切り替えないと。

 とは思ったものの、結局この日は頭の片隅から離れることはなく。

 街並みを展望台から眺めた後に食べた昼食の味は思い出せないし、仕舞いには清光用の服を買いに行った先で。


「それでは、こちらのお洋服など如何でしょうか?」


 そう言って女物の洋服を店員に提示された時は口から魂が抜けるかと思ったくらいだ。それを見てケラケラ笑う咲夜に浄化の水を当ててやりたいとどれだけ思ったことか分からない。


「けれど、あまりにも女に寄りすぎるのも正体バレに繋がりかねないから何とかしないといけない問題ではあるのよね」


「あれだけ笑っていたのに?」


「それはそれよ」


 これを真顔で言ってのける胆力だけは素直に褒めてあげたい。絶対しないけど。


「とは言っても、男らしさを上げようとして千洋さんの邪魔になるのもあれよね。…………うん、諦めなさいな」


 一転してとてもいい笑顔で言い放った咲夜の言葉からは責任感というものが欠片も感じられなかった。

 元より今更男らしくなるようなつもりはないけれども。

 ただ、少しばかり予想外の衝撃を受けて動揺をしているだけだ。明日にでも忘れているようなことなので気にすることはない。


「まぁ、いいよ、もう。とりあえず仕事を進めないとだから、この話はお終いで。もう部屋に戻るよ」


「あら、もしかして拗ねたの?」


「サークーヤー?」


「あー……私も仕事が残っているからちょっと片付けに行ってくるわ」


 流石にやり過ぎだと自覚したらしい。そそくさと部屋を後にした彼女を見送ってから手元にある紙切れを見る。

 小さい長方形の紙一枚に複雑な文字が書き詰められているこれを、霊符、または護符という。

 これに霊力を込めることで書いてある文字に込められた力を発揮して色々な効果を及ぼすことの出来る、所謂霊具と呼ばれる類の物だ。

 前の工程である文字を書くことは知識と技術は必要ではあるものの、 この霊力を込めるという仕事には殆ど専門的な知識はいらない。

 だから役立たずとして扱われる清光としての僕でも仕事が出来るという訳だ。

 大体の人は一日に使える霊力は決まってようなものだけど、僕の場合は転身さえすれば霊力はすぐに回復出来るのであまり気にしなくていいのが楽ではある。とはいえ、あまり作り過ぎると霊力量を疑われかねないので人並程度に抑えてはいるけれど。

 こうして、僕の清光としての一日は終えていく。

 寝る前に一度、鏡を見た。


(そんなに変わってないと思うんだけどなぁ……)


 頭の中で咲夜が「気のせいよ」と言っていた気がするけど、きっとそれこそ気のせいだろう。

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