不穏
2023/11/20 設定の変更に伴い内容を変更いたしました。詳しくはあとがきをご覧ください。
俺は前々から不思議に思っていたことがあった。以前、なぜ自分はこんなにも好待遇なのか聞いたときに、人間が珍しいからと言われた。その時の俺は気分が良かったのと、てっきり近くにいないという意味だと思って追及しなかった。例えば友達にアメリカ人がいないからアメリカのことについてあまり知らない、みたいな。
そして俺は魔族のことをほとんど知らなかった。それは図書館に魔族について書かれた本がなかったからだ。だがそれをおかしいと思ったことはなかった。なぜならここは魔族しかいない国。そんなものわざわざ本にするまでもないことだから。国同士の立地の関係で交流がないのかもしれない。日本は昔鎖国をしていた。そういう理由で交流がないのかもしれない。だからこの国は魔族しかおらず、それ故魔族についての文献がない。こういう理由であるならば、人間が珍しいのもわかる。
だがさっきカームはこういった。『人間について書かれた文献がないのです』と。冷静に考えてこれはおかしくないだろうか。実際は二、三冊ほどあるらしいが、魔王城の図書館には十万冊近い本がある。のにも関わらず三冊程度しかないのはもはや交流がないのと同じ。噂や都市伝説と同じ類ではないか。
だからこそ俺は前々から気になっていた、けれど自分の中でこうだろうと勝手に答えはこうだろうと決めつけていた疑問を口にした。
「それなら人間に聞いてみればいいんじゃない?」
それが今しがた口にした疑問である。すなわち、なぜ人間と交流しないのかと言う意味でのこの発言であった。
だが帰ってきた答えは俺の予想を大きく上回るものだった。
「存在しないってどういうこと?」
モナの言っていることがよく分からず、思わずオウム返しのように再度質問をした。
「ローランは知りませんでしたか。まぁずっと魔王城にいたのです。仕方ありません。
この国の外には平原や森が広がっています。しかしその先を私たちは知りませんし、知っている範囲には国も町も、村も存在しないのです」
知らない、と言うことはこの国はまだ行ってない場所があるということだ。それは例えば昔の人が地球平面説を唱えていたように知らない、分からないというだけで断言するには時期尚早と言えよう。
「なんでその奥に行かないの?」
当然の疑問だろう。知らない場所があって、いける道がある。それなのに行かないのは単に進む価値がないのか、あるいは――――
「いかないんじゃないヨ。行けないんダ」
「ローランはブラッドムーンと言うものをご存じですか?」
ゲームに出てきそうな単語だが、生憎知らないため首を横に振る。
「約一か月に一度、満月の夜に訪れる現象です。魔物をより強く活性化させ、空気中の魔力から新たに強力な魔物を生み出す非常に危険な夜の事です」
「そうじゃなくテモこの世界の魔物はとんでもなく強いんダ。しかも森の奥に進めば進むホド、加速度的に強さが増ス。数日行って帰ってくるだけならまだしも、未知の場所に行って町や国を見つけて生きて帰れるホド優しくないンダヨ」
「さらに探索の難易度を上げている要因、この国が城塞都市と言われる所以。それは自然災害の多さです。この国は特殊な防御結界が張られているためそうそう気になることはないでしょう。しかし一歩外に出ればそこはもう別世界と呼んでもいいほどに危険です。地震津波噴火、洪水強風大雨に高潮、台風に竜巻など。種類も頻度も多く、どれも簡単に人を殺せてしまう威力をしています。そして、毎年多くの人が仕事で外に出て命を落としているのです」
「何が言いたいカッテ、この国は奇跡の上に成り立ってイテ、外は人が住めるような環境じゃないってことサ」
一通り話を聞いた俺は何も言えなくなっていた。あまりに衝撃的で脳が処理しきれていないからだ。
この国は平和だと思っていた。いや実際平和だ。『この国』は。魔王城の外に出ない俺にとってここから見える景色、出会う人がすべてだった。そしてそのすべては笑顔や幸せに溢れていた。だから俺は平和だと勘違いしていた。きっとこの国から出たことない人も平和だと思っているだろう。
俺は今まで何をしていた? 好待遇に甘え、子供であることに甘え、人に甘え。怠惰に、惰性に過ごしてきた。暇だと言っていた時、命を落とす危険があっても過酷な外に行っていた人がいたのだ。
もう環境に甘えるのはやめよう。二人も言っていたではないか。成長が早いと。
この国の人には無理かもしれない。だが俺は異世界転生者。何か役に立てるかもしれない。否、絶対に役に立つはずだ。それが転生者に与えられた運命なのだ。
「…………先生、僕は強くなりたいです!」
「…………ソッカ。ならまずは座学カラダ。魔術の仕組みが分かれば、より簡単ニ使えるようになるだろうからネ」
この日、俺は心に誓った。転生者としてこの国を救って見せると。
だがこの誓いが、後に取り返しのつかないことを引き起こすことになるとは、この時はまだ誰も知らなかった。
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「一口に魔術と言ってモその種類は多種多様ダ。詠唱の仕方が変わればソノ効果も変わることがアル。だから一概にこの魔術はこう! って言いきれないンダ。まァこれは口で説明するヨリ見てもらった方が早イ。今カラワタシは二つの魔術を使うカラ、何か気づいたことがあったら言ってクレ」
時は昼下がり。三人で十個ほどのサンドイッチを平らげ、ちょっと休憩してからお勉強の時間になった。
だだっ広い体育館こと実験室の真ん中あたりに、広さに見合わずちょこんと置かれた椅子俺はに座ってモナの話を聞いていた。
「炎の精霊よ 我が魔を喰らいて 炎の弾を撃ち放て 炎弾!」
初めに使ったのはさっき俺が使ったのと同じ、炎の弾を飛ばす炎弾と呼ばれる炎系統の初級魔術だ。
だがもちろん初心者と熟練者が同じ魔術を使ったからと言って同じものができるはずもなく。
モナの手の上に浮いている炎の玉は俺が作ったものより一回り小さかった。しかしそれは赤ではなく青白く揺れていた。
それは俺が使ったものより温度が桁違いに高いことの証左であった。また小さな火の玉は、まるで青白いペンキをべたっと塗りつぶしたかのようにムラのない色であった。つまるところ密度が高いということである。
「危ないカラ、近づかないでネ」
赤べこのようにコクコクと首を縦に振る。言われなくても近づかない。もし仮に手が触れようものなら焼き切れるどころか、SF映画の光線銃よろしく一瞬で消滅してしまうだろう。一瞬過ぎて逆に痛みを感じないかもしれない。試す気にはなれないが。
しばらく空中にとどまっていた火の玉は、ぷかぷかをのんびり空を舞い、行く先にあった土の案山子にぶつかるとドッカーン!! と大爆発を引き起こした。そのあまりの衝撃に咄嗟に目を瞑ってしまい、次に目を開いた時には案の定案山子は一かけらも残さず消滅していた。
「…………すごい、です」
ハハ…………。ちょっと引いてしまう俺であった。
「次は」
そう言ってマジシャンのように指をパチンと鳴らすと、詠唱もなく火の玉が生成された。色や大きさ、密度はさっきと同じだ。
それを今度はポイっと野球ボール感覚で投げる。進行方向にはいつの間にか今日何度も的にされているかわいそうな案山子君がいた。次も爆発するのだろうと思い、あらかじめ衝撃に備えるために腕で顔を覆う。
火の玉はまっすぐ案山子に向かって飛んでいきぶつかった瞬間、ドッカーン!! と言う音と共に案山子は爆発四散…………しなかった。
瞑っていた目を恐る恐る開け見ると、案山子は平然と立っており火の玉は辺りに飛び散っていた。
不発か? と一瞬思ったがすぐに違和感に気付く。それを例えるなら……そう、マグマである。
「なにか気が付いたカイ?」
にっしっし~、得意げに笑いながら聞いてくるモナに、俺は感じたことをそのまま伝える。
「最初は詠唱があるかないかだと思ってたけど、案山子に当たった後の火の玉はまったく違った。二つ目オン火の玉はなんというか、液体のような挙動をしてました」
その火の玉は案山子にぶつかった後、バケツから放たれた水のように触れたものを濡らしながら広がっていたのだ。正直自分で言っておきながら信じられないがそう形容するのが自然で。まるで炎の見た目をしているだけの水のように、水の性質を持った炎であった。
「ウン、じゃァ答え合わせといこうカ。これ、触ってミテ」
ポッと一瞬でさっき見た火の玉を作り出す。さてはわしに死ねと申されるのだな。
「え? いやだけど」
「いいカラ、触ってみればわかるヨ」
そう言って一歳児の細くて短い、力の弱い腕をがしっと掴む。
ぐわぁああ!!! やめるるおろろおおおお!!! 死にたぐなーい!!!!
「鬼!!! 悪魔!!! おっぱい魔人!!!!」
「……どこでソンナ言葉を知ったんダこの子ハ」
おっとしまった、セリフと心の声が逆転してしまった。
「ぐわぁあ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶!!!!! 手がぁ!!! 手がぁ!!!! …………ってあれ? 熱くない?」
思わず目もやられそうになったがいくら時間が経っても熱い感じることはなかった。
「どうダイ?」
それどころかこの感覚は――――
「水、です」
「そう、君はさっき『水みたいな挙動』と言ったネ。それはワタシが水の性質を持った炎を作ったからダ」
「つまりは……どういうこと?」
水の性質を持つ炎。見た目と中身が違うということだろうか。
「それを知るためには魔術の本質について知る必要があります」
と、ここまで端で静観していたカームが、どこからか取り出したキャスター付きの黒板のようなものをどこからとりだし解説を始める。ここで白衣を着て眼鏡をくいっとすれば実に面白いのに。残念ながら眼鏡をくいっとするだけで白衣は着ていなかった。カームの服は魔術師、と言うより魔法使いが着てそうローブだ。純白なせいで神官を彷彿とさせるが。
「ローランは魔術はどのようなものだと思いますか?」
「なんか火の玉とか出せたり、氷の槍を作れたり、とかなんかそういうやつ、ですかね」
我ながら酷すぎる語彙力、終わっている。だが待ってほしい。改めていきなり魔術とは何かと聞かれても急には思いつかない。なんかこう、すごい力だ。
「そう、魔術には貴方の言ったようなことが容易に出来てしまう。けれど実のところ、魔術自体はそう大層なものでもないんですよ。魔術とは、魔力の持った性質を増幅し操るための技術に過ぎません」
…………いや、それでもかなり大層なものに聞こえるが。
「ではその魔力の性質とは、なんだと思いますか?」
「性質、ですか?」
オウムか! 質問を質問で返すなと、先生に怒られたっけか。でも仕方ないではないか。思いつかないのだから。いや今はそんなことなどどうでもいい。
「魔力は魔術を通すことでその力を飛躍的に増大させることができます。しかしそれでも私たち生物や、大地と同じくこの世界の一部です。ただ無秩序に動いているわけではありません。例えば水は物を濡らし、火が燃やすように魔力にも一定のルールが存在するのです。それは何だと思いますか?」
ルール、性質。魔術について考えることはあっても、魔力についてをそんな風に考えたことはなかった。生前見たアニメや漫画にも深く掘り下げられた描写はほとんどなく、大抵は魔術は凄い力で、魔力は魔術を発動するのに必要な力と言った具合に軽く流されていたから。
カームはさっき魔術は魔力の持つ性質を増幅し操る力があるといった。ならば消費される前の魔力と発動した後の魔術は規模や威力は違えど同じ性質と言っていいだろう。
そもそも魔術とは何なのだろうか。色んな異世界アニメで出てくる超常的な力だ。その認識は転生してからも変わらない。だが俺は魔術を間近でこの目で見た。ならば分かることもあるかもしれない。
魔術は超常的な力。俺が見てきた作品では魔術は大抵すごいものだったし、モナやカームが使っていたものも凄かった。
……ではその凄さとは何をもって、どのような基準で凄いというのだろうか。
威力、正確さ、規模。確かにこれらは基準となるだろう。だがこれが魔術の性質かと言われると違う気がする。
分からない。分からないから炎弾を例に魔術の発動の一連のプロセスを思い出してみることにした。
まず詠唱。『炎の精霊よ 我が魔を喰らいて 炎の弾を撃ち放て』だ。詠唱で読む文を式句と言い、節が増えるほど発動難易度が上がる。炎弾は三節だ。
次に魔術の発動。詠唱が完了すると魔力が集り炎の玉を生成し、前方に撃つ。おそらくここまでが一つの魔術だろう。
この中に性質と呼べるものはあっただろうか。プロセスか? 一定の手順があるとか。詠唱をもとにするならば最初に各属性の精霊に問いかけ、誰の魔力を使うか決め、そして何をどのようにするか決める。順番におかしいところはない。が、違う気がする。
そうなると次は…………いや、そういうことなのか? だがそれならすべてに当てはまる気がするし、何より炎が燃焼と言う性質を持つように、そういう現象を引き起こす性質と言えるだろう。
つまり――――
「生成?」
「あなたは本当に素晴らしい。でも今回は少し違います。正解は『置換』、『模倣』、『補強』です」
そう言って、カームは座学に本腰を入れようとしていた。
この感じは生前を思い出す。だがその時と違って、俺はとてもわくわくしていたのだった。
毎回気がついたら文字数が増えているの、なぁぜなぁぜ?
不穏ですねぇ。ストックがなくなってしまい、次の投稿がいつになるか分からないの、不穏です。
魔術にや世界についての解説はもう少し続きそうです。早くガッツリバトルが書きて〜よぉ!
追記
最後の方で魔術の性質は~、と言うお話がありましたが、正しくは魔術ではなく魔力にそのような性質があり、魔術はその性質を増幅させ操る技術、と言うのが正しい内容でした。混乱するようなことをしてしまって申し訳ない!