魔王とお昼と戦争と
「今日は何しに来たんダイ?」
「そろそろ新ジャンルを開拓しようかと」
「そっカ、まァゆっくりしてってヨ」
俺は魔導書の棚を探しながら、モナと話していた。
彼女はモナ、モナクスィア・ニヴェースタ。この大図書館の司書をしている女性だ。普段はこの大図書館から動かず研究か本を読んでいるか寝てるかのどれかをしている。
銀色の髪は腰よりも長いが、伸ばしたというより伸びてたという感じで、寝癖やアホ毛のせいでボサボサだ。瞳は深海のような深い青。体つきは大人の女性らしく出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる、はずなのだがだぼだぼの服を着ているせいでボディラインは分からない。何回かぎゅっと抱かれたときの感触的に胸はあったはずだ。少なくとも幼児体系のヴェロナよりはあった。
性格はおっとり系と言うかのんびり系と言うか、まぁそんな感じだ。全体的にダウナー系の美人あるいは人妻感を感じる。人妻と言うとなんだかいかがわしく聞こえなくもないが、それくらい落ち着いた余裕のある大人の女性的な雰囲気を醸し出している。正直今すぐ抱き着いて、赤ちゃんのように甘えたいくらい母性にあふれいる。……いやまぁ、現在の俺の肉体は生まれて一年しか経ってない赤ちゃんみたいなものだが。
モナはファミリア・バニーと呼ばれる種族らしく、白くて大きな耳が付いている。お尻には尻尾が付いているが、形はまん丸ではなく狐の尻尾のように長くてモフモフ、色は白だ。兎なのに狐の尻尾? と思った俺は以前そのことについて聞いてみたところ、進化の賜物だそうだ。
「魔導書ヲ読みたいのカイ?」
魔導書が置いてある棚を見ていたところ後ろから声を声を掛けられた。
モナの声は非常に特徴的で、鼻にかかるような、悪く言うと鼻が詰まっている時のようなそんな感じの声だ。ただ鼻が詰まったときのような聞き取りづらさはなく、むしろずっと聞いていたいくらい心地良い。
「僕も一歳になったからね。そろそろ読んでもいいかなって」
「もう一年も経ったのカ。早いモンダ」
本棚から適当な魔導書を選んで手に取る。タイトルは……『初級魔術の心得』。実にいい。転生時のチート能力があるとはいえ、こういうのは初歩からやっていったほうが楽しい。自分に合った魔術の系統が見つかるかもしれないし。手に持った本をモナに見せる。
「これとかどうかな?」
「……ウーン。君はまだ一歳ダ。まだ魔術ヲ学ぶには早すぎるんじゃないカイ?」
その通りと言えばその通りだ。前世の俺が一歳の頃なんて意味ある会話すらできなかっただろうしそれが普通の一歳児だ。だが俺は精神年齢十九歳の転生者だ。言葉も理解できるし内容も理解できる。それに誰しもが一度は憧れる魔術。その存在を知ってからはや一年弱。これ以上のお預けは食らいたくない。
そう考えた俺は仕方なくあの技を使うことにした。
「…………お願いモナ、魔術を学びたいの。いいでしょ、ねっ?」
必殺上目遣いでおねだりである。
俺自身自分のことは可愛いと思っていない。男なのに可愛いと言われるのは嫌だからだ。しかし会う人みんな俺を女の子扱いして可愛い可愛いいと言ってくるのだ。もちろん嫌だ。しかし魅了系の催眠でもかかっているのかと思うほど愛でられるため逆に利用してみることにした。それが必殺上目遣いでおねだりだ!
「~~~~ッ!! もう! かわいいいにゃぁフローラハ! ヨシ! 魔術をヤロウ!」
効果はもちろんバツグン、もはやオーバーキルまである。あまりの効果の高さに、説得するだけのはずが、なぜかぎゅっと抱きしめられながら、顔をぐりぐり押し付けられて、頬をすりすりされて、スーハ―スーハ―猫吸いされて、クンカクンカされてしまっている。わしゃ猫か。
「…………やろうってことはモナも一緒にやるの?」
「トウゼン! さすがにフローラだけデやるには危険すぎるからネ。だから私ガ君の師匠になってあげヨウ! そしたら君ハ危なくないシ、ワタシは君と一緒にいられるシでウィンウィンダロ?」
道理である。断る理由もないし、俺はその提案を受け入れることにした。
「オッケー! それじゃァワタシはこのことヲ魔王様に伝えてくるくるケド、君も一緒に来るカイ?」
「んー、行こうかな」
魔王様への謁見は、職員室みたいな感じがして苦手だ。だが今回は自分のわがままなので我慢してついて行くことにした。
「じゃァワタシたちは魔王様のところに行ってくるカラ、リルは図書館の番を頼むヨ」
「あ! ちょっと待ってくださいよぉ!」
「それと、この子ハワタシが面倒を見るカラ、今日はもう元の業務に戻っていいヨ」
「私も魔術やりたいですぅ!」
「君がいるト話ガ進まなくなりそうダカラダ~メ」
「そんなぁひどいですぅモナ様ぁ!」
居たんだリル。遠ざかっていく人影を見ながら、そう思った。
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「失礼します、魔王様。モナです」
「…………入れ」
許可が出たのでモナの影に隠れるようにして部屋に入る。
「久しぶりだな、モナ――――と、ローランか」
「……こんにちは、魔王様」
恐る恐る会話する。こういう礼儀作法は心得ていない。もし癇に障るような物言いをしようものなら追い出されるかもしれない。普通はそうだろう。だが――――
「そんなかしこまるんじゃねーって! 俺のこたぁアルベルトと呼べつったろ?」
豪快。
例えるなら兄貴肌の漁師とかだろうか。そういうイメージを持つ気さくな人だ。もっとも、人ではなくウェアウルフらしいが。
身長二メートル近く。こげ茶の肌に赤色の短い髪に夜闇でも目立つ黄色い目。全体的に筋肉モリモリで、初めて見たときはパンチと蹴しかない徒手空拳、ステゴロタイプの格ゲーキャラかと思った。
「それじゃァアルベルト、コンニチハ」
「おう。そんでモナ、久しぶりに図書館から出てなんの用だ?」
「いやァ、フローラがネ魔術を学びたいんダト。ワタシが教えるカラ実験室借りるネー」
ちょっと教科書借りるね、みたいな友達同士の会話。俺とは縁遠いことにちょっとだけ疎外感を感じなくもない。いや、やっぱり感じない。
「……ローランが魔術か。まだ一歳だ、そらちっとばかし早すぎるんじゃねぇか?」
「…………だめ、ですか?」
ダメと言われたらどうしよう。せっかく魔術がある世界なのにお預けなんてひどい拷問だ。死んでしまう自信がある。どうする、またあの必殺技をつかうか。いやしかし効かないだろう。アルベルト俺のことを『ローラン』と呼ぶ数少ない人だ。それに性格は豪快だが雑という事ではない。むしろ理知的で一時の感傷で流されるような人ではない。
「…………まぁモナが言うんだ。心配はねぇ。だがモナ、もしローランに何かあったときは責任を取ってもらうぞ」
「分かってるサ」
それ以上言葉にはせず、アイコンタクトが交わされるのみだった。
俺には教えられないこと、責任のことだろうか。アルベルトが言うと極道もので聞く落とし前に聞こえるのが怖い。指を詰める、あるいは命をもって贖え! とか言うのだろうか? あー怖い怖い。出来れば懲戒免職くらいで収まってほしいものだ。いや、その前に俺がちゃんとすればいいだけの話だ。
そんなことを考えつつ部屋を後にする。責任については、なんだか聞くべきじゃない気がしたのでやめておくことにした。今は魔術をできることに感謝しよう。
「ところで魔術ってどこで使うの? 実験室って言ってたけど」
実験室と聞くとゾンビパニックものの映画とかで、ゾンビを解剖してあわよくば最恐生物を作ろうとする施設をイメージするが、まぁ大方木製の人形が並べられた訓練場とかだろう。学校にある体育館のイメージだ。
「そーソ、実験室。と言ってモ怖いものじゃナイ。万が一何かが起きテモ、この魔王城に被害が出ないヨウにちょっと頑丈ニ作ってアルだけの、だだっ広い空間ダヨ」
思った通りだ。
「おや、モナさんとローランさんではありませんか。こんにちは」
その実験室は魔王城の地下にあるらしく、俺の部屋や図書館があった五階からモナに抱かれながら階段を下りていた。その途中、三階にある食堂で耳の長い長身の男性と出会った。
「やァ、コンニチハ、カーム今カラお昼カイ?」
「ええ、仕事が一段落したので。そうだ、お二人もご一緒しませんか?」
「ワタシたちはこれカラ魔術の訓練を……と思ったケド、もうこんな時間カ。フローラ、先にご飯ヲ済ませてカラにしよう。腹が減ってハなんとやら、ダ」
魔術のことで頭がいっぱいだったし、外は雪が降っていて太陽の位置が分からなかったがもうお昼時のようだ。意識した途端、お腹が鳴った。今日は何を食べようか。この時期美味しいものと言えば鍋だな。特に白菜やネギが良い。春菊も捨てがたい。いやこれから魔術を使うのだ。栄養補給のために漫画みたいな骨付きのでかい肉もありだ。
ご飯に胸を、いや腹を躍らせながら食堂に入った途端、大きな歓声が上がった。驚きつつも聞いてみると
「フローラ様だわ!」 「か~わいい!」 「お人形さんみたい!」 「抱っこしたい!」 「召喚魔術の素材に欲しい……」
などだった。てか最後、誰が生贄だコラ。
俺に対する歓声が十割。そういえば基本五階にある自分の部屋か図書館にしかおらず、下の階にいる魔王軍見習いの人達にはほとんどあったことはなかった。存在自体は知っていても今まで会えなかった。まるで有名人みたいだが、実際魔王城において俺は有名人みたいだ。一度なぜこんなに優遇されているのか、裏があるのかと思い聞いてみたが、俺はこの国、城塞都市キャメロットにおいて唯一の人族なんだそう。それもどこからどうやって現れたのか分からず、突然パッと現れたらしい。俺ならそんな気味の悪い赤子は見て見ぬふりをするが、魔族の人たちには物珍しく大層可愛く見えたそうな。その結果VIP顔負けの好待遇。この国の主、アルベルトも大丈夫と判断したが、赤子のうえ動物園のパンダよろしく、イナゴのごとく人が集り仕事にならないため、魔王城の最上階、一定以上の立場のものしか入れない場所ある種軟禁のような形でおいておくことにしたみたいだ。もっとも、あまりの広さと好待遇に不自由も閉塞感も遥か彼方の存在だったが。
「もちもちしてる!」 「ちーさーい!」 「お持ち帰りしたいわ!」 「目に入れても痛く……あっやっぱ痛い」 「投薬してみるのもありだよね……」
まぁそんな有名人が目の前に現れて歓声だけで済むわけもなく、あっという間に取り囲まれ掴まれもみくちゃにされた。そして最後のやつおい、誰が実験用モルモットだせめて愛でろ。
「ちょっ! やめろ! 俺は飯が食いたいんだぁ! やめ、やめろー!」
…………一緒にいたはずのカームとモナは見えていないかの如く蚊帳の外。もはや助けを求める俺の短い手を取ってくれるものはおらず。
と思っていたのだが、ふいに俺の体が見えない力によってモナの元に引っ張られる。
「ありがと」
「魔術って便利ダロ?」
得意げにそう言う。実際手を離れた位置から特定のものを動かすことができるのは凄いし便利だ。魔術に対する期待値が高まる。
「あぁ! まだ触っていたかったのに!」 「独り占めなんてずるいぞー!」 「えーい戦争だー!」 「絶対に取り返して見せる!」 「私の実験動物が…………」
立場的に上司のはずなのに、一切のためらいもなく戦争を仕掛けようとするのはいかがなものだろうか。そして最後のやつ! 茶色のマッシュルームヘアのお前だよ! 誰が実験動物だこの野郎! 憶えたかんな!
「私が後からご飯を持っていくので、お二人は先に実験室に行っていてください」
「アイヨ」
まるで大量のゾンビを相手に「ここは俺に任せて先に行け!」とでも言うかのような構図だ。死亡フラグを背負った背中に、軽く手を振って、俺たちは先に食堂を後にするのだった。
サラっと流して魔術の話まで行く予定が意外と長くなってしまった。
活動報告書きましたが、タイトルを「過酷な異世界を駆ける」→「異世界無双は許さない」に変更いたしました。また近々序章に大幅な改稿を加えるかもしれませんが、そうなったらまた報告します。