赤ちゃんとは、なかなかどうして暇である
一か月が経った。
結論から言ってしまえば俺は異世界に転生したらしい。しかも赤ん坊にだ。
まぁ前世の俺は跡形もなく吹き飛んだのだ。やり直せるだけで十分だろう。
とはいえ異世界に転生していると気付いた時はさすがに驚いた。いくら漫画やアニメで予習していても、いざ自分の身にそんなことが起きると戸惑うものだ。
異世界転生のお約束、チート能力のおかげか俺は生まれた瞬間からこの世界の言葉を理解できた。聞くことも、読むことも。さすがにまだ発達していないこの体では話すことはできない。
聞いた話によるとここはキャメロットと言う名前の国らしい。なんだか聖剣がエクスカリバーしてそうな名前だがおそらく偶然だろう。なんでも魔王と呼ばれる者が統治する国で、ここはその中心部に位置する魔王城のようだ。それならばこの天井の高さ、部屋の広さには納得がいく。縦横高さ、それぞれ十メートルはあるだろう。巨人が住んでるのかと思うほどだ。
それにしても魔王が治める国、ゲームで言えば魔王軍で主人公の敵だ。そのうち餌にされるのではないかと、最初のころは思っていたがまったくそんなことはなかった。それどころかめちゃくちゃ優しい。飼い猫や飼い犬かってくらい甘やかされている。愛玩動物のような扱いな気もしなくはないが、ただで美女、美少女とくっつけるのは嬉しいし、そうじゃなくても優しくしてもらえるだけで十分だ。毎日ご飯を用意してくれ、お風呂に入れてくれ、トイレの世話までしてくれ、二十四時間ずっとベッドのわきで待機しており、何かあったらすぐに対応してくれる。可愛い赤ちゃんだからと言われればまぁ納得できなくもないが正直逆に怖いまである。
もっとも、話せず移動もできない今の俺は暇人だ。こうやって構ってくれる方がありがたい。
一度外に出てみたいと身振り手振りで伝えたが、「外は危険です」と言われてしまった。そういうわけでおれは、今日も今日とて妄想に耽っているのである。
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半年が経った
この頃になると前世の記憶も相まって話すことができるようになったし、ハイハイもできるようになった。さすがに立っての移動は体が未熟なせいかまだできなかったが。
とはいえ話せる、伝えたいことを正確に伝えられるようになっただけでできることは一気に増えた。
保護者同伴ならば外に部屋から出られるようになったし本だって読める。何をする必要もなくただ惰性に過ごせる今は実に素晴らしい。
最近はこの国に伝わる御伽噺を読んでいる。どうやら図書館には魔導書なるものがあり魔術のことについて書かれているらしいが、さすがに危険だからと読ませてもらえなかった。俺のチート能力が開花するのはまだ先のことみたいだ。
御伽噺の内容は日本昔話のような内容が書かれており、中には昔話読んでから書いているのではないかと疑うほど似通った内容のものがあったりもしたが普通に面白かった。唯一の難点はそういう子供向けの本はあまり多くなく、現時点で読める本は制覇してしまいちょっと暇だったりすることだ。
そんなわけで俺は、部屋に来てくれた人を捕まえて話相手になってもらった。
「こんばんは、フローラ」
今更だが俺の名前はフローレンスと言うらしい。クリミアの天使でもなければそもそも男にその名前はどうなんだと思ったしそう言ってるのだが時すでに遅し。フローラの愛称で認知されていた。最初に知ったときは転生したことで性転換したのかと思い自分の股間をみて見たのだが、そこには極小のエノキタケがちゃんと付いていた。
ともかく俺は仕方なく毎日フローラと呼ばれるたび「ローランだ」と言っている。
「こんばんは、ヴェロナ」
彼女の名前はヴェロナ。見た目は小、中学生くらいの見た目をしているが実際は数百年も生きている俗に言うロリババアだ。額には控えめに伸びた二本の角、背中からは大きな翼、お尻にはこれまたおっきな尻尾が生えている。フロストバーンと呼ばれる氷の龍でその影響か目は白銀で腰まで伸びるさらさらの髪は氷河のように青白い。また雪のごとく透き通るような白い肌は、ひんやりもちもちでかつすべすべ。ずっと触っていたくらいだ。
「ところでフローラ、ママのおっぱい吸う?」
「吸わないし俺はローランだ」
ヴェロナはなぜかことあるごとに母性を出してくる。正直精神年齢二十歳未満の思春期真っ盛り男子にその誘惑はかなり惹かれるが、一度一線を越えると次からのハードルが緩みまくって何度でも飛び越えてしまいそうだからだ。
「ざんねん。フローラは私の子供なんだしもっと甘えてもいい」
「ヴェロナの子供じゃないし俺はローランだ!」
「ふふっ、そんな可愛い声で言ってもだめ。あなたはフローラ、私の娘」
聞くところによるとヴェロナはクールなキャラらしい。ここまで母性を前面に押し出し興奮している姿は
共に過ごした数百年の中で初めて見ると、他の人から聞いた。今の姿からはまったく想像できないが対処に困るからそのクールキャラでいてほしい。
「……それじゃ、私はもう行くね」
「もう行っちゃうの?」
「これから任務だから。寂しいと思うけど我慢して」
「そんなことはないけど、頑張って」
嘘である。ちょっとだけ寂しい。無くして分かる気持ちってあるよね。
「じゃぁ行ってくる……その前に」
扉に向かって歩いていたヴェロナは思い出したかのように引き返し、俺の小さな体を小さな胸に抱きよせた。そしておもむろに顔をうずめると、スーハ―と思いっきり吸い出した。
「わっちょっやめっ!」
俗に言う猫吸いである。俺は猫ではないのだが。
「…………はぁ、堪能した。それじゃぁ行ってくる」
そう言って今度は引き返すこともなく去って行った。
残された俺は茹でたほうれん草のようにしなしなになっていた。
「リナ、母親でもない相手から生後半年の赤子に対して『おっぱい吸う?』発言はセクハラとして訴えられないかな?」
ベッドのわきに座っている女性に声を掛ける。
彼女、リリアンナは俺専属の侍女の一人で毎日交代でそばにいてお世話をしてくれている。
俺専属の侍女は五人おり、当番以外の人は普通にお城の業務に当たっているらしい。
リナは見た目三十代くらいの落ち着いた女性で雰囲気の女性で、セミロングの茶髪が美人に拍車をかけている。
「……フローラ様は可愛らしく愛しく美しいので仕方のないことだと思いますが」
……俺はリナも訴えることを決意して、枕に顔をうずめるのだった。
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また半年が経って、俺がこの世界に来てから一年過ぎた。
どうやらこの世界には誕生日を祝う習慣がないらしい。と言うより日本のようにことあるごとに記念日を作る習慣がないのだ。この一年、本を読んだり話を聞いたりなどこの国について調べて知ったことだ。
ただ誕生日の代わりと言ってはなんだが、一人で自由に外に出られるようになった。もっとも、どこにいても侍女が付いて回るため前までと大差ないが。
ともかく、足腰が成長して自分で歩けるようになったので、俺はとりあえず図書館に行くことにした。
前々から行ってはいたが自分で歩くのと誰かに抱っこされるのでは全然違う。生前から俺は本屋さんが好きでよく通っていた。本が好きなのではない……いや本も好きだが、個人的に本屋の棚に並べられている本を眺めるのが好きなのだ。多種多様の本が、十把一絡げに、本棚の端から端まで並べられている光景は何時間見ていても飽きなかった。
そんなわけで俺は小さな足でテコテコと必死に歩いている訳だが、道すがら廊下に取り付けられた派手で大きな窓に目を向ける。外はしんしんと雪が降っていた。この国は、前の世界と同じような暦が使われており、さらには日本のように四季が存在する。つまり俺は冬生まれだったわけだ。
暦と四季は自体は当たり前のものだったが、それが異世界にあるとなると違和感でしかない。
またその四季だが、夏と冬の温度差がすさまじく、夏の平均気温は40℃~50℃、冬の平均気温は0℃~-10にもなるそうだ。この魔王城はそこらへんが調整されているらしく一年中適温で快適に過ごせているためまったく分からないが。
そんなことを考えつつ歩いていると図書館に着いた、が、ドアノブの位置が高くて手が届かなかったため侍女に開けてもらうことにした。
「リル、開けて」
「ハイハーイ!」
リルエットはリナの妹で、落ち着いた雰囲気のリナとは対照的に明るく天真爛漫な女の子だ。見た目も二十代前半で社会人一年目のような仕事に慣れていないような初々しさを感じる。
と言ってもこの国にいる人はすべて魔族であり、見た目と年齢が一致するのは学校に通っている学生くらいなものだろう。
リルと同じ茶色の髪を肩で切り揃えている。笑うと両頬にえくぼができ、一重まぶたと相まって幼く愛らしい。なんというか、クラスに一人はいる女子のスクールカースト上位にいる誰とでも分け隔てなく話すバスケ部所属のギャルみたいな感じだ。個人的にそういうタイプは得意じゃないのだが、あまりにぐいぐい来るためそういう生物だと思うことにした。
「ところで、フローラ様はどこに行かれているのですか?」
「…………」
「ねーねー、フローラ様ってばぁ」
リルはバカである。俺がローランだと訂正しないくらいにはバカである。
俺は部屋を出る前にどこに行くか言ったし、なんならもう目的地の目の前にいてその扉を開けてほしいと言ったのだがこれである。今この瞬間に解雇されてもおかしくはないほどのバカさ加減で、逆になぜ解雇されないのか分からない。姉のリナ曰く生まれたときからこんな感じだそうだ。やる気だけは一丁前にあるが、人の話を聞かない、聞いても覚えてないなど。まぁ別に悪いやつじゃない。むしろいいやつだ。正直本当に解雇されたら悲しいが、絶対に納得してしまうだろう。「当たり前か」と。
質問してくるリルを無視して開かれた扉の奥に入ってく。
「……フローラじゃないカ。コンニチハ」
図書館に入ると、すぐに鼻にかかるような特徴的な声が聞こえてきた。
「こんにちは、モナ」
この図書館の司書、モナである。そして俺はローランだ。
「あっ! モナ様だ! こんにちは! ところでここってどこですか?」
やっぱり、解雇しようかと本気で思った瞬間だった。
タイトルが思いつかなかった…………。
次回からがっつり魔術や世界について触れる予定です。