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セレニティはどうにかしてこの婚約を断りたいと思っていた。

そうすればジェシーに嫌味を言われることもない。

スティーブンの未来を縛り苦しめることも、これ以上、自分と両親を嫌わずに済むと思ったからだ。


(この怪我はスティーブン様のせいじゃない……もう婚約は大丈夫って言わなくちゃ。それと今までのことをキチンと謝ろう。わたくしのせいで長い間、苦しめてしまったから)


セレニティは立ち上がり、覚悟を決めてからスティーブンが待つ部屋へと足を進めた。



「……セレニティ嬢」



申し訳なさそうにスティーブンの眉が下がっている。

端正な顔立ちのスティーブンの顔を初めてまっすぐ見た気がした。

目が合ったセレニティは慌てて顔を背けた。

そしてドレスの裾を掴んで震えを隠しながら顔を見られないように頭を下げた。



「今まで……申し訳、ありませんでした。スティーブン様」



スティーブンと目を合わせることなく、頭を下げ続けた。

今、彼から自分がどう思われているのか考えるだけで怖かった。



「こちらこそ、すまなかった」


「……………」


「傷はどうだろうか?まだ痛むか?」


「……っ」



セレニティは左額を押さえてから首を横に振った。

そしてスティーブンの表情を窺うようにゆっくりと顔を上げた。

カシスレッドの髪が視界に映り、バイオレットの瞳は苦しげに歪んでいる。



「ぁ……」



フラッシュバックする記憶と痛み。

スティーブンのこの顔を見るたびに、セレニティはあの時のことを思い出してしまう。

ましてやこれから彼と結婚生活をしていくなんて考えられない。

そしてスティーブンもこんな理由で人生を棒に振るのは望んでいないだろう。



「シャリナ子爵にも伝えたが、責任をとらせて……」


「……もう、いいですからっ!」



セレニティは体を震わせながら声を絞り出す。

久しぶりの感覚に全身から汗が吹き出していた。



「…………え?」


「スティーブン様、わたくしとの婚約をっ、解消してくださいませんか?」


「シャリナ子爵がそう言ったのか?」


「いいえ、わたくしがそう思っているのです!この件でスティーブン様が責任を感じる必要はありません。どうかお願いします」



そう言いつつも両親とジェシーの顔がチラついた。

スティーブンから婚約を解消してくれたら、この苦しみから解放されるそう思ったからだ。



「いや、そういうわけにはいかない」


「……っ」



それなのにスティーブンはセレニティとの婚約を解消しようとはしなかった。

セレニティもここで引き下がれないと声を上げる。



「わたくしは修道院に行きたいと、そう思っています」


「セレニティ嬢にそんなことはさせたくない」


「行きたいんです!わかってくださいっ」


「……ダメだ」


「あなたと結婚したくないの……っ!どうしてわたくしの気持ちをわかってくれないの!?」


「すまない。また会いにくるよ」


「どう、して?」



頑なに拒絶するスティーブンにセレニティの本音がポロリと漏れた。

感情が昂ぶり、頬から涙が溢れていく。

スティーブンのバイオレットの瞳は大きく見開かれた後に、いつもの表情に戻ってしまった。

失礼なことを言っているとわかっていたが、気持ちを抑えられなかった。



「…………僕は、君の笑顔が好きだったんだ」


「え……?」



スティーブンの声がよく聞こえずにセレニティは聞き返すが彼は何も答えてはくれなかった。

「今日は会えて嬉しかった」

スティーブンはそう言って席を立ち、セレニティの横を通り過ぎていく。

その会話を扉を挟んでジェシーが聞いていることも知らずに……。


結局、スティーブンはセレニティとの婚約を解消しようとしなかった。

その理由もわからないまま、セレニティは部屋に戻った。

このまま傷とスティーブンと向き合って社交界に居続けなければならないと思うだけで吐き気がした。


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