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スティーブンと婚約したその日からジェシーはセレニティを敵視するようになった。

優しかった姉は一瞬で豹変した。

今まで味方だと思っていたジェシーに手のひらを返されてセレニティはどうしたらいいのかわからずに心臓はドキドキと音を立てていた。


マリアナもシャリナ子爵家で働く者達もジェシーの変わりように困惑した様子だった。

それから一週間後、スティーブンがセレニティに会いに来たようでマリアナが申し訳なさそうにセレニティに声を掛けた。



「セレニティお嬢様、スティーブン様がいらっしゃってますが……」


「会いたくないわ」


「ですが旦那様と奥様が……」


「来ないで……!お願いだからっ!顔を見たくないの」



セレニティはスティーブンを避け続けた。


顔を見れば、また彼のことを罵倒してしまうと思ったからだ。

セレニティはスティーブンに申し訳ない気持ちもあった。

彼は悪くない。ただ運が悪かっただけ。

そう言いたかったのにうまく伝えられずにスティーブンを苦しめている。

そんな自分が大嫌いになり、また気落ちしてしまう。


月に二度ほど、スティーブンはシャリナ子爵邸を訪ねてきては、令嬢達が好きそうなお菓子や花を持ってきた。

添えられている手紙には彼の誠実さが窺えた。

しかし、それを見てジェシーは更に腹を立てる。

ジェシーの気持ちを考えて引こうとしたが、両親はそれを許さない。

そしてジェシーは両親ではなく、セレニティに敵意を向ける。


(どうすればいいの……?)


今まで心の拠り所だった姉に拒絶されること、そして身近で毒のように蝕む暴言にセレニティには耐えられなそうになかった。

スティーブンはセレニティの代わりに父や母、ジェシーが対応していたようだが『会いたくない』と、セレニティが言えばスティーブンは帰るしかないとわかっていた。


ジェシーはセレニティの部屋にやってきては「その傷で人前に出られないわよ」「わたくしなら修道院に行くわ」「スティーブン様も無理をしているのよ」と、セレニティの不安を煽るようなことばかり言っては去っていく。

ある時からマリアナに体調が悪いからと言い訳をしてもらい、ジェシーを部屋に入れないように頼んでいた。


スティーブンは欠かさずにセレニティの元にやってくる。

スティーブンとセレニティの二人が顔を合わせたのは、一年後だった。

相変わらず部屋に引きこもっていたセレニティだったが、母と父に呼ばれて部屋から出た。



「お父様……?」


「セレニティ、ずっと部屋の中にいたら体に悪いぞ」


「……でも」


「たまには散歩でもどうかしら?」


「一緒に行こうか」



二人の気遣いを無碍にする訳にもいかずにセレニティは久しぶりに部屋から出た。

扉を挟んだ向こう側……セレニティの前に待っていたのはスティーブンだったことに驚愕した。

二人は気まずそうに微笑んでセレニティにスティーブンに会うように促しているが、セレニティは騙されて連れてこられたのだと思うと心が痛んだ。


セレニティは座り込んで手のひらで顔を覆った。

包帯も取れてもう痛まなくなった傷が今でも痛むような気がした。

「いい加減、覚悟を決めなさい」

「このままでは我々の立場がないんだ」

「わかってちょうだい」

「もう傷はほとんど目立たないだろう?」

父と母はこのチャンスを逃さないようにと必死なのだろう。

しかしセレニティはその言葉に悲しみと怒りを感じていた。


額から左側の目元から頬にかけて傷が残っている。

赤みを帯びて少しだけ盛り上がった皮膚が、毎日鏡を見るたびに気になっていた。


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