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いつもならばもっと余裕ある返答ができたのだろうが、今はこれが精一杯だった。
視界がぐにゃりと歪んで額には汗が滲んでいく。
(気を抜いたら倒れてしまいそうですわ。もうお話は終わりでしょうか)
セレニティが危機感を感じて「失礼します」と言って立ち去ろうとした時だった。
「嫌味を言ったつもりはないですが不愉快になったら申し訳ありません」
「え……?」
「令嬢との会話は難しい。よく彼女たちを顔を真っ赤にして激昂させてしまうのです。理由は……分析しても無駄だと諦めましたが」
クリーク伯爵の言葉にセレニティはコテンと首を横に傾けた。
どうやらセレニティが怒ったのだと勘違いさせてしまったのかもしれない。
「こちらこそ申し訳ありません。わたくしは怒っていませんわ。ですがクリーク伯爵がわたくしに何を言いたいのかは理解しかねますが……」
「……!」
「もう少し噛み砕いて言っていただけると理解しやすいので助かります」
セレニティがそう言うとクリーク伯爵は僅かに目を見開いた。
「あなたは……他の令嬢たちとは違うのですね」
「わたくしが、ですか?」
「えぇ、こんな風に返事を返されたのは初めてです」」
「そうでしょうか?」
今までクリーク伯爵がどんな令嬢たちと関わってきたかはわからないが、セレニティも自分がどう違うのかはわからない。
「つまり……その」
「はい」
「寝る間も惜しんで頑張っていたので、その姿勢は素晴らしいとそう言いたかっただけです」
あの前置きからは考えつかないが、クリーク伯爵はセレニティを褒めようとしているのだとわかる。
ベレットの言う通り、とてもわかりづらいのだが不器用なだけで彼はそれを伝えようと一生懸命なのだとわかる。
そう思うとセレニティが少し慌てるクリーク伯爵が可愛らしいと思えてくる。
「ありがとうございます。クリーク伯爵に褒めていただけて光栄ですわ」
「……!」
「ですが一番辛かったのはパトリシア様だと、思うのです……わたくしは、何も……っ」
「セレニティ嬢?」
セレニティはフラリと倒れ込みそうになるのをなんとか踏ん張って耐えていた。
(まだパトリシア様やベレット殿下にご挨拶も済んでいないわ……急がないと)
ここは馬車が往来する門の前だ。
立ち話もよくないかとクリーク伯爵に城内に入ろうと声を掛けようとした時だった。
「クリーク伯爵、立ち話もなんですから中に……っ」
「セレニティ嬢、もしかして具合が悪いのではないのですか?」
「……?なに、を……もう一度言ってください」
ぼやける視界にはクリーク伯爵がいたりいなかったりを繰り返している。
次第に声も遠くになっていく。
(あれ……?)
どんどんとセレニティの体が重たくなり、ついには足から力が抜けていってしまう。
「セレニティ嬢ッ!?大丈夫ですか」
「……」
「しっかり……て……セレ……ッ!」
焦ったように叫ぶクリーク伯爵を見ながらセレニティは瞼を閉じた。




