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気まずい沈黙に耐えかねてセレニティはもう一度問いかける。
「……重たくないですか?」
「まったく。むしろ軽すぎる」
その言葉を聞いて、セレニティの強張っていた体から力が抜けていく。
「やっぱり自分で歩きます」と言おうとする前に「もう人は
ほとんどいないから安心していい」という言葉にセレニティは押し黙るしかなかった。
目を塞いでいても外の涼しい夜風が吹き込んでくるのがわかった。
もう少しで外に着くという時にフーッと何度も荒く息を吐き出す音が聞こえた。
(もしかしてどこか具合が悪い人がいるのかしら?)
覚えのある花の香りが鼻を掠めた。
セレニティが顔を覆っている手のひらの隙間からチラリと外の様子を見ようとした時だった。
暗闇でよく見えなかったが扉の隙間から、見覚えのある赤いドレスの生地とそのまま視線を上にあげていくと、アプリコットオレンジの髪と血走った目が暗闇の中で浮かび上がっているのが一瞬だけ見えた。
(まさか…………ジェシー、お姉様!?)
そのまま馬車に乗り込んだスティーブンとセレニティだったが、先ほど見たジェシーの姿が忘れられない。
気のせいかとも思ったが匂いや音、姿を見てしまえば勘違いではないことがわかる。
(あれは本当にジェシーお姉様よね?もしかしたらこんな時間までスティーブン様を待っていたのかしら)
俯いたままゾワリと立った鳥肌を擦る。
セレニティが思っている以上にジェシーはスティーブンに執着している。
それはセレニティとスティーブンが婚約したことで、更に増しているように思えた。
今はシャリナ子爵家には顔を出していないため、ジェシーの普段の様子を見ることはできない。
見間違いではなければ、トリシャやハーモニーがいないタイミングでまた何か仕掛けてくるのではないかと思えて仕方なかった。
「セレニティ、セレニティ……?」
「…………」
「セレニティ、大丈夫か?」
スティーブンはセレニティを心配そうにこちらに手を伸ばす。
ゴツゴツとした手のひらがセレニティの頬を滑る。
スティーブンのヴァイオレットの瞳と目が合うと、お礼を言うために口を開いた。
「スティーブン様……ここまで運んでくださりありがとうございました」
「それは構わないが、いきなりボーっとしてどうしたんだ?」
「少し気になることがあったんです」
「それはジェシー・シャリナのことか?」
「……!」
「先ほど、こちらを見ていたな。やはり警告では意味がないな」
どうやらスティーブンもジェシーの存在に気づいていたようだ。
だがジェシーを刺激しないために気づかないフリをしていたのだろう。
スティーブンは「早めに対応しよう」と言った。
そしてシャリナ子爵邸での様子も詳しく窺ってくれるそうだ。
「セレニティを守るためならばなんだってする」
「え……?」
「何かあればすぐに頼ってくれ」
「……スティーブン様」
スティーブンの言葉が頼もしく感じたセレニティはゆっくりと頷いた。
「目が真っ赤だな。可愛らしい」
「~~~っ!?!?!?」
スティーブンはそう言ってセレニティの目元を親指で優しく撫でた。
セレニティは恥ずかしくなり、再び両手で顔を覆う。
スティーブンは無意識だろうがこちらがドキッとするようなことを平然とやってくるのだからたまらない。
そんな当たり前のようにする仕草もスティーブンがモテる理由なのだろうと思いながらマイクの邸に到着する。
セレニティは再びスティーブンに抱えられながら移動することとなる。
恥ずかしいので、と言っても視界が塞がれている状態では危ないからと言われてしまえば何も言い返せない。
マイクとソフィーの嬉しそうな笑い声も聞こえてきたセレニティは玄関に着いたのだと悟る。
チラリと横目で様子を見るとマリアナがセレニティの行動を見透かしていたかのように冷やしたタオルを持って立っているではないか。




