第5話「ノゾミVSユイ」
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姉妹達の編入初日を無事(とは言い難いが…)終えた日の夜、俺ことヨウイチを含めた家族全員は“ワールドフラワレス”のイツキの屋敷に集まって、家族団欒を過ごすことになっていたのだが、ノゾミ達に“ワールドアイラン”の屋敷に集まって欲しいと言われたので、そちらへ改めて向かったら、そこで衝撃の展開が待っていた。
「初めまして、“お兄さま”っ!!
私は、ユイ・アリスガワと申します!
本日より、キョウカ“お姉さま”とノゾミ“お姉さま”の“妹”として、一緒に暮らすことになりましたので、よろしくお願い致します!!」
「えっ、ええええええええっ!?」
「ちなみに、ユイちゃんは私、ご主人様の“隷獣”こと、レイ・アリスガワの実の妹よ。
姉妹共々、改めてよろしくね♪」
「ええええええええっ!?」
なんと、“妖狐”の姉妹が増えていた!
とりあえず、ノゾミから事情を聞けば、ユイは【銀毛の姫】と呼ばれたキョウカや、“第二次妖魔大戦”における英雄の一人である“妖狐”のノゾミに憧れを抱いていて、自身も二人のような最強の“妖狐”になりたいと、本気で思っているらしい。
「あ、勿論“犬狐合戦”における“妖狐”軍の大将であらせられる、お兄さまのことも尊敬しておりますよ!
それに、人ではありますが“第二次妖魔大戦”の英雄としても、」
「あー、う、うん、分かった!
とりあえず、俺としてはユイが“家族”になるのは構わないし、強くなりたいというなら、“妖狐”としても色々アドバイスは出来ると思うよ」
「あ、ありがとうございます!!」
「じゃあ、“異世界転移魔法陣”の起動者に…、ユイも、加えておく…」
そう言ったのはモモコだ。
それぞれの世界の拠点に設置してある“異世界転移魔法陣”は、俺達家族と、従妹の陽子、メイドのメイさん、セイさん、そしてレイさん以外が乗っても反応しない設定になっているので、ユイが他の世界に自由に転移するためには“異世界転移魔法陣”を少し書き直す必要があるのだ。
そのことをユイに説明すると、
「私も自由にパラレルワールドに行けるようになるんですか?」
「ああ、そういうことになるな。
と言っても、現状で自由に行き来出来るのはここ“ワールドアイラン”と、“ワールドアクア”、“ワールドフラワレス”、“ワールドシルヴァネア”という世界のみだけど、それ以外の世界に行きたい場合はカナン姉ちゃんの魔力を借りて別の“転移魔法”を起動させなきゃいけないんだけどな」
「なるほど…、と言っても、現状他の世界に行く理由は特にありませんし、あまり使う機会は無いかもしれませんね」
「いや、強くなりたいユイにはぴったりの機械が“ワールドフラワレス”のイツキの屋敷にあるから、結構頻繁に“ワールドフラワレス”には行くことになるかもしれないぞ?」
「え、それは一体何ですか!?」
「口で説明するより実際に見た方が早いだろう。
モモコ、魔法陣の方は、」
「ん、準備万端…」
さすがモモコ、仕事が早いな!
「じゃあ、“ワールドフラワレス”に行くか!」
というわけで、俺達は“ワールドフラワレス”のイツキの屋敷へと戻ってきた。
屋敷では、セイさんとサクヤ姉ちゃんとナナカ姉ちゃんが夕飯の準備をしていて(当然、ユイの分もある)、あと十分もすれば出来上がるということだったので、それまでの間にユイと何人かの姉妹達(一部の姉妹達は料理の手伝いのためにキッチンへ向かい、ハルカやヒナ達の勉強が苦手組は実力試験の勉強をするために一度別れた)を二階のプレイルームへと連れてきた。
そして、プレイルールの奥に用意された巨大モニター、そこから伸びたいくつものコードと接続されたゲーミングチェアに、その上に置かれたヘッドギアなどを指差しながら言った。
「これがユイに見せたかった機械、“シスターズアルカディアVR Ver.2”だ!!」
「あ、これ修理出来たんですね、兄さん!」
「おー!!なんかカッコいいー!!VRってあれだよね、『ソ○ドアー○・オ○ライン』的なヤツだよね!!」
マコトとアキラの反応にそれぞれ答えるような形で、俺は簡単に説明をした。
「ああ、暇な時にこつこつやってたんだ。
ただ修理しただけじゃなくて、どんな負荷にも耐えられるようにメモリやら何やらを増築したり、他にも色々と機能を追加したりしてある」
「マコト達は一度使ったことあるから大体分かるだろうが、これはアキラの言う通り、自身の能力を完全にコピーしたアバターをVR空間に作り出し、模擬戦を行うためのゲームだ」
「模擬戦が出来るんですか!?」
「ああ、簡単に模擬戦のルールを説明すると、相手を攻撃して相手のHPをゼロにしたら勝ち。
VR空間では、どれだけ大きな痛みを受けても痛みを感じないよう設定されていて、実際に受けるハズだった痛みをダメージとして計算し、そのダメージが蓄積して、本人の体力などから計算して設定されたHP増量がゼロになれば負け、という感じだ」
「なるほど、シンプルですね!」
「というわけで、だ!
早速ユイとノゾミで模擬戦してみないか?」
「え、私と!?私よりもっと適任者が、」
「ぜひお願い致します!ノゾミお姉さま!!」
「うぐ…っ!?わ、分かったわ…」
突然振られたノゾミは一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、ユイの純粋で真っ直ぐな視線を向けられては断れなかったようだ。
「えー!?ボクもやりたかったなー!」
「アタイもやってみたかったぜ…」
「アキラとヒカリはまた今度な」
「ヨウイチちゃん、ニャかニャか良いマッチングを考えたニャ~♪」
「ノゾミとユイか。
ユイも相当な力を持ってるみたいだが、果たして何処までノゾミに付いていけるかな…?」
かなりやる気だったアキラとヒカリに対して、ショウとレイヤはすっかり観戦モードだ。
他の姉妹達もそれぞれモニターから少し離れた観戦用のソファに腰をかける。
「じゃあ、ノゾミとユイはゲーミングチェアに座って、ヘッドギアをセットしてくれ」
「はい!」
「分かったわ」
二人がそれぞれゲーミングチェアに座り、ヘッドギアを頭から被ると、機械が自動的に二人の身体と能力などをスキャンし、VR空間に本人の外見的特徴や能力などを完全に再現したアバターが作られた。
VR空間の様子はそのまま、モニターに映し出される。
俺はそのモニターに繋げたイヤホンマイクをセットして、VR空間上に意識を転送させている二人に声をかけた。
「あーあー、二人とも聞こえるか?」
『ええ、聞こえてるわ、っていうか、ここ本当にゲームの中なの?現実にしか思えないんだけど…』
『す、すごいですね…!
他の世界ではこんなに技術が進んでるんですか!?』
「あー、この技術そのものは“ワールドシルヴァネア”のものを、さらに俺やマイカ姉ちゃんで改良して数十年くらい先の技術が使われてることにはなるかな?」
『さらっとえげつないこと言わないでよね…』
「まぁ、それはともかくだ、二人とも動きなどに違和感はないか?」
VR空間の二人は手足を動かしたり、ジャンプしたりしてしばらく体の感覚を確認すると、
『そうね、特には無い、かな?
でも、何かしら?何となくいつもより妖力が多い気がするんだけど…?』
『ノゾミさんもですか?
私もです!体の動きなどは全く問題無いのですが…』
そう返ってきた。
それこそ、“シスターズアルカディアVR Ver.2”において追加した新機能となる。
そのことを二人に説明した。
「それは二人の中の潜在能力が影響してるんだろう」
『潜在能力、ですか?』
「ああ、今回の“シスターズアルカディアVR Ver.2”では、その人が持つ、自身でも気付いていない潜在能力までをも再現出来るようにしたんだ」
「勿論、現実世界でその力を使いこなすには特訓して、潜在能力に覚醒する必要があるけどな。
ただ、自身の知らない潜在能力をVR空間で実感することで、現実世界で特訓する際のモチベーションアップに繋がればいいと思ってな」
『なるほどね、そういうこと…』
『確かに、いつもより妖力が少し多いように感じますが…、潜在能力と言われても、あまりピンと来ませんね…』
ノゾミは納得したようだが、ユイはあまり実感が無いようだった。
そんな二人の様子をモニター越しに見ていたアキラ達が口を開いた。
ちなみに、こちら側の声はイヤホンマイクを付けている俺の声しか届かないが、あちら側の声はモニター越しに聞こえるようになっている。
「えー!?ユイちゃん、とんでもなくパワーアップしてるのに気付いていないの!?」
「あの妖力量だと、ウチに匹敵するか、下手をするとリンちゃんクラスにまで届いてるかもしれないニャ~…」
「ユイは実戦経験がまだ無いんだろ?
だったら、妖力の真に深いところまで感じとるのまだ無理だろうな」
アキラとショウの言う通り、ユイの潜在能力はとてつもなかった。
それはモニター越しにでも感じとれるくらいに、すさまじいものだったが、レイヤの言うように、ユイには実戦(この場合の実戦とは生死をかけた戦場という意味だ)での経験が皆無なので、分からなくても仕方がないだろう。
実戦では、相手の深いところまで探って知らなければ、簡単に命を落としてしまう。
表層に出ている妖力だけを感じ取れれば大丈夫な、スポーツなどルールのある実戦競技とは違うのだ。
「ユイもだが、ノゾミもヤバくねぇか?
前世でアタイらとの最終決戦の時に見せたあの姿に覚醒したイザヨイと同じか、それ以上あるんじゃないか…?」
「妖力はそれ程じゃニャいんだけど…、ニャんと言うか、気味が悪いと言うか…」
「ノゾミちゃんのあの姿、キレイだったけど、怖かったな~…」
ヒカリとショウ、そしてアキホのその台詞にマコトとモトカが質問した。
「ノゾミのあの姿って?」
「ひょっとして~、ノゾミちゃんも~、“九尾”に変身出来るの~?」
「いや、あれは“九尾”じゃなかったな」
「ウチらも知らない姿だったニャ」
「あれ、何だったんですか…?」
逆に尋ねてきたアキホに、俺とレイヤとアキラは揃って答えた。
「「「いや、知らん(ないよ)」」」
「おめぇらでも分かんねぇのかよ!?」
「いや、だって深紅の六本尾の“妖狐”なんて聞いたことないし…」
「本人も無意識だったみたいで、その時の記憶はキレイさっぱり無いみたいだしな」
「あの時のノゾミちゃんと戦ってみたかったなー!」
「赤くて六本の尻尾の狐…」
「ポケ○ンにそんなのいたね~…」
「赤い狐がいるなら、緑の狸もいるのかしら?」
「あはは、それだとカップ麺じゃないですか!…ってレイさん!?」
いつの間にかレイさんがソファに座ってモニターを観戦していた。
あれ?レイさん、“ワールドアイラン”から帰って来て、夕食の手伝いのためにキッチンへ向かわなかったっけ…?
「あー、うん、夕食を手伝うつもりだったんだけど、ユイちゃんのことが気になってねー、それで抜け出してきちゃった♪
あ、でもセイちゃん達の許可はもらってるよー!」
「まぁ、それなら別にいいんですけど」
『ねぇ、ヨウイチ?そろそろ始めちゃってもいいのかしら?』
と、モニター越しにノゾミがそう話しかけてきたので、俺はモニターに向き直って、イヤホンマイク越しにノゾミ達に声をかけた。
「ああ、特に問題無いようだから始めてくれ!」
『了解』
『了解しました!では、ノゾミお姉さま、よろしくお願いいたします!』
『うん、やるからには、全力でかかってきなさい?』
こうして、ノゾミとユイの戦いが始まった。
*
ユイをヨウイチに紹介した後、“ワールドフラワレス”のイツキの屋敷にユイを連れて帰ってきたら、何だかよく分からない内に、ユイと模擬戦をすることになっていた私ことノゾミ。
しかも、それが“ワールドシルヴァネア”の最先端技術のさらにその先をいく技術で作られた“シスターズアルカディアVR Ver.2”なるオリジナルのVRゲーム内で、だなんてもうわけが分からない。
しかし、このゲーム、どうやら自身に秘められた潜在能力まで再現してくれるらしく、改めてユイの力がとんでもないことを実感させられる(本人はよく分かっていないようだが)。
同時に私自身の力も、なんだか飛躍的に上がってる気がする。
妖力そのものはそこまで変わってないのだが、何と言えば良いのか、忘れていた何かを思い出したような、そんな感覚だ。
私はそっと目を閉じ、自身の中の深いところへ感覚を潜り込ませた。
…そうか、これが私の深なる力、“妖狐”のもう一つの可能性。
でも、この感覚は初めての気がしない。
ひょっとしたら、これが皆の言っていた、前世の私が変身したという、“真紅の六尾”という力、なのかしら…?
あの時のことは自分でも何が起きたのか、はっきりと覚えていないのよね…
だけど、この力の使い方は分かる。
「では、ノゾミお姉さま、よろしくお願いいたします!」
「うん、やるからには、全力でかかってきなさい?」
さて、ユイには悪いけど、こちらもこの力を試したいから、手加減は出来ないわよ…!
「ではっ!!」
ユイが両手を広げると、その周囲に雷の刃を纏ったバスケットボール大の炎の球が無数に出現する。
そして、ユイが両手を前に出しながら叫ぶ。
「『雷刃獄炎弾』っ!!」
無数の『雷刃獄炎弾』が、私へ向けて飛んで来る。
隙間無く飛んで来るそれらの炎弾を普通の手段で避けるのは困難だが、
「『雷速瞬動』っ!」
私は雷の妖力を足に集中させて、文字通り雷のごとき速さでその場を離れ、ユイの真後ろへと一瞬で移動した。
しかし、さすがにこの行動は向こうも読んでいたようで、私が移動した時にはすでにユイは振り返っていて、炎を纏わせた右手の爪と、雷を纏わせた左手の爪でこちらを攻撃してきた。
「『炎撃爪』っ!『雷撃爪』っ!」
「さすが、やるわね!」
しかし、それらの攻撃を私は、バックステップをしながら、紙一重でかわした。
「逃がしませんよっ!」
さらに『炎撃爪』と『雷撃爪』で追撃してくるユイだが、ユイの攻撃が私に当たることは無い。
私はユイの攻撃を避けながら、隙を見つけて、ユイを攻撃した。
「『雷撃拳』っ!」
「がは…っ!?」
その一撃は、ユイの鳩尾を深く貫き、ユイは思わずお腹を抑えながら膝をついた。
あら?このゲームでは痛みを感じないって聞いてたけど…?
「ちょ、だ、大丈夫!?痛みは感じないって聞いてたから、少し本気を出したんだけど…」
「え…?あ…、言われてみれば、痛くない…?」
そう言うとユイは何事もなかったように立ち上がった。
「あまりにも迫真の一撃だったので、幻痛がしたんでしょうね…」
「それなら良かったわ。
にしても、さすがね、今の一撃で気絶しないなんて」
「ですが、今のたった一撃で半分もHPを削られてしまいました…
模擬戦中で申し訳ないのですが、今、お姉さまは何を私にしたのですか?
その、失礼ですが、お姉さまの妖力と私の妖力差で、ただの『雷撃拳』がここまでのダメージを与えられるとは思えないのですが…」
「そうね、模擬戦中だから教えてあげるわ。
今私が使ってる術は、ヨウイチやハルカ達が使ってる“雷化”や、“疑似雷化”を妖術で再現しつつ、私なりに改良した『雷神装填』という術よ」
「『雷神装填』?『雷速瞬動』とは違うのですか?」
「『雷速瞬動』は、足にのみ雷の妖力を貯めて移動に特化した術だけど、『雷神装填』は全身、それも体内にまで雷の妖力を纏って、動きだけでなく五感や思考までをも加速させる術なの」
「動きだけでなく五感や思考まで…
では、私の攻撃を紙一重で避けたり、先程の一撃がとてつもなく重かったのも…」
「さすがに飲み込みが早いわね、その通りよ。
五感や思考の加速のおかげで、普通の攻撃は止まって見えるから避けるのは簡単だし、
物理攻撃力、つまり運動量は速度に比例するから、速度が上がればそれだけ運動量、物理攻撃力も上がるってわけね。
これならどれだけ妖力差があっても大きなダメージを与えられるってわけ。
ちなみに、今も『雷神装填』を発動中だけど、普通に止まって会話することも出来る。
これが“タキオン粒子”を利用した“加速装置”なんかだと…って、今のユイにその辺の説明しても意味がないか」
「なるほど…、私もやってみます!」
「そう簡単にはいかないわよ?
ただ全身に雷を纏うだけじゃなく、体の中から纏わないと、思考や五感の加速が出来な、」
「『雷神装填』っ!!
はぁあああああっ!!」
「って、危なっ!?」
直後、不完全ながらも『雷神装填』を発動させたユイのパンチが私の顔面目掛けて飛んできたので、私は間一髪それを避けた。
『雷神装填』を発動していなかったら危なかった…
「むむっ…、全身を加速させることは出来ましたが、思考や五感の加速までは出来てませんでした…」
「え、ええ、そうね。
でも、初見で全身加速出来ただけでもスゴいわ。
そもそも、思考加速するにはコツがあって、精霊術の『スピリット』みたいに精霊を纏うイメージで…って言っても今のユイには分から、」
「『雷神装填』っ!!」
次の瞬間、『雷神装填』を発動している私の動きに完全に付いてきたユイの一撃が、私の胸にクリーンヒットした。
胸に一撃を受けた私はそのまま吹き飛ばされ、VR空間上の壁に激突した。
「やった…!出来ましたっ!!
…って、あぁ!?す、すいません!!い、今のはノーカンで!!さすがにこんな不意打ちみたいな勝利は納得がいきませんから!!」
「心配しなくても大丈夫よ」
「…え?」
その時、私の声を聞いたユイは背筋が凍るような恐怖を感じた、らしい。
まぁ、それも無理はないかもしれない。
気付けば、周囲一体に真紅の火の玉がいくつも浮かび上がり、そして、その火の玉に照らされる形で、何人もの私がユイに話しかけたのだから。
「「「「「今倒された私は幻影だから、まだ勝負はついてないわよ?」」」」」
*
「出たな、ノゾミの例のやつ…!」
「おおー!?なんだなんだ!?ノゾミ姉ぇがいっぱい増えたぞー!?」
「あれ何にゃ!?リンも知らない術だにゃ!!」
「そっか、リンちゃんも知らニャいんだ」
「ノゾミ姉たんは、分身出来たんですか…!?」
「んー、いや、あれは厳密には分身じゃないんだよねー」
いつの間にかギャラリーが増えていて、ヒカリの膝の上にキョウカが、ショウの膝の上にリンが、そしてアキラの隣にアカリが座って、ユイとノゾミの模擬戦を見ていた。
というか、本来のヒカリは本当に姉妹想いというか、面倒見がいいというか、キョウカがすっかり懐いて身を委ねている。
ハルカが見たら嫉妬しそうな雰囲気だ(そのハルカは近々ある高校の実力試験の勉強のために、今この場にはいない)。
そして、当然同じ疑問を抱いたユイが、ノゾミに尋ねる。
『幻影って言いましたか…?
しかし、『幻影』の術は“妖狸”にしか使えないハズ…
それに、確かに先程の攻撃は当たった感触が…、あった…、ハズです…』
『それは幻覚よ。
実際には、あなたの指一本、私に触れてないわ。
それは私のHPバーを見れば分かるハズよ』
ノゾミの言う通り、ノゾミのHPは僅かたりとも減っていない。
今のユイの一撃であれば、かすっただけでもノゾミにとっては致命傷になりかねない程強力な一撃となっている。
それなのにノゾミのHPバーが減っていないということは…
『そ、そんな…!?
“妖狐”が『幻影』や『幻覚』の術を使えるなんて、聞いたことがありません!!
ノゾミさん、あなたは一体…!?』
ユイの質問に答えるかのように、ノゾミの瞳が真紅に代わったかと思うと、次の瞬間、全身から真紅の色を纏った妖力が溢れ出し、ノゾミの尻尾が六本に増えた。
『そう、だからこれは『幻影』でも『幻覚』でもない、“妖狐”だけが使える、いえ、“真紅の六尾”と言われる古来の“妖狐”のみが使える特別な術、』
『『狐火』』
直後、VR空間が黒く塗り潰され、真紅の火の玉が無数に空間内に広がっていくと同時に、その火の玉の数だけノゾミが現れた。
『『『『『さぁ、本物の私はどれか、あなたに分かるかしら…?』』』』』
『あ…、ああ…っ!?』
「いや、ガチでこえーって…」
「自分の知ってるノゾミ姉ぇじゃないぞ…」
「にゃ~…、怖すぎるにゃ…」
「ニャははは…、あれは、前世の時以上だね~…」
「あの、レイヤちゃん?あの、ノゾミちゃんの力は本当に何なんですか?」
「いや、オレに聞かれてもな…」
「“真紅の六尾”…、私古い文献で読んだことあるかも…」
そう言ったのはレイさんだった。
「古い文献、ですか?」
「うん、と言っても、超ドマイナーな文献で、司法試験の資料探しの最中に、アリスガワの家の図書館でたまたま見かけたことがあるだけなんだけどね…」
そういやレイさんはアリスガワ財閥のご令嬢でかつ、元警察官なんだった。
そのレイさんが話してくれた内容を要約すると、こういうことらしい。
かつて、“妖狐”と“妖狸”は『幻影』や『幻覚』を使って、よく人や他の妖獣達を騙しては面白がっていたという。
しかし、力を付けた“妖犬”達が他の妖獣や人達を支配しようと暴れだした。
それに対抗するために“妖狐”達はより攻撃的な力を得る方向へ、“妖狸”達は自身の身を守るための力を得る方向はと進化を遂げていった。
その結果、『幻影』や『幻覚』といった術を忘れたのが“妖狐”、そしてそこから進化したのが“九尾”であり、その究極が“銀毛の九尾”であり、それらの術を極めたのが“妖狸”である、と。
「しかし、そうではない進化を遂げた“妖狐”、つまりは『幻影』や『幻覚』といった術を極めた古来の“妖狐”、それが、」
「“真紅の六尾”、か…」
「そんな話、聞いたことないぞ…?」
レイヤが信じられないというような表情を浮かべた。
「私もさっきまでは信じてなかったわ。
というのも、その文献自体が歴史資料としての価値が低くて、所々史実と異なる表現もある上に、明らかに創作と思われる箇所もあったりしてね」
「しかし、現実にアレを見せられると、信じざるを得ない、か…」
VR空間上では、ユイが無数のノゾミ達に攻撃を仕掛けるも、その全てが空振りで、逆に少しずつ反撃を受けて徐々にユイのHPがゼロに近付きつつあった。
「体力的にもだが、精神的にもユイが追い詰められつつあるな…」
俺の言葉に、ヒカリが頷きながら言った。
「アレの真に恐ろしいところは、相手に与える威圧感というか、得たいの知れない恐怖感だ。
アレを前にすると、何だか分からない恐怖感を感じて、精神的に追い詰められていく感覚があるんだ…」
「それが“妖狸”達の『幻影』や『幻覚』とは違った、『狐火』の特徴だろうな。
火ってのは、生物の中に潜在的に潜む恐怖の象徴みてぇなもんだからな…」
ヒカリの説明にレイヤが補足的な説明を加えた。
「にゃ~…、リンはノゾミねーねのあの目が怖いにゃ…」
「確かに、暗闇に光るあの真紅の目は不気味というか何と言うか…」
「右に同じ~…」
リンとマコトとモトカが両手で自身を抱き抱えるような格好で身震いした。
「確かに…、ちょっとしたホラーだぞ…
自分、あんなのに夜中出くわしたら即逃げるぞ」
「えー?ボクはあのノゾミちゃんと一度戦ってみたいけどなー!」
キョウカとアキラで正反対の反応を示しているが、本能的にはキョウカの方が正しいと思う。
勝てる勝てないじゃなく、アレを見たら逃げなくてはならない、本能がそう告げるのだ。
とはいえ、アキラの闘争本能も“妖犬”的には間違ってはないのかもしれないが、しかし何処か心配になる…
勇気と蛮勇は違うものだからな、アキラが無茶をしないようしっかり見ててやらないとな。
「んん?何かヨウ兄に心配されてる気配がする!」
「…アキラのことはちゃんと俺が守ってやるからな」
「ふぇえっ!?ちょっ、急に何言い出してんの!?」
顔を真っ赤にして照れるアキラはやっぱりカワイイな、後で二人きりになった時に思いっきり甘やかしてやろう。
「お、どうやらそろそろ決着がつきそうだぜ?」
ヒカリが言う通り、二人の模擬戦はいよいよクライマックスを迎えようとしていた。
『どれが本物のお姉さまか分からないのなら…、全てまとめて倒せばいいんですっ!!』
残りHPが僅かとなっていたユイは、最後の大勝負に出ることにしたようだ。
『やぁああああああああっ!!』
ユイの妖力がさらに高まり、ユイの全身からオーラのように溢れ出てきていた。
「おいおい、あの子、まだあんな力残してたのかよ!?」
「あ!ユイの周りが銀色に輝いてるぞ!?」
キョウカの言う通り、ユイの全身から溢れ出ていた妖力のオーラが無色透明から銀色へと変わっていった。
「まさか、ユイねーね、“銀毛の九尾”に覚醒しちゃったのにゃ!?」
「いや…、でもそれに匹敵するくらいの力はあるかもしれない」
ユイの妖力の高まりが“銀毛の九尾”に迫る勢いだ。
『お姉さま、お覚悟っ!!』
『ふふ、いいわ、来なさいっ!』
『これがっ!今の私の全力全開っ!!
『雷刃獄炎弾』ッ!!』
両手を上に広げたユイの頭上に、雷の刃を纏った超極大の青い火球が出来上がると、ユイはそのまま空高くジャンプし、地面にいるノゾミの分身達全員を射程に入れると、両手を振り下ろし、巨大火球をノゾミ達目掛けて落とした。
『やぁあああああああっ!!』
これが、屋外であれば避けることも可能だったろうが、VR空間内の四方ギリギリの大きさの火球を避けることは誰にも不可能だろう。
『さすがユイね、こんなとんでもない妖力を持ってる子なんて、私達の姉妹以外では前世も含めてあなたが初めてよ。
だけど、妖力の練り方がまだまだ甘いわね、無駄が多い。
きちんと均等に妖力を練り上げないと、こんな風に、』
そう言うと、本物のノゾミは右手の人差し指で巨大な火球の一点を指差し、術を放った。
『『狐火乱舞・雷穿』』
狐火を纏った雷が一直線に指先から放たれ、巨大火球の一点に穴を穿つと、巨大火球が一瞬で霧散してしまった。
『なっ…、そ、そんな…っ!?』
『…こんな風に、妖力が均等でないと、術に弱所を作ってしまい、そこを突かれれば、弱い術でも強い術を相殺出来る』
「いや、そんな芸当を一瞬で出来るのお前くらいだからな?」
「ノゾミは昔から分析とか得意だったからな…」
「だからって、術の弱所を瞬時に見抜いて、そこに妖力を一点集中させて相殺するなんて芸当を一瞬でやってのけるのは、誰にでも出来るわけじゃないニャ」
ヒカリとレイヤとショウから一斉にツッコミが入る。
『さて、じゃあ、これで終わりにしましょうか
『狐火乱舞・雷華』』
『キャアアアアアアッ!?!?』
無数の狐火がユイを取り囲み、ユイを逃げられなくすると、ユイを中心に雷の火花が狂い咲き、ユイが気絶すると同時にHPがゼロになった。
「勝負あり!ノゾミの勝ちっ!!」
こうしてノゾミとユイの模擬戦は、ノゾミの勝利に終わった。