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シスターズアルカディアSideC-妖獣ハイスクール物語-  作者: 藤本零二
第1章~妖狐のプライド~
5/15

第4話「ユイとレイ」

*


「キョウカさんっ、いえキョウカお姉さまっ!!

 私をお姉さまの弟子にっ、いえ、妹にしてくださいっ!!」



 キョウカに勝負を挑んだ15歳の“妖狐ようこ”の少女、ユイ・アリスガワの衝撃告白の後。


 勝負はユイの不戦敗、というか戦意喪失でキョウカの勝ちということになったが、その余波がすごかった。

 遅かれ早かれバレることになるだろうとは思っていたキョウカの正体(“銀毛ぎんもう九尾きゅうび”であるということ)が、あっさりとバレたことで、勝負を見に来ていた野次馬達がキョウカの周囲に集まり、一時騒然となったが、勝負の監視係をしていたキョウヤ先生が間に入ってくれたりしたおかげで、なんとかその場を収め、今私達は帰路に着いている。


 …のだが、



「で、なんでユイが付いてきてるんだぞ…?」



 そう、何故かユイがキョウカの腕に自身の腕を絡ませて、まるで恋人のように体重を預けて付いてきているのだ。



「それは私がお姉さまの妹となるのですから当然です♪

 これからは、妹として一生お姉さまにお仕え致します♪」


「いや、ユイを自分の妹にした覚えはないぞ?」


「というか、ユイは家に帰らなくていいの?ご両親は?」



 私がユイに尋ねると、こんな答えが返ってきた。



「両親にはすでに話して許可は頂いております。

 『仕えるべき“銀毛ぎんもう”の主に出会いましたので、今日からそちらにお世話になります』と言ったら、二つ返事でOKを頂きました」


「“アリスガワ財閥”のご令嬢がそれでいいの!?」



 二人の勝負が始まる前に調べて分かったことだが、ユイは今の日ノ本国(ひのもとのくに)では知らない人がいないと言われる程の大財閥“アリスガワ財閥”のご令嬢だということ。



「ええ、問題ありません。

 家は一番上のお兄さんが継ぎますし、私のお姉さんも警察に就職後は何処かでメイドになったと聞いてますし」



 警察に就職後にメイド…?

 何か何処かで聞いたことあるようなとんでも職歴だが、それを思い出す前に、ユイが「それに、」と言葉を続けた。



「アリスガワとしても、“銀毛ぎんもう九尾きゅうび”とつてが出来ることは悪くないことだという考えなのではないでしょうか?」


「ああ、なるほど、確かにそっちの理由の方がしっくりくるわね」



 と、私が納得していると、キョウカが口を開いた。



「でも、何で自分がユイのお姉ちゃんにならないといけないんだ?」


「“お姉ちゃん”ではなく、“お姉さま”です」


「どう違うんだ?」


「私の言う“お姉さま”とは、血縁関係ではなく、魂的なと言いますか、主従に近い関係とでも思っていただければ」


「分かるわ、女子が敬愛する女性のことを“お姉さま”と呼ぶような感じよね?」


「はい、アキホさんの言う通りです」


「んー…、よくは分からないけど分かったぞ。

 でも、なんでそれで自分がユイの“お姉さま”になるんだ?」


「私、“銀毛ぎんもうの姫伝説”に憧れているんです」



 “銀毛ぎんもうの姫伝説”と言うと、“犬狐合戦けんこかっせん”で、“妖犬ようけん”陣営に追い詰められた“妖狐ようこ”陣営の頭領の妹が、後に伝説と呼ばれる“銀毛ぎんもう九尾きゅうび”へと覚醒し、残党狩りに来た“妖犬ようけん”一族を返り討ちにしたことで、“妖狐ようこ”一族の滅亡を防ぐことが出来た、という歴史上でも有名な、特に“妖狐ようこ”達の間では語り草となっている伝説だ(私も前世の子供の頃から、この話をよく聞かされていた)。


 ちなみに、今更言うまでもないことだろうが、この【銀毛ぎんもうの姫】こそ、前世のキョウカのことだ。

 まさか、かの伝説の姫が転生したら自分の妹になっていた、だなんて前世の自分に言っても「何言ってんの?頭おかしくなった?」と信じてもらえないだろうな…



「今の私達があるのは、その【銀毛ぎんもうの姫】と呼ばれし、伝説の“妖狐ようこ”のおかげなんです!

 だから、私にとって【銀毛ぎんもうの姫】は憧れで、そんな【銀毛ぎんもうの姫】に負けないような、最強の“妖狐ようこ”となるべく研鑽を積んできたんです!

 それが、まさか本物の伝説、“銀毛ぎんもう九尾きゅうび”に出会うことが出来るなんて…!」


「それで、キョウカちゃんに弟子入り、もとい“お姉さま”になってもらいたい、と?」


「はいっ!!」



 まぁ、なんとなく理由は分かった。

 しかし、私達姉妹の複雑な事情のことを考えると、このままユイをずっと家に置いておくというわけにはいかないし…

 前世が云々とか、“シスターズアルカディア”のこととか、他人に知られると色々面倒だからな~…



「それにしても、“銀毛ぎんもう九尾きゅうび”の存在が確認されたのは、歴史上でもお姉さまが二人目なのではないですか?

 ひょっとして、お姉さまはかの初代“銀毛ぎんもう九尾きゅうび”の子孫だったりしますか?

 “犬狐合戦けんこかっせん”以降、【銀毛ぎんもうの姫】の一族が途絶えたという話も聞いたことがありませんし、もしかしたら、」


「子孫も何も、自分がその【銀毛ぎんもうの姫】張本人だぞ!」


「あっ、ちょ、キョウカっ!?」



 慌ててキョウカの口を塞ぐも、時すでに遅し、ユイにキョウカが【銀毛ぎんもうの姫】本人であることがバレてしまった!

 いや、でも普通の人なら転生がどうとかいう話は信じられないハズ!

 であれば、まだ誤魔化しようもあるか!?



「まっ、全くキョウカってば何を言ってるんだか!?

 あー、あのね、ユイ!?今のはキョウカの冗談で、いわゆる“妖狐ようこ”ジョーク、的な!?あははははは!!」


「むぐぐぐっ、むぐぐぐぅー!!(酷いぞっ、ノゾミ姉ぇー!!)

 むぐぐぐっむぐぐぐぐぐぐーっ!!(自分は嘘ついてないぞーっ!!)」


「…いえ、信じます」


「……へ?」


「お姉さまは嘘をつけない方だというのは、この半日で理解しました。

 なので、お姉さまが、かの【銀毛ぎんもうの姫】の生まれ変わりだというのなら、それは嘘ではないのでしょう。

 何より、そちらの方が私的にも嬉しいですっ!!」



 マジかー!

 あっさり信じちゃったよ、この子…

 そんな私達の会話を聞いていたのか、少し前を歩いていたアキラが近付いてきて、こう言った。



「ちなみに、ボクとノゾミちゃんも実は転生者で、なんと!かの“第二次妖魔大戦”の英雄、サキとイザヨイなんだよっ!!」


「ちょっ、アキラまで何をっ、」


「…さすがに、いくらなんでもそれはあり得ないでしょう?」


「あるぇ~?」



 あ、こっちは信じないんだ…

 いや、まぁ、信じられるとそれはそれで面倒だからいいんだけどね…



「ニャははは!アキラちゃんには英雄としてのオーラが足りニャいから信じてもらえないのニャ♪」


「えー!?こんなにオーラ出しまくりなのにー?」


「そもそも、アキラねーねは昔から英雄って感じがしないのにゃ」


「リンちゃんまでそんなこと言うー!?」


「アキラちゃんは天然の女の子たらしだもんね」


「あっ、アキホちゃんまでー!?というか天然の女の子たらしってどういう意味ー!?」



 そんな風にショウ達から、からかわれるアキラ。



 そんな感じで私達がやって来たのは、門司もじ駅前に広がる商店街内にある“喫茶妖獣メイド”。

 ここは、以前キョウカがお世話になっていたことがあるだけでなく、この世界における私達の後見人である元六魔皇のダイダロさんが店長を勤めているお店であり、さらにサクヤ姉さんとカナン姉さん、そしてレイさんも一緒に働いている。



「ただいまー!!」


「あ、キョウカちゃん、それに皆もお帰りなさい」



 キョウカが元気よく挨拶しながら店の扉を開くと、白と緑色でデザインされたメ、首元から鎖骨にかけて肌が見えていて、胸元はハート型に開いて谷間を強調(バスト95の胸が凶器と化している…)、スカートは膝上10センチメートルに、黒いニーソックスというメイド服を着こなし、さらに頭にはたぬき耳、お尻にはたぬきの尻尾を付けたサクヤ姉さんが出迎えてくれた。


 店内を見回すと、今はたまたまお客さんがいない時間だったのか、カウンターにカナン姉さんとレイさんが座って、このお店のチーフメイドである“妖狸ようり”のユリコさんの淹れるコーヒーを飲んでいた。



「お、皆学校初日はどうだったー?」



 と、カナン姉さんが尋ねてきました。

 ちなみにカナン姉さんも色違い(白と紫)の同じデザインのメイド服を着ていて(こちらもバスト93の胸がエグいことに…)、頭には猫耳、お尻には猫の尻尾を付けている(魔人の角と尻尾は、ヨウイチの加護による呪術『人化』で隠しているようだ)。



「楽しかったにゃー!!」


「そっか、良かった良かった♪」



 勢いよくカナン姉さんの胸に飛び込んでいったリンを、優しく撫でてあげるカナン姉さん。

 こうしてみると、本当に血の繋がった猫耳姉妹にしか見えないな。



「あれ?そちらの“妖狐ようこ”の女の子は?」


「あ、えっと、私は、」



 ユイに気付いたユリコさん(こちらも色違いの白と黒のデザインのメイド服着用)が尋ねると、ユイが挨拶しようとして前に出た時、



「ありゃ?ユイちゃんじゃん!久し振りー!」


「…え?あ、れっ、レイ姉さんっ!?」


「「「「「ええええええっ!?!?」」」」」



 なんと、ユイとレイさんは本物の(血の繋がった)姉妹だったのだ!!




*


「そっかー、キョウカちゃんのね~…

 そういえばユイちゃん、ちっちゃい頃から【銀毛ぎんもうの姫】に憧れてたもんね~♪」



 そう言いながら、久し振りに再会した妹のユイを背中側から抱き締めて頭を撫でているレイさん(レイさんもまた色違いの白と黄色のデザインのメイド服を着ている)。



「む~…、あまり撫でないで下さい。

 というか、レイ姉さんこそなんでこんな所でバイトしてるんですか!?

 刑事を辞めたかと思えば、急に何処かのお屋敷でメイドとして働くことになったと言って家を出ていき、今度はメイド喫茶でメイドのアルバイトですか!?」


「あー、こっちはあくまでも副業で、お屋敷でメイドとして働いているってのは本当だから。

 というか、その雇い人、というかご主人様がここにいるキョウカちゃん達のお兄さんなのよ」


「ええええええっ!?!?」



 まさかの事実に驚きの声をあげるユイ。



 にしても、まさかユイがレイさんの妹だったなんてねー…

 そう言えばユイを見た時に何処かで会ったような気がしてたし(姉妹だけあって、顔立ちがよく似ている)、ユイの「刑事を辞めてメイドになった姉さん」というのも、よくよく考えればそんな特殊な職歴を持つ人なんて世界にそうそういるもんじゃないし、気がつくべきだった。



「ちなみに、そのお兄さんこそ、“犬狐合戦けんこかっせん”の頭領こと【銀毛ぎんもうの姫】のお兄さんの生まれ変わりでもあり、“第二次妖魔大戦”の英雄チームを率いた海軍部隊所属妖獣部隊軍曹サウ様の生まれ変わりなのよ!」


「ええええええっ!?!?」



 ちょっとレイさん!?



「にわかには信じ難いですが…、しかし、レイ姉さんが言うからには……、」


「そうそう!で、その英雄サウの“相棒パートナー”だった“妖犬ようけん”サキが、このボクだったんだよ!」


「いや、それは嘘でしょう?」


「ちょっ!?なんでボクの言うことだけ信じてくれないのさー!?」


「ユイ、アキラは確かに英雄っぽくないかもしれないけど、言ってることは本当よ。

 生まれ変わりとか、転生とか信じられないのも分かるし、それ以上に複雑な事情も絡んでたりするから余計に説明し辛いんだけど…」



 こうなったら、覚悟を決めて、ユイには真実を話しておくしかないか…



「え、じゃ、じゃあ…、ノゾミさんは、本当にかの英雄イザヨイさんの…、」


「自分で英雄って言うのもアレだけど、まぁ、一応、」


「ノゾミお姉さまっ!!」



 ついに私に対する呼び方まで変わってしまった…

 挙げ句、その場で土下座して謝罪までし始めるユイ。



「学校では生意気なこと言ってすいませんでしたっ!!

 まさかノゾミお姉さまがかの英雄の生まれ変わりだったとは知らず、ノゾミお姉さまを侮ったような口を聞いてしまったこの私めをどうかお許し下さいっ!!」


「だーっ、もう分かったから頭上げてっ!!

 私が姉妹の中では弱い方だってのは間違いない事実なんだから、」


「ニャはははは、ノゾミちゃんが姉妹の中では弱い方ってのは謙遜し過ぎだニャ。

 その気になれば、ウチにだって勝てるくらいの実力はあるハズだニャ」


「そっ、そうなんですか!?

 し、しかし、Bランク相当の妖力で、Sランクのショウさんに勝つなんて一体どうすれば…!?

 あ、いえ、決してノゾミお姉さまの実力を疑っているわけではなくてですね!?」



 ショウめ、余計なことを…っ!!



「あんま適当なこと言わないでよ、ショウ。

 …そりゃ、10回やれば2、3回くらいは勝てなくもないかもしれないけど、」


「すっ、スゴい…っ!!

 さすがは英雄と呼ばれし方は違いますね!!」


「…あるぇ~?なんか、ボクと反応がえらく違くない?」


「ドンマイ、です、アキラ姉たん」



 と、そんな話をしていたらお客さんが来たので、私達学生組は一度店の奥の休憩室へと向かうことにした。



 休憩室にはダイダロさんがいて、簡単にユイのことを紹介した。



「初めまして!

 私の名前はユイ・アリスガワと申します。

 最強の“妖狐ようこ”となるべく、キョウカお姉さまとノゾミお姉さまにお仕えして修行したいと思うのですが、皆さんにお世話になってもよろしいでしょうか?」



 なんか私にも仕えることになってるんだけど…

 というか、強くなるための修行なら、自分より強いキョウカにならうのは利にかなってるけど、私にならうのはユイにとっては悪手でしかないと思うんだよなー。

 私の場合は、妖力で自分より勝る相手にいかにして勝つかという戦い方だから、ユイやキョウカのように圧倒的妖力で相手をねじ伏せる戦い方とは根本的に違うんだよね。


 そんなことを考えていると、ダイダロさんが同じ事をユイに言った。



「ふむ、しかしキョウカとノゾミ君では根本的に戦い方が異なりますよ?

 見たところ、君の場合はキョウカやリン君、それにアキラ君やショウ君のような、圧倒的妖力で相手をねじ伏せる戦闘スタイルといったところでしょう?

 一方、ノゾミ君の戦闘スタイルは格上を相手にその戦力差を覆すというようなものです。

 ノゾミ君を慕うのは自由ですが、仕えて共に修行するとなりますと、話は違ってきますが?」


「勿論、承知の上です。

 その上で、ノゾミお姉さまからも色々と学びたいのです!」


「…ふむ、だそうですが、ノゾミ君はどうしますか?」



 そう言って私の方へと視線を向けてくるダイダロさん。

 元六魔皇としてのダイダロさんと、喫茶店の店長としてのダイダロさんで、口調が少し変わっているせいで、最初の内は違和感を覚えたが、今ではすっかり馴染んでしまった。



「正直、私が何を彼女に教えられるかは分かりませんが、共に修行して強くなりたいと言うのなら、こちらとしては拒絶する理由は特にありません」


「そうですか。

 であれば、私からもこれ以上は何も言うことはありません。

 ご両親からの許可も頂いているというのであれば、キョウカ達の家に住まうことを許可しましょう」


「ありがとうございます!!」


「じゃあ、今からボクのことはアキラお姉さまって呼んでいいよ?

 お姉さまじゃなくても、お姉ちゃん、とか、ねーねー、とか、アネキ、とかでも、」


「はい、よろしくお願いします、アキラ()()


「あれ?聞こえなかったかな?お姉、」


「何でしょうか、アキラ()()?」


「…あ、うん、ごめん、なんでもないよ……」


「珍しくアキラがフラれたわね…」


「天然女の子たらしのアキラちゃんが珍しいですね…」



 まぁ、ユイは“九尾きゅうび”であるキョウカや、“妖狐ようこ”である私を慕っている(厳密には私達の前世を、だけど)ことからして、自身も同じ“妖狐ようこ”であることにかなりのプライドを持っているっぽいから、文字通り“犬狐けんこの仲”(“ワールドアクア”でいう“犬猿の仲”のこと)である“妖犬ようけん”のアキラに対して若干冷たく当たるのは仕方がないのかな?


 勿論、現代においては妖獣同士の軋轢は表立ってはないけれど、個人個人の間ではそういう苦手意識とか、対抗意識とかはあったりする。

 特に妖獣学校では、毎年7月に行われる体育祭で、妖獣同士競い合うことになるので、種族間でのライバル意識は凄まじい(ただし、部活動なんかは種族合同で行われているので、完全に仲違いしているというわけではなく、良きライバル同士という関係だ)。



 それから、ダイダロさんの法から改めてアリスガワ家に娘さんをあずかるという連絡をした後(なんと、アリスガワ家とダイダロさんは昔からの知り合いらしく、ダイダロさんが後見人ならば何の心配もいらない、とさらに太鼓判を押されたらしい)、ダイダロさんは仕事へと戻っていった。


 休憩室に残された私達は、サクヤ姉さん達のバイトが終わるまでの間、ユイに私達家族のことを話しておくことにした。

 ヨウイチを中心とした私達の前世のこと、パラレルワールド(改めて言うまでもないかもしれないが、この世界では魔人の存在が明らかなことからパラレルワールドが実在するという事実は周知となっている)にいる他の姉妹達のこと、などなどだ。



 ちょうど全てを話し終える頃に、サクヤ姉さん達のバイトの時間が終わったのだが、その時のユイのポカーンとした表情がとても印象的だった。



「およ?どしたのユイちゃん、そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔をして?」


「………はっ!?レイ姉さん!?あ、あれ?レイ姉さん、バイトは…?」


「ちょうど今終わったところだよ~

 それより、何かあったの?」



 レイさんが私の方を見ながら、そう聞いてきたので、私達の事情を話した、ということを伝えると、



「あ~…、あははは、なるほどね。

 まぁ、確かに初めて聞いたらそうなるよね~…

 私も直接ヨウイチ君達の事情に巻き込まれてなかったら、信じ難いことばかりだもんね~」


「お姉さま達の話も驚きの連続でしたが、それよりレイ姉さんですよっ!!」


「え、私!?」


「そうです!何ですか、囮捜査で潜入中に、“妖獣ハンター”に捕まって無理矢理“隷獣”契約させられて、酷い目に合わされていた、なんて…っ!!

 そんなの、聞いてなかったですっ!!」



 ユイはそこまでを一気に言うと、涙目になりながらレイさんの胸元へと飛び込んでいった。



「おっとっと…!あ~、ノゾミちゃん達ってば、その話までしちゃったんだ…」


「当然です。

 でないと、ヨウイチとレイさんが“隷獣”契約していることの説明が出来ませんから」



 アルバイト中は、上手いことメイド服の蝶ネクタイで“隷属輪リング”は隠せていたが、これから一緒に暮らすとなると、当然レイさんの首に巻かれた“隷属輪リング”に気付くだろう。

 そうなった時に説明するより、予め全部最初に説明しておいた方が、あとあと面倒が無いだろうという判断からだ。



 ユイは、姉が思ってた以上に危険な目にあっていたことにショックを隠せず、涙声になりながら、レイさんをその小さな身体で強く抱き締めていた。



「…もう、昔から姉さんは、そんなに強くないのに…、ぐすっ…、無茶ばっかりして……っ!!」


「あ~…、うん、ごめんね、ユイ?

 確かにあの時は大変だったけど、おかげで私は最高のご主人様(ヨウイチ君)に出会えたし、それに、こうしてまたユイと一緒に暮らせることになるんだし、ね?

 だから泣き止んで?」


「…ぐすっ、もう、絶対無茶はしない、って、約束してくれますか…?」


「うん、約束する。

 今はフジワラ家のメイドとして、ヨウイチ君の“隷獣”として、出来ることだけを精一杯やるだけだから」



 そう言いながら、優しく妹を抱き締め返すレイさん。

 そんな二人に近付いたサクヤ姉さんが、ユイの頭を撫でながらこう続けた。



「あのね、ユイちゃん。

 私達家族にはね、絶対の約束事があるの」


「約束事、ですか…?」


「そう。

 『絶対に誰も死なせないし、自分も死なない。命をかけるのではなく、死なぬ覚悟で生き残れ』」


「命をかけるのではなく、死なぬ覚悟で生き残れ…」


「うん。

 皆から話を聞いたのなら、もう知ってるでしょうけど、

 私達は前世で、最愛の家族を守るために死に別れた経験をした人達ばかりなの。

 それは、とても、とても辛い経験だったわ、本人にとっても、残された家族にとっても…」


「だから、わたし達は今度こそ、幸せになるために、絶対に死なないって、誰も死なせることなく、全力で幸せになるって、そういう感じの約束事なの」



 カナン姉さんがそう続けた。



「そして、その約束事はわたし達姉妹だけじゃない。

 レイさんを含めたメイドの皆も、大事な家族だから」


「皆、家族…!」


「つまり、ユイも今日から自分達の家族ってことだぞ!」


「そうにゃ!

 だから、ユイねーねも、家族の約束事は絶対守らなきゃだめなのにゃ、分かったかにゃ?」


「はい!キョウカお姉さま!リンさん!」



 こうして、ユイが新しい“家族”となった。



「では、家族の皆さんを守るためにも、私はもっともっと強くならないといけません!!」


「え?」


「なので、早速これからトレーニングをお願い致します、キョウカお姉さま!ノゾミお姉さま!」


「こ、これからーっ!?」


「ユイちゃんは、バトル(ジャンキー)と言うか、強さ至上主義者だから、大変だと思うけどキョウカちゃんもノゾミちゃんも付き合って上げてね」


「何を言ってるんですか!

 レイ姉さんも一緒に修行するんですよ!」


「わっ、私も!?」


「なんだか面倒くさいことになりそうだぞ…」


「こういう面倒くさい(バトル狂)のはアキラだけで十分なのに…」


「ん?ノゾミちゃん、何か言った?」


「ううん、別に~?」



 さて、とりあえずこの後ヨウイチこと、【銀毛ぎんもうの姫】の兄を目の前にした時のユイの反応が気になりつつ、私達はこの世界(“ワールドアイラン”)の屋敷へと帰るのでした。

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