第3話「ライバル登場!?」
*
「えー、では、無事、編入試験組全員が試験に合格し、編入出来たたということで、合格おめでとうパーティーを開催します!!」
「「「「「いえーーーいっ!!」」」」」
「「「「「おめでとーっ!!」」」」」
6月14日の金曜日、ボク達の編入試験の合格発表があり、無事全員(これにはボク達妖獣組だけでなく、ハルカちゃん達“ワールドアクア”組も含まれる)合格出来たということで、皆で“ワールドフラワレス”のイツキちゃんの屋敷に集まって、“合格おめでとうパーティー”が開かれることになった。
例によって、いつもの大浴場で。
当然、皆何も着ていない裸のままで、湯船にはお湯が張っているのだが、それだけでなく、今回のパーティーがこれまでの“歓迎パーティー”と違ったのは、洗い場にテーブルが置かれていて、たくさんの飲み物に、唐揚げやフライドポテトのようなつまめる食べ物や、羊羹などのデザートも置かれていて、立食パーティーみたいな感じになっていた。
食べ物や飲み物は、メイドのメイさんとセイさんとレイさん、そしてナナカ姉さんが適宜運んできてくれているのだが、この四人は裸エプロンならぬ裸メイド服(カチューシャに前だけを隠したメイド服、しかも胸元はガッツリ開いてる)という際どい格好だ。
防水用のメイド服がこれしかなかった、ということらしいが、そもそも防水用のメイド服というのが存在するのか、第一これをメイド服と呼んでいいのか様々な疑問があるが、気にしても仕方がないことなのだろう…
あまりのエロさに、アキホちゃんが常にメイさん達と共に行動しているせいで、鼻血が止まらずに貧血状態になっていた。
アキホちゃんが何故メイさん達に付きまとっているかと言えば、
「着エロが最高なのと、普段見られないメイさん達の裸を堂々と見られるから!
それに、姉さん達はアイツに付きっきりだからね、悔しいけど…」
アイツというのは、今更言うまでもないだろうけど、ヨウ兄のことだ。
今、ヨウ兄はテーブルから少し離れたところで姉妹達に囲まれてもみくちゃにされている。
…どちらがご褒美を貰ってるのか分からない状況だな。
そんな様子をテーブルの近くで食べ物をつまみながら眺めているのが、ボクとアカリちゃんとリンちゃんだ。
ボクが離れているのは、今の状態でヨウ兄に近付けば、素の自分(皆が言う“甘えん坊モード”というやつ)が出ちゃいそうだったからで、もう姉妹の皆にはバレてしまっているとはいえ、皆にその姿を見られるのは、やはりまだ恥ずかしい。
そんなボクに気を使ってくれた、かどうかは分からないけど、アカリちゃんとリンちゃんがずっと側にいてくれている。
「料理、全部、おいしいです…!
皆、食べないなら、ボク、全部食べちゃいます…っ!!」
「にゃはは~、ねーねー達はにーにーのナニを食べるのに夢中だからにゃ~♪
あ、こっちの白いふわふわのようかんみたいなやつもおいしいにゃ~♪」
…うん、ボクに気を使ってくれているん、だよね……?(ちなみにリンちゃんが食べている“白いふわふわのようかん”とは“淡雪”という食感が柔らかい羊羹の一種だ)。
「ところで、アキラねーねはにーにーのナニは食べにいかないのにゃ?」
「い、今はシないよ!
というか、リンちゃん昔はそんな感じの子だったっけ!?」
「リンも成長したってことなのにゃ、いつまでも少女じゃいられないのにゃ」
「うぅ…、昔の素直で純粋で甘えん坊でカワイかった頃のリンちゃんは何処へ…?」
「甘えん坊でカワイイのは今も変わってないにゃ♪」
そう言ってぎゅっとボクに抱き着いてくるリンちゃん。
そして上目使いでこう言った。
「リンのこと、なでなでして欲しいにゃ~♪」
カワイイは最強っ!!
ボクは言われるがままにリンちゃんの頭をなでてあげた。
「にゃ~、アキラねーねにこうやってなでられるの、気持ちいいにゃ~♪」
ネコ耳をぴこぴこさせながら、うっとりした表情を見せるリンちゃん。
前世の頃も、こうやってよく頭をなでてあげていたが、当時は病気がちだったこともあって、どこか無理をしたような笑顔を浮かべていたリンちゃんだったが、今のリンちゃんは心の底から楽しいと感じてくれているのが分かって、それが嬉しくてリンちゃんをなでる手が止まらない。
すると、反対側からぽふっ、とアカリちゃんが抱き着いてきて、少しふて腐れたような顔でこう言った。
「リン姉たんだけ、ズルい、です。
ボクも、なでなで、して欲しい、です…」
カワイイは最強っ、パート2!!
ボクは言われるがままに、反対側の手でアカリちゃんの頭をなでてあげた。
まさに両手に花状態!
天国はここにあったのだ…っ!
「ところで、アキラねーねはにーにーからのご褒美はどうするつもりなのにゃ?」
しばらく天国を堪能し、食事である程度お腹を満たしたボク達三人が湯船に浸かっていると、リンちゃんがそんなことを聞いてきた。
リンちゃんの言うご褒美とは、ボクが編入試験に合格した際に、ヨウ兄と一日二人っきりで過ごす、という約束のことだろう。
「んー、まだ具体的に何をするかは決めてないんだよね。
そもそも、いつにするかもまだだし」
まぁ、今はまだ皆とワイワイするのが楽しいから、今すぐヨウ兄と二人っきりで何かをしたいというつもりはないから、のんびりと決めていければいいかなと思ってる。
「それより!
ボクとしては高校に入ってからのが心配だよ~!
リンちゃんとクラス離れ離れになるなんて聞いてなかったよ~!!」
そう、今のボクの心配事は妖獣高校のクラス分けについてだった。
妖獣高校は一学年四クラス、つまり、“妖犬”、“妖狐”、“妖猫”、“妖狸”で、それぞれクラス分けされるため、“妖犬”であるボクは“妖猫”であるリンちゃんと別々のクラスになるのだ。
「心配いらないにゃ、“妖猫”クラスには、ショウねーねもアキホねーねもいるから寂しくはないにゃ!」
「うー、確かにその通りかもしれないけどー、寂しいのはむしろボクの方なんだよー!」
「アキラ姉たん、ボクが、います!」
「うんうん、勿論アカリちゃんのことは忘れてないよ~!」
「…さっきはリンが変わったみたいなこと言ってたけど、アキラねーねの方が変わったのにゃ。
前はそんなにシスコンじゃなかったのにゃ」
それは、確かに自覚がある。
前世の頃も、リンちゃんのことは妹のように可愛がっていて、それはあくまで好きという感情であって、愛してるまでの感情はなかった。
やっぱりこのクローンの体に転生した影響、なのかな?
「まぁ、リンもアキラねーねのこと大好きだし、特に問題はないけどにゃ♪」
「んー!リンちゃん、ボクも大好きだよー!
それと、勿論アカリちゃんのこともね!」
二人を両手で抱き締めるボク。
「というか、リンは別の意味でアキラねーねのことが心配なのにゃ」
「え、ボクの心配?」
「そうにゃ、アキラねーねはにーにーと同じ天然属性持ちだから、気が付かない内に何人もの女の子を泣かせそうで…」
「えー、ボクがー?
いやいや、それはさすがに無いよ!
ボクはヨウ兄さんやマコト君程鈍くはないし、男子にも女子にもモテたことはないよ、だって告白されたことなんて一度もないもん」
「それはアキラねーねが、にーにーのことを好きなのを周りの人達が気付いてたから告白されなかっただけで、アキラねーねはめちゃくちゃモテてたのにゃ」
「そんなこと言ってボクを騙そうとしても無駄だよ、リンちゃん?
ボクがヨウ兄のことを好きだってことは、仲間のノゾミちゃんやレイヤちゃんにしか話してないから、誰にもバレてるハズがないもん!」
(…アキラねーねの態度は、にーにー以外の誰が見ても分かるくらいにはバレバレだったにゃ)
「え?何か言った?」
「んにゃ、何もないにゃ」
「そう?」
なおも何か言いたそうな顔をしているリンちゃんだったけど、向こうの方で騒ぎが大きくなっていたので、話はそこまでとなった。
「あー!!やっぱ無理、我慢出来ないっ!!
ヨウイチーっ!!そこを代われー!!
代わらないと言うなら、容赦なく殺すっ!!」
「どわーっ!?ちょっ、アキホっ!?
ここで『“ガモス”化』はマズいって!!」
「落ち着け、アキホっ!!屋敷ごと壊す気かっ!?」
「心配いりません、わたくしの屋敷はその程度では壊せませんわ。
……何故なら、屋敷を壊すより先に、わたくしが敵を殲滅致しますので」
「だーっ!!イツキも落ち着けーっ!!」
どうやら、とうとう堪忍袋の緒が切れて、ヨウ兄を殺そうとしているアキホちゃんを、愛すべき兄のためならば妹さえ敵として殲滅しようとしているイツキちゃんと、彼女達を止めようとしているヒカリちゃん達、という構図のようだ。
「…なんだかんだで一番恐ろしいのはイツキねーねなのかもしれないにゃ……」
「だね~…
イツキちゃんだけは敵に回さないようにしとこうね……」
「はい、です……」
結局、その場を収めたのは、『物質転移』でたらい(何の素材で出来てるのかやたらと硬い)を二人の頭に落として気絶させたカズヒちゃんで、力関係がよく分からないという結末となった。
その後、意識を取り戻した二人は、都合よく争っていた前後の記憶があやふやになっていたおかげで、何事もなくパーティーはお開きとなった。
*
それから、土日は編入のための準備(合格前提で予め用意されていた制服のサイズの最終確認や、教科書類などの確認作業など)を進め、いよいよボク達の高校デビューの日がやって来た。
ちなみに、この土日でハルカちゃんが「やっぱりキョウカが心配だから、妖獣高校に通いたい!」などと言って一悶着あったりしたが、それはまた別の話という事で…
6月17日の月曜日、ボク達(保護者役でサクヤ姉とカナン姉も付いてきている)は、まず西鉄バス(“ワールドアイラン”でも“ワールドアクア”同様、西鉄バスが福岡の町の主要公共交通機関となっている)の49番に乗って、小倉の中心、平和通までやって来た。
小倉の街の中心である平和通周辺だが、大自然の中に広がる、日ノ本国で最初に出来たアーケード商店街が特徴的な街並みだ。
“ワールドアイラン”は自然と文明が調和した世界で、道路はほとんど舗装されておらず、車だけでなく未だに馬車なんかも走ったりしている。
だからといって文明レベルが低いわけではなく、科学と妖術・魔術などの融合によって独自の進化を遂げている。
実際、舗装されていない道路を走っているにも関わらず、バス車内では全く揺れなどを感じず、とても快適だった(走行システムに何かしらの技術が使われているらしいが、ボクには難しすぎてよく分からなかった)。
そんな“ワールドアイラン”の小倉にも、モノレールが存在しており(木々の間を縫うように走るモノレールは、都心部の真ん中を走るモノレールとはまた違った趣を感じる)、ボク達がこれから通う、国立妖獣大学付属北九州女子高等学校、通称“妖獣高校”も、そのモノレールの駅沿いにある。
平和通駅からモノレールに乗り、おおよそ10分程の距離にある妖獣高校前駅から降りて、徒歩約10分程の場所に妖獣高校はある(ちなみに、“ワールドアクア”ではこの場所は小倉競馬場となっており、駅名も競馬場前だ)。
そういえば、ここは国立妖獣大学付属北九州“女子”高等学校という名の通り、女子校で、当然男子校もあるのだが、何故女子校の方を主に“妖獣高校”と呼ぶのかというと、男子よりも女子の妖獣の方が、圧倒的に妖力が高いからだ。
勿論、Sランクの男性もいるから、全員が全員というわけではないのだが、何故か女性の方が妖力が高い傾向にある(Aランクにおける女性の割合が大体八割~九割くらいらしい)。
なので、男子校よりも女子校の方が規模が大きく、そのため“妖獣高校”と言うと女子校の方を差すようになったのだとか。
余談だが、逆に霊能力者に関して言うと、男性の方が圧倒的に多く、霊力も高い傾向にあるそうだ。
なので、物語などでは主に男性の霊能力者と女性の妖獣がパートナーとなることが多く、現実においてもそういうパターンが多い(そこからラブロマンスに発展するかどうかはまた別の話だ。実際、前世ではボクとヨウ兄の間にそういうのはなく、一方通行だったわけだしね…)。
霊能力者と妖獣の“相棒”契約は、運命レベルで決まっているもの(なりたいと思ってなれるものではない)だから、霊力や妖力に男女差があるのは、そういうことが関係しているのかもしれないが、はっきりとした理由は分かっていない。
閑話休題。
ボク達は校舎に入ると、まず職員室へと向かい、そこで恰幅のいい年齢は4、50代と見られる“妖狐”の男性である校長先生に挨拶をし、そこでサクヤ姉ちゃんとカナン姉ちゃんと別れたボク達は、今度はスレンダーな体型の“妖狸”の女性(見た目年齢は20代前半にしか見えないが、“妖狸”は『幻影』『幻覚』の妖術が使えるので、見た目通りの年齢とは限らない)である教頭先生に連れられて、それぞれのクラス担任に紹介された。
改めて、ボクとアカリちゃんは“妖犬”クラス、キョウカちゃんとノゾミちゃんは“妖狐”クラス、そしてリンちゃんとショウちゃんと、アキホちゃんが“妖猫”クラスになる。
ボクとアカリちゃんは“妖犬”クラスの担任であるナデシコ先生は、非常にグラマラスな体型の20代後半~30代前半の女性の“妖犬”だった。
教頭先生に紹介されて改めて挨拶をすると、ナデシコ先生がこう言った。
「実は、本日の編入生はあなた達姉妹以外にもう一人いてね、その子も“妖犬”だから、私のクラスになるのだけど、まだ登校していないみたいでね、もうしばらく待っていて欲しいんだけど、」
と、そこへもう一人、“妖犬”の生徒が教頭先生に連れられてやって来た。
「あ、ちょうど良かったわ、今到着したみたい!」
「失礼します!
本日より編入となりました、タユネ・カワヒラです!よろしくお願いします!」
「あ!君は!」
よく見れば、その子は編入試験の時の受験番号1番の子だった。
「あっ!アキラさんっ!!」
「ボクのこと覚えていてくれたんだ!」
「はい、勿論です!あの時に声をかけてくださらなければ、私…!」
「そんなことないよ!君の実力なら絶対に受かってたと思うよ!
何にせよ、これから一緒に頑張っていこうね!」
そう言ってボクはタユネちゃんを正面から抱きしめた。
「ふわわっ!?あ、アキラさ…っ!?」
「編入生同士、早速仲が良いのは良いことですけど、そろそろHRが始まりますから、教室に向かいますよー」
「あ、はい!分かりました!」
ナデシコ先生に言われて、ボクはタユネちゃんなら離れた。
「あ…」
「じゃあ、行こうか!」
「は、はい!」
一瞬名残惜しそうな顔をしたタユネちゃんだったけど、次の瞬間には笑顔になっていて、ボクとアカリちゃんと共に、ナデシコ先生の後に付いて教室へと向かうのだった。
*
「早速アキラやってるわね…」
妖獣高校編入初日、職員室で各クラスごとに別れて、担任の先生に挨拶をしていると、私達以外で唯一の編入生となる“妖犬”の少女(編入試験の時にアキラに一目惚れしていた少女だ)に対して、アキラがまたも無自覚でやらかしていた。
「アキラ姉ぇからあに様と同じにおいがするぞ」
キョウカの言う通り、ヨウイチとアキラは似た者同士で、そういう意味ではお似合いの兄妹と言えるかもしれない。
「さて、ではそろそろHRが始まりますので、教室に向かいましょうか」
「はい!」
私ことノゾミとキョウカは、30代くらいの見た目の細マッチョ体型(スーツがピッチリしていて、胸板が厚いのもスーツの上から分かる)な“妖狐”の男性教諭、キョウヤ先生に連れられて、“妖狐”のクラスへとやって来た。
そこでキョウヤ先生に簡単に紹介され、私とキョウカが自己紹介し、HRは何事もなく終わった。
しかし、キョウヤ先生が教室を出ていき、1時間目が始まるまでの10分休憩の間に事件は起きた。
「キョウカ・フジワラ!
私と勝負なさいっ!!」
キョウカちゃんの席の前に、キョウカちゃんと同じくらいの年齢(つまり彼女も飛び級生ということだろう)の女の子が現れ、突然そう言ったのだ。
「勝負?自分と?」
「ええ、そうですわ!
私とあなた、どちらが優秀か勝負して決めましょう、と言ってるの!」
「な、なんで急にそうなるんだぞ?
っていうか、君は誰?」
「これは失礼、申し遅れました。
私はユイ・アリスガワ、あなたと同じ15歳にして、Sランクの“妖狐”ですわ!」
15歳にして飛び級のSランク!
そもそも飛び級だから、それなりの実力者ではあると思っていたけど、まさかSランクだとは…
とはいえ、喧嘩を売られた方のキョウカちゃんはオーバーSランクどころか、測定不能(暫定的にSSランクと呼ばれることになったらしい)なんていうとんでもない妖力持ちなんだけどね…
その、当の喧嘩を売られた方のキョウカはというと、席から立ち上がり、笑顔でユイの手を握りながら元気に挨拶を返した。
「ユイだね!自分はキョウカだぞ、よろしくね!」
「え、ええ、よろしくお願い致しますわ…」
しっかりと握手を返すあたり、悪い子では無いんだろうけど…
とりあえず、ハルカからキョウカのことは頼まれてるし、口を挟んでおきますか。
「あー、えっと、ユイさん?」
「はい、何でしょうか、ノゾミ・フジワラさん?」
「こんなことを聞くのは野暮かもしれないけど、何故私の妹、キョウカと勝負をしたがっているの?」
「それは当然、どちらの実力が上か、ハッキリさせるためです」
「なんでまたそんなことを…?」
「理由など、妖獣高校でNo.1になること以外にありまして?」
「それで、どうして自分と勝負することになるんだ?
他にも強い人はいっぱいいるでしょ?ここにいるノゾミ姉ぇだって強いし」
「現時点で、この学校には私より強い方は教師陣も含めていませんわ。
そこへ、編入生としてキョウカさん達が入ってこられましたが、感じる妖力からして、キョウカさん、あなたが編入生の中では一番強いと判断しました。
なので、あなたと勝負して私が勝てば、私のNo.1の座は揺るがない、ということです」
ふーむ、教師陣も含めて自分が最強とはなかなか言い切ったな、この子。
いや、実際そうなのだろう。
このクラスの担任のキョウヤ先生もかなりのランクであろうし、多少の妖力差ならひっくり返せるだけの実力はあると思うが、相手がSランクとなると話は異なる。
経験値や技術などを力だけでねじ伏せられる、それがSランクなのだ。
「ユイは自分達の妖力が分かるの?」
「ええ、多少隠したところで、強者の力を見誤るわけがありません」
なるほど、相手の妖力を感じられるというのは相当な実力者なのは間違いない。
戦場では、妖力を探知されたら命取りだったため、強者は自身の妖力を相手に勘づかれないように隠す力を身に付けている。
実際、私達姉妹は普段から妖力を抑えているし、ユイも妖力を抑えているのが分かる。
とはいえ、キョウカの場合はかなり妖力を抑えたところで、どうしようもないくらいすさまじい妖力を持っているわけなのだが…
…だけど、その程度ならキョウカの相手にすらならないだろう、というか、多分私でもどうかすれば勝てるだろう。
何故なら、より正しく妖力を感じとれるなら、リンやショウを自分より弱いと思うわけがないのだ。
一般的に、戦闘向きの“妖狐”と“妖犬”、この二種族が最強とされ、特にその進化種である“九尾”と“犬神”は別格の妖力と実力を持つとされている。
そして“妖狸”は妖力こそ他三種族に圧倒的に劣るが、『幻影』『幻覚』という独自の術を使うことにより、Cランク程度であっても戦い方次第ではAランクの“妖狐”や“妖犬”を倒すことが可能と言われている(実際、歴史上そういった事例があったことが記されている)。
とはいえ、これは本当に上級実力者の話であって、学生レベル、いや教師陣も含めた学園レベルであっても妖力ランクの差は絶対だ。
歴史上、権力争いに主に絡んできたのは上記三種族で、特に有名なのがヨウイチとキョウカの前世にも関係のある“犬狐合戦”であったり、“狐狸戦争”であったり、と様々ある。
そうした、権力争いと全くと言っていい程無縁なのが“妖猫”だ。
これは、別に“妖猫”が弱いというわけではなく、事実、進化種である“猫又”は、“九尾”や“犬神”でさえ恐れることもあるという程の力を持っている。
では何故、“妖猫”が表にあまり出てこないかというと、単に彼らが気分屋で、権力などに一切の興味がないからだ。
自分達の思う通り、自由気ままに生きるがモットーの彼らだからこそ、滅多に表舞台に出ることはなく、その真の実力が一般的にほとんど知られることもなく隠されてきたのだ。
そんな彼らだからこそ、妖力の隠し方も他の種族に比べて非常に高く、余程の実力者でない限り、彼らの真の実力に気付くことはないだろう。
長くなってしまったが、つまり私が言いたいことは、ショウとリンを自身より格下だと思っている時点で、ユイはあくまでも“学園レベルでの最強”であって、本気になった私達クラスの相手ではない、ということだ。
そこまで判断したところで、私はキョウカに耳打ちした。
(キョウカ、分かってると思うけど、)
(うん、大丈夫!ノゾミ姉ぇの言いたいことは分かってるぞ!)
(そう、なら大丈夫ね)
さすがにこの勝負は受けられない、下手するとユイの将来に関わりかねないからね。
ユイは間違いなく将来有望の妖術使いなるだろうから、ここで実力差を見せつけられて、心が折れるなんてことになったら、
「その勝負!受けてたつぞっ!!」
「そうそう、勝負は受けて…、って、ええええええっ!?」
ちょっ、キョウカ!?あんた何を、
「ノゾミ姉ぇ達をバカにした君を、全力全開で叩きのめしてやるぞっ!!」
「ちょっ、バカっ!!せめて手加減っ、」
「手加減など不要っ!!
キョウカさん、あなたと私、真の学園最強がどちらか、今日の放課後に決めましょうっ!!」
「のぞむところだぞ!!」
…あ~、そうだった、基本“妖狐”や“妖犬”は血の気が多いから、こういう勝負事には目がない子が多いんだった……(私は違うけどね)
「おおーっ!!勝負よ、勝負っ!!」
「久し振りに見ごたえのある勝負になりそうな予感っ!!」
「飛び級の超天才美少女、我らが“ユイ姫”と、同じく飛び級の美少女編入生との本気対決っ!!」
「はぁ、はぁ…、ユイ姫、ユイ姫かわいいよぉおおおっ!!」
「こりゃ早速他のクラスにも知らせないとっ!!」
「今日の放課後は第37回学園最強決定戦(非公式)だぁああああああっ!!」
「ユイ姫もいいけど、編入生のキョウカたんも圧倒的に推せる…っ!!」
クラスメイトも盛り上がっちゃってるし…(何人か変な奴がいるみたいだけど)
こりゃ、今更止められないな…
せめて、ユイの心が折れませんように…
ところで、このユイって子の顔、何処かで見たような気がするんだけど、気のせいかしらね…?
*
そして、あっという間に放課後となった。
対決は、編入試験で実技試験の会場となった、運動場の端にあるテニスコートくらいの広さの空間、“戦闘場”が三つある区画の内の一つだった。
ここの戦闘場の周りは、特殊な繊維で編まれた防護網で区切られており、通常の妖術や武器なんかでは一切傷付けられない場所となっているため、余程のことがない限り、周囲に被害が及ぶことはない。
普段は主に戦闘訓練などで使われる“戦闘場”となっているようで、教師の許可を得れば、放課後に生徒達が自主訓練で使うことも出来るようだ(ただし、監視役の教師が最低一人は必ず付くようになっている)。
今回は、担任のキョウヤ先生が監視役としてコートの端の椅子に腰かけて見守っている。
「決闘は認めますが、双方どちらか、あるいは両方が危険だと判断した場合、強制的に決闘を止めさせてもらいますので、そのつもりで」
どうやら、今回は決闘ということもあって、レフェリーのような役目も担うらしい。
キョウヤ先生の言葉を受けて、コートにいる二人が返事をする。
「ええ、分かっております」
「了解だぞ!」
コートの両サイドには戦闘訓練用のジャージ(防護網と同程度の強度に加えて、なんと、着たまま『妖獣化』しても破けないという、某有名漫画に出てくるフリ◯ザ軍の戦闘スーツ並の伸縮性もあるそうだ!とはいえ、ここの戦闘場はそこまで広くはないので、『妖獣化』するには不向きだが)に着替えたユイとキョウカ、そしてコートの外側には、校内から決闘の噂を聞き付けて集まった野次馬達。
「いや~、初日から決闘なんて、キョウカちゃんやるニャ~♪」
「あのユイって子、すっごく強そうだよね!
ボクも戦いたいなー!!」
そして、当然私の姉妹達も揃って見学している。
「相変わらずアキラも戦闘狂よね…
というか、あなたも一緒なのね…」
私はアキラの半歩後ろで控えている少女に視線を向けた。
「あ、えっと、試験会場でお会いしましたよね!
私はタユネ・カワヒラと言います!
よろしくお願いしますね、ノゾミさん!」
「ええ、こちらこそよろしくね」
タユネはいい子みたいだし、せめてアキラのことで傷付かないよう、それとなくフォローしてあげた方がいいかしらね…
「では、試合開始っ!」
キョウヤ先生の合図と同時に、ユイの妖力が一気にあふれ、両手両足だけを『妖獣化』させた、いわゆる“半妖獣”化した状態になった。
なるほど、確かにSランクだけあってとんでもない妖力だが、驚くべきことはそこではない。
「ニャニャ!?
あの子、まさか“九尾”じゃなくて、普通の“妖狐”なのニャ!?」
「普通の“妖狐”で、これだけの妖力持ちはなかなか珍しいねー!」
そう、彼女は“妖狐”でありながら、進化種である“九尾”並の妖力を持っていたのだ。
通常、Sランククラスともなると、進化種であるのがほとんど(当然例外もあるのはある。身内ではショウがそうだ)なので、ユイもてっきり“九尾”なのかと思っていたのだが…
しかし、そうなるとこの子の将来性は半端ないな…
このままさらに成長すれば、“九尾”へと進化する可能性もある。
滅多にないことだが、前例がないわけではない。
それだけに、今回のキョウカとの決闘で、彼女がどういう反応をするかが鍵となるだろう。
キョウカの強さに打ちのめされるか、立ち向かえるか…
「さあ、キョウカ!あなたの本気を見せなさい!
あなたは“九尾”なのでしょう?
ただの“妖狐”でも、“九尾”に勝てるってところ、見せてあげますわ!!」
「いいぞ、自分の本気、見せてあげるっ!!」
そう言うと、キョウカは尻尾を九本生やし、さらに両手と両足を『妖獣化』させた。
「やはり“九尾”でしたわね!
相手にとって不足無しですわっ!!」
「まだまだこんなもんじゃないぞー!!」
「…え?」
さらに妖力を増していくキョウカ。
すると、
「あれ?雨…?」
「嘘だろ、だってさっきまであんなに晴れて…、」
「うわっ!?急に風が!?」
急な天候の変化に、周囲がざわつき出す。
「な…、な…、ま、まさか…!?
キョウカさん、あなたは、ただの“九尾”ではなく…っ!?」
さすがにユイも気付いたようだ。
キョウカの真の姿と、その実力に。
「コォオオオオオオオオオオンッ!!」
キョウカが一鳴きすると、空から雷がキョウカ目掛けて落ちる!
「うわぁああああっ!?」
「かっ、雷までっ!?」
「あの子大丈夫かっ!?」
周囲の人達は、急激な天候の変化に驚くばかりで、通常の妖術や武器なんかでは一切傷付けられないハズの防護網を、ただの雷が貫通したことに誰一人気付いていない。
いや、正確にはコート内にいるユイとキョウヤ先生は気付いているだろう、この天候の変化が、キョウカの妖力によって引き起こされたもので、キョウカの力をもってすれば、この程度の防護網など紙切れ同然だということを。
そして、雷の落ちた衝撃で舞い上がった埃が消え去り、視界がクリアになると、そこに現れたのは、先程までは狐色だった両手両足、そして九本の尻尾が銀色に輝くキョウカだった。
「くふふっ!これが自分の本気だぞっ!!」
「あ…、あ…、あなたは…っ!!」
「「「「「ぎっ、“銀毛の九尾”っ!?!?」」」」」
その場にいた全員が、キョウカのその姿に恐れおののいた。
「キョウカ姉たんの、本気、です…!」
「ノゾミねーね、あれいいのかにゃ?
相手の子、死んじゃわないかにゃ…?」
「あの子だってバカじゃないから、多分大丈夫よ」
「まぁ、ウチニャら、あの姿見た瞬間に降参しちゃうかニャ~」
「ボクは本気のキョウカちゃんと一度手合わせしてみたいけどね!」
「そんなこと言えるのアキラちゃんくらいよ…」
さて、ユイはどういう反応を示すかな…?
願わくば、心折れないで欲しいのだけど…
すると、キョウカと向かい合っていたユイが、突然キョウカに向かって駆け出していった!
「ニャニャ!?あの子、まさかやる気かニャ!?」
「ちょ、さすがにそれは無謀っ、」
だが、キョウカのいる少し前で止まり、そこで跪くと、こう言った。
「キョウカさんっ、いえキョウカお姉さまっ!!
私をお姉さまの弟子にっ、いえ、妹にしてくださいっ!!」
「ええっ!?!?」
こうして、我が家にもう一人妹が増えました。
「…って、予想斜め上の展開過ぎるっ!!」
「ノゾミちゃん、ツッコミ役ハマってるニャ~♪」
いやいや、っていうか、マジでこの先どうなんの…?