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第一皇子

水の波動(ウォーターウェイブ)!!」


 広範囲を一気に制圧する帯状の水魔術が、ルーナの杖から放たれる。


 もう中級魔術はお手の物か。


 俺は軽くそれを避け、一気に詰め寄る。


「えぇ!?」

「強い魔術でも当たらなきゃ意味ねえぞ」

「普通は避けられないんですよ!」


 ルーナは慌てて杖を構え直し、次の魔術を発動する。


「岩――」

「遅い遅い」


 俺は一瞬にしてルーナに詰め寄り、コツンと頭に触れる。


「うぅぅ~~!」


 ルーナはプハァっと止まっていた息を吐き、地面に座り込むと恨めしそうな顔で俺を見る。


「強過ぎですよレヴィン様……まったく歯が立たないんですけど……」

「修行が足りん!」

「意外と熱血!?」

「今日から毎日筋トレだ!」

「ひぃぃ!!」


 ルーナはびくびく怯えながら、涙目で縮こまる。

 面白いなルーナは。


「まあ冗談だけど」

「じょ、冗談でしたか……」

「戦闘経験の差だろうな、そこら辺は」

「レヴィン様は経験豊富なんですか?」

「まあ、豊富というかなんというか……。あのアホに付き合わされたからな……てきとうに誤魔化すの苦労したぜ……」

「?」


 ルーナはきょとんとした顔で俺を見る。

 確かにルーナはあのアホを見た事が無かったかもな。ルーナが来たのだって半年ほど前だし。


「さてじゃ――」

「マスター」


 突如、俺の言葉を遮るように、顔の半分をマスクで隠した小柄な女性が背後に現われる。


「アカネか」

「はい」


 アカネはエレッタの集めた情報部隊の構成員だ。

 彼女には俺との接触が許されている。


 情報部隊は情報の収集、伝達を主に行っている。


 エレッタにそこら辺を任せていたが、想像以上に優秀でいろいろな段取りを整えてくれた。つい何か月か前までは街の中に情報を吸い上げるための匿名の情報提供者を用意していた程度だったのに、いまでは立派な情報部隊だ。


 全員俺の身分と正体を偽ってエレッタの横で面接し、俺が選定したメンバーだ。実力は申し分ない。


 彼女らは俺の直轄というよりはエレッタの配下だ。


 だが、エレッタの主である俺の言う事もしっかり聞いてくれる。エレッタの教育の賜物なのかもな。


「どうした?」

「エレッタ様がお呼びです。至急王城に戻られよと」

「はあ? なんでまた……」


 俺は今、帝都外れのルーナ宅に来ていた。

 つい先日地下の訓練場の建設が完了し、俺はルーナに簡単な修行兼成長チェックを行っていたのだ。


「本日はアルフレッド様のご帰還日です」

「げっ……」


 俺は頬を引きつらせる。


 あいつが帰ってくるの……今日だったか……。


「どうしたんですか?」


 ルーナは心配そうな様子でこちらを覗き込む。


「いや……怠いやつが帰ってきた」


 忘れていた。北方に行っていたからしばらく平穏だったのに……前回の帰還の時にあれこれ言い訳して避けた結果、次の帰還では必ず顔を見せろと約束をさせられたんだった……。あの人苦手なんだよなあ。


「はぁ……」


 俺は大きなため息をつく。


「それと、冒険者の情報も集まってきたようで、エレッタ様がお話したいと仰っていました」

「お、それは朗報だな。仕方ない、さっさと戻るか……」

「私もご一緒しましょうか!?」

「ルーナはまだ訓練しておいてくれ。後でブルースがくるだろ? 適当に相手してやってくれよ」

「……わかりました」

「不満か?」

「不満というか……あの人顔怖いんですもん!」


 ルーナはうるうるした瞳で俺を見上げる。

 

 そればかりは俺も同感だ。


「ま、まあ怖いのは顔だけだから……」

「勢いと圧も怖いです……」

「そうだな…………慣れよう」

「レヴィンさま~~!!」

「悪い、じゃあ俺は王城へ帰る」


 俺はしょんぼり顔のルーナを置いて、“瞬間転移”態勢に移る。


「あ、アカネも一緒に王城戻るか?」

「いいえ、私はこれからエレッタ様からの別命がありますので大丈夫です。お心遣い感謝いたします」

「物凄い畏まった口調だな」

「そうしろと仰せつかっておりますので」

「さすがエレッタか。まあでも、俺と話すのはアカネだけだし、もう少し砕けてもいいぜ?」

「ぜ、善処致します……」


 アカネは少し困惑気味に弱々しく返事をする。


 まあ、これも皇子の宿命か……。


「んじゃ、戻るわ」

「いってらっしゃいませ、レヴィン様」

「お留守番してます……」


 そうして俺は王城へと転移した。


◇ ◇ ◇


「うわっ! ……コホン、レヴィン様でしたか」

「いい加減慣れてくれねえか」

「さすがにいきなり目の前に現れるのは慣れるとか慣れないではないです」


 俺は転移した自分の自室で、椅子に腰かける。


「あいつが戻ってくる日だって?」

「はい。北方の戦いが少し落ち着いたとか。あと、ラウザール様が呼び戻したらしいです」

「父さんが? また新しい戦場か。忙しいねえ、あの男も」

「まあ有望株ですから」


 あの男……アルフレッド。


 アルフレッド・ラーヴァス。俺の兄であり、第一皇子だ。


 歳がそこそこ離れているから、ライネスやエリスとはまた少し違った扱いをしてくる。ライネス達が落ちこぼれだと笑い見放す側だとすれば、アルフレッドはやればできるだろと押し付けてくるタイプ。俺としては断然アルフレッドの方が面倒くさい。


 幼少期から何度も訓練に付き合わされたり、戦闘させられたり……とにかく面倒くさい奴なのだ。


「……やっぱり逃げていいか?」

「駄目ですよ。今回ばかりは顔を見るまで帰らないと息巻いていましたし、逃げた方が後々厄介ですよ」

「だよな……。まあ忙しいらしいし、そんな長居はしないだろう」

 

 というかそうであって欲しい。苦手なんだよ、あの人。


「そういや、冒険者の情報が入ったって?」

「はい。黒鴉を使って情報を集めさせていたんですが、なんでも帝都に【烈火の息吹】が戻ってくるそうで」

「炎帝の?」


 エレッタは頷く。


「S級で実績もそれなりにあるパーティです。特定の冒険者ギルドに所属はしていませんが、無所属パーティとしては突出しています。それに、無所属というのがかなりおいしいかと」

「確かにな。ただ冒険者ってのはエゴが強いからなあ、大人しく傘下に入ってくれるかどうか」

「そうですね。そこら辺はレヴィン様に頑張っていただくしかありませんが……」

「だな」


 面倒くさいが、最終的な判断は俺が下すしかない。

 ま、先の為の地固めだ。受け入れていこう。


「ただ、報告によると彼らはパーティに不和を抱えているようで。そこは何か利用できるかもしれません」

「へえ、それはいい情報だな」

「あと、その他にも冒険者の情報をまとめた資料がこちらですので、目を通しておいてください。活用できるかもしれません」

「サンキュー。じゃあ、早速読む――――」


「レヴィーーーン!! 兄ちゃんが帰ったぞ!!」


 瞬間。大声と共に、白銀の鎧を着た金髪の長髪男が俺の部屋へと突入してくる。


 俺は咄嗟に資料をしまい、思い切り嫌な顔をする。


「……アルフレッド兄さん……」

「はは、相変わらず嫌そうな顔をしてるな、レヴィン。エレッタさんもお疲れ様」


 来ちまったか……。


 エレッタはアルフレッドに会釈する。


「元気してたか、レヴィン」

「まあ、ぼちぼち」

「元気そうだな!」


 なんでぼちぼちで元気そうという感想が出てくるんだ……。


「どうだ、俺の居ない間の城は」

「快適だったよ」

「そうか。来る前にライネスたちにも会ってきたが……あいつらは相変わらずだな」

「俺からしたら、アルフレッド兄さんも相変わらずだよ」

「はは、誉め言葉として受け取っておこう」


 アルフレッドは笑う。


 怒涛のテンションのアルフレッド。

 俺とは対極的すぎる。


「レヴィン、相変わらず訓練をサボっているらしいな」

「まあね」


 アルフレッドははあっと溜息を吐く。


「戦えないし、勉強も嫌う。レヴィンの評判、なかなか悪いぞ? 俺の部隊にもレヴィンに構っても時間の無駄だという奴が多い」

「当然じゃね? 俺だって出来る限り自由にさせて欲しいさ。帝位も興味ないし、社交界だって興味ない。俺とつるむうまみは皆無だ」

「だが、俺は見捨てたりしない!」


 アルフレッドは熱く拳を握る。

 その顔は本当に暑苦しい。


「正直、俺はレヴィンに才能がない訳じゃないと思うんだがな。昔一緒に森に出かけたときだって傷一つ無く帰ってきたしな」

「あれはたまたまだって言っただろ、いつまで言ってるんだ」

「そうだったな。だけど、何か出来ることがあるなら自分でもっとアピールした方がいいぞ? 父上も口ではああ言っているが、本心では期待しているはずだ」


 してる訳ねえ……。どんだけポジティブ思考何だこの男は。


「……まあ善処するよ」

「ライネスやエリスじゃ力に成ってやれないだろう? だから、俺がお前を導いてやりたいと思っているのさ」

「いや、そういうのまじでいいから」

「いやいや、何を言う! 俺は――」


 そうして、アルフレッドは小一時間あーだこーだ一方的にしゃべり続ける。

 

 いい加減うんざりした……と思ったところで、部屋の外からもう一人鎧を着た男が入ってくる。


「アルフレッド様。そろそろ」

「おっ、もうそんな時間か。悪いなレヴィン。俺はまた出かけなきゃいけない」

「いいね、せいぜい活躍してきてくれ」

「まったく、可愛くない奴だ! それじゃあな、行ってくる」


 そう言ってアルフレッドは笑いながら部屋を後にした。


 バタンとドアが閉じ、急激な静寂が訪れる。


「……はあ疲れた……」


 俺はだらっと机に身体を預ける。

 嵐が去ったようだ。


「一方的に喋っておられましたね」

「よく怠くならないもんだな。要約すると、『もし帝位争いが始まったら俺の側についてくれるよな?』だからな。俺を気に掛ける振りしてとんだ腹黒だよ、あいつは」


 だから嫌いなのだ。

 面倒くさい腹の探り合い。あいつのは表面は爽やかで腕っぷしの強いポジティブ男。だが、その腹の内は野心で真っ黒だ。


「ラウザール様も、もう何年も安泰という歳ではありませんからね」

「はあ、俺なんかを迎え入れて何がしたいんだか。変な勘だけは働く奴だからな、あの男は」

「傘下に加わるので?」

「んなわけねえだろ。のらりくらり交わすさ。俺は皇帝になるつもりも、ましてや配下になるつもりもない。一応アルフレッドにも監視付けておいてくれるか? 何かあってからじゃ遅いし」

「承知しました」


 こうして、嵐のような第一皇子襲来は幕を閉じた。


 俺はそんなことより、今のギルドを完成させたいのだ。俺のギルド計画。

 絶対に面倒なことは避けて、楽して生きてやる。帝位争いになんか関わるかよ。

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