杖
「――っと、到着」
「わっ」
ルーナはびくっと一瞬身体を震わせ、俺に強くしがみ付く。
「本当すごいですね瞬間転移……私あの書をよんでもちんぷんかんぷんで……」
ルーナは瞬間転移にほれぼれするようにあほええっと口を開いている。
「まあ、仮にも原初魔術って訳だ」
「さすがレヴィン様です……! でここは……」
ルーナは辺りを見回す。
「……帝都? にしてはなんか薄暗いですね」
「入り組んだ路地を大分進んだ先にある場所だからな。上見てみな」
「上……? うわあ、建物で空が凄い狭いです」
ここは忘れ去られた区画だ。
周囲の開発が一気に進み、建物が沢山建てられたことでこの場所に入ってくるのは相当なコツがいる。
「凄い場所ですね。帝都にもこんな場所があるんだ」
「ここら辺はあんまり馴染みねえのか?」
「はい……大体いつもスラムの方に居ましたから。……というか、ずっと店の中でしたし……」
ルーナ少し悲しい表情で目を伏せる。
しかし、すぐに気を取り直すと慌てて笑顔を作る。
「で、でも別に今幸せだからいいんです! ありがとうございます、レヴィン様!」
「そんなお礼されるようなことはしてねえけどな」
「いいえ、いいえ、レヴィン様は恩人です! 任せてください、絶対に凄い魔術師になってみせますから!」
ルーナはグッと力こぶを作って見せる。
「はは、期待してるぜ。で、俺達の目的は後ろ」
俺は親指でぐいっと後ろを指す。
そこには、蔦の張った古びた店が建っている。
「うわあ、なんか神秘的です。ここ……ですか?」
「あぁ。ここは一応俺の行きつけでな。ここでは仮面はいらねえ」
俺は仮面をハズすと、素顔のまま店へと入る。
「邪魔するぜー」
「邪魔すんじゃねえ!! 閉店の文字が見えねえのか!」
と、いきなり本が飛び込んでくる。
「きゃあ!」
俺はそれを片手で受け止める。
「おいおい、来るって予め言ってただろ……」
「ぬっ!? ……おいおい、なんだお前か」
そう言っておくから出てきたのは、かなり大柄な体型をしたスキンヘッドの男だ。
その筋肉は到底魔術道具を扱う人間とは思えない。
「相変わらず荒いなあ……」
「ハッハ! 許せレヴィン! 俺とお前の仲だろ」
「レ、レヴィン様に何するんですか!」
と、ルーナが俺の前に出て構える。
「ほほう、主のピンチに前に出るか……いい子じゃねえかレヴィン!」
そう言い、大男はガハハと笑いながらルーナの背中をバンバンと叩く。
「うっ! な、なんですかこの人……!」
「あー、こいつがブルース魔術道具店の店長、ブルースだ」
「よろしくな、嬢ちゃん」
「は、はあ……」
ここは俺が幼い頃から通っている魔術道具店だ。
普段は魔力総量を偽装しているから魔術師としての力がバレることはないんだが、ちょっとひと悶着あってブルースは俺の力を知る数少ない人間の一人だ。
「行きつけの魔術道具店って訳。強面だけど、一応品揃えは良いぜ」
棚いっぱいに並べられった瓶や、アクセサリー。
積み重なった本や、不思議な道具たち。すべてが魔術関連の商品だ。
「一言余計だ、まったく」
「あと、儲かってない」
「二言余計だ!」
ブルースは渋い顔で叫ぶ。
こう見えてブルースは魔術道具一筋だから、俺が皇子だろうがまったく気にしていない。俺もその方が楽だし、むしろありがたい存在だ。
「で、今日ルーナの杖を選ぶから貸し切りにしておいてもらったんだよ」
「そうだぜ、この機会損失はいずれ補填してもらうからな」
「0だろ、まったく」
「けっ、そういやこの間買っていったブレスレットはどうだ、いい品だったろ?」
ブルースはニヤッと口角を上げる。
「あぁ、あれか。全然使い物にならねえよあれ」
「はあ!? かなりの自動防御性能で有名なんだぜ!? すげーレアで手に入れるのに苦労したんだぞ!」
「俺の魔弾二発で壊れたよあれ、あれで自動防御って言うんだから滑稽だぜ」
「おま……お前の魔弾は兵器なんだから当然だろ……」
ブルースはがっくりと肩を落とす。
「まあ、そんなガラクタの話より、今日はルーナの杖だぜ。準備してもらえてるか?」
「おぉ、もちろん。こっちにこい」
俺とルーナはブルースに付いて店の奥へと入っていく。
奥は工房のようになっており、いろいろな道具が並べられている。
その中央の机に、大小さまざまな杖が並んでいた。
「とりあえずこっちで候補を見繕っておいたぜ」
「どれどれ……ワンド一種類、スタッフ二種類か」
「あぁ。嬢ちゃんの特徴を聞いて集めた三種類だ。まあ、スタッフが理想的だが、念のためワンドも用意しておいた。どれもご要望通り等級は赤だ!」
「やるねえ。ルーナどれが良い?」
「えっと……私が選んでいいんですか?」
「杖はフィーリングが大事だからな。等級が赤なら能力はさほどかわらねえ。好きなの選んでいいぜ」
「で、では……」
ルーナはそれぞれの杖を見比べる。
細い波打った形をしており、焦げ茶色のワンド。
てっぺんが枝分かれしている、黄土色のスタッフ。
そして、クリスタルが添えられ、その周りを渦の様に囲んでいる白色のスタッフ。
しばらくそれらを眺め、そしてルーナは白いスタッフを握る。
「ほう、“ホワイトローズ”か。ネルラモの木を使った持ち手部分に、頂点のクリスタルはクリスタルの産地北方のリングリッド産! いい杖だぜ」
「どうだ、それが気に入ったか?」
「はい……! なんか力がみなぎってくるような……」
「相性が良いんだろうな。じゃあそれにするか」
「でも……いいんですか? 赤等級はかなり高級なんじゃ……」
「いいって。この先のルーナの成長に対する先行投資だから。魔術、がんばってもらうぜ」
その言葉に、ルーナは満面の笑みを見せる。
「はい! ありがとうございます……! 一生大切にします!」
「いやあ、もっといい杖見つかればそっち使ってくれ
「いいえ! これがいいんです!」
「はは、かなりすかれてるなレヴィン。嬢ちゃん、魔術師ならうちをご贔屓にな。友達価格で売ってやるぜ」
「ありがとうございます!」
代金を渡し、杖を購入する。
ルーナは杖を受け取ると、愛おしそうに眺める。
いい買い物が出来たな。
「だが、あのレヴィンが教え子を持つとはなあ。何があるか分からねえもんだ」
「教え子っていうか、側近ていうか……」
「あぁん? どういう意味だよ」
「ま、いろいろやろうとしてんのさ。もしかしたらあんたにもいずれ話すかもな」
「? まあいい、お前のことを知ってるのは俺くらいなんだからな、何か買うときはちゃんとうちでかえよ!」
そうして、俺達はブルースの魔術道具店を後にする。
ルーナは嬉しそうに杖を眺めている。
相当嬉しいようだ。これを抱えて夜寝そうだな。
「大切にしますからね!」
ルーナは満面の笑みで笑った。