信条
「街は今日もにぎやかだなあ、城内とは大違いだ。酒場も盛況か」
酒場の隅、俺は辺りの喧騒に耳を傾ける。
“瞬間転移”習得から月日が経ち、俺は十四歳となった。
相変わらずみんなの前で行う訓練は適当に流し、「放蕩皇子」「落ちこぼれ」「出来損ないの出涸らし」などの異名を欲しいがままにしていた。
一方で、兄さんや姉さんたちはどんどん頭角を現していた。
第一皇子のアルフレッドは二十歳で既に戦争に参加し実績を上げているし、第一皇女のエリスは魔術に秀でており魔術学院でも優秀な成績を収めた。そして第二皇子のライネスは剣術で非凡な才能を発揮しており、さらに魔術にも造詣が深い。全員が次の皇帝を目指して己を磨いていた。
エレッタもその現状には慣れ始めたのか、今ではあまり言ってこなくなった。
申し訳ないが俺は兄姉と違い皇位など微塵も興味はない。
皇帝など面倒なだけだし、誰かと争うのも時間の無駄だ。俺はだらだらと楽に生きていられればそれでいい。
この国の皇位継承は、父さんが一番強いと認めた皇子皇女が国を治めると代々決まっている。生まれや継承順位は関係ない。だから、みんな必死に修行をしている。
俺はそんな面倒なことはさけ、自分の為に必要な訓練だけをしてきた。
原初魔術に始まり、様々な知識や技術の習得。ほとんどを独学でマスターした。
後の面倒を回避するための下準備。俺は、着実と楽な生活へ向けて進んでいっていた。
だが、問題はある。それは、このままいけば俺は次期皇帝の下について働くことになる可能性が高いということだ。
幼い頃は良かった。自分のことだけを考えていれば良かったんだから。しかし、俺ももう十四歳。そろそろ働くということが見えだす年齢だ。そうすれば、否応なしに周りにも目を配る必要が出てくる。
誰かの下で誰かの為に働く。それこそクソ面倒な話だ。俺は絶対に嫌だ。
考えるだけで嫌気がさす!
そこで俺は考えた。
もし仮に、俺が何もしなくても俺の変わりに全てをこなす最強の組織があったとしたら――。
優秀な配下を従えて、そいつらを束ねる組織……ギルドを作れば働かずして楽に生きていけるのではないか。
自由のない、誰かの指示に従う面倒くさい人生なんてまっぴらだ。
俺はそれを作り上げるため、面倒だった剣術や体術も完璧に身につけた。もちろん、先生たちや兄姉は俺には才能がないと勝手に思い込んでいたけど。
力なきものに従う程、世の中は甘くない。俺が完璧であればある程、俺についてくる奴も増えるはずだ。
そして今日。満を持して俺は組織作りのため、情報収集を始めた。
もちろん、身分がバレないようにお手製の仮面をつけ、黒いフードを羽織り身分を隠している。
退屈な城より街の方が気楽で面白い。気分転換にもなる。
それに、いろいろな情報を手に入れられる。だが、毎回こうやって歩いて集めるのはかなり面倒くさいな……。街中でポンポン転移するのはさすがにバレるし、何より目立つから出来ないし。
そうだな、ある程度先が見えたら情報収集を専門に出来る奴も欲しいな。組織を作るなら是非手元においておきたい。
「にしても、アルフレッド様は凄いなあ」
少し離れた席からそんな噂話が聞こえてくる。
「おぉ、確かこの間の戦争でも先陣切って勝利していたな」
「ありゃあ凄い。まるでラウザール様の生き写しだよ」
男は酒を飲みながら楽し気に語る。
「エリス様も魔術学院じゃかなり優秀な成績で卒業したそうじゃないか」
「しかも美人と来た! ありゃあ男どもは骨抜きだね」
「違いない! 第二皇子のライネス様も今年から剣術の方の学院に通っているし、この国は安泰だな!」
男たちはガハハと高笑いしながら、酒を煽り、肉を食らう。
すると、黒髪の方の男が「あーっと」思い出したように言う。
「そういや、もう一人いたな」
「何が」
「皇子だよ」
一瞬なんのことか分からないといった表情をするが、すぐに男はあぁと思いだす。
「放蕩者の出来損ない皇子か」
「はは、そうそう」
男はハッと鼻で笑う。
「上にあんだけ才能のある皇子皇女がいりゃあ、そりゃやる気も無くすわな」
「聞いたか? 第三皇子のレヴィンは魔術もろくに使えないのに剣術も武術もいいとこなしだそうだ」
「そりゃまた……。もう十四歳だったか? その年の頃にはエリス様もライネス様も立派な話が聞こえてきたもんだが……。この国の皇子としては落ちこぼれもいいところだな」
「くっく、そんなに弱かったらいつか暗殺されちまうんじゃねえか?」
「んなわけないだろ。誰の脅威にもならないなら、相手にすらされないさ」
そう言って男たちは笑う。
普通なら、こんなこと言われてムカつくぜ……!!
と激昂してもいいのだが、残念ながら俺はそんなことは微塵も思わない。
何故なら、俺がそう思われるよう仕向けているのだから。
むしろ、俺の演じている愚者が上手く広まっているようで嬉しいくらいだ。
男の最後の言葉は正しい。
誰からも脅威になり得ないなら相手にされない。それはつまり、頼りにもされないが敵対視もされず、面倒に巻き込まれることもない楽な生き方という訳だ。
この世で一番面倒ごとを遠ざけることのできる秘儀を教えよう。
関わらないことだ。
こうして街でも俺の駄目っぷりは広まっている。わざわざ俺を敵視する兄たちじゃないだろう。
そんなことを考えながら、俺は酒場から出る。
陽は少し傾き始めていた。
目の前にはスラムが広がっている。さすがにそろそろ戻らないとエレッタにどやされるな。というか、こんなところまで来ていたとバレれば大目玉だな……。
情報を求めてちょっと深いところまで来すぎた。まあ初回だしいいだろう。
何かに巻き込まれたら面倒ださっさと――――
「おい、立てコラぁ!!」
ドゴっ!! っと鈍い音が響く。
「うぅ……」
俺はその音の鳴った方を見る。
そこには、長い黒髪の少女が腕を押さえて倒れこんでいた。
着ているのはぼろきれ同然の布だ。年齢は俺と同じくらいだろうか。
周りには数人の男たちが。
「さっさと立ちやがれ女」
金髪の男は苛立ちながら少女の髪を掴む。
「ご、ごめんなさい……!」
「俺に謝んじゃねえよ。てめえの母ちゃんが娼館で死ななきゃてめえはまだ貧乏なだけで生きて行けたのによ、恨むなら母親を恨むんだな」
「そ、そんな! お母さんは悪くない……! 私のために働いて――」
「喧しい! キンキン耳に響くんだよてめえの声はよ!」
バシッ! っと少女の顔にビンタが炸裂する。
その光景に、一瞬俺の胸の奥がジュっと焦げるような熱を感じる。
しかし、俺は深呼吸をしてそれを抑え込む。
……下らねえなあ、暴力は。
あんな面倒なことするくらいならもっと別の仕事すりゃいいのに。怒るのだって体力の無駄だろうし、非効率だ。やれやれ、頭の悪い奴の考えることは分からねえな。
すると、その様子を俺が見ていたのに気付いた金髪の男がこちらを見て叫ぶ。
「何見てんだこら! てめだよ、仮面のガキ!」
「……俺?」
「そうだよ、何のん気に眺めてやがんだよ。見世物じゃねえぞ? てめえも売り飛ばされてえか? あぁ!?」
うわー、誰彼構わずだな。しかも三下感が凄い。
余程下っ端とみた。確かこの辺りは、オルドランファミリーの縄張りだったか……下部組織か、それに使われているチンピラってところか。
まあでも面倒だ。適当にながそう。
「いやいや、滅相もない。俺には関係ないんで、お好きにどうぞ」
「はん、腰抜けが。……さっさとどっかいけ、俺の気が変わらねえうちにな」
触らぬ神に祟りなしってね。面倒なことは避けるのが信条だ……信条だが……。
その時、ピタリと少女と目が合う。
紫色の鮮やかな瞳をした少女。吸い込まれるような、強い意志を感じる瞳。
まだ少女は、自分を諦めていなかった。
信条だが、秒で片づけるなら面倒には入らない……か。
「……はぁ」
俺はくしゃくちゃと頭を掻く。
別にこれは、面倒ごとを避けるという信条に反した訳じゃない。ただ俺自身がメリットがあると感じたんだ。
先の為……そう、俺の目的のためだ。別に問題ない。うんうん。
少女は平凡だった。
筋肉は殆どなく、痩せていて栄養不足が伺える。戦ってきたような傷も見当たらず、完全に素人だ。教育を受けてきたはずもないだろうから、知識もない。
だが、ただ一点。一点のみ、輝くダイヤの原石がこちらを見ていた。
それは――彼女の魔力総量だ。
常人離れした圧倒的な魔力総量……魔術の天賦の才。
魔術において、天才と秀才を分ける最大の違いは生まれ持った魔力総量だと言われている。魔力総量が多ければそれだけ多くの魔術を習得でき、そして高威力高品質の魔術を発動できる。魔力総量ばかりは、そのほとんどが才能に依存する。
つまり彼女は、生まれついての魔術師。天才魔術師の卵だ。
俺が軽く教え、図書館の魔術書を読ませれば俺と同等までいかないまでも相当な魔術師になる。
いきなり出来合いの物を集めるのもいいが、育てるのも悪くない。
是非うちに欲しい……!
「おいまだいんのかガキ! 行くならさっさとどっかいけ! 殺されてえのか!?」
「いやー、そう思ったんだけど」
俺は男の方へと向き直る。
「……その子、俺に譲ってくれない?」
「はぁ?」
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