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禁書庫の魔術書

「レヴィン様、どうしたんですか?」


 部屋に戻ると、エレッタが俺の部屋を掃除していた。


「げ、エレッタ。もう戻ってたのか……」

「げ、じゃないですよもう。あなたの侍女なんですから、当然です! また何かしでかしてきたんですか?」

「いや、別にしてきたというか……」


 ただ、面倒な訓練を早引きしただけだけど……。


 薄桃色の髪を後ろで束ねた美少女エレッタは、腰に手を当て頬を膨らませている。


「レヴィン様がこーんなに小さいころから見てるんですから。また何かやったんだ……くらいわかりますよ」


 エレッタは指を一センチくらい離し、小ささを表す。


「いや、豆粒か俺は」

「ふふ。それで訓練はどうしたんですか」

「抜けてきた」

「またですか!? そんなんじゃ誰も認めてくれませんよ!?」


 エレッタは青ざめて頬を手で抑える。


「別にそれでいいって言ってるだろ? 認められても面倒なんだよ」

「もう、そんなことばかり言って……」


 エレッタは眉を八の字にして俺の顔を覗き込む。


「いいんですか? また落ちこぼれなんて言われちゃいますよ」

「言わせておけばいいんだよ。別に気にしてないしー」

「私は仕えているレヴィン様が貶されて悲しいですよ……。私はレヴィン様が本当は凄い力を持っているって知っているんですから。その力があれば皇帝にだって――」

「ならないって、あんな面倒なもの」

「もう……すぐ面倒面倒って……私はレヴィン様の将来が心配です……」


 エレッタは悲しそうにシナシナと身体を揺らす。


 まったく……。俺が親にまともに構って貰えないからって、より一層過保護になってんだから……。


 エレッタは俺が赤ちゃんの時からついてくれている侍女だ。今は確か二十三歳だっけ。俺がいろいろと面倒で実力を隠してフラフラしていることを知っている唯一の人だ。


 俺が持っている力の割りに面倒くさがって前に出ないからヤキモキしているんだろう。俺なんかじゃなくて他の皇子か皇女に仕えられればもっと出世出来ただろうに……。可哀想な奴だ。


「私はレヴィン様一筋ですからね」

「お、おう……」


 俺の心を読んだかのように、エレッタは目をキラキラさせて声を張り上げる。

 後悔しないといいけど……。


「……まあいいや。ちょっと俺いつものところ行ってくるよ」

「またですか? ラウザール様にばれたら大変ですよ」

「大丈夫だって。どうせ俺なんか誰も気にしてないから」

「またそんなこと言って」

「つーか俺ならバレないし」


 そう言って、俺は心配そうなエレッタを置いて部屋を出る。


 面倒な訓練なんかより、やることは沢山ある。やるなら最短ルートだ。無駄なことはしないで、使える物だけ覚えてやるさ。


 城の一階にある図書室。

 古今東西の大量の書物が部屋一面を埋め尽くしている。

 よくもまあこれだけ集めたものだ。


 その図書室の奥。偶然見つけた隠された床下の階段を降りる。


 手に持った松明が暗い空間を照らす。二階分ほど降りると、巨大な両開きの扉が現れる。俺はそれに手を触れる。


 すると、青紫色の光が灯り、扉の奥でかちゃりと鍵の開く音がする。

 どうやら皇帝の血筋でなければ開けられない仕掛けが施されていたようだった。皇子でラッキー。


 扉を開けると、そこには空間が広がっている。辺りには無造作に積まれ埃を被った大量の書物たち。


 俺はケホケホと少しせき込みながら埃を払う。


「相変わらず埃っぽいところだな。まあ誰も入らないから当然なんだけど」


 ここは、禁書と判断された書物の集められた“禁書庫”らしい。いつの時代のものなのかはわからない。父さんが知っているのかも怪しい。それだけ人が入った形跡がないのだ。


 俺はいつもの書物を手に取る。


 タイトルには、“原初魔術の書”と書かれている。


 すべての魔術の祖とも言われてる大魔術師ローグインが記した、現代では完全に失われた原初の魔術を書き綴った魔術書だ。少なく見積もっても数百年以上前の物だろう。


 難解な暗号と古代文字で記載されていたが、他の禁書との合わせ技で何とか解読し、俺はこれを読んで原初魔術の習得に精をだしていた。


 魔術にはは初級、中級、上級、極級、滅級の五段階がある。

 一般的な魔術師は上級、エリートになると極級、そして選ばれし天才魔術師だけが滅級の魔術を扱う事が出来る。


 だが、原初魔術はそのどれにも属さない。

 どの系統にもよらない、圧倒的な魔術。


 簡単に覚えられる魔術訓練なんかにかまけていられないという訳である。

 それに、戦闘用の魔術なんて初級魔術を極めれば十分だ。


 面倒なことはやらない。やるなら最短ルートで効率的に。面倒でも先の楽に繋がるならやっておく。それが俺のやり方だ。


 俺は原初魔術の書をパラパラとめくる。


「あったあった」


 ページには、古代文字で“瞬間転移”と書かれている。


 これがあれば、大抵のことはどうにかなる。現代の魔術にこんなものは存在しない。


 この書物で俺は他にもいくつか原初魔術を覚えたが、最後にこの“瞬間転移”さえ覚えてしまえば、もうこの書物にもこの禁書庫にも用はない。


 面倒な秘密特訓は終わりだ。


「さて、今日中に習得しきるか」


 ◇ ◇ ◇


 レヴィン、自室――。


「はあ」


 エレッタは部屋を掃除しながら溜息をつく。 


「レヴィン様はあんなんで大丈夫なんでしょう――」


 瞬間、何もなかったはずの目の前に人影が現れる。


「ひぃ!? な、何!? 突然なに!?」


 腰を抜かし、エレッタは地面に尻もちをつく。


 怯えながら薄眼で見上げると、そこに現れたのは普段良く見る少年だと気が付く。


「えっ……?」

「お、上手くいったか。……て、何倒れてるのエレッタ」

「レ、レヴィン様!? どどどどこから……」

「あぁ、魔術魔術。気にしないで」

「魔術って……気になりますよ!! なんですか、人をびっくりさせる魔術とかですか!?」


 エレッタは目の前に突如現れた主に、混乱して心臓の音が跳ね上がる。


 しかし、レヴィンはエレッタに取り合おうとしない。というか、完全に集中している。


「場所もある程度自由が利くのか……便利だな。ただちょっと魔力消費が多いな。距離との相関とかいろいろと試す必要が――」

「ちょっとレヴィン様一体何が……」

「まあいいや。それじゃ」

「それじゃって――」


 次の瞬間、目の前にいたレヴィンは一瞬にして姿を消す。

 まるで霞のように、瞬きをした次の瞬間にはそこから消えていた。


「えぇ!?」


 エレッタは誰も居なくなったレヴィンの部屋で、茫然と立ち尽くす。


 さっきまでレヴィンの居た場所に手をやってみるが、何もない。


 いったい今のは何だったのか……。魔術とはいえ、空間にパッと現れるものなど聞いたことがない。


「夢……かしら……」


 エレッタはムニっと自分の頬をつねるのだった。


 ◇ ◇ ◇


「――っと、戻ったか」


 足元に軽い衝撃がある。

 景色は綺麗な部屋から、一瞬にして薄汚れた禁書庫へと変化する。目の前にいたエレッタの姿はない。


 さっきまで自室に転移していたけど、一瞬で禁書庫に戻ってこられた。

 これは凄すぎる。何だこの魔術……これが原初魔術……!


「完璧だ……! これがあれば面倒な移動もしなくて済む。そう、これだよこれ。無駄なことはしないで楽に生きる。人生はこうやって楽して楽しんでこそだ!」


 俺は習得出来たご機嫌なテンションで、うんうんと頷く。


「よーし、面倒な原初魔術の秘密特訓も今日で終わりだ! 長かった~これからはたっぷり楽するぞ!」

 

 俺は晴れ晴れとした気分でぐぐっと伸びをし、禁書庫を後にした。


 世界はまだ、千年の歴史で史上二人目の“瞬間転移”魔術の使用者が誕生したことを知らない。

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