プロローグ
エレッタは、主の部屋の扉をノックする。
「レヴィン様、そろそろお時間です」
しかし、返事はない。
まあいつものことだ。また本でも読んでそのままうたた寝をしているのだろう。
エレッタはレヴィンが生まれたときからずっとお世話をしてきた侍女だ。レヴィンのことなら誰より知っていると自負している。
レヴィンを一言で表すなら、“面倒くさがり屋”だ。
面倒くさがり屋の放蕩皇子。優秀で強い兄たちと比べ、落ちこぼれだと言われ続けた男。この国の人間なら誰もがそうだと口を揃えるだろう。
一国の皇子でありながら、面倒だからという理由で皇帝の座に興味がなく、自分がなんでもできてしまう天才だということがばれることさえ億劫と感じてしまう、筋金入りの放蕩者。レヴィンは愚者を演じる。
だからこそ、こんな秘密結社まで作り上げてしまった。
エレッタはいつものように中からの返事を待たず、「入りますよ」と扉を開ける。
正面の椅子では、机に脚をのせ、本を顔にのせて上向きで眠っているレヴィンの姿があった。
やれやれと、エレッタはレヴィンを軽くゆする。
「レヴィン様……レヴィン様!」
「ん……んあ……なんだ……」
本の下から気だるげな声が聞こえる。
「お時間です。皆さん続々と集まってきていますよ。そろそろ仕度を始めないと遅刻してしまいます」
「もうそんな時間か……寝てた……」
「見ればわかりますよ」
本を顔から避け、ふぁっと欠伸をするレヴィンを見ながら、エレッタは溜息をつく。仕事で忙しく、疲れて寝てしまっていた――などということはまったくない。
顔に乗っていた本だってただの小説だ。
「なんか夢を見てたな」
「そうですか。寝れば夢も見ますよ」
懐かしい夢でも見ていたのだろうか。寝起きの怠そうな雰囲気は相変わらずだが、その顔はどこか穏やかだ。
「ふぅ……。ルーナはどうした、姿が見ねえけど」
「ルーナさんは本日、魔術学会で講演会です」
「そういやそうだったか……」
レヴィンはぐぐっと伸びをすると、面倒くさそうにポリポリと頭を掻く。
焦げ茶色の髪に青い瞳。
持って生まれたカリスマ性が、見る者を惹き付ける。
「ちなみにアーシェさんも本日は欠席ですよ。なんでも冒険者ギルドの方から大口の緊急依頼とかで」
「げっ、アーシェもかよ……誰が俺を守るんだよ」
レヴィンはうげっと顔をしかめる。
「ご自分でどうぞ」
「へいへい……。アーシェも冒険者活動頑張ってるなあ」
「頑張ってるなあ、じゃないですよまったく。たまにはレヴィン様も一緒に戦いに行かれてはどうですか? 身体がなまってしまっているのでは?」
「いいのいいの。俺はそういうのが面倒くせえからこの組織を作ったんだからよ」
そう言ってレヴィンは手をヒラヒラと仰ぐ。
「まったくレヴィン様は……。けれど、このギルド傘下の組織が各業界でどんどん頭角を現しています。間違いなく、現在この国を……いえ、この大陸を裏から掌握しているのはあなた様でしょう。レヴィン様」
「……そんな気はサラサラなかったんだけどな」
S級冒険者パーティ、世代最強の魔術師、海外との独自ルートを持つ新興商会、卓越した能力を持つ諜報部隊――。
そんないくつもの組織を裏で束ねる、暗躍ギルド【愚者の聖域】。
その存在は公になっておらず、都市伝説として語られている秘密結社だ。
そしてそれらを全て操る裏の王。
その存在は、誰も知らない。
――それがまさか。
エレッタはレヴィンを見つめる。
まさかこんな、ただの面倒くさがりな男だとは誰も思わないだろう。自分で動くのも面倒、誰かの下で指示を受けるのも面倒……そんな理由で、国を動かせるだけの組織を作り上げてしまった、天才皇子。
そんなエレッタの気持ちなどつゆ知らず、レヴィンは黒い上着を羽織ると、配下の商会が海外から仕入れた菓子を口に放り込む。
「はあ……面倒くさいのが嫌いだからこのギルドを立ち上げたってのによ」
「月に数回程度の集会なんですから、我慢してください。ソルディスさんもせっかく毎回海外のお菓子を持ってきて下さるんですから」
「わかってるよ、愚痴くらい言わせてくれ」
ちっとも納得してなさそうな顔でレヴィンは口を尖らせる。
「そもそも、レヴィン様は普段何もしていないでしょう。食って寝て、だらだらしてるだけじゃないですか」
「そういう楽な生活がいいんでしょうが! というか、俺が集めた部下たちがエレッタを筆頭に全員優秀だからな。俺なんて要らないのよ」
「なっ! そ、そんなこと言っても何も出ませんよ……!」
エレッタは突然の発言に口角が上がる。
これはいけないと、コホンと気を取り直す。
「――さあ、皆さんがお待ちかねです」
「はぁ、仕方ねえ」
レヴィン・ラーヴァス。
ラーヴァス帝国第三皇子。
巷では兄や姉の足元にも及ばない、落ちこぼれの放蕩皇子と呼ばれる出来損ない。
しかし、その実態は。
この国を裏から牛耳る、最強の暗躍ギルド【愚者の聖域】のマスター。
面倒くさがり屋の天才皇子。
「この先楽に生きるためだ。さっさと終わらせるぞ」
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