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番外編 織田信長とシュークリームと

 夏休み——


「うぅ〜フル回転させた頭には、糖分が必要っス……」


 と、テーブルの上に広げた参考書に顔を突っ伏しているのが、親友の佐藤 智巳だ。

 

 勉強を始めて、まだ十分も経っていないのに。

 どうして、そんなにめちゃくちゃ疲れ切った表情ができるのか。


「もう……それはもっと勉強をした人が言う台詞ですわよ、智巳。いい、そもそも勉強とは——」


 またいつもの智巳へのお説教が始まった。

 嫌そう表情で耳を塞ぐ智巳に、延々と説教をしているのがもう一人の親友・藤原 日和だ。


 そもそもどうして我が家に集まる事になったのか。


 夏休みも中盤に差し掛かったある日。


 『宿題が全く進んでいないから助けて欲しい』


 と、わたしに智巳が泣きついてきたのがことの始まりだった。


 智巳の事だから、日和に頼んじゃうと説教されるからね。

 だからわたしに泣きついてきたのだろうけど。


 ま、わたしも宿題で分からない箇所を日和に教えて欲しかったし。

 なので、わたしと智巳が揃っている我が家に日和を呼ぶ事にしたのだ。


 そんなこんなで、ただいま三人は勉強をやっている訳だ。


 と言っても。

 日和はとっくに終わらせて、暇つぶしに小説を読んでいる。


「うう、やるっスからもうお説教は勘弁して欲しいっスよ〜」


「だったら最初から文句なんて言わないっ」


「ぬぐぅ〜日和ちゃんの鬼ぃ〜……」


 なんて愚痴をこぼしながらも、智巳は参考書と睨めっこの続きを始めた。



 ◇



 勉強開始から暫くして——


 日和の実家の執事さんから、シュークリームの差し入れが届けられた。


「うっはぁぁ〜! これは日和ちゃんのお店のシュークリームじゃないっスか!」


 日和が手にした無地の箱から、あま〜い匂いが漂って来る。


「ええ。お店で作りたてを届けさせましたの。休憩のときまでお預けですわよ、倫?」


 言って、日和はニッコリと微笑んでわたしを見た。


「うぐっ!? わ、分かってるよ?」


 わたしは素早く口のヨダレを拭い去った。


 日和の実家が経営する一つに、高級洋菓子店がある。

 そこで販売されているスイーツ達がまさに絶品揃い。

 もちろん、今回のシュークリームもその一つだ。


 それもそのはず。

 過去に二度も洋菓子世界大会で優勝を果たした職人さんが作るスイーツなのだよ。


 値段も結構するから、わたしや智巳みたいな庶民には中々手が出せない。


 だから、この差し入れはまさに天の恵みなのだよ。


「じゃあ、シュークリームは冷蔵庫に入れておくよ?」


「ええ、お願いしますわ……つまみ食いはダメですわよ?」


「わ、分かってるってば」


 食に関しての信頼度は、あまりないのだ。

 これに関してはわたしの自業自得だけれど。


 シュークリームの入った箱を持って、わたしがキッチンへと向かおうとしたその瞬間——


「おう、倫っ。今日も美味い飯を喰いにきてやったぞ」


「へ……の、信長さんっ!?」


 お酒を片手に、信長さんが居間にいるわたし達の前に現れた。


 いつも来る時間よりずいぶんと早いし。


 信長さんをみた二人は、きょとんとした表情のまま固まってるし!


 これ、なんて説明すればいいのっ!?




 ◇


 二人にどう説明すればいいのか。

 そう悩んでいたわたしに信長さんは、


 ——友ならその言葉、必ず信じてくれるはずだ


 信長さんの言葉に背中を押されて、わたしは正直に話すことを決めた。


 お爺ちゃんが生きてる頃から、この家には戦国武将が訪れていたこと。

 今もそれは続いていて、武将さん達が晩ご飯を食べに来ること。


 ここ数ヶ月の間にも、信長さんや政宗さん、幸村さんに秀吉さんが来たことも、わたしは正直に話た。


 わたしは顔を下に向けて、二人からずっと視線を逸らしていた。


 二人が今どんな顔をしているのかを知るのが、わたしは怖かったからだ。


「……そんな訳でね。この人は本物の織田信長さんなのだけれど……さすがに、こんな話を信じるわけないわよね……でもねっ!」


 二人から逃げるわけにはいかない。


 智巳と日和がどんな表情をしていようが、話を信じてくれなくったって……


「わたしは二人の親友だから——」


 緊張で鼓動をドキドキしながら、わたしはゆっくりと顔を上げた。


「バカね。貴女のことを疑うなんて真似、しませんわよ」


「ウチらは大親友っスよ! それが嘘でも本当のことでも、倫ちゃんの言葉なら信じられるっスからね」


 そこには微笑んだ二人の顔が並んでいた。

 二人はわたしの言ったことを信じてくれている。

 それがたまらなく嬉しかった。


 わたしはまた顔を下に向けて、溢れ出す涙を拭った。

 嬉しくて泣いてる顔を、二人にはみられたくなかったからだ。


「日和、智巳……ありがと——あれっ!?」


 お礼を言うつもりで、顔を上げたのだけれど。

 もうそこには智巳と日和の姿は無かった。


「ウチ、智巳って言うっス! 信長さんに会えて、超光栄っスよっ!」


「——んなっ!?」


 智巳が信長さんの腕を握って、ぶんぶんと力いっぱい振っていた。


「なかなか威勢がいいな。気に入ったぞ、智巳っ!」


「ま、マジっスかっ! ひゃっはぁ!」


 信長さんに気に入られたのが、よっぽど嬉しかったんだろう。

 部屋中をぴょんぴょんと飛び跳ね回っているし。


「あ、あの……わたくしも信長様にお会いできて光栄ですわ」


 日和は信長さんの前で三つ指ついて、礼儀正しくお辞儀をしている。


「ほう、こっちは礼儀正しいんだな。ふっ、お前も気に入ったぞ」


「ほ、本当ですかっ……!?」


 日和、顔だけじゃなくて耳まで紅潮させてる。

 あんなに嬉しそうな表情をした日和は、わたしもあまり見た記憶がない。


「はぁ……なんなのよ。ここは感動して、わたしと二人が肩を組みあうシーンじゃないの……?」


 わたし抜きで、二人はピッタリと抱き合って、ぴょんぴょんと跳ねて喜びあってるし。


 二人だけで勝手に盛り上がってるけれど……


「ふふ。ま、いっか」


 二人が信じてくれただけで、わたしは大満足だ。


「言ったとおりだろ。友と言うのは、そんなモンだ」


「まあ……そうですね。ありがとうございます、信長さん」


「ふっ。俺は何もしてないぞ」


 言って、信長さんは微かに笑っていた。


「倫ちゃん、倫ちゃんっ! 信長さんと写真撮ってもいいっスか!?」


「うぇっ!? しゃ、写真って……ええと?」


「ほう、『しゃしん』とはどんな物だ、智巳」


「えっとっスね。詳しい仕組みはウチも知らないっスけどね。このスマホで——」


「ほう——これはっ!?」


 信長さんは手渡されたスマホをいろんな方向から眺めている。


 信長さんは、宣教師が持ってきた地球儀を見て、理に適ってると理解できるほどの人だ。

 だからスマホにも臆することもなく、むしろ興味津々にあちこち触りまくっている。


「わ、私も信長様と写真を撮りたいですっ!」


 普段大声なんて出さない日和が、珍しく声を上げてすっ飛んできた。

 そのまま信長さんの横に、ちょこんと座ってしまった。


「——おう、構わん。倫、しゃしんとやらを撮ってくれないか!」


「それじゃ倫ちゃん、お願いするっスよっ!」


 智巳が雑に投げたスマホを、わたしはうまくキャッチした。


 信長さんを真ん中にして、左右には智巳と日和が座っている。


 智巳は、にっこにこの笑顔を浮かべピースサインを前に突き出している。


「あ〜はいはい。んじゃ撮りますよ〜」


 パシャリと、一枚また一枚と写真を撮っていく。

 もちろんわたしも、撮影会に加わったことは言うまでもない。


 ——ごぎゅるるるぅ〜


 わたしのお腹が栄養を摂取するサインを出し始めた。

 そのサインは、『おい、そろそろオヤツの時間だぞ』、って云う信号でもある。


「ねね、二人共。シュークリーム、食べない?」


「あ、いいっスね。ウチもお腹が少し減ってきたところっスよ」


「そうねぇ……じゃあ、私は紅茶を用意いたしますわ」


 言って、日和はキャリングケースから薔薇の絵が入った陶器のティーカップを取り出してテーブルに並べていく。


「信長さんも一緒にシュークリームを食べてってくださいね」


「おい、倫。なんだ、そのしゅーくりーむとは?」


 シュークリームと言う言葉に反応した信長さんの目が、キラリと鋭く光った。


「ええと……甘い南蛮のお菓子ですよ」


「なに……南蛮の菓子だとっ!? そ、それは甘い菓子なのか!?」


「ええ、まあ。はい……?」


 南蛮のお菓子って、珍しい食べ物だよね。

 新しい物好きな信長さんのことだから、やっぱり興味があるのかな。


「——倫ちゃん。織田信長さんは、大の甘党なんスよ。金平糖は織田信長さんの大好物と言われるくらいなんスよ」


「へぇ〜……さすが歴史オタクなだけはある」


「ふっ……この程度のこと。褒められるようなレベルじゃないっスよ」


 そう言って、智巳はニヒルな笑みをしてみせた。


 智巳は歴史オタクである。

 ゲームやアニメ、漫画で日本史にハマったのだ。

 その中でも戦国時代に妙に詳しいから、わたしもいろいろ叩き込まれた口だ。


「さ、準備が終わりましたわよ。信長様もシュークリームを召し上がってください」


 注ぎ終わったティーポットを日和は静かにテーブルに置いた。

 淹れたての紅茶から湯気と一緒に、いい匂いがたちのぼってくる。


「これがしゅーくりーむか……」


 テーブルに置かれたシュークリームをジッと、美味しそうに見つめている信長さん。

 ごきゅり、と唾を飲み込んだ信長さんの喉が鳴った。


「——それじゃあ……いただきます!」


 少し固めのシュー生地が、ざくりと音を立てる。

 噛むと『むにゅう〜』っと溢れ出る生クリームと濃厚なバニラカスタード。


 両方の甘さが口いっぱいに広がってくるのだ。


「んふふふ〜」


 笑顔にもなっちゃうよ。


「倫ちゃん。ほんっとうに幸せそうな表情して食べてるっスよねぇ」


「う……だって美味しいから仕方ないじゃないのよ」


「っスよねぇ〜」


 テーブルの上には、まだまだたくさんのシュークリーム。

 わたしもそうだけれど、智巳も矢継ぎ早にシュークリーム手にして、パクパクと頬張っていく。


「ふむ……これは手が止まらんな。うん、美味い……美味いなぁ」


 シュークリームに夢中で気づかなかったけれど。

 信長さんも、一心不乱にシュークリームを次々と口に流し込んでいく。


 目を細めなんともまあ、幸福そうな表情を浮かべているし。


「くぅっ〜! 美味いっ!」


 シュークリームを口に入れては、盃に入ったお酒で流し込んでいく、信長さん。


 めちゃくちゃ美味しそうにして。

 お酒とシュークリームって、相性がいいのかな?


「どうですか、信長様。シュークリーム、お気に召しましたでしょうか?」


「おう。これほど美味い菓子は初めてだ。これを用意した日和には感謝せねばな」


「かかかか感謝ですかっ!? 信長様にそんな事を言われるなんて……私はっ!」


 顔を真っ赤にして、日和はドスンと後ろ向きに倒れてしまった。


「ひ、日和ぃ!?」

「日和ちゃん、大丈夫っスか……って、大丈夫そうっスね」


 倒れた日和の表情は、めちゃくちゃ嬉しそうにしていた。

 信長さんに褒められて、あまりに嬉しさに逆上せてしまったんだろう。


 彼女もまた歴史オタク。

 日和の場合は、わたしのお爺ちゃんが郷土研究家だった影響を受けてだけれど。


 日本史が好きで、その中でも織田信長が一番お気に入りだったみたい。

 そんな憧れの人に褒められたら、舞い上がるのみ無理はないよね。



 ◇



 結局、二人が信長さんと話していたおかげで、ほとんど勉強は出来なかった。


 日和は家族で夕食をする予定らしく執事さんが迎えにきたのだ。

 信長さんと別れるのを、めちゃくちゃ名残惜しそうにしていたな。


 智巳は弟達が腹を空かせて待っている、と言って、わたしと信長さんに見送られ帰っていった。


 そして——


「今日は美味い菓子が喰えて、俺は満足したが……また、しゅーくりーむを食べてみたいな」


 信長さんは思い出すようにして、口の端を舌でぺろっと舐める。


「あははは……まあ、また考えておきます」


 さすがにお高いシュークリームを毎回用意するのは難しいし。

 次はわたしが作ってやろうかな。



 ——ぐるるるるる〜



 うっ。またいいタイミングでわたしのお腹から、空腹のサインが送られてきた。


「ええと……」


「くははははっ! 実は俺も腹がまた減ってきたんだ。今日も美味い飯を頼むぞ、倫っ!」


「はいっ、信長さん」

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