第22話 政宗と織田信長とちらし寿司と その①
「——あ、政宗さん」
三時のおやつに何を食べようかと考えていたわたしの前に政宗さんが突然現れた。
箱を包んだような風呂敷を手にして、だ。
ただ、なんだかいつもと雰囲気が違ってるような。
あの政宗さんからは覇気が一切感じられない。
というか、何か悩みを抱えてるような表情にも見える。
「ええと……どうしたんですか? なんだかいつもの政宗さんらしく無いっていうか……わたしで良ければ悩み、聞きますよ?」
「はぁ〜……」
わたしに目を向けるなり、どうしようも無いくらい諦めたような表情で深〜いため息を吐いてるけれど。
「なんですか? 人の顔を見るなりため息だなんて……」
「貴様にだけは頼りたくはなかったのだが……最早、藁にでもすがる気で来たが……」
ええと……つまりわたしは藁レベルと言うことですか?
というか、そんなに脆い藁に頼るしかないって、どれだけ切羽詰まってるのだろうか。
「ふむ……何か悩み事があるのでしたら、不祥御角倫さんが伊達政宗さんの相談に乗ってやろうじゃありませんか!」
「……ではこれを食べてみるがいい」
言って政宗さんはテーブルの上に重箱を置き蓋を開けると——
「こ……これは——!?」
重箱の中には色鮮やかな緑色の餡がかかった「ずんだ餅」が!
ほのかに香る枝豆の匂いが、わたしの食欲をくすぐるのだよ。
「これはわしが最近考えた餅なのだが——」
「はむはむ! うん、ほんのり甘みがあって美味しいですよ」
「貴様は人の話が終わるまで待てぬのかぁ!」
「ええと……えへへ」
政宗さん、怒鳴って怖い顔で睨んでるし。
食べてみろって言うからわたしは食べただけなのに。
「……まあ良い。それでこの餅の味はどうだ?」
「味……ですか? さっきも言いましたけど、十分美味しいですよ」
「……そうか。では聞くが貴様はこれが人の度肝を抜くような料理に見えるか?」
「度肝ですか……? う〜ん、そうですねぇ」
戦国時代にこんな鮮やかな緑のお餅なんてそうそう見つからないから、人の度肝を抜くことできそうよね。
政宗さんの料理のセンスは、やっぱり人並はずれているけど——
「わしは最近自分には料理の才が無いのではないかと思うのだ……」
「ええと、そんなことは無いと思いますけ——」
「いや無いのだ。家臣に料理を振る舞ってもわし自身が新鮮味が感じられぬ! 心躍らぬのだ!」
政宗さん、すごく悔しそうな表情を浮かべている。
ずんだ餅とか新しい料理を発案するなんて、かなりの才能がないと無理だと思うんだけどなぁ。
「このままでは、わしが信長殿に旨いと誉めていただけるような料理を作りことすらままならぬのだ!」
……そっち?
え、料理の才能が云々とかじゃなくて、単に信長さんに誉めて貰いたいだけ?
「……だから信長殿に認められている貴様だけには手を貸して貰うことが、わしにはどれほど苦悩したか……貴様には分からぬであろう!」
あ〜……だから藁にもすがる気持ちとか言ったのか。
「ふぅ……仕方ありませんね」
藁レベルのわたしにすがってでも、信長さんに美味しいご飯を食べさせたいって気持ちは十分伝わってきましたよ。
「——それじゃあ藁と同じのわたしと一緒に信長さんが喜んでくれそうで、人の度肝を抜くようなご飯を考えましょうよ、政宗さん!」
藁に頼ってくれた政宗さんのためにも、ここは人肌脱いでやろうじゃありませんか!
「本当か!? わしと一緒に料理を考えてくれると言うのか、倫?」
「もちろんですよ、政宗さん! 困ったときはお互い様だってよく言うじゃありませんか!」
「そのような諺は知らぬが……ふん、貴様の気概はわしにも十分に伝わったわ」
「よし! じゃあせっかくですし、ずんだ餅を食べながら作戦会議といきましょう!」
◇
熱々のお茶とずんだ餅を食べながら、わたしと政宗さんはどんなご飯を作ればいいのかと思案を巡らせていた。
「よくよく考えたら——はむはむ……度肝を抜く——はむはむ……ご飯って——はむはむ……どう言うのが——」
「貴様は……喰うか喋るかどちらかに集中できんのかぁ!」
「はむはむ……パクパク……もしゃもしゃ……」
「ええい喰っておらんで、なにか喋らんか!」
「——ゴクリ」
わたしは熱々のお茶を一気に飲み干した。
ずんだ餅の味の余韻に浸りたかったのだけれど。
政宗さんが怒ってるようだし、そろそろ作戦会議の続きをやらないとね。
「それじゃあ改めてっと……」
コホンと咳払いをし——
「では作戦会議を執り行いましょう。晩ごはんまでそれほど時間もありませんしね」
「貴様が餅をずっと喰うておるから、貴重な時間が無駄にだな——」
「コホン! ではでは議題である度肝を抜くようなご飯ですが、そもそも政宗さんが思い描くご飯ってどんなのなんですか?」
わたしの問いに、政宗さんは腕組みをしてしばらく宙を眺めていたのだけれど——
「わしが思い描く料理の姿か……度肝を抜くのは当然ではあるが——それが分からぬから貴様を訪ねたのではないか」
まあ当然そう言う答えが返ってくるよね。
「う〜ん……このずんだ餅じゃダメなんですか?」
信長さんはずんだ餅を食べたことは絶対にない。
秀吉さんが関白とかそれくらいのときに政宗さんが振る舞ったはずだから、時代的にはズレがある。
「たしかにこの餅はわしが作ったのだから、旨いに決まっておるわ。だがまだこれでは足らぬのだ」
「はぁ……足りないんですか……」
ずんだ餅は素晴らしく美味しかった。
これなら信長さんは美味しいって太鼓判押してくれるはずなんだけどなぁ。
「うーん、意外と信長さんは甘い食べ物を好んだりするんですけどね」
信長さんは大の甘党なのだ。
だからずんだ餅は信長さんにはお薦めの一品でもあるのだけれど。
「もっと信長殿には派手な料理を作って差し上げたいのだが……」
政宗さん、ブツブツと唸って必死に考えを巡らせているし。
度肝を抜いて、さらに派手な料理を信長さんにかぁ。
信長さんと言えば、黄金の西洋風の甲冑なんて着たりするし、当時誰も考えつかなかった、木造船に鉄板を張り付けて鉄鋼船にしちゃうのだけれど。
伊達男が政宗さんの代名詞なら、ド派手の旗手は信長さんと言ってもいい。
「う〜ん……派手なご飯、派手なご飯と……」
改めて考え直しても、派手なご飯ってなんだろう。
ケーキならウエディングケーキとか多種多様で派手なケーキもあるのだけれど。
これぞ派手って云うご飯って何か——
「——あ! そうだ!」
「急に立ち上がってどうしたというのだ? なにかいい思案でも巡ってきたとでもいうのか?」
「えへへ。ちょっと待っててくださいね」
怪訝そうにしている政宗さんを居間に残して、わたしは自分の部屋へと向かった。
派手なご飯のことを探すなら、やっぱり資料が必要なのだよ。
◇
「——と、いうわけで。これを持ってきました」
自分の部屋から持ってきた積み重なった本の山を、テーブルの上ドサっと置くと——
「世界中の料理の作り方が載った本です。これなら政宗さんの期待に沿ったご飯が見つかるはずです!」
「この書物には南蛮の料理が載っておるというのか!?」
目の前にある和洋中華のレシピ本に、政宗さんは興味津々で目を輝かせている。
政宗さんだけじゃなくて、わたしもこれだけ料理の写真が載ってれば心躍るのだよ。
それに調べるならこれが一番だとわたしは思ってるし。
「しかしこれだけの書物の中から答えを見つけようという考え。貴様にしてはなかなかだな」
「えへへ。そうでしょ?」
「ふっ、貴様が初めてわしの役に立つとは思わなんだが……少しは誉めてやろう」
言うと、政宗さんは一冊のレシピ本を手に取りペラペラとページをめくり始めた。
政宗さんが最初に手にしたのはフランス料理のレシピ本である。
掲載されている写真をめくるたびに政宗さんから感嘆の声が漏れてくる。
「ふっふっふ……どれも美味しそうでしょ?」
ネットでレシピを検索するのもいいんだけど、わたしはやっぱり本のほうがいい。
だって写真も大きく掲載されてるし、何より美味しそうに見えるように撮影されているのが——たまらないのだよ。
「ふむ……たしかに旨そうではあるが——これは信長殿向きではないな」
不満そうな面持ちで、ポイって床に本を投げ捨てると、
「次はこれか」
次に手にしたのは中華料理の本だ。
政宗さんは本を見開くと、グイっと顔を近づけて食い入るように見入っている。
「信長さん向きねぇ……」
イメージ的にはたしかにフランス料理っぽくない……のかな。
「違う! わしが求めてるのはこれではない!」
本を次々と放り投げる政宗さんを横目に、わたしは日本の料理本を手にして、適当にペラペラとページをめくっていたのだが——
「あ……! ねえ、政宗さん! これならどうでですか!」
政宗さんが手にした本をバシッと取り上げると、わたしが見ていたページを彼の顔押し当てた。
「これは……!」
「海鮮ちらし寿司ですよ。これなら見た目も鮮やかで信長さんにピッタリと思いませんか?」
「わしが知っておる鮒鮓とは違うようだが……しかし、これならば信長殿も気にいってくれようぞ!」
——ごぎゅううううう〜
「うぐ……」
ほんっと、わたしのお腹は正直だ。
完成したちらし寿司を想像しただけで、早くも食べたいって要求するんだもの。
「貴様の腹の虫も、この鮓を作れと鳴いておるなわ! では倫。早速信長殿のためにこの鮓を作ろうではないか!」
「ですね。なる早で取り掛かるとしましょう」




