第21話 幸村と前田利家と鶏料理と その②
◇
「——さあ、お待たせしましたよ二人とも! このわたしが作った絶品料理を堪能しちゃってくださいね!」
テーブルを囲む二人の前に出したのは、最初の一品目・鶏つくねだ。
テラテラのふんわり出来立て鶏つくねからは、食欲をそそる美味しい匂いを部屋全体に振りまいている。
「……これは肉だんごのような料理か? なんだか珍妙な料理だが、すげえ美味そうないい匂いをさせてやがるな」
「ふっふっふぅ。まま、とりあえず考えるより先に食べてみてください」
「……ふむ」
鶏つくねの串を手で掴むと、ガブリっと豪快に噛みつくと——
「こ、こりゃあ美味えっ!」
「えへへ。でしょでしょ」
「おお、こんな美味い肉だんごは初めてだ!」
美味い美味いって悦びながら、利家さんはパクパクと食べていくものだから、皿に盛られた鶏つくねがどんどん減っていく。
「すごい食べっぷり……と、関心してる場合じゃないわよね」
目の前にあるお皿に手を伸ばして、わたしも鶏つくねを掴んでパクリと口に放り込んだ。
「にゅふふふ〜美味しくて美味しくて頬が緩んでしまうなぁ〜」
パクリと鶏つくねを一口かぶり付くと、じわわわ〜っと口の中にいっぱいに広がる旨味に、自分の顔が緩んでいくのがわかるのだよ。
この旨味をずぅーっと堪能していたい気分なのだけれど。
「もう肉だんごはこれで終いか?」
利家さん、食べるの早いなぁ。
幸村さんとわたしのお皿にはまだつくねが残ってるっていうのに。
利家さん、大葉まで食べちゃったようだ。
「たったこれだけじゃあオレの腹は満足でねえぞ」
お箸を叩いてお皿をチンチンと鳴らして、おかわりを要求してるし。
「はぁ……本当はみんなで一緒に食べようと思ったんですけどね。ちょっと待っててください」
後ろ髪引かれる思いで鶏つくねを残したまま、わたしはキッチンへ戻ると、次の料理を利家さんと幸村さんの前に並べた。
「はい、お待たせしました」
お皿に盛った照り焼き鶏もも肉を利家さんと幸村さんの前に並べて——
「次の料理は照り焼き骨つき鶏もも肉です」
鶏つくねがかすむくらいの圧倒的な存在感を放つ照り焼き骨つき鶏もも肉からは芳醇な香りが漂ってくる。
鶏もも肉に顔を近づけ匂いを嗅ぐ利家さんの喉がゴクリと鳴った次の瞬間。
「が……我慢できねえ!」
かぶり付くと同時に——
「うめえええっ!」
利家さんは遠吠えのような大声をあげた。
「えへへ、照り焼きの鶏もも肉って絶品の美味さでしょ?」
「おお、お前のいうとおりだ。皮はパリパリで噛み心地が気に入ったわ! 肉だんごも美味かったが、こいつはその上を超える美味さだ!」
「う……ゴクリ」
利家さんの口の周りがタレでベトベトになってるし。
それでもお構いなしに食べる利家さんを見てると……
「も、もう無理! わたしも鶏もも肉食べたい!」
あんな美味しそうに食べる姿を見たら、我慢なんてできるわけがない。
むんずと掴んだ骨つき鶏もも肉を、わたしは勢い任せにガブっとかぶり付いた。
「はっふぅ〜」
パリパリになったタレが染みた鶏の皮。
肉は程よい弾力があって、脂の旨味が口の中の洪水のように溢れ出す。
一口食べるごとに幸せのため息が出るのも、無理はないのだよ。
わたしと利家さんは鶏もも肉を無我夢中になって食べていた。
言葉数も少なく、二人して『美味い』しか連呼してなかったなぁ。
◇
利家さんは既に完食してるし、その少し後には幸村さんも食べ終わっていた。
二人とも料理の余韻に浸っているのが分かるのだけれど。
ここで終わらせることはないしさせない。
わたしは腹六分目でまだまだ胃袋に余裕がある。
利家さんも幸村さんも、まだ食べ足りない可能性が大いにあるわけだ。
なぜそれが分かるのか。
それは、わたし達がまだ一度もお米を口にしていないからなのだよ!
で、わたしはキッチンへと行くと冷蔵庫から材料を取り出して準備をする。
どんぶりにご飯を入れて、食べやいように裂いた鶏ささみ、錦糸卵、細く切った椎茸を乗せていく。
最後に温めた鶏出汁をかけてやれば、鶏茶漬けの完成!
「——本日の主役、鶏茶漬けです」
湯気が立ち登る熱々の鶏茶漬けを二人の前に出すと、さすがの利家さんと幸村さんも少し驚いた表情をしてる。
「……そういえば。いつも料理とお米を必ず食べる倫殿が珍しくお米を食べないと思っていたら……まさかこう言う考えがあったとは……」
幸村さんが感心したような眼差しを浮かべている。
というか、ご飯を食べないわたしがそんなに珍しいの?
「ええと……たまにはこんな隠し玉みたいなことをやってみるのも、乙ってことで」
「ええ。このような不意打ちなら俺は歓迎ですよ。前田殿もそうですよね——って、前田殿!?」
幸村さんが言うよりも早く。
利家さんはどんぶりに口をつけて、ずずーっと鶏出汁をすすっている。
サラサラのご飯を胃の中に流し込んでる表情がなんとも幸せそう。
「わたし達もたべましょ、幸村さん」
「……そうですね、倫殿。早く食べないと全て前田殿に食べられてしまいそうですからね」
「それはダメ! 利家さんに盗られる前に早く食べないと!」
「ええ」
◇
至福の時間が終わり、わたしは利家さんに視線をやった。
利家さんは何か考え込んでいるのか、天井をぼーっと見つめている。
鶏料理は大好評だったし、落ち込む利家さんの元気づけの一役を担うことが出来たと思ってるのだけれど……
「まだ悩んでるんですか、利家さん」
「お……いやそんな事はねえよ。お前の料理を食ってすっきりと迷いは消えたからよぉ」
うーん。
笑ってはいるけれど、どこか覇気がない。
わたしは利家さんに膝を突き合わせると、じぃっと彼の顔を覗き込んだ。
「……今日どうして鶏料理を出したのか、利家さん理解かります?」
「あ……? そりゃあオレが鳥料理が好物だしなぁ。あとはオレのためにだろうが?」
「もちろん好物なのと、利家さんが落ち込んでるのを元気づけようとしたのも理由ですけれど——それだけじゃありません」
「……なに?」
「——ええと、海の向こうにある国にはですね。何度でも死から甦える鳳凰という鳥も伝説があるんです」
「……鳳凰? 死んで何度でも甦える鳥がいるってのか……?」
「はい、そうです」
信じられないと言った面持ちで、利家さんはわたしに耳を傾けている。
鳳凰・不死鳥・フェニックス。
死んで何回でも甦える永遠の命を持つ伝説の鳥。
もちろん空想上にしか存在しないのは、当たり前の話なのだけれど。
「まあつまりですね。わたしが言いたいことは——利家さんには何度でも鳳凰のように立ち上がって欲しいってことを言いたいんです」
「何度でも立ち上がる、か。分かってはおるんだがな……しかしオレは殿に否定されて——」
「止まない雨はありませんよ、前田殿」
「……止まない雨はない……?」
諦めかけようとしていたはずなのに、幸村さんの言葉に反応した利家さんの表情が少し変わった。
「前田殿。雨が必ずいつか止むように、辛い事も必ずいつかは終わりが来るものですよ」
「……そうか。ああ、そうだな! いつかは雨は止むんだったな!」
幸村さんの今の立場と利家さんの立場は似ている。
同じ浪人としての言葉だからこそ、幸村さんの言葉には重みがあるのかも。
迷いが吹っ切れたような表情。
いつもみたいに快活に笑う利家さんをみて、わたしはほっとしているのだよ。
「倫。お前の料理と鳳凰の話……良かったぜ。ありがとうよ」
「えへへ」
良かった、かぁ。
少しでも利家さん役に立てたのは嬉しいな。
「——それとあんた」
じぃっと幸村さんの顔を見つめて——
「あんたの言葉、深くオレの心に染み入ったぜ。いつかこの礼を必ずさせてもらうからな——」
そう言い残して消えていった。
「本当に立ち直ってよかったよ……って、ああ!?」
「ど、どうしたのですか、倫殿? 何か前田殿に伝え忘れたことでもありましたか?」
「ええと。わたしにじゃなくてですね! 利家さん、幸村さんに名前を名乗ってない!」
「ああ、それなら大丈夫ですよ」
「ええと……それって——」
「俺は前田殿の事を知っているんですよ」
「え……ええと……ああ、そうか!」
驚くわたしに幸村さんはクスリと微笑んだ。
利家さんは豊臣政権で五大老の一人として大坂城にいたはず。
幸村さんもその時期に大坂にいたのだから、二人が出会っていても不思議でもないのだよ。
「大阪城で前田殿と初めてお会いしたときに、『あのときの礼をせねばならぬな』と言われて俺はなんのことかと考えたのですが……あれは今日のことだったのですね」
幸村さんは懐かしむように遠い目をしていたのだけれど。
その表情はどこか少し物悲しそうにも見えた。