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17話 清正と三成と麻婆豆腐と その①

「んなーーっ!? どどどどうして三成がここにいるんだっ!?」


 テーブルの前に座った三成さんを見るなり、いきなり驚き戸惑っている人物は、加藤清正さんである。


「……相変わらずうるさい奴だな、清正」


 そんな清正さんの顔を三成さんは一瞥すると、聞こえるように呟いた。

 で、何事もなかったように落ち着いて湯呑み茶碗のお茶をズズっとすすっている。


「その嫌味たっぷりな物言いは間違いなく三成だが……いやいやいやその前にだなっ! 俺が知る限り三成はたしか——」


 三成さんの顔を指差した瞬間。


「おい、なんだ? 今日はいつも以上に騒々しいな」


「んなーーーーっ!? の、の、の、信長様ぁっ!?」


 信長さんを指さしたまま、ドスンと畳の上にへたり込んでしまった。

 ガクガクと震え、まるで幽霊でも見たかのように顔色が真っ青だ。


「うわぁ……信長さんを見てそんな表情かおするの、光秀さん以来だなぁ……懐かしい〜」


「ななななにを冷静に言ってるんだ、娘っ! いったいどうなってるんだ、この家はっ!? ここは幽霊屋敷かっ!?」


 言って、清正さんは三成さんと信長さん二人の顔を交互に指差している。

 

 というか。

 さっきより顔色が真っ青だし、これ以上放っておくと気絶しそうだな。


「仕方がないなぁ……ちょっとここで待っててくださいね、信長さんに三成さん」


「あ? それは構わんが……?」


 信長さんは不思議そうに首を横にした。

 三成さんは清正さんに目をくれようともしないし。


「じゃ、こっちに来てください。清正さん」


 むんずと清正さんの袖を掴むと、わたしは一旦居間から離れ、廊下へと場所を移すことにした。



 ◇



 加藤清正さん——

 秀吉さんに仕える武将の一人だ。

 幼いころから秀吉さんに仕え、賤ケしずがたけであげた功績から『賤ケ岳の七本槍』の一人としても数えられるくらいの猛将である。

 しかし清正さんを一番有名にしたのは、今なお現存する熊本城を築き上げたことじゃないかな。

 築城の名手として名高い彼が、今回我が家にやってきたのである。


 廊下——


「——と、まあ我が家はこんな感じです」


「しかしだなぁ……」


 清正さんはめちゃくちゃ疑り深い表情でわたしをみている。

 まあ疑うのも無理はないよね。

 これが普通の人の反応だろうし。


 居間から離れた廊下に連れてきたのには理由があるのだ。

 信長さんや三成さん本人を目の前にして、「あなた達はもう生きて無いんです」なんてこと、直接聞かせられないよ。


「本当の本当にっ! 三成も信長様も生きているんだな? 俺を揶揄からかっているのではないだろうなっ、娘?」


「だからですね。本当の本当に生きているんですっ。それにわたしが清正さんに嘘をついて、何の得があるっていうんです?」


「むっ、よく考えれば得は無いな……し、しかしだなあ……そんな話を簡単に信じろって言う方が無理があるだろうがっ」


「無理って言われてもですね。現に三成さんも信長さんも生きて会ったじゃないですか? と言うか、清正さんって虎を倒したりしたんですよね? 幽霊なんて怖くは——」


「と、虎は問題ない。あいつらはちゃんと生きておるのだからな。ただ幽霊は斬ることもできんし祟ると散々寺の坊主共に聞かされているからな……」


 清正さんは何かを急に思い出したか。

 少し泣きそうな顔で大きな体をぶるっと震わせている。


 虎を退治したと逸話さえ残る猛将さんでも怖いものがあるんだな。


 怖いもの無しで屈強で強面のイメージがあったんだけれど。

 今目の前にいる清正さんは幽霊をすごく怖がってるし。

 こんな姿をみたら、なんだ子供みたいに見えてくる。


「それじゃあ一旦戻りましょ。あんまり信長さんを待たせると機嫌が悪くなっちゃいますし」


「の、信長様の機嫌——? それも恐ろしいが……いや、でもしかしなぁ」


 清正さん腕を組んで、今度は困ったようにして天井を仰いでいる。


「ええと……まだ何かあるんですか?」


「まあ、な。俺は三成とは一生口を聞かんと言い切ってしまったからな……それを簡単に破るわけには——」


「あー……その話、本当なんだぁ」


 清正さんや他の武将さん達は、秀吉さんの命令によって朝鮮に出兵をしている。

 そんな最中、朝鮮出兵を命じた秀吉さんが亡くなったってしまう。

 んで、朝鮮から戻ってきた武将さん達は秀吉さんにじゃなく三成さんに不平不満をぶつけたわけだけれど。


 まあ、それが原因で清正さんは「三成とは一生口を聞くこともない」と言ったという逸話があるのだ。


 でも——


「さっき三成さんと会った瞬間とき、ちゃんと話してたじゃないですか」


「ぐっ……痛いとこをつくな、娘。それにあれは、なんだ……その場の雰囲気というか勢いというかだな……」


 わたしに向けてぐちぐちと言い訳を始めちゃってるし。


「でもこの際だし仲直りしちゃいましょ、清正さん。せっかくこうやって再開できたんですよ……?」


「まあ、やぶさかではないが……いや、やはりそう簡単には——」


「ダメですよ、意地張ってちゃ。素直になるのが一番なんですからね」


 その言葉に清正さんは目を見開いて、すっごく驚いた顔をわたしに向けた。


「……まさか同じことを言われるとはな」


「ええと……?」


「昔だな。正規と三成とよく喧嘩をするたびに寧々様にも同じことを言われたのだ。それも何度も何度もな」


 清正さんは目を細めて、遥か遠い昔を懐かしむような表情を見せている。


「それに……よく見れば、お前はどこか寧々様に似ているな」


 寧々さんって、確か秀吉さんの奥さんだったよね。

 若い清正さん、三成さんと福島政則さんの面倒をよく見ていて、三人のお母さんみたいな人だったはず——


「って、わたしはお母さんなのっ!?」


「はっはっは! そうだな、お前には母親のような包容力があるぞ。ずっと寧々様を見てきたこの俺が言うんだから間違いはないっ」


 わはははっと笑いながら、清正さんは居間の方へと戻っていくし。


「ええと……わたし、あんな大きな子供を二人持った覚えはないんですけど……」


 清正さんが放った言葉に釈然としないまま、大きな背中を見送っていた。



 ◇



 居間に戻ると、少し紅潮させた信長さんが機嫌よさそうに出迎えてくれた。


「お? 密談はもう終わりなのか、倫」


「まあ、密談って内容じゃありませんけど……だいたい終わりましたよ——って、またお爺ちゃんの秘蔵のお酒を飲んでるじゃないですかっ!」


 テーブルの上には、コップにはいった赤ワインとワインボトルが置かれている。


「あの日以来、このわいんが気に入ってしまってだな」


 言ってクピッとワインを一気に飲み干した。


「はぁ……もう開けてしまったなら仕方ありませんけれど……あれ? ワイン飲んでるの信長さんだけなんですか?」


 三成さんの方へチラリと視線をると、彼の前にはきれいな空のコップが置かれているだけ。


「ええと……信長さん……?」


 ちろりと信長さんに視線をやった。


「勘違いするな。信長様は一切悪くはないのだ」


「そう、なんです?」


「ああ。オレにはまだこの後もやらなければならない仕事が山のように溜まっている。だから今は酒を飲むわけにはいかんのだ」


 信長さんは「な、俺は悪くないだろ」と首をすくめる仕草をしてみせた。


 三成さんは毎回ご飯を食べると、お礼の言葉を言ってすぐに帰ってしまうのだ。

 まあ、忙しいみたいだかし仕方がないのかもしれないけれど。


「はっ、本当にお前はそう言うところがまったく成長してないな」


「——なに? それはどう言う意味だ、清正」


「昔からそうだ。いつもお前はその場の空気というやつを読まんではないか」


「そんなことは——」


「あるっ! 頭がいいくせに、そう言う人の気持ちを考えないから、お前は——」


 清正さんはそう言いかけた瞬間、三成さんへの言葉を飲み込んでしまった。


「……なんだ。おれがどうしたと言うのだ、清正。言いかけて止めるのは卑怯だぞ?」


「い、いや。お前には関係ない。それに卑怯とは言わんだろ、この場合はっ!」


 お互い睨みあったまま、険悪なムードが漂ってる。


「ええと……信長さん?」


「放っておけ放っておけ。ただじゃれあってるだけだ」


 とか言って呑気にワインを飲んでる。

 うーん……今の信長さんはあてになりそうもないぞ。


「なんだぁ……もう一度言ってみろ、三成っ!」


「お前は大馬鹿者だと言っておるのだ、清正」


 二人は互いに声を張り上げ怒鳴って、ますます険悪なムードになってる。


「清正っ!」


「三成ぃ!」


 ああ、もう本当にこの二人は——!


「いい加減にしなさあああいっ!」


 空気を震わせ天井を突き抜けるくらい、わたしは大声で叫んでいた。


 余程大きな声だったんだろう。

 あの三成さんでさえ、呆気に取られてポカーンと口を開けたまま固まっている。


「もう本当にやめなさいっ! 二人ともいい大人なんだら、ね?」


「そうはいうが——」


「黙ってなさいっ!」


 三成さんは何か言いかけたけれど、わたしはその言葉をピシャリと遮り黙らせた。


「清正さんもせっかく三成さんに再会できたんだから、もっと素直に——」


「はい、素直になりますっ」


 あれ、意外にも清正さんが素直な返事をしてくれたぞ。

 もっと何か言い返してくるのかと思ったけれどなんだか拍子抜けだ。


「三成。とりあえず一時休戦といこうじゃないか」


「な……!? お前の口から休戦という言葉を出てくるなどと……いったいどうなっておるのだ、清正?」


「なあ、お前さ。この娘が寧々様に似ていると思わんか?」


「なに……? 倫が寧々様に似ているだと……」


 怪訝そうにした三成さんが顔を近づけて、じぃーっとわたしの顔を覗き込んだ。


「確かに言われてみれば、清正の言うとおり似ていなくもないな」


「だろ? 雰囲気も怒った顔も寧々様に似ているんだ。だからこれ以上怒らせたら……俺は考えるだけでも恐ろしい……」


「う……あの激怒した寧々様か……確かに恐ろしいものがあるな」


 二人して怯えた瞳でわたしを見ないでほしい。


 二人の武将にトラウマを与え、怯えさせる寧々さんってどんな人だったんだ?

 興味を惹かれるのだけれど……今はそんなことよりもだ。


「ですからっ。わたしは寧々さんじゃありませんし……こんな大きな子供を二人も持った覚えもありませんってば。黙ってないで信長さんも何か言ってくださいよ」


「くははははっ! この二人が倫の子供だとっ!? くははははっ!」


 あ、だめだ。

 信長さん、畳の上でめちゃくちゃ笑い転げてるし。


「もう信長さんっ!」


「くははは……す、すまん。倫がこいつらの母親だというのが面白くてな。くはははっ!」


「そんなに笑わないでくだいっ!」


「ま、まあなんだ。そのデカイ子供達にそろそろお前の旨い飯でも作ってやるといい……くははっ」


 うー……まだ笑ってるし。

 三成さんと清正さんは、まるでお母さんを見るかのような表情してる。


「はぁ……分かりました。わたしもお腹減ったし、ご飯を作ってきます」


 怒ったらお腹減ってきたからね。

 清正さんや三成さんのためじゃなく、あくまで自分のために作るのだから。


 お腹を抱えて笑う信長さんを一瞥し、わたしはキッチンへと向かうのだった。

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