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16話 浅井長政と市とナポリタンと その②

「さあ、お待たせしましたよっ!」


 テーブル中央に、ドンと置かれた山盛りのミートボール入りナポリタン。


 信長さんと長政さんから、「おお」と感嘆の声が上がる。


「なぁ……これ全員で箸をつつくのか?」


 信長さんは怪訝そうにして大盛りのナポリタンを眺めている。


「そうじゃないですよ。今回は量が多いから大皿に入れてるだけです。まあ、それぞれ好みの量を皿に取り分けて食べるってことで」


「ほう。ならばどれだけの量を自分で入れても問題はないんだな?」


 信長さんの瞳の奥がきらりと光った。

 それと同時に、信長さんの口の端からヨダレがたらりとこぼれ落ちる。

 

「そういうことです。それじゃあ——」


「倫さん。取り分け、市がやりますよ」


 いよいよ実食というタイミングで、お市さんが名乗りを上げた。

 着物の袖を巻く仕上げ、細くてか弱そうな腕を出している。


「ええと……いいんですか?」


「はい。倫さんばかりにお任せするのも申し訳ありませんですし。ここは市に任せていただければ……ダメでしょうか?」


 目を潤ませて下から目線で懇願するお市さんの申し出を断れるはずもなく。


「それじゃあお言葉に甘えて、お願いしちゃおっかな」


「ありがとうございます、倫さん」


 取り分けるのがそんなに嬉しいのかな。

 お市さんはめちゃくちゃ嬉しそうな笑顔で頷いていた。


 お市さんは器用に麺トングを使って、大皿に盛られたナポリタンを四人分を取り分けていく。


「まずは倫さんの分です」


 渡されたお皿にはナポリタンと肉団子がたっぷりとてんこ盛りだ。

 さすが友達、わたしのことがよく分かってるなぁ。


「えへへ〜ありがとう、お市さん」


「ふふ。次はお兄様の分ですね」


「おお、これはまた……」


 てんこ盛りのナポリタンに、信長さんは目をキラキラと輝かせている。


「あれ、お市さん? 自分のはずいぶんと少なくないですね?」


 わたしと信長さんのに比べると、お市さんのお皿には普通の一人分より少ない量のナポリタンだ。

 お市さんも信長さんに負けないくらい食べるのに……

 もしかして、長政さんがいるから食事の量を気にしているのかもしれないぞ、これ。


「ええ。市はこれで十分です……では、最後に長政様の分を——」


 言って、長政さんの分を取り分けていくのだけれど。


「ええと……」


「おい、お市……なんだ、その量は?」


 信長さんが怪訝そうにするのも無理はないな。

 長政さんのお皿からは溢れ落ちんばかりの量のナポリタンと肉団子が盛られているんだもん。


「なに、と言われましても……お兄様と同じですよ?」


 クスリとお市さんは微笑んでいるけれど。


 誰がどう見てもだよ。

 アレはわたしと信長さんの分より倍以上の量あるよ、絶対に。


 現に長政さんだって、その量に絶対に驚いているはず——


「これはまた食べ応えがありそうですね。この長政、感激で言葉もありません」


 特盛りのナポリタンにドン引きするどころか、めちゃくちゃ喜んでるし。


 まあ、長政さん本人が問題ないならいいんだけれど。

 長政さんが大食漢だなんて初めて知ったよ、わたし。


 今まではわたしに遠慮してたのかなぁ?


「ま、考えても仕方ないっか。それじゃいただきますっ」


 今はそんなことよりも食事が大事なんだしね。


 わたしはまず最初に肉団子から手をつけることにした。

 ズブリとフォークの先を、トマトソースがたっぷりと絡んだ肉団子に突き立て、パクリと口に含んだ瞬間——


「んんん〜〜っ!! お……美味ひぃ〜〜」


 美味しくてほっぺが落ちるとはまさにこの事だ。

 口の中にいっぱいにふわぁっと広がる甘酸っぱさと肉団子の旨味がたまらない。


「それじゃあ、次はナポリタンもいっちゃいましょうか」


 まずはそのままで、フォークに絡ませて口にパクリっ。


「はぁ〜……」


 美味しすぎて吐息しか出てこない。

 どうしてこんなにナポリタンは美味しいのだろうか。


 しかもそのままでもこんなに美味しいって卑怯だよ。


「粉チーズをたっぷりかけて、タバスコをかければ——んふふふ……」


 まさに究極と言っても過言じゃないくらい。

 チーズとタバスコの相性を考え出した人は絶対に天才だよ。


「くははははっ! おい、倫。なんだこれは……旨すぎるじゃないかっ!」


 あーあーもう。

 信長さんてば、子供みたいに顔をほころばせて、ナポリタンをズゾゾゾってすすっているし。

 口のまわりを真っ赤にさせて、本当に美味しそうに食べてくれてる。


「ああ……懐かしいですね、この味」


 お市さんはフォークにパスタを絡ませて、一口食べることに美味しそうな笑顔をみせている。


 ときおり何かを懐かしむような表情をみせるのだけれど。

 きっと昔お市さんと一緒に食べたお爺ちゃんが作ったナポリタンを思い出しているのかな。

 お市さんの表情からは、そんな気がするのだ。


「これは……!? 想像を超えた美味ですよっ。甘酸っぱくて、それでいて優しい味わい……ああ、箸が止まらないですね」


 長政さんのてんこ盛りにしたナポリタンがみるみるうちに減っていく。

 すごい勢いですすって食べているんだけれど。


「あ……長政様。お口の周りが汚れておりますよ」


 言って袖から布を取り出すと、お市さんは長政さんの口の周りにべっとりと着いたトマトソースを優しく拭いてあげている。

 

 それを見ていた信長さんのなんとも言えない複雑そうな顔がわたしには印象的だった。





 六人分のナポリタンは、あっという間に無くなってしまったのだけれど。


「ねえ、信長さん。大皿の上に肉団子がひとつありますね……」


「ああ、ひとつだけ残っているな……」


 大皿の中央にポツンと残された肉団子から、わたしは一瞬たりとも視線を外せないでいた。

 信長さんもその獲物の狙いを定めているのが分かるし。

 肉団子から少しでも目を離せば奪い取られるに決まっているからね。


 ザッと天高くフォークを構え、呼吸を整えるた。

 お箸を手にした信長さんの気迫は、まさに戦国武将のそれだ。


「はっ……この織田信長に勝負を挑むとはな。その己の浅はかさを後悔させてやるぞ、倫っ」


「くふふふ……いくら信長さんといえども、ここは譲る気はありませんよっ!」


 わたしの言葉が合図となって、二人同時に肉団子へと強襲をかける。


 その刹那の瞬間——

 わたし達よりも素早い動きで、お市さんのフォークが最後の肉団子を奪い去っていく。


「——なにっ!?」


「え、お市さんっ!?」


 呆気に取られるわたしと信長さんの目の前。

 お市さんは身を乗り出し、向かい側に座する長政さんの顔へとフォークに刺さった肉団子を近づけていく。


「はい、長政様。あ〜んとお口をお開けください」


「あ〜ん」


 わたしと信長さんの叫びも虚しく、肉団子は長政さんのお腹の中へと消えてしまうのだった。


 まさかこの勝負の勝者が長政さんとお市さんになるだなんて、わたしでも想像できなかったよ。



 ◇



「長政様……再びお会いできる日を楽しみにしております。それでは——」


 頬を赤らめつつ、お市さんは消えてあっちに帰っていってしまった。


 残された信長さんと長政さんの間に、少し長い沈黙が流れている。


「——信長殿」


「なんだ、長政……?」


 すこーし不機嫌そうにする信長さんに、長政さんは臆することなく、凛とした笑顔を浮かべている。


「この長政。お市殿を迎え入れ、織田との同盟を結ばさせていただきます」


「同盟……? 北近江の浅井と俺がいったいなぜ——」


「あの可憐な笑顔を、この長政は常にそばに置いておきたいと存じます」


「いや、だからな。まずは俺の問いに答えて——」


義兄上あにうえ。私は必ずお市殿を日の本一の幸せ者にしてみせますよ」


 長政さん、はっきりと言い切ったなぁ。

 よっぽどお市さんのことが気に入ったんだろうなぁ。

 

 笑顔の長政さんとは対照的に、信長さんは厳しい表情をみせている。


「おい、長政。今言った言葉に嘘偽りはないな? お市を不幸にしないと、この俺に約束できるんだろうな?」


「もちろんです……この長政、身命を賭して必ず誓ってみせます」


 いつもゆったりとした喋り方をする長政さんだけれど。

 今発した言葉には、決意の篭った言葉に聞こえた。


 信長さんは目を閉じて何か考えるように、じっと押し黙ったままでいる。


 そして——


「……そうか。なら俺からこれ以上言う必要なはい。お市のこと頼んだぞ、長政」


 信長さんは、ふっと微笑んだ。


「はい、義兄上」


 と、まあ。

 こうして問題もなく婚姻と同盟の話が纏まったようだ。

 

 信長さんはどこか寂しさそうな顔を見せていたけれど、それでもやっぱりお市さんの婚礼は嬉しいんだろう。

 祝酒だっとか言って長政さんとお酒を飲みはじめてしまった。


 お市さんと長政さんの婚姻話は、親友としては嬉しいんだよね。

 ただこの後の二人に起きる歴史を知っている分、両手を上げて素直には喜べない自分もいた。


 二人には悲しい結末が待っているのは歴史的にも知るところだ。


 お市さんは浅井家が攻め落ちても最後まで、長政さんと一緒に残ろうとしたと逸話さえあるからね。


 だからお市さんは最後の最後まで幸せだったと、わたしはそう考えている。


 うん、絶対に幸せだったはずだよね。

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