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塔の王女と金色の術  作者: 立花柚月
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塔の王女と別れ

あたしのこの作戦が成功するかどうかは分からない。自分の力を上手くコントロールできるか、確証はない。けれど、もしそれが成功したら、この国は確実に、けれど、何もしないよりも早い段階で負ける。そして、負けた場合、この国は非常に壊滅的な状態になるだろう。ただでさえ、滅びかけている国だから…。そこで、あたしはナテロ王に、とある「お願い」をした。見ず知らずの、しかも非常に地位が高い方にするにはかなり厚かましくて迷惑な内容だと思う。受諾して下さるかも分からない。ただ、今のナテロ王は寛大だと有名なので、その噂にすがるしかない。それに、この国を立て直すには、これしか方法がないように思えた。ただ、他の方法を取るほどの時間が残されていない。なぜなら――、あたしが戦場に行く日が…、すぐそこまで近付いているから。戦場から入る報告はどれも良くないものばかり。戦況が悪化していることは確かだった。それなのに全く焦りがないのは、何か考えがあるのか、それとも、あたしの力を当てにしているのか…。或いはその両方かもしれない。

あたしが手紙で書いたその願い。それは、ナテロ王にこの国の立て直しを主導して頂くということ。調べてみたところ、幸いなことに、この国で万が一の時のために貯蓄してあるお金はまだ使われていないという。かなりの額になっているので、ナテロ国側に金銭的な負担はかからないはず。それに、普通だったら他国がその国の政治に干渉することはできないが、何事にも例外がある。戦争に勝利した後、相手の国を保護国とし、統治機能の一部を代行するという実例は今までにも存在している。今回の場合も、それは不可能ではない。つまり…、この方法をとれば、どうにかできるかもしれない。そう考えた。今の状況から考えると、これが一番、国の立て直しへの近道だと思う。今のリネーの国王陛下には、民の暮らしを改善することを期待することはできない。そうでなければ、きっと今頃、こんな状況には陥っていなかった。もっと、この国はどうにかなっていたはずだ。だから、これが成功するように。あたしは、自分の力を使う。ここ数日考えて、そう、決めたのだ。既にその為の手は打ってある。

「だが……!アシュリアは、本当にそれでもいいのか。それはつまり…、生きて帰って来られる可能性は低いということだろう…!?ここから逃げたって…、いいはずだ」

クロードさんが悲痛な声で言った。けれど、あたしは首を振った。確かに…、生き延びられるとは思えないし、そうするつもりもない。でも、それが国を変えるためのきっかけとなるならばそれでもいい。それに、あたしは、この力を誰かを傷付けるためには使いたくない。だから、救うためにこの力を使えることが、嬉しかった。どちらにしろ、この国を去るのならば、何か一つでもやっておきたい。ただの自己満足だというのは分かっていたし、失敗したら、死んだ後でも大変なことになりそうだ。けれど、やらずに後悔はしたくない。そう思いつつ、答えた。

「あたしは…、この国が元の状態に戻るなら、それでいいです。クロードさんが、あたしにちゃんとこの国の現状をはっきりと教えてくれたから、こういう決断ができたんです。…これは、あくまでもあたしの決めたこと…。だから、クロードさんが気にすることなんて、何一つないんですよ」

そう、これはある意味、あたしのわがままのようなもの…。だから、彼が気にする必要はどこにもない。それに、現実を教えてくれたクロードさんには、感謝しかない。何も教えてくれていなかったら、きっとあたしは、何もしていなかっただろう。しかし、それでもクロードさんは悲しげな表情をする。そんなに、悲しまなくてもいいのに…。ただ、色々とここを出るための準備をしてもらったのにも関わらず、こういう選択をしてしまったことだけは申し訳ないと思う。色々と考えていてくれたのに…。それに、そんな表情をされると、見ないようにしていた気持ちが溢れそうになってしまう。

本当は、あなたとここから逃げたい。あなたと、ここではない、知らない場所に行ってみたい、なんて…。あたしは、クロードさんのことが…。

でも、それはもう叶わない願い。隠しておくべき想い。この決断をしてしまった以上は、絶対に…。だから、この願いは、言えない。言ってはいけない。その代わりにあたしは無理に笑みを作った。ちゃんと、笑えているかな。正直、全く自信がない。それでも、もう一つのお願いを口にする。最後まで、ちゃんと。

「クロードさん、あたしの代わりにこの国の未来を見守っておいて下さいね」

「…アシュリア…。本当に、君は…、それでいいのか?」

クロードさんが問いかける。その声は今にも消えてしまいそうなほど小さかった。あたしは静かにうなずいた。それと同時に、ここ数か月の出来事が蘇る。本当に…、クロードさんといるのは楽しかった。たぶん、今まで生きてきた中で、一番…。塔の外へ抜けだしたり、あたしの知らない場所の話を聞いたり…。でも、それも今日でおしまいだ。きっと、彼には二度と会えない。そのことが、寂しくて、悲しくて…。それだけあたしの中でクロードさんの存在は大きかったのだと、今更気付いた。

今、この瞬間で、時が止まってしまえばいいのに。それか、ずっと昔に戻って、過去をやり直せたら…、そうすれば、こんな結果になることはなかっただろう。もっといい方向に進んでいたかもしれないし、クロードさんとも違う出会い方をしていたかもしれない…。先ほどの望みだって、叶えられたかもしれない。

…だが、時間を操るような手段なんて、世界中を探したってどこにもない。そういう力を持つ人もどこにも存在していない。そう分かっていた。そんなあり得ない空想と感傷を全て抑え込み、あたしは別れの言葉を告げた。

「あたしは…、クロードさんと過ごせて、本当に楽しかったです。…あなたに、会えて良かった」

作った笑顔のまま、そう告げる。今にも震えそうな声をどうにか抑えた。そうじゃないと、あたしの本心が分かってしまいそうで、怖かった。クロードさんは、何も答えなかった。やがて、緩慢な動きで立ち上がり、部屋を出て行く。静かな部屋に、扉が閉められる音がやけに大きく響いた。そして、クロードさんは二度とあたしの部屋に来ることはなかった。


それが、もう一週間も前のこと。あたしはぼんやりと、窓の外を眺めていた。この窓のずっと先に、ナテロがある。相変わらず、空が四角い。まるで、はさみで切りとられたように。塔からお城へと居場所が変わってもやっぱりあたしには自由というものが存在しないようだ。そう、改めて思った。…あの時、別の選択をしていたら…、空は四角く見えなくなっていたのだろうか?クロードさんがいないと、何だか気持ちが晴れない。

あれから少しして、彼がお城から消えてしまったという話を耳にした。恐らく、「転移」の力で誰にも見つからずにナテロへと帰ったのだろう。そのことが、ほんの少しだけ寂しい。さよならを告げたのは、あたしの方だったのに。会いたいな、と思ってしまう。自分勝手だな、と自嘲気味の笑みを浮かべた。でも、それくらい、彼との思い出が強く心の中に残っている。彼がいないと、何故か一日が非常に長い。話す人は誰もいないし、気分が落ち込んだ時に楽しませてくれる人もいない。…そういう状況に、疲れている。けれど、きっとクロードさんとは、二度と会うことはない。あたしが突き放したも同然なのだから…。

あたしは部屋の中の景色に目を戻した。部屋の中央にある小さなテーブルに、一枚の紙が乗っている。それは、国王陛下からの、命令。いつか絶対に来ると分かっていた、勅書。戦地に行くように、との命令が書かれている。そして、あたしの「破滅」の力でこの国に勝利をもたらせ、と…。いよいよ、か…。予想はしていたし、この命令が来ることを前提にあの計画を考えたわけだけど…。

こうして実際に受け取ると、やはり気分が重くなる。あたしは、人の命が簡単に失われていく場所に行かなければならないのだ。それが…、本当に嫌だった。けれど、これがあたしの選択。その、代償。それに、今更自分が決めたことを止めるつもりはない。戦地へ向かうのは、明日。そこで全てが決まる。あたしも含め、この戦乱に関わっている全ての人の運命が。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「なるほど。…彼女は、そういう選択をしたんだね。だから、こちらに来なかったんだ。……なかなか面白いな。けど、それで君は本当に良かったのかい?」

豪奢な広い部屋。壁に備え付けられた棚は分厚い書物で埋められている。まるで、小さな図書館のような場所だ。そして、一人の青年がその最奥にある椅子に座っている。彼の手には一枚の書状があり、ちょうど彼はそれを読み終わったところだった。それをじっと読んでいた彼の目が、その正面に立つもう一人の青年の方へと向けられる。その青年は、少し黙った後で答えた。

「…良かったも何も。彼女は決して意思を曲げないと分かっている。それに、決めるのは俺じゃない」

そう言いつつも複雑な表情と声をしている。それで彼の本心が分かった青年は、相手に気付かれないように小さく笑った。何だかんだ彼は非常に分かりやすい。そもそも、彼とは長い付き合いなので、何となく考えていることは分かる。――こちらとしては、確かにアシュリアが提示したこの方法であればリネー国の統治を行いやすくなる。リネーからナテロへと逃げてきた人々からの嘆願を叶えることができるだろう。だが、それには一つ問題があって…。そう考えていると、正面に立つ青年が少し苛々とした様子で尋ねてきた。

「それで、こちらはどうするんだ?その手紙に書かれた賭けに乗るつもりなのか、――ナテロ国王」

やはり彼は、本当は彼女の下した決断を嫌だと思っているようだ。どうにかして、助けたいと思っている。それがはっきりと分かった。彼にはもう少し仕事をしてもらわなければならない。もう一つ、これに関連することで他の人物から頼まれているのだ。それを果たす必要がある。そして、幸運なことに、それは彼の願いと一致する。つまり、どちらにとっても都合が良いということ…。ナテロ国王は感情の読めない笑みを浮かべた。

「ああ、そうだね。この書状の通り、王女様の力を借りればきっとこちらにとっては有利な状況となるだろう。…でも、彼女のことは殺さないし、殺させないよ。君ならできるだろう、クロード?」

「……まあ、できなくはない、けど。はあ…、本当にあんたの命令はいつも無茶ばかりだ…。――でも、やるからには、全力でやらせて頂きます」

クロードは強い意志を感じさせる声音でそう言って、ナテロ王の部屋を出て行った。王は黙ってそれを見送る。しばらく扉の方を見やった後で、再び書状を読んだ。そこに書かれた綺麗な優しい文字。けれど、その事態とは裏腹に、淡々とした内容が綴られている。書かれているのは、この戦の行方。ナテロ国王は小さく笑った。予想外に、面白い人物に出会ったからだ。

「こんな策を思いつくなんて、会ったことはないけど、この王女様、本当に面白いなあ…」

読んで下さり、ありがとうございました。

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