塔の王女と破滅の力
その後、あたしはお城へ行くことになった。なぜなら、それまで暮らしていた塔が半壊してしまい、住めるような状態ではなくなってしまったからだ。そう説明された後、すぐに塔から出たのだが、ずっと住んでいた場所から離れるのは何だか悲しい。一度だけ振り返ると、それは途中から崩れ落ちてしまっていた。まるで、爆発でもしたように…。ふと、金色の光と茜色の風を思い出した。本当にあの時、何があったというのだろう。いたはずの賊まで消えちゃったし…。何となく気になったが、周りの騎士に促されたあたしはお城へと向かった。
…それが、一週間も前のこと。あたしはその後、塔とは比べ物にならないほどの豪華な部屋に移動させられた。何故か、今まではいなかったメイドさんまでいる。ほとんど話はしないけど…、何なんだろう、この待遇の差は…。今まで塔にいた頃は必要最低限のものしか来なかったし、もちろんメイドさんだっていなかったのに。理由は分からないけど、取りあえず彼女たちのことは放っておくことにした。大抵のことは一人でできてしまうし。他の王族の人にも一度も会っていない。もちろん、父国王にも。話すことがないから別にいいのだけど、何も言われないとそれはそれで…。
そんな、妙な生活が続いていた。そのせいか、あれだけ憧れていたお城なのにあまり嬉しくない。恐らく、クロードさんに会えていないのもその原因の一つだ。クロードさんはその後、治療を受けているらしく、会えていない。その部屋に行こうと思っても場所が分からない。メイドさんはそっけないので、話しかけるのにためらってしまうし。
仕方がないので、あたしは何とか場所を聞きだせた書庫に行って、経済に関する本を読むことが多かった。塔に置いてあった方は残念ながら原型を留めていないほど破れていたのだ。あの本は結構分かりやすかったのに、この書庫には見当たらない。残念だな…、と思いつつ、今日もあたしは資料とにらめっこしている。やることがそれ以外に何もない。けど、しばらく読んでいるとその資料の中に一つ分からないものが出てきた。その数字が何を表しているか分からない。気になったので、書架でそれが載っていそうな本を探したのだが…、それがあるのは上の棚。梯子を探そうと辺りを見たのだが…、
「…こういう時に限って、近くに梯子がないのよね…。届くかなあ…」
あたしは背伸びして手を思いっきり本へと伸ばした。だが、あと少しのところで届かない。段々足が疲れてきて、一旦休憩した。もう少し身長が高ければいいのに。そう思いつつ、もう一度本を取ろうと手を伸ばした、その時。不意に後ろから伸びてきた手がいとも簡単に欲しかった本を取った。人の気配を全く感じていなかったので驚いた。だが、慌てて後ろを振り向いてお礼を言おうとしたあたしは、予想外のことに更に驚くことになる。
「自分で取れないならそこら辺にいる司書でも何でも呼んで来ればどうなんだ?」
案外横着なところがあるんだな、と苦笑される。けど、あたしは驚きのあまり何も返すことができなかった。何か言おうとしても、驚きのあまり言葉にならない。何で…、クロードさんがここに。まだ治療中だと思っていた…。呆然としていたが、しばらくしてようやく言葉を紡ぎ出すことができた。
「…クロードさん、腕はもう大丈夫ですか?!ごめんなさい、あたしのせいで…」
しかし、クロードさんはあたしを安心させるように優しい笑みを浮かべ、斬られた方の腕を普通に動かしてくれた。けれど、袖の隙間から白い包帯が見える。完全に治ったわけではないのだろう。それを見たら何だか悲しくて悔しい気持ちになった。…どうして、あたしには力がないのかな。そうすれば、あの状況をどうにかできたかもしれないのに…。落ち込むあたしに、クロードさんは何も言わず、本を渡してくれた。お礼を言ってそれを受け取る。だが、そのまま資料を置いた場所に戻ろうとしたら、呼び止められた。
「王女殿下、その本を読む前に少し時間をもらってもいいか?例の、塔の事件について話したいことがある」
何故か、とても真剣な表情をしている。特に用事はないのでそれを承諾すると、クロードさんは本棚から先ほどの本とは別のものを取り出した。それは、世界の歴史書だったけど…、どうしてだろう?それを持ってクロードさんは人のいない中庭の奥まった場所に移動した。どうやら、聞かれたくない話みたいだ。木々や草の揺れる音だけが聞こえる。そんな中で、クロードさんは話を切り出した。
「…あの時、俺が怪我した後のことなんだが。賊がこっちに近寄ってきただろう?あの後、何があったか、王女殿下の視点でいいから話してくれないか?」
最悪な記憶を思い出させるようで申し訳ないが…、とクロードさんは言ったが、あたしは承諾した。何を思ってそれを尋ねたのかは分からないけど…。あたしはその時の光景を思い出しつつ話した。確か…、賊がクロードさんに近付いてきて、だからあたしは咄嗟に前に出た。それで『クロードさんに攻撃しないで!』って半ば叫ぶように言って…。そうしたら、その直後にどこからか金色の光が現れて茜色の風が吹き、気付いたら賊は消えていて、塔も半壊していた…。
そう説明すると、クロードさんは何故か難しい表情になった。一体、何を知っているんだろう。けど、クロードさんはしばらく何も言わなかった。再び、風や木々の音が辺りに聞こえてきた。それ以外は、何も聞こえない。
「…その現象に、一つ心当たりがある。それについて載っているのがこの本だ」
そう言って指したのは、歴史書。力に関する書物ではない。そのことを少し不思議に思ったが、クロードさんは何も言わずに最初の方のページを開いた。そこに書いてあるのは、神がこの世界を支配していた頃の話。いわゆる神話だ。その頃の人々は今のように力は持っていたけれど、全然偉くなかった。けれど、長く続いた神々の時代は、後に「破滅の神」と呼ばれることになる神様によって終わりを迎えた。その神様は元は人々とも友好な関係を築いていたのに、ある日突然、破滅の力を使って世界を滅亡させかけた。他の神々はどうにかそれを止めたけれど、代わりにその多くが命を失い、人間が活躍する時代へと突入した。…けれど、それがどうして心当たりなのだろう?すると、クロードさんは言いづらそうに、
「あまり知られていない話だが、この話は本当にあった史実だ。そして、この神が力を使う時は必ず金色の光が辺りを満たしたと言われている。…つまり、あの時の謎の金色はこの力によるものだと考えていいだろう。問題は誰がその力を使ったか、ということだが…」
そこで一旦言葉を切った。そして、あたしを見る。…まさか。あたしはもう一回、あの時のことを思い出した。確かにクロードさんを庇おうと前に出た時、金色の光に視界が包まれた。でも、もしその力を賊が使っていたとしたらあたしたちは今、ここにいないはずだ。だって、塔を吹き飛ばすくらいの力だもの。ということは、残るのはあたしとクロードさんだけ。でも、クロードさんが持っている力は「転移」。そうなると、つまり…。
その力を持っているのは、あたしの方。
衝撃の事実にあたしは愕然とした。要するに、何の力も持っていないはずのあたしが本当は力を持っていて、しかもそれを無意識に使って塔を粉々にした…。そういうことなのだろうか。じゃあ、あの後賊がいなくなってしまったのも「破滅」の力のせい…?力が発動して、滅びてしまった?
「あたしが…、力を使って賊を殺した、ということですか…?」
そう言った瞬間、急に怖くなった。今まできっかけがなかっただけで、もしかしたら何かの拍子に力を無意識に使ってしまっていたかもしれない。そうしたら…、もっと被害を出してしまったかもしれない…。クロードさんはあたしの言葉に静かにうなずいた。クロードさんはこういう時、真実しか言わない。いずれ分かってしまうなら、嘘はつかない。そういう人だ。あたしは思わずうつむいた。そんなあたしに、クロードさんは相変わらず静かな様子で口を開いた。
「…だが、それによって俺が救われたのも事実だ。あのままだったら、俺も王女殿下もあいつらに殺されていただろうな。王女殿下の力のおかげでこの程度の怪我で済んだ。それに関しては本当に感謝してる」
でも、その言葉にも答えられなかった。クロードさんは助けられたけど、賊を死なせたのは事実。明らかにあの人たちの方に非はあるけど、だからと言って死んでいいわけではないはずだ。思わず手を握りしめた。自分の力が怖くてたまらない。今回は、クロードさんを救えた。だから、まだ良かった。けれど、もしかしたら、いつかは誰かを助けることもできずに関係ない人だけを巻き込んでしまいそうで…。もしそうなったら、あたしはきっと、ある意味では人でなくなってしまう。
「…クロードさん、一つお願いしてもいいですか?もし、あたしがこの力を人を護るためではなく、誰かを傷付けるために使うようになったら、その時は…」
だけど、クロードさんはその先の言葉を言わせてくれなかった。人さし指をあたしの口の前に当て、ひどく悲しそうな表情であたしの言葉を遮った。
「王女殿下にそのことを怖がる気持ちがあるなら大丈夫だ。それに、こっちだって王女殿下を殺したくないし…。とにかく、その気持ちをずっと忘れないでいてくれ」
あたしはうなずいた。…これは保険のようなものだ。今のところ、その気持ちを忘れるつもりは全くない。けれど、物事に必ずなんてあり得ない。実際、あたしは絶対に力がないと思っていたけれど、非常に怖くて強い力があることが、たった今判明した。だから、もしもそうなった時のために、予め準備はしておく。クロードさんとの、物騒だけれど大切な約束。あたしが誰かを傷付ける前に、どうにかしてもらう。話の物騒さとは裏腹に、辺りは静かなままだ。穏やかに時が過ぎていく。クロードさんは何かを真剣に考えているようだったが、不意にあることに気付いたようだ。
「…このことは、誰にも言わない方がいい。もしかしたら、王女殿下の力が武器として利用されるかもしれない。この国の連中は何をするか分からないからな…」
確かに今、リネーとナテロは一触即発の状態だ。もしもこの状態で戦争が起こり、あたしの力が何なのか知られてしまっていれば、王国は無理矢理にでもあたしを戦地へと連れ出すだろう。破滅を呼ぶ力は、一瞬にして物事を変えてしまう。たとえこちら側が不利だったとしても、この力次第で形勢は逆転してしまうだろう。
「そうなったら、…もっと多くの人が犠牲になってしまいますね。それだけは避けないと…」
「そんなことが起きないよう、俺も色々情報を探ってみる。王女殿下も十分に気をつけろよ。どこで誰が何を聞いているかなんて、分からないからな」
その瞳には真剣さが宿っている。…どうして、クロードさんはそこまであたしに力を貸してくれるのだろう。ナテロの方から命令は受けているようだけど…。そもそも、クロードさんの話のどこからが本当でどこからが嘘なのか、よく分からない。未だにクロードさんについては謎の部分が多い…。でも、それなのに、不思議と彼に対して疑心暗鬼にならないのも事実だった。
読んで下さり、ありがとうございました。