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塔の王女と金色の術  作者: 立花柚月
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塔の王女と薬師

最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

あたしはいつも、一人だった。塔の中で、窓枠に四角く切り取られた空を見上げ、ただ雲が流れていくのを見るだけの、そんな日々。近くには真っ白なお城があるけれど、伸ばした手はどうしてもそこには届かない。近くにあるのに、たどり着かない。それが、悔しくて、何でだろう、って思っていて…。でも諦めていた。


この世界に生まれる人には、必ず一つ、能力がある。それは、人によって様々だ。ある者は空を自由に飛び、またある者は植物と会話ができて…。けど、この国の王女として生まれたあたしには、そう言った能力が一つもなかった。何一つ、持っていなかったのだ。そして、そのせいであたしは小さなときからこの塔に住んでいる。お城の傍にあるのに、ほとんど誰も寄りつかない、そんな場所があたしの家だった。一応、必要最低限のものはお城の人が持ってきてくれているけど、このままだとここで一生を終えそうだ。そんな予感がする。それに、あたしを知っている人もほとんどいないし。…だから、あたしは、半ばここから出ることを諦めていた。――その日までは。


「……王女って言うから、もっと高飛車な人かと思ってた。…正直、予想外。普通、王族ってもっと何て言うか…、自信に満ち溢れてる感じの人なんじゃないのか?」

ある日突然、あたしの前に現れた人はあたしを見て真っ先にそう言った。あたしは何も言えず、ただその人を見つめ返した。失礼だとかそういう感情より、…そもそもこの人は誰だろう?という疑問の方が強かった。ここに入れる、ってことはお城の関係者なんだろうけど…。あたしはそう思いつつ、その人をじっと見た。濃い紺色の髪と、薄い青の瞳。その表情はどこか気だるそう。白衣を着ている。…医者か薬師?かな?そこでようやくあたしはその人に言った。

「……誰、ですか?あたし、あなたの、ことを、見たことがない…んです、けど」

普段まともに喋っていないせいで上手く言葉が出なかったが、何とかそれだけ言うことができた。すると、その人は丁寧に、恭しくお辞儀をした。さっきまでの態度と違いすぎて、少し戸惑った。

「はじめまして。ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。隣国、ナテロ国から参りました、薬師のクロードと申します。以後お見知りおきを。アシュリア王女殿下」

やっぱり薬師なんだ。でも、薬師…?何で?疑問が更に増えた。自慢じゃないけど、あたしは今まで一度も風邪をひいたことがない。要するに、非常に健康だ。そんなあたしのところに何故、来たんだろう。あたしが首をかしげると、クロードさんが、まるであたしの疑問に答えるかのように言った。

「俺は、国王陛下に命じられ、今日からここに配属されました。今日からよろしくお願いいたします」

はい…!?聞いていないよ、そんなの!!国王陛下直々のご命令なら絶対、あたしのところにもそういう連絡が来るはずなんですけど!!それを言いたかったが、普段出すことのない声は上手く出てくれない。だから、あたしはただ口をパクパクさせることにしかできなかった。さすがにあたしもこの人の役目には察しが付く。要するに、監視みたいなもの。あたしは特に悪いことはしてないと思うんだけど…。国王陛下の意図が全く分からない。逃げださないように見張りたい、ということ…?そもそも、あたしを監視するような人員がいるならばその人たちをもっと他に回せばいいのに…。けど、恐らく今は既にこの命令は下った後だと思う。それを何の力も持たない一王女のあたしが覆せるわけがないので、あたしは早々にその薬師の存在を受け入れるしかなかった。どうしてこんなことになったのか、全く分からないまま…。


だが、結局何も聞けないまま、それから一週間が過ぎた。クロードさんは気まぐれに塔に来ては、適当に一人で話していく。全く、薬師という感じはしない。というか、話し相手?あたしは半分話を聞いて、もう半分は聞き流していた。クロードさんはそんなあたしを気にせずに、ただ話している。でも、何故か話題が出尽くすことがない。すごく喋るのが好きなのかもしれない。それに、あたしは何も質問とかをしていないのに、疑問に思ったことを読み取ったかのようにそれについて話してくれることも多かった。どうして分かったんだろう、といつも不思議に思っている。…というか、本当にこの人、薬師?何か…、イメージと違う。それに、監視役らしいことを何もしてないし。かなり気になったので、その日あたしは、たぶん初めてクロードさんに話しかけてみることにした。

「あ…の、クロードさん、質問、しても…いいですか?」

やっぱり、言葉が上手く出てきてくれない。そのせいでこれだけの文を言うのに自分でもびっくりするほど時間がかかってしまった。だが、クロードさんは何も言わずにその文章を言い終わるのを待ってくれた。そして、あたしがそう言い終わった後で何かを考えた後、いつも持って来ている四角い箱から何かを取り出した。そして、それをあたしの方に放ってくる。あたしは慌ててキャッチした。…けど、これは一体?あたしがまじまじと投げられた粉っぽいものが入った袋をじーっと見ていると、クロードさんは解説してくれた。

「それは、喉とか声にいい薬。ずっと喋ってなかったならそれを飲んでからの方がたぶん会話しやすい」

…この人、本当に薬師だったんだ。こんなところでそれを実感してしまった。あたしがお礼を言うのも忘れてクロードさんをまじまじと見ていると、クロードさんは水まで持ってきてくれた。何から何まで申し訳ない。あたしはまだ声が出づらいので、ただぺこりとお辞儀した。すると、クロードさんは少し笑って、まるで子どもにするかのように、いい子いい子、というようにあたしの頭を撫でた。…もしかしたら、意外と優しい人、なのかもしれない。そう思いつつ薬を飲む。ちょっと苦かったのですぐに水で飲みこんだ。けど、苦いものは苦い…。どうやら、苦さが残るタイプだったようだ。

「…で?質問って?そもそも、王女殿下が俺に話しかけてきたのって、最初に会った日以来だな…」

ちょっと嬉しそうなクロードさん。…いや、それには理由があって。喋るのが苦手、って言うのもあるけど、恐らくクロードさんは監視役だから、変なことを報告されても困るな、って思ったから…。けど、何でもない会話なら、別にいいのかな。そう思って、あたしはクロードさんに尋ねた。

「…じゃあ、これから、は、色々質問した方が、いいですか?」

そう質問して気付いた。確かに、さっきよりも話しやすい。まだちょっと流暢ではないけど…、先ほどよりは断然いい。薬ってすごいな…と感動した。一方、クロードさんは満足したような表情をしてうなずいた。…それは、何に対してのうなずきなんだろう…?あたしの質問に対してなのか、それとも、薬の効果に満足しているのか…。けど、クロードさんはそれに関しては何も言わず、質問の内容を聞いてきた。

「あ、えっと、単刀直入に言うと、クロードさんって、監視役ですよね?その割に、何も、していなさそうだと、思って…。それが、少し気になって…」

すると、何故かクロードさんはあたしの言葉に面白そうに笑った。そのまましばらく笑い続ける。一方、あたしは何でクロードさんが笑っているのか分からなくて、ただぽかんとしていた。

「あっはははは!いやー、申し訳ない。王女殿下って素直な方だと思って。そう思ったら何だか面白くてな。…えーと、何の話だったか。…あ、監視役の話か。じゃあさ、王女殿下、真っ黒な服を着ている人がここら辺をうろうろしてたとするだろう?そしたら、どう思う?」

「えっと…、怪しいです」

あたしは簡潔にそう答えた。他に、何を言えばいいのか分からなかったし、黒ずくめってどう考えても怪しい。しかし、それで正解だったらしく、クロードさんは満足そうにうなずいた。

「その通り。それと一緒だ。いちいち、王女殿下の行動をメモに記録してたら、どう考えても不審者だから、よっぽど頭がぼんやりしてない限りは警戒する。そうだろう?要するに、監視しているのがばれないように監視している、ってことだ。分かったか、王女殿下?」

あたしはこくりとうなずいた。そうは見えないけど、一応あたしのことを監視してるんだ…。でも、どうしてだろう?何かとがめられるようなことをしたこともするつもりもないんだけど…?それが不思議すぎる。だけど、あたしがそれを聞くと、クロードさんは一瞬無表情になった。そして、少しあたしを憐れんでいるような表情で首を振った。

「…このことについては、王女殿下は知らない方がいい。…世の中には、王女殿下みたいな純粋な方が知らない方がいいようなことが、たくさんある。…それを、忘れてはいけない」

クロードさんは、とても悲しそうだった。その理由は分からない。けれど、その言葉はとても切実で…。だからあたしは、それ以上は何も聞かないことにした。でも、何故だかクロードさんのその表情は、いつものクロードさんとは全然違う。だからこそ、あたしは何か違和感を覚えて…。無性にそれが気になった。


そんな感じで話しているうちに、あっという間に時間が過ぎ、クロードさんが帰る時間になった。クロードさんはその頃にはいつもの調子を取り戻していて、どこか気だるげに帰っていった。…のに、その直後にまた戻ってきた。…??一体、何があったんだろう?あたしが首をかしげると、クロードさんは先ほどのように四角い箱から粉の入った袋を取り出した。そして、箱の中に一緒に入っていた紙にさらさらと何かを書くと、セットにして渡してくれた。受け取ってから気付いた。…これ、さっきクロードさんがあたしにくれたのと同じ薬。…でも、全部もらっちゃっていいのかな?

「声が出づらい時に飲んどけ。それと、一日に数回は話す相手がいなくても声を出しておいた方がいい。その薬については、ほとんど必要な人がいないから遠慮しないで全部もらっとけ。じゃあな、王女殿下」

そう言って、さっさとクロードさんは再び塔の玄関へと向かった。…早い。と、そこで気付いた。あたし、クロードさんに何もお礼を言ってない!!けど、呼びかけようとして上手く言葉が出なかった。どうやら、まだ大きな声は出せないみたい。だから、あたしは慌ててクロードさんの白衣の袖を引っ張った。

「…?!どうした、王女殿下?薬は遠慮しなくていい、と言ったはずだが…」

あたしは首を振った。そして、上手く言葉が出ますように、と心の中で願いつつ口を開いた。

「そう、じゃなくて……。この薬、…ありがとう!」

最初の言葉は途中で止まってしまったけど、一番伝えたかった言葉はつっかえずに言うことができた。ちゃんとお礼を言えたことが、すごく嬉しい。一方、クロードさんは驚いたような表情をしていたが、やがて照れたようにそっぽを向いて言った。

「…まあ、俺は薬師だからな。適切な薬を処方するくらい、当然のことだ。別に、礼を言われるほどのことではない」

そう言いつつも、クロードさんはあたしにちょっと笑って、颯爽と塔を出ていったのだった。…やっぱり、クロードさんは優しい人みたいだ。

読んでくださり、ありがとうございました。

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