9.素材収集の合間に起こる事
「ノッエルー! 聞いたよー! 戦士様とデートしたんだって!?」
「ミーシャ……」
ノエルがギルドや商店を訪れた日から十日。
情報とは早いもので、翌日には二人が並んで街を歩いていたことが噂になり、彼女の加工店を訪れる様々な人から色々と聞かれたり温かい眼差しを送られたりと地味に大変な目に合う羽目になっていた。
そして今日。朝早くから親友の襲撃を受ける事となったノエル。
少し前からミーシャが仕入れの手伝いで別の町へと出かけていたことは聞いていたが、まさか帰ってきてすぐに突撃されるとは思ってもいなかった上に、気心が知れた相手に聞かれて簡単に動揺が漏れ出てしまう。
「デートではありません。商店やギルドを訪れた後に歩いていたら暴漢に囲まれそこをレオさんがたまたま通りかかったので助けてもらっただけです」
「待って待って。ノエル怖い。そんな真顔で早口とか」
「……………」
「おやぁ? まさかまさかの!?」
「……気のせいです」
「なにが―とは言ってないんだけどなー。ノエルちゃんは何を考えたのかなー?」
「!」
人の気持ちの機微には聡いミーシャがニシシと笑う横で、いつもの無表情ながらもほんのり顔を赤くし目をそらすノエル。その表情は、初めて淡い気持ちを抱いた少女そのもので。
『ほんとにノエルはかわいいよね~』と、からかった元凶であるミーシャはひとりごちで思うのだった。
ちなみに、ノエルが冒険者ギルドに出した依頼はレオ達パーティーが受けることになっていた。
というよりも、最終的にはギルドからの正式な討伐依頼ということで出されたものをパーティーが請け負う形で話がまとまってしまったのだ。
依頼達成の際にギルドに行ったノエルがリーシアから聞いた話によると、実は最初からギルド的にも彼らに依頼を出したかったそうなのだが、たかだかフォレストエイプの討伐に上級冒険者は予算的に高額で難しいという結論になった為に、冒険者たちが戻る時期を待つ姿勢だったらしい。
しかし関係各所より西の流通路が使えないと困るという突き上げが、日に日に厳しくなり悩むギルド側。
そんな中、ノエルの依頼を受けるという形でフォレストエイプの討伐に向かうとレオが伝えたところ、渡りに船と喜び、最終的にはノエルの依頼料に上乗せという形でギルド依頼に変更されていた。
最初はそのギルドの姿勢に呆れつつも、ノエルのためならと快くフォレストエイプの討伐依頼を受けたメンバー。そして、依頼から一週間後には討伐が完了して現在は流通路が順次戻りつつある。
おかげで彼女が欲しかった素材も揃い、直接のほうが早いからと素材を届けに来たレオは、いつも通りの不愛想な態度だったが、以前より空気が柔らかくなったと感じるノエル。
そのため、今のノエルは研磨剤に使う素材の仕込み作業の真っ最中だった。
以前は午前中に自身が受けた依頼、午後には魔石加工だった一日の流れも、新しい仕事は制限しつつ午前の時間を目一杯使って各素材を研磨剤調合の時に使えるように加工していく。
『シベラの花の仕込みは終わった。アルロームの葉も届いたその日に加熱処理をしたおかげで、無事に乾燥できて粉末化はもうすぐだし……あとはリラングの牙か。削るには時間がかかるけど、一気にやってしまいたいから明日かな……残りはヒチ草の草液を増やしておくか……』
効率よく作業をこなしていく為に、ここ最近の彼女の脳内は常に稼働中。手を休めることなく動かしつつ、加工作業をしながら使い終わった素材を片づけまた次の素材を出したりと一人工房でせわしない。
いつもならきちんと片付いている工房も、机の上には魔石や薬草に魔物の一部などか散らかり、棚の下には使った器具が山積みで、その忙しさを物語っていた。
そんな中、作業机の前にある素材棚に置いてある木箱を開けるとヒチ草の在庫がほんの僅かとなっていた。
『しまった……』
このノエルが慌てたヒチ草は、研磨剤には欠かせない素材の一つだ。この草をすりつぶして出てくる汁を研磨剤に混ぜると他の素材が調和されやすくなり研磨の精度が上がるため、どの加工作業でも必ず使われている一つな上に研磨剤には必須の素材だった。
街の外や街道など、探せばわりかしどこにでも生えている草なのだが、如何せん加工したときに出てくる液が少ないので量が必要となる。大きな工房の見習い職人たちが総出でヒチ草のを集めている姿は、この街の外の森でよく見かける姿でもあった。
『と言うことは、後でいっらしゃるミリエラさんにお伝えして明日の午後の時間にヒチ草を集めに行行こう……魔石加工は大分落ち着いてきたから、研磨剤を少し優先しても大丈夫……』
そうして、他の材料の加工作業に戻るノエル。
午後からやって来たミリエラに明日の件を伝えると笑顔で了承され、心置きなくヒチ草集めに向かうこととなった彼女であった。
翌日、午前の作業を終えたノエルは動きやすい服装で街の東門へと来ていた。ここ最近は工房に籠りきりだった彼女の頬をなでる風が、熱を含んだものになっていたことに、季節が変わる早さを感じて少し驚いてしまう。
そうして歩きながら街を見やれば、いつの間にか街に並ぶ木々の緑が濃くなり、極彩色の花々が並ぶ街並みに半袖の服を着た人々が目に入る。
改めて夏の到来を感じ、併せて森での採集だからと動きやすくもある程度はしっかりと着込んできたことを後悔する瞬間だった。
そうこうしているうちに門を出るために並んでいた人の列は進み、彼女の番となる。
「こんにちは」
「おやお嬢さん、久しぶりだね」
何度もヒチ草や他の薬草を手に入れるため森へと向かうノエルは門番とも顔なじみであった。軽く頭を下げると、相手も手を上げそれに答える。
「いつものかい?」
「はい、ヒチ草が切れそうなので早めに集めておきたくて」
「お嬢さんなら大丈夫だと思うけど、まぁ気を付けて。夏が近づくにつれてやはり魔物たちの動きは活発になる傾向があるからね」
「ありがとうございます」
そうして門を出ると草原が広がり、その奥にうっそうと木々が並び集まっている場所が見える。その森の入り口を目指して歩き始めるノエル。同じように森へと向かうらしき大きな籠を持った若い職人集団がいて、その流れに混じって向かっていく。
少し経って雑木林に着くと、後はただひたすらヒチ草を集める時間だった。
葉先が丸くなり、地面を這うようにあちらこちらで群生している濃い緑のヒチ草を、見つけては集め見つけては集めとただただ繰り返していく。元来こういった単純な繰り返し作業が好きなノエルも、暑さで倒れないようにと休憩を取りながら順調に集めていった。
「ふぅっ……」
思わず声に出して一息つくノエル。気づけばある程度の量が集まり、持ってきた籠も溢れんばかりになっている。
『これだけ集めればしばらく持つかな……』
そう考え、籠を手に持ち帰ろうかどうかを考えた瞬間。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
どこからか男の悲鳴が上がり、彼女は体をこわばらせた。