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5.金の戦士



「…………っ!」

「ノエルさん! 無理はしないで下さい!」


 ふわふわと魔力を扱う時に現れる光が、心なしかいつもよりも荒くノエルの周りに浮いている。


 カウンターの向こうでは、脂汗をかき苦しそうな顔をしているノエルを見て、ミリエラが思わず立ち上がっていた。彼女の表情にも焦りが表れている。




 あれから十日過ぎ。フノスガルドの工房で、ノエルは時間の許す限り魔鉱石の加工に取り組んだ。最初はノエルに魔鉱石を預け、何度かメンバーが確認に来るという方法を提案されたが、ノエルがそれを拒否した。


 とても貴重な魔鉱石の為ノエルだけでは管理が不安だという事で、基本的にはパーティーメンバーが店に持ってきた時だけ加工する方法を採用したのだ。


「万が一、何かが合った時に責任が取れません。盗みに入られたりでもしたら……」

「あら、大丈夫ですのに。私たちがノエルさんに頼んでいることは、冒険者ギルドや加工師協会の皆様もご存じでしょうし。それでも何かあった場合は、ね? うふふ」

「……っ」


 ミリエラのその笑顔がとても恐ろしかったと、後にノエルは語る。




 そんなこんなで始まった魔鉱石の加工である。魔鉱石の加工は、自身の魔力を石に流し込み、石が持つ魔力を安定させる原型造りから始まる。小さな魔心石や魔鉱石なら一日もかからずに終えることが出来る作業で、魔力が十分入りきった感覚は、加工師が経験として覚えていく。


 そして、それと同時に魔鉱石の表面に自身の魔力を纏わせ整えていくのだ。不思議なもので、最初は鋭く歪な形をしていた石が整い始めると、楕円や正六角形などそれぞれが持つシンメトリーな形へと変化し落ち着いていく。


 ここで依頼者から希望の形があれば、加工師がそのように削っていく。あまりにも形がかけ離れていると加工が難しくなるが、それすらも可能にしてしまうのが熟練加工師の腕の見せ所ともいえた。


 貴金属のように必ずしも一つの工程を終えたら次、という訳ではない。魔力を流し込み、纏わせ、石と対話しながらその時その時のより良い方法を模索していくことが加工師の仕事であった。


 そうしてノエルも特大の魔鉱石と向き合い、魔力を送り込み続ける。


 だがしかし、また今日も遅々として進まない。最初の段階ですら終わりの見えない現状にノエルは自身の未熟さを痛感していた。


『大丈夫。落ち着いて。もう一回』


 心の中で自分に言い聞かせ、何度も取り組む事が唯一の道であった。




「ノエルさん、お疲れ様です」

 

 今日、魔鉱石の管理係としてお店に持ってきたのはミリエラだった。あれから更に数回、魔鉱石と向き合ったノエルが、立ち上がったタイミングで声をかける。顔が真っ赤になり、汗でぐっしょりとしているノエルを見るミリエラの表情は心配そのものだった。


「ミリエラさん。……すみません、今日もあまり進められずに……」


 自身の実力不足を痛感し、悔しさが声に滲み出るノエル。


「お気になさらないでください。無理を言ってお願いしているのはこちらですし、その為の滞在日数ですから」


 心配そうな声ながらも、ミリエラは柔らかく笑った。


 そう、あれから上級パーティーメンバーである彼らは逗留場所を長期滞在用の物件に切り替えた。お金がかかるというのも、もちろん理由の一つではあったが、ノエルが時間を気にせず仕事に取り組めるように……という彼らなりの配慮も含まれているのであろう。


 その気持ちに報えないことに申し訳なさを感じつつ、ほんの少しだけ変化した魔鉱石をノエルはミリエラに手渡す。


「では、また明日。大変かとは思いますが、よろしくお願いします」

「はい」


 そう言い終えて、いつも通り出ていこうとするミリエラ。しかし。


「……あぁ、そうだ」


 不意に彼女が振り返る。


「ノエルさん、おひとつ伝えておかなければいけないことがあります」

「はい、なんでしょうか?」


 言いにくそうに切り出した彼女の顔は、珍しく苦いものになっていた。何かしてしまっただろうかと不安になりつつ次の言葉を待つ。


「実は明日、その、今までご紹介できなかったメンバーがお店に来ることになります」

「以前、修練場にいるとおっしゃっていた方でしょうか」

「あら凄い、よく覚えてらっしゃいますね。……ええ、悪いやつではないのですが、なんというか粗暴と言うか、ガサツと言うか、印象が強いと言うか、野蛮と言うか。最初は驚くかもしれませんが、決して悪気があっての態度ではなく、昔からそんな性格でよく周りからも勘違いされて、まぁ本人もそれを直す気がなく、いくら私たちが注意しても……」


 止まらないミリエラの言葉に、思わず慌てて割り込むノエル。


「ミリエラさん、安心してください。お客様に対してでしたらどんな方でも大丈夫ですから」

「あぁ、そのお言葉を聞けて安心しました。本当だったらいつも通り他のメンバーが来れたら良かったのですが、生憎とみんなそれぞれ用事があって。申し訳ないですがよろしくお願いします」




 そして翌日、その男が店にやって来た。

 嘘偽りなく言うなら、ミリエラの言葉は誇張でもなんでもなかったのだ。




 ガランガランッ!


 いつもなら可愛らしい音を鳴らすベルが、乱暴なにぶい音を鳴らす。


「……おい、ここが工房か?」


 ドアを小さいと感じさせる体の大きさ。低い声に、威嚇するような鋭い視線。褐色肌に金髪と言う、ここらでは珍しい組み合わせにノエルは一瞬目を見張るが、すぐに自分を取り戻す。


「はい、ここは魔石宝飾加工店フノスガルドです。お客様は……」


 ノエルが最後まで言葉を発する前に、ドンっと大きな麻袋がカウンターの上に粗雑に置かれた。


「ミリエラから話は聞いてるだろう。……早く取り掛かれ」


 そう言うと、男は何も言わず客用ソファに座る。ギギシィと聞いたことがないような音を立てるソファは、まるで悲鳴を上げているようだった。


 不安に思いながらも麻袋を覗くと、いつもノエルが向き合ってきた魔鉱石がその身そのまま入っている。


 『…………!?』


 ノエルが無表情のまま、”こんな貴重な魔石をこんな雑に麻袋に”という声にならない思いの悲鳴を心の中で上げつつも、客と分かったからには何も言うまい。


 大男と対面したせいか少し早まってしまった鼓動を抑え、ノエルは袋から今まで自身が加工してきた魔石を取り出し、作業机の上に置く。ゴーグルをはめ、黒の穴あきグローブをしっかりはめ直すと、深呼吸。石と向き合った瞬間、ノエルの頭は切り替わる。


 そして指先から魔力を注ぎ始めた。


 まずは、ひたすら自身の魔力を注ぐ。にごった橙色が段々と半透明になり、輝き始めたことから無事に魔力が入っていると分かる。一気に流し込んだり、少しずつ流し込んだりと、工夫しながら魔力を隅々まで行きわたらせるように注ぎ続ける。


『本当に。どれだけこの子は私の力を吸い取っていくのか……』


 これだけ向き合い続けた魔鉱石はすでにわが子のような感覚で嫌いじゃない。ゆっくり、じっくり、時間をかけて魔力を注いでいく。


 すると、ようやくある部分から魔力が入りきった手ごたえを感じた。


『掴んだ……!』


 ノエルはそれを見逃さず、今まで単に指先から注ぐだけだった魔力を、手の平全体から行きわたらせるように集中する。そうやって纏わせ始めると、少しずつ形が変化していく。


 パキリ、パキリと鉱石が小さな音をたてて変わっていく。


『慎重に、でも一気に……!』


 魔力が入りきったと思った瞬間、より一層魔鉱石が輝き、光が弾け飛ぶ。そうして、集中して魔力を入れていた部分が完成し、目もくらむように発光した後は、段々と落ち着いていった。


 そうして、魔鉱石から出た琥珀色の柔らかい光が作業場を照らしつつ、ふわふわ漂う魔力の残滓がノエルの周りを包んでいた。


「……はあっ」


 光が完全に落ち着いたことを確認すると、ノエルは一気に脱力し、椅子の背もたれに全身を預ける。目の前には、右上部分の鋭い部分が丸みを帯び、完全に形が変わった魔鉱石。ようやくここまで辿り着けたと、ノエルの口元は自然と緩んでいた。


「はーっ……」


 顔から、体から、汗が噴き出ていると感じる。顔も熱い。邪魔なゴーグルを乱暴にずり下げ、落ち着かない呼吸を全身の力を抜いて整えていると、ふと視線に気がついた。


 そう、先ほど乱暴にソファに座った男が、カウンター越しにノエルを見ていたのだ。


「…………?」

「…………」


 疲れて声の出ないノエルが首をかしげても、男は変わらずノエルを見続けている。自身の顔の火照りを感じながら、作業の光が邪魔だっただろうかと思うノエル。


「……あの、もしよろしければどこかで時間を潰して来て下さっても構いません。最初はみなさん、様子を見るという意味でもお待ちになっていますが、こちらはこうやって作業を行うだけですから」

「……邪魔か?」

「え? ……いえ、私は」

「なら問題ない」

「はぁ……」



 それから。その男がよくやって来るようになることを、今のノエルは知る由もなかった。

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