4.冒険者たちとの出会い
チリンチリンとドアについているベルが軽やかに鳴る。
「すみません。魔石加工店のフノスガルドはこちらで間違いないでしょうか?」
少し開いたドアから、妙齢の女性が顔を覗かせる。ノエルはゴーグルを胸元に下げ、カウンターの外へと向かい出迎えた。
「はい。こちらで大丈夫です」
「あぁ、よかった。ギルドから紹介されてきたのですが……中に入っても?」
「どうぞ」
すると、ドアを開けてぞろぞろと数人入ってきたことにノエルは驚く。てっきり、依頼があった女性魔術師だけが店にやって来るかと思っていたからだ。
「あなたがノエルさんですね」
先頭にいた女性がにこりと微笑む。
「私が今回依頼をさせて頂きました、ミリエラと申します」
深紫色の長い髪がサラリと揺れる。本当に上級冒険者かと疑いたくなってしまうくらい、彼女はたおやかで落ち着いた印象だった。
「いきなり大勢で押しかけてすみません。驚いたことでしょう? 万が一、依頼を受けて頂いた場合メンバーが入れ替わりで何度も訪れる事になるかと思いまして、挨拶だけは先にと思ったのです。以前、別の街で依頼した時は大変だったものですから」
コロコロと笑うミリエラ。すると、少し体を横に向け後ろにいる面々を紹介し始めた。
「まずは、リーダーのアッシュ」
「よっ。検討してくれてありがとな。だけど無理はすんなよ?」
他のメンバーより少し年長という雰囲気の男性が、片手を手を上げて挨拶する。淡い茶色の柔らかそうな髪がその動作とともに跳ねる。
「そして、剣士のシン」
黒髪黒目。整った顔立ちの細身の男性が、ほんの少し頭を下げる。彼が帯刀している剣が、その職業を物語っていた。
「そして、治癒師のマリア」
辺りをキョロキョロ見回していた栗色の髪の少女が、ゆっくりとノエルに視線を合わせる。
「初めまして、ノエルさん。とても素敵なお店ですね」
マリアが発したその言葉を聞いた途端、メンバーの空気が少し緩んだようにノエルには感じられた。なんとなくそう感じられただけなので実際のところは分からないが。
「もう一人メンバーがいるのですが、今日は所用で来られなくて。機会が合った時にご紹介させて下さいね」
こくりとノエルが頷いたことを確認すると、ミリエラ以外のメンバーはドアへと向かう。
「じゃ、俺達は草原に行ってくるから、閉門の時間頃に蔦這亭に集合で」
「分かりました。レオには?」
「朝伝えてある。あいつならギルドの修練場な」
そうやって三人が去ると、ノエルはミリエラを来客用ソファに案内する。カウンターの上に用意しておいたお茶を準備し、机の上に置く。その間、工房の様子が珍しいのかミリエラはあちらこちらを興味深そうに見ていた。
「ありがとうございます」
二人で温かいお茶を飲み一息つく。茶葉の香ばしい香りが辺りに広がり、リラックスした空気を広げていた。そんな中、話を先に切り出したのはミリエラだった。
「では、本題に入らせて頂きますね」
カップを置くと彼女はニコリと笑う。
「ギルドから多少話は伝わっているかと思いますが、改めて。お話を聞いてくださって本当にありがとうございます」
「いえ。話を聞くだけなら。まだ受けると決まった訳ではないですし……」
控えめにノエルがそう伝えると、ゆるく首を振るミリエラ。
「それでもです。きっかけがなければ何も始まりませんから」
すると、彼女は姿勢を正しノエルに向き合った。
「……その、まず、最初にお伝えしておきたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「今回、依頼させていただくにあたって女性加工師という条件をギルドにお伝えしてしまいました。その件で少し……誤解を与えてしまった可能性があると人づてに聞きまして」
申し訳なさそうに彼女はそう語る。差別的な要因だろうかとノエルはぼんやり考えた。
「私たちにその意思がなくても、聞く人によっては……その……」
「大丈夫ですよ。私自身、あまり気にしていませんから」
「本当に申し訳ありません。冒険者をしていると、そういった機微に疎くなってしまうようで」
安心した表情ながらも、彼女のほんの少し困った顔はそのままだった。
「……その、なぜ女性加工師と?」
ノエルがそう質問すると、その問いかけは予想どおりだったのかミリエラは言い淀むこともなく答える。
「はい。それは、私たちの個人的な方針に関係しています」
それまで真摯に話していたミリエラが小悪魔のように笑う。
「実は、私たちのパーティーのちょっとした決まりがありまして」
「決まり……?」
「ええ。少しおかしいと思われるかもしれませんが。……もし、マリアが意見を言った時には彼女の意見を優先して聞く、というものなんです」
マリア、というとあの優しく幼げな治癒師の女性の事かと思い返すノエル。
しかし、彼女が? 我を通すような人物には見えなかったが。その思いは表情を通してミリエラに伝わったのか、彼女はお茶を一口含むと柔らかく話し始めた。
「不思議なもので、彼女は普段あまり自身の意見を言わず、私たちが決めることを受け入れることが多いのです。しかし、時として何かを意見した時は折れることがほとんどありません」
「……はぁ」
「最初は私たちも戸惑っていましたが、彼女が意見したことに従うと不思議と上手くいくことに気づきました。難しいと言われていた依頼を幸運続きで解決出来たり。失せ物や探し物を見つけることが出来たり」
「……予知の力みたいですね」
「そんな仰々しい物じゃありませんよ。本当にたまにやって来る勘のようなもので、彼女自身の意思で操作できるわけでもありませんし。……私たちは”マリアの気まぐれ”と呼んでいます」
困ったような笑顔でミリエラは続きを話す。
「最初に訪問させて頂いた工房では彼女を納得させることが出来ませんでした。理由を聞いても何となくという返事しか返ってこなかったのです。酒場でメンバーが顔を合わせて悩んでいると、ふと、マリアがこう言いました。『女性の加工師の方に頼みたいです』と」
「それで……」
「詳しいことはギルドの方にお願いしました。それでも、縁あってノエルさんをご紹介頂き、こうしてお会いして話す機会を作って頂けたのですから、マリアの気まぐれの効果があったのではないかと感じております」
それが先程の、とても素敵なお店発言につながるのかと納得するノエル。空気が変わった感覚も間違いではなかったのであろう。
「そう言った訳で、女性というのは方便で、そう言えば私たちが求める加工師の方にお会いできるといった内内の理由なんです。せっかく魔石加工が盛んなラトリティシアに来たのだからと、褒賞の加工依頼をしたのもほんの思いつきですし。本当にご気分を害されていなければよいのですが……」
「重ねて申し上げますが、精霊様に誓って気にしてはおりません。私自身、気にする性格でもないですし」
「……ありがとうございます」
「あの、むしろ私にそんな事を私に伝えてしまっていいのですか?」
「そんな事……あぁ、マリアの気まぐれのことですか?」
「はい」
「ふふ、ノエルさんには依頼者の守秘義務があるでしょう? それに万が一何かあっても、私たちは上級冒険者ですから」
ミリエラがそう言って笑った瞬間、ノエルの背中にゾクッとした恐怖が走る。この人の逆らってはいけない。本能でそう感じたノエルはうなずくだけで精一杯だった。
「ではまず、依頼に必要な物をお見せしなくては始まりませんね」
そう言ってコロっと笑うミリエラからは、先ほどの恐ろしい気配が消えていた。そして彼女の手には白いくたびれた袋が。その中に手を入れ出した瞬間。
ゴトッと鈍い音と共に、机の上には人の顔と同じくらい大きな魔鉱石が置かれていた。
『これが噂に聞く魔導収納袋』と頭の中で驚きつつも、ノエルの目は出された魔鉱石に釘付けになった。
まずその大きさ。改めて見ても、子供の頭くらいはあるかと思われる。今まで加工師として働いてきた中でも、ここまで大きな魔鉱石を見たことがなかった。
鋭さも、触ることを躊躇うくらいに棘が多く、さすがレイザス山から採れた中でも褒賞となった魔鉱石と納得せざるを得ない。
何よりもその暴れ馬のようなエネルギー。触れもせず、ただ見ているだけで魔力を感じられるような石との出会いはノエルにとって初めての経験だった。
「……触れても、大丈夫でしょうか?」
ノエルの問いかける声が少し震えてしまったのは仕方がないだろう。
「もちろん」
ミリエラはニッコリと手を魔鉱石の前に広げる。
ノエルが、恐る恐る緊張した手でそっと魔鉱石に触れた瞬間。
感じる。その魔力の大きさ、うねり。
しかし、それは決して攻撃的な魔力ではなく、包み込むような暖かな魔力の流れであった。
「……期間は紅月までなので、三か月程を予定しています。もし、ノエルさんが引き受けて下さるというのであれば、わたくしたちは万全の態勢でお手伝いをさせて頂きますよ。はっきり言って、こうした突然の依頼は加工師の方たちにとって負担にしかならないという事は分かっておりますので」
魔鉱石に触れ、魔鉱石に夢中になっているノエルの前でミリエラが優しく語る。
この仕事が難しいという事は頭で分かっている。だけど……。
「やります」
気づけばノエルの口からは言葉が飛び出していた。
やってみたいという気持ちが溢れ、加工師としてのプライドが心の奥底でうずいている。
契約成立。
この日、ノエルの新たな挑戦が始まった。