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2.突然の依頼


 公国ラトリティシア。


 ノエルたちが住むこの国は、大陸の中でも比較的北西にある小さな国である。しかし、その小ささにも関わらず鉱山資源は豊富で、更には安定したダンジョンも有していた。


 鉱山から採れる鉄などの鉱石。

 いわゆる魔石と呼ばれる、ダンジョンの魔獣から取れる魔心石と、魔力が豊富な土地の山などから採れる魔鉱石。

 そして、それらを安定して供給できるだけの資金や販路を持つラトリティシアは、属する多くの街が鉱石産業で生計を立て、魔石研究に関する分野で発展を遂げてきた国だった。


 街へと入る検問所では魔石商品をやり取りをする商人が行きかい、港では他国へ輸出する鉱石関連の積み荷が多く見かけられ。街を歩けば原石や加工商品を販売する商店が立ち並び、路地裏には加工工房があちらこちらに点在していた。


「……はぁ……」


 そんな街の片隅で、魔石加工師として働くノエルは、朝から作業机の前でため息をついた。いつもなら、小粒魔石が届いた翌日には朝から嬉々として仕分け作業に取り組む事が多い彼女だがその様子もなく。代わりに机の上には小さな羊皮紙が置かれていた。

 

 そう。これこそが本日のノエルのため息の原因である。




 事の起こりはミーシャが元気よく帰って行った後にまで遡る。


 二人でお茶を飲み他愛もない話を終えると、彼女は笑顔で手を振りながら商会へと帰って行った。

 

 やれやれと一息ついたノエルは、クリスタ作成に使った道具を元の位置に片付け、小粒魔石の袋を戸棚の中にしまう。最後にレイザス山の魔鉱石を棚にそっと置いて、無表情ながらも頬を染め、思わずうっとり見つめていると。


 あっという間に時間は過ぎ、遠くで昼時に鳴らされる三の鐘が響き始める。


 すると、誰かが店の前の階段を上ってくる様子が窓から見えた。ほんの少し間をおいて、ドアにつけられたベルが音を鳴らす。


「店主のノエル殿はいらっしゃいますか?」

  

 そこには初めて見る長身の男性が立っていた。薄汚れた雀色のマントを羽織っているその人物は、くすんだ金の髪とグレーの瞳が落ち着いた印象を与える。そして、マントの右胸にはシルナバルの葉と剣をモチーフにしたブローチをつけていた。


「……はい。私が店主ですが何か?」

「ああ、よかった。いらっしゃいましたか。私は冒険者ギルドから来たエドガーと申します。今、お時間よろしいでしょうか?」


 マントにつけたブローチ。それは、正式なギルド員のみが付けられる証。

 ノエルは頭を巡らせ、この後は特に依頼も予約もなかったと思い返す。


「大丈夫です。よろしければどうぞこちらへ」


 立ち話もという事でエドガーに来客者用ソファを勧め、自身も小さなテーブル越しに、対になっている椅子に腰を掛ける。エドガーはマントを脱ぎ、ソファの背に掛けると、ゆっくりと座った。そして、頭を軽く下げ話を始める。


「改めまして、冒険者ギルド所属のエドガーと申します」

「ノエル・フォーサイスです」

「……ノエルさん。いきなり率直な話になってしまって申し訳ないですが、今日はあなたに依頼したい事があってやって来ました」

「私に、依頼ですか?」


 冒険者ギルドが直接私に? ノエルの頭に疑問が湧く。


「はい。レイザス山に向かっていた採掘隊が戻ったことはご存知でしょうか?」

「……えぇ」


 ちらり、とカウンター向こうの作業場の棚に目をやるノエル。つられて目を向けたエドガーも、棚にある橙色の石を見つけ、その目を見張った。


「……説明は不要のようですね」

「はい」

「では、少し長くなってしまいますが、聞いて頂けますか?」


 苦笑いをしたエドガーが、少し躊躇った様子を見せつつもノエルを見据える。ノエルがこくりとうなずくと、エドガーは続きを話し始めた。


「今回あなたにお願いしたいことは、とある魔鉱石の加工です」


 ノエルの目頭がピクリと動く。話の流れからいい予感はしない。


「今回の採掘隊の中に、上級ランクの冒険者パーティーが参加していました。無事に戻り報酬を分け終えたところで、そのメンバーの一人である女性魔術師殿が、今回の参加褒賞である魔鉱石の加工をこの街で依頼したいと言い出したのです」


 それはあり得る話であろうとノエルも頭の中で納得する。

 

 まだノエルが購入した魔鉱石は、手の平よりも少し大きめのサイズで、自然ならではの鋭い形もそれ程でもない。しかし、採掘隊まで派遣して手に入れた上で褒賞となった魔鉱石ともなると、溢れだす魔力や形の鋭さから、そのまま持って移動する事が難しくなる事は容易に想像が出来た。


 大きさもどれほどの物なのだろう……など、ノエルが色々と思考を巡らしていると。


「その……隠さずに言ってしまいますと。ギルドからは最初、街で一番大きな加工工房に依頼を出すことを提案しました。何と言っても上級ランクのパーティーですからね。でも、そのですね……」


 先程までよどみなく続いていた話が、急に詰まり始める。


「工房での話し合いに向かった後で断られてしまい、次の希望として女性の加工師を……と仰られたのです」


 困った顔で申し訳なさそうに伝えるエドガーを見て、ノエルはそういう事かと理解した。


 エドガーがノエルに伝えた通り、通常、上級ランクの冒険者の魔鉱石加工となると大きな工房に依頼することがほとんどである。昔からの縁や、身内の伝手でという場合を除いて、ノエルのような街の小さな加工店に依頼が入ることはない。それでも、ノエルに依頼が来たという事は何かしらの理由があるであろうことは踏んでいた。

 

 ましてや、女性加工師とは人によって差別の対象となっている。最近ではそう言った偏見の目をなくそうという動きも確かにあるがまだまだ根深い意識は変わりきれていないのが現状だ。


 ノエル自身は気にしていない。しかし、まだまだ周囲の目がある事は否定できない事実で。


 最大手の工房では断られ、次点の希望が差別の対象ともなり得る女性加工師。それを本人に伝えるエドガーが、言い淀んだ理由も併せて合点が言った瞬間だった。


「そこで、加工師協会に問い合わせをしたらあなたをご紹介いただきました。実績もあり人柄も信頼できるということで」


 エドガーの言葉に、ノエルの顔がほんの少し朱色に染まる。その様子を見てにこやかに微笑んだエドガーが、姿勢を正し話を続ける。

 

「ただ、魔術師殿ご本人もこれは自身の我が儘であるし、ノエルさんの負担になってしまうことも本意ではないと仰っています。それに想像しかできませんが、一つの鉱石を加工するにも、多大な労力や時間が費やされてしまうのでしょう? 現在請け負っている依頼との兼ね合いもあるでしょうし。……それでも、もし可能なら一度会ってみてはいただけないでしょうか?」


 真摯な顔でそう言い切ったエドガー。今まで話していた雰囲気から、女性加工師であるノエルを下に見るという事もなく、真剣に職務に取り組んでいる様子がうかがえる。


 勿論、負担と言う点に関しては、はっきり言ってノエルが得をする部分がない。自分が調整してきた請け負えられる仕事量に加えて、魔鉱石の加工を行うことになるからだ。


 だけど、好奇心がノエルの心を傾けさせた。


「……お会いしてお話を聞くだけなら可能です」

「本当ですか!?」


 その喜びようは大型犬が尻尾を振っているようで、場の空気が一瞬で明るくなったように感じられた。エドガーはそのニコニコした表情のまま、胸ポケットから冒険者パーティーについて書かれた羊皮紙を取り出しノエルに大まかな説明を始める。その姿勢はまさに正規ギルド職員。抜け目がない。




 あらかた説明も終わり、帰ろうとするエドガーを入口まで見送るノエル。扉の前でマントを羽織り整えると、エドガーは改めてノエルと向かい合った。


「ノエルさん、今日は本当にありがとうございました。本来でしたら加工師協会を通してからと、手順を踏んでお話するのが筋だとは思うのですが……。時間が限られていた為に、いきなり直接という形になってしまいました。重ねてお詫び申し上げるとともに、改めて感謝いたします」


 そう言い切ると、頭を下げるエドガー。いくら変則的な形になってしまったとは言え、公的な職員がここまでする理由がノエルには不思議に思えてならない。


 ふと、気づいた時には思っていた素朴な疑問を口に出していた。


「その……ギルド職員の方がそこまでしてなぜ?」


 すると、今まで真面目と言う雰囲気だったエドガーがすこしおどけたように笑うと、ノエルに顔を近づけ耳元でこっそり呟く。


「今回、上級冒険者の方々が参加してくれたおかげで採掘隊の人的被害が最小限に抑えられたんですよ。おまけに言えば、早めに帰って来れたおかげでその他にかかる費用も大幅削減……と別の面でも助けられたり。まぁ、ここで彼らに恩を売って置けば、今後何かにつながる可能性もなくはないかという上の判断もあるでしょうけどね。内緒ですよ?」


 実直そうなその人柄に見えてもやはりギルド職員。損得勘定はきっちりしているというべきか。


 夕暮れ空の中、宵闇の街へと去っていくエドガーの背中をぼんやりと見つめながらノエルはそんなことを思っていた。




 そして今日。その冒険者パーティ―との顔合わせ時間が近づいている。


 起きたばかりはまだ大丈夫であったが、元来人見知りのノエルは緊張で胃が痛くなってきていた。いつもより、ほんの少しきつく眉間に皺が寄っていることに気が付くのは、師匠やミーシャくらいなものであろう。


「……がんばるしか、ない」


 店に静かに響いたノエルの小さな決意は、誰とも聞かれることもなく静かに工房に溶けていった。

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