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1.フノスガルド魔石宝飾加工店

初投稿です。よろしくお願いします。



「うわぁ! おねぇちゃんすごーい!」


 カウンターから身を乗り出した少女の嬉しそうな声が店内に響き渡る。


 そのビー玉のような瞳には色とりどりの光が映しだされ、ふわりと浮かんだ石が光に包まれている様子を一生懸命に見つめていた。


 数秒後、光がゆっくり収まったかと思うと重力に負けた石がコツンと音を立てて机に転がり落ちる。作業をしていた人物がゴーグルを首元にずり下げ、ふうっと一息吐いたかと思うと少女に顔を向けた。


「……はい、出来上がりました」


 そう言って立ち上がり、汗をぬぐいながら作業場から出てきたのはノエル・フォーサイス。この魔石宝飾加工店の若き女主人である。 


 銀色の髪を雑に一つに束ね、ダボッとした作業着に身を包み、女性には不釣り合いな角ばったゴーグルを首からぶら下げているその姿はお世辞にも素敵とは言い難い。


 しかし、自身の姿に無頓着なのか一切気にした様子を見せず、彼女はただ手にはめていたグローブを外した。


「間違いはないと思いますが、一度ご自身の手で確認をお願いします」


 そう言うとノエルは、窓近くのソファに座っていた母親に透明の石を差し出す。彼女はそっと手に取ると、窓から差し込む光にその石をかざした。小さな魔力の揺らぎが光に透けて、静かに輝いている。


「……うん、大丈夫。問題ないわ」

「アンにも見せて! アンにも!」

「はいはい。大事に触るのよ」


 両手を合わせて、器のように手を丸めたアンの手の平に母親は石を乗せる。石を手に乗せてもらった瞬間、「わぁ」とほっぺたを赤く染めたアンの口から喜びの声が漏れ出た。


「ではアン、仕上げをお願いします」

「アン、大丈夫? 出来るかしら?」

「うん! がんばるね!」


 両手で石を握り胸元で抱きしめたアンが深呼吸し、目を閉じて集中する。


「えいっ!」


 そうして勢いよく魔力を注ぎ込んだ瞬間、彼女の魔力を感じた石が一瞬強く発光し、その後ゆっくりと落ち着いていった。


「おねーちゃんどう!?」


 不安そうな様子でノエルに石を差し出すアン。ノエルが自身の魔力を石にそっと流し込んでみると、石がきちんと淡く光り、問題ないことを確認する。


「……はい。完成です。上手に出来ましたね」


 ほんの少し口角を上げそう伝えると、石をアンに渡すノエル。我慢しきれずといった顔で、アンが喜びの声を上げた。


「っっ! これ! わたしのくりすた!」

「そうね。あなたのクリスタね」


 そう笑いあうと、母娘はにっこりノエルを見上げた。


「ミーシャちゃんからお話は聞いていたけど、本当に凄腕の加工師さんなのね。ノエルさん、素敵なクリスタをありがとう」

「おねーちゃん! ありがとうございますっ!」

「……いえ。お客様に満足して頂けたなら幸いです」


 その後、料金の精算を終えると、ノエルはクリスタを革紐で簡単に結びアンの胸に下げる。嬌声を上げ、喜びに溢れる少女と、手を繋ぎながら帰って行く母親を、ノエルは扉の外まで見送った。




 ここは、フノスガルド魔石宝飾加工店。街の片隅にある小さな魔石加工工房兼販売店である。


 店主であるノエルは、若いながらもきちんとした仕事ぶりゆえに、人々からの評判は上々で。いわゆる街の魔石屋さんとして日々の生活に使う魔石の加工を多く頼まれていた。


 そんな彼女の唯一の欠点と言えば、その表情の乏しさ。腕は確かながら、あまりの表情の変化のなさに、周囲の人間からは”氷の加工師”とも呼ばれ誤解を招くことも。


 そんな無愛想とも見える態度が、店をやっていく上で問題の原因となることも少なからずあったが、真面目に根気強く周りとの関係を作り上げてきたノエル。そんな風に続けてきたこの店は、彼女にとっては宝ともいえる大切な場所であった。




 そんな今日は、頼まれていたクリスタ作りの仕上げの日。慣れた仕事の上、きちんと下準備もしていたし、アンの魔力の扱いにも不安はなかった。それでも、無事にアンの為のクリスタを作成できた安心感からか、店に戻ったノエルはつい来客用のソファに腰かける。


「……ふぅ」

「ノエル! いるーっ!?」


 そうして一息ついた瞬間。大きな音を立て、扉を壊しそうな勢いで開けて入ってきたのは、赤毛の髪を高めの位置で一つに結んだ小柄な少女だった。扉に付いているベルが、普段聞けないような鈍い音を立てて大きく鳴り響く。


「あ! いた!」

「……ミーシャ、勢いよくドアを開けるのはやめて欲しいと前もお願いしましたが?」

「あれ!? そうだっけ? まぁ、気にしなーい気にしなーい」


 ぷらぷらと顔の前で手を振りながら近づいてくる、彼女の名はミーシャ・エトランゼ。


 小麦色の肌に大きなエメラルド色の瞳。すらりとした手足にその明るい性格から人気者の彼女は、街でも有数の商会の一人娘である。


「なんでそんなとこに座ってるの? 作業机の前にいないの珍しいね?」

「今、ちょうどアンジェリカへの納品が終わった所でしたから」

「あぁ、アンちゃんの! 今年洗礼式だもんね」


 洗礼式とは、ここシャールヴィ地方に古くから伝わる神事で、毎年5歳になった子供が教会に集まり成長を祝う神事に参加する行事のことだ。


 そして、そこで必要となる物が先程ノエルが作っていたクリスタと呼ばれる魔石を加工した石である。子供が自身の魔力を込めた魔石を身に着け、神官の前で祈りの言葉を捧げ、魔力をきちんと扱える年齢になったことを示す。


 その為、親が子の生まれた季節に合う魔石を用意し、依頼された加工師が子供の為のクリスタを心を込めて作り上げる。加工師として大事な仕事の一つだった。



「それで? 今日の用事は何でしょうか?」

「もーっ! ノエル固い! もっと親しみを込めて!」

「…………」

「はい、ゴメンナサイ。えっと、今日は依頼があった小粒魔石二袋とね……ふっふっふー!」

「?」

「前から依頼されていたレイザス山の魔鉱石をお持ちしましたー!」

「!」

「ノエル、そう見えないけど、実はけっこう感情だだ洩れだよね」


 ミーシャはにやにや笑いながらそう言うと、身に着けていたバッグから手の平よりもやや大きめの橙色の魔鉱石を取り出した。


 その大きさ、その輝きに、ノエルは胸のときめきを感じずにはいられない。やはり天然の魔鉱石なだけあって、いつも商会から購入している一般的な石よりも刺々しい形をしていて、強いエネルギーを感じる。


 しかし、だからこそ強力なアイテムを作り上げることが可能となり、その歪な状態から美しく加工する事も加工師の腕の見せ所と言われていた。


「持ってみて、持ってみて!」

「……凄い。さすがレイザス山の魔鉱石。魔力も豊富ですね」

「ノエル、そんなこと分かるの!?」

「分かる……と言うか、感じると言うか……」

 

 レイザス山とは街から北西部にある山で、魔力が豊富なことで有名だ。その影響で周辺に生息している魔物も強い種が多く、山から魔鉱石を収集するとなるとかなりの労力が必要だった。


 その為、そういった場所から回収できる魔鉱石はとても貴重で、年に数回大規模の採掘隊が派遣される時でないとなかなか手に入らない。更に、多くは大手の商会や冒険者など、買い手先が決まっていることも多く一般の加工師まで流通することは少なかった。


「……本当にこれ、私が購入してもよいのですか?」

「あー、いいっていいって。お父さんにもノエルならって言われたし、我が家はノエルに恩返ししなくちゃいけないしねー! 気にせず使ってちょうだい。もちろん、料金はしっかり頂くけど」


 へたくそなウインクと一緒に、親指を立てて胸を張るミーシャ。ワザと愉快なポーズをとって、ノエルの気持ちをを軽くしようという考えが伝わってくるのは友人だからだろうか。


「……ありがとうございます」


 ほんの少し、ノエルはぎこちなく微笑んだ。


「あー! ノエルかわいいぃーーーー!!」

「……ミーシャ、ですから抱きつくのは……」 


 ケラケラと笑うミーシャに仕方ないと思いつつ、ノエルは自身の目線より少し下にある彼女の頭を困った様子で見つめるのだった。

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