第8話「金魚の糞」
神谷さん達にひまりを紹介して部室に行くのを見送ったあと、僕も鞄を持って教室を出ようとした時だった。
「なぁ、ちょっといいか?」
「うん、どうしたの?」
そう声をかけて来たのは、バスケ部でエースの三鷹くんだった。その隣に居るのはサッカー部でエースの木嶋くん。
この二人はスポーツの活躍ぶりも凄く、恵まれたルックスも相まって、女子人気が高くてとても有名だった。そんな二人が仲良いとなれば尚更のことだ。
「お前、掛川さんと幼馴染って聞いたんだけど、本当か?」
「うん、そうだけど……それがどうかしたのかな?」
そう三鷹くんが言ってきたけど、それが僕に関係あるのかな?
「連絡先知ってるだろ? 教えてくれよ」
それで僕に声を掛けて来たのかと用件については理解した。だけど、メッセージアプリには掛川さんの連絡先なんて入ってなかったから、僕は否定した。
「僕、掛川さんの連絡先知らないよ?」
「は? 嘘だろ? 幼稚園から一緒で金魚の糞みたいに付き纏ってたとか聞いたけどな。その程度の関係だったのかよ……使えねぇな〜」
「ご……ごめん」
僕はこういう風に威圧してくる人が嫌いで萎縮してしまう。
掛川さんのことは周りにそんな風に見えていたのかと意外だった。
「まぁしょうがなくね。嘘ついてるようには見えねぇし。じゃあ花菱さんの連絡先教えてくれよ。さっきスマホで何かやってたの見てたから言い訳出来ねぇぞ」
そう切り出して来たのは木嶋くんだった。
「えっと……ひまりのは知ってるんだけど、やっぱり本人に許可取らないで勝手に教えるのはよくないと思うんだよね。それにおんなじクラスだから、直接本人に聞いた方がいいんじゃないかな?」
「……は?」
「何だお前」
空気がピリッとしたのが伝わってきたと同時に、思い切り三鷹くんに胸ぐらを掴まれた。
僕は何で二人が怒ってるのかが理解できなかった。
わざわざ僕を間に挟んで連絡先を聞くなんて、女子人気の高い二人なら直接教えてもらえるだろうと、疑いすらしていなかったから。
まだ教室には人も残っていたことから、そんな険悪なやり取りを感じ、静寂の中でみんなの視線は僕たちに向いていた。その時。
「おい、止めろよ」
低く、相手を威圧するような声。その声だけで相手の戦意を喪失させてしまうような声色が教室に響き渡る。
声の主は僕の席の真後から、その男の子は僕達に近付いてきて三鷹くんを睨み、僕の胸ぐらを締め付けている右手を掴んだ。
「お……お前には関係ないだろ? 士道」
「俺の前の席に座ってるこいつはこれから俺のダチになるんだが? 関係なくはないだろ?」
二人はかなり萎縮していた。僕はこの人を知らないけど、たぶん有名な人なんだろう。
「とりあえず握り潰されたくなかったら、その手を離してくれないか?」
血管の浮き出た士道くんの手に力が込められるのが見て取れたと同時に、苦痛の表情を浮かべて三鷹くんは僕の胸ぐらを離した。
「っ〜!? ってぇなぁ! これでバスケに影響出たらお前のせいだって、お前の顧問に言いふらすからな!」
「勝手に言ってろ。そん時は女に連絡先聞いたけど断られて、惨めに他の男を頼って暴力使って脅してるクソ野郎がいたから、気持ち悪くてつい撫でてしまいましたって言ってやるから」
「〜てんめぇ!?」
「お、おい! 止めとけって」
相手が悪過ぎると木嶋くんが三鷹くんを制して、二人は帰って行った。
*****
「あ……ありがとう! 士道くん!」
「気にすんな」
そう言って優しく微笑みかけてくれた。
カッコ良すぎて、一瞬男でも惚れてしまうと思ったその思考を振り払った。
「あの、士道くんがさっき言ってたのって……?」
「あぁ、そのまんまの意味だよ。掛川と花菱は絶対に男に連絡先を教えないって有名だからな」
「そ……そうなんだ。だから僕にわざわざ訊いて来たのか」
だけどまた違う疑問が浮かび上がってきた。じゃあどうして、ひまりは僕に連絡先を教えてくれたのかな? 今度訊いてみようと思った。
「俺は士道拳生だ、よろしくな」
「うん、僕は横峯修司です。よろしく」
「知ってるよ。お前は有名人だからな」
「え? そうなの?」
僕が有名人なんて初耳だった。
これについても今度詳しく訊いてみようと思った。
「修司の連絡先聞いてもいいか?」
「もっ、もちろん!」
そして連絡先を交換したあと……士道くんは言い辛い表情を浮かべて……モジモジして照れてるような雰囲気を醸し出した……。
「あ……あのさ、修司……」
「うん?」
士道くんが僕の耳にコソコソと耳打ちして訊いてきた。
「修司の姉さんの連絡先、俺に教えてもいいか訊いてみてくれね?」
「……え」
僕の思考が停止した。