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薔薇の令嬢は夢を描きたい

 

 

 

 

 

 こんなに心穏やかな休日はいつぶりだろう?

 いや、学園に行かなくていい分平日よりも穏やかではあるのだが、兄弟たちと顔を合わせる可能性を考えると常にひやひやしていて完全に穏やかとは言い難かったのだ。

 しかし、今日は家族が誰一人として屋敷内にいない。


 穏やかだわぁ。超穏やか。


 薔薇のお世話を一通り終えた私は、心の中でそんなことを呟きながらあの水の魔石をぼんやりと眺めている。

 キラキラと輝く様がとても綺麗で、眺めているだけで癒されるのだ。

 そう、眺めて癒されているということは、砕かず削らずまだ魔石の姿のままここにあるということ。

 私にこれを砕いて削る勇気は、やっぱりなかったから。

 折角品種改良の素材にしてください、って言ってくださったのに。

 しかし温室内にこの魔石を置くようになってからというもの、薔薇たちがとても元気に育っているような気がする。

 いつもより早く咲く気がするし、量もたくさん咲いているから。

 純度の高い水の魔石には植物の成長を助ける力でも備わっているのだろうか?

 だとしたら、やっぱりこの魔石はこのままここに置いておいたほうがいい気がする。

 ……まぁ、このままここに置いておきたいだけのこじつけみたいな考えでもあるのだけれども。

 そこまで考えて、ふと思う。

 私は魔石について知らないことだらけだな、と。

 そもそも魔石の粉を使う頻度は高いけれど、使う時は粉として売ってあるものを買うか採取するかのどちらかなのである。魔石そのものは値が張るから。

 採取するときは最大でも砂利程度の大きさの魔石にしか遭遇しない。

 それもこれもやっぱり魔石は値が張るから。

 魔石がその辺に転がっていたとしたら誰かが拾って換金しちゃうし。

 だから、こんな手のひらサイズの魔石を手にするなんてこれが初めてなのだ。


 実際のところ、魔石ってどんなことが出来るんだろう?


 生まれ持った魔力の容量が小さい人の手助けをしてくれるという話は聞いたことがある。

 しかし自分の周りにそんな人がいなかったので実際に使われているところを見たことはない。

 便利な道具に使われているという話も聞いたことがあるけれど、どれも基板に組み込まれているとかで表面上では見えない。

 そして便利な道具は便利な道具として使っているだけなので見えない基板について考えたことなんてなかった。

 おそらく私が知らないだけで他にももっとたくさんの使い方があるのだろう。

 もしも、私がさっき考えたように、魔石に植物の成長を助ける力があるのだとしたら……品種改良の幅が広がったりしちゃうのでは?

 よし、明日から図書館に通って魔石について調べよう。

 可愛い薔薇たちのためになるのなら、私はどんなことでも出来る!

 あと図書館は静かだから、きっと魔力ゴリラも来ないし魔力ゴリラが付きまとっているフォルクハルト様だってこない。


「クレア様、お茶の用意が整いました」


 温室の外からメロディが呼んでいる。

 さっき昼食をとったばかりでは? と思い時計を見ると、昼食からゆうに数時間が経過していた。


「ありがとう、メロディ」


「いいえいいえ。今日は誰もいませんから、裏庭のガゼボでお茶にしましょうね」


「いいわね」


 あとで裏庭の少し先にある裏山に行くつもりだったので丁度いい。


「あ、メロディの分もある?」


「え?」


「メロディも一緒にどうかな、って。ダメかしら? 誰もいないなら、咎める人もいないだろうし」


「私もご一緒していいのですか?」


「メロディが嫌じゃなければ」


「じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ」


 メロディはそう言って悪戯っぽく笑ってくれた。

 少し前まではこんなこと言わなかったけれど、あの首の引っ掻き傷事件以降少しずつメロディとの会話を増やしていたりする。

 あの時のメロディの手のぬくもりが忘れられないからかもしれない。

 あの時に寂しさを痛感したからかもしれない。

 あの時までは、皆に嫌われているんだから別に一人ぼっちでも構わないと思っていたのに。

 メロディに迷惑をかけてはいけないって分かっているのだけれど、どうしてもメロディに縋ってしまう。


「クレア様? 準備出来ましたよ」


「ありがとう」


 こうして晴れやかに笑ってくれていて、迷惑そうなそぶりを見せないでいてくれるメロディには感謝しかない。


「……お菓子、豪華ね?」


 テーブルの上に広げられていたのは、有名店の焼き菓子だった。


「クレア様、このお店のお菓子好きですよね」


「好き、だけど」


 そりゃあ美味しいから好きだけど、このお店は王都のど真ん中にある人気店である。

 結構な人込みをかき分けて行かなければならないし、日によっては行列が出来たりするらしいので買うのも一苦労だと聞いたことがある。


「知人にいただいたんです」


「知人」


「はい。ただの知人ですので受け取るかどうかも悩んだのですがクレア様が好きなお店のお菓子だったので、つい」


「とても親切な知人さんなのね」


「うーん」


 メロディが心底不服そうな顔のまま首を捻っている。

 いや苦労して買ったものを、しかもこんな豪華なものをくれる知人なんて親切に決まってるじゃん。

 友人ならともかくとして。


「あ、そうだクレア様、黄色と紫色の薔薇は咲きましたか?」


「あぁそうそう、たくさん咲いたの。だから今回はたくさん出せるわ」


「本当ですか! わーい!」


 黄色と紫色の薔薇というのは、新種でもなんでもない私が普通に育てている薔薇である。

 実はその薔薇を、少し前から近所のお花屋さんに出荷している。


「クレア様の薔薇を使ったブーケ、とっても評判がいいんですよ!」


 出荷された薔薇はそのお花屋さんの手によってブーケにされている、らしい。

 私が育てている薔薇であるということを伏せているので私は現物を見たことがないのだけれど。


「それは嬉しいわ」


 私が可愛がって可愛がって育てた薔薇が誰かを喜ばせているのなら、それは心から嬉しいことだ。


「黄色の薔薇を使ったブーケを買って飾ったお店はとても繁盛するようになったとか」


「そうなの?」


 そう言いながらくすくすと笑えば、メロディは「笑い事でもないんですよ」と力説を始めた。


「そのお店、潰れちゃう寸前だったんですよ? 閉店を覚悟した店主が奥様にお詫びとしてブーケを買って帰ったら数日後には大繁盛!」


「へぇ……」


「紫色の薔薇のブーケだって、病気のおばあ様のお見舞いに持って行ったら数日後には回復したそうですし」


 偶然では。そのおばあ様のご病気がそれほど酷いものではなかった、とか。


「まだまだ他にもあるんですよ! 信じてませんね?」


「えぇ、まぁ」


「なんで!」


 怒られた!


「いや、偶然なんじゃないかな、って」


 私がそう言うと、メロディは首をぶんぶんと横に振る。


「大繁盛したお店の噂を聞いた別のお店の店主が『黄色の花を飾ればいいのか』って言って別の花を飾ったけど効果はなし」


「うん」


「紫色のブーケを飾れば病気が治るのかもしれない、って言って紫色のブーケを飾ったけど効果なし、って人もいました」


「うんうん」


「でもクレア様が育てた薔薇を使ったブーケを飾った人は皆幸運に恵まれているんですよ!」


「幸運」


「結婚を申し込むときに赤い薔薇のブーケを贈ったらすぐに結婚が決まった上に早速双子が生まれたって人もいましたし!」


 その話を聞いてふと思い出す。

 前世で雑誌とかの裏に『私はこのブレスレットを買って大金持ちになりました』とか言ってる謎の胡散臭い広告が載っていたなぁ、と。


「薔薇を飾っただけで」


「薔薇、じゃなくて、クレア様が愛情を込めて育てた薔薇を飾ったからですよね」


「あ、え……まぁ確かに愛情は込めているけれど」


 そりゃあもちろんこの上ないほどの愛情を込めている。

 温室だから誰に聞かれることもないし、と挨拶も欠かさないしたまに話しかけたりもしているし。

 ……でも、やっぱり私が育てた薔薇を飾ったからというのはこじつけな気がしないでもない。


「クレア様の愛情をたっぷり貰って育った薔薇が、貰った人に幸運をもたらしているんですってきっと」


 メロディが夢見る乙女のような顔をしている。


「じゃあ、メロディもお部屋に飾ってみる?」


「え、いいんですか?」


「たくさん咲いたから、好きな色の薔薇でブーケを作ってみたら?」


 メロディの瞳がキラキラと輝いた。そして言うのだ。


「一番攻撃力が高そうな色ってどの色ですかね!?」


 と。 

 誰に攻撃するつもりなのだろうか。……雑魚かな。


「……まぁ、強いて言うなら黒かしら? 黒はどの色も食いつぶしてしまうから」


「いいですねぇ、黒。おしゃれだし、雑魚程度なら食いつぶせそうですし」


 やっぱり雑魚だったかぁ。


「じゃああとで持ってくるわ、黒い薔薇」


「ありがとうございます! クレア様が育てた薔薇をいただけるなんて!」


 メロディはとても喜んでくれている。

 これがお世辞だったとしても、嬉しいな。


「……でも大丈夫? 黒よ? 花言葉だって不吉だし」


「不吉なんですか?」


「恨みだとか憎しみだとか」


「クレア様、私のこと恨んでたり憎んでたりします?」


「しません」


「じゃあ大丈夫です」


 大丈夫か?


「他にも、あなたは私のものだとか決して滅びることのない愛だとか、執着心の強い花言葉もあるけど」


「私は昔からクレア様専属侍女ですし、私からクレア様への愛は永遠に滅びませんし大丈夫です!」


 大丈夫なんだ。


「……メロディは、私がずっと一緒にいてって言っても、迷惑じゃない?」


「迷惑なわけないじゃないですか!」


「じゃあ……もしも、私が、隣国に行きたいって言ったら……ついてきてくれる?」


「行きます!」


 何しに行くのか確認もせずにまさかの二つ返事である。


「隣国に、何をしに行くんですか?」


 今確認するんかい。


「もっと品種改良の勉強がしたくて」


「なるほど! いいですね。勉強のためとなると長期間になるし、雑魚を蹴散らすのに失敗したとしてもここを離れれば……」


 ついてきてくれる気満々な上にぶつぶつと黒薔薇の花言葉も霞むほどの不吉な言葉を呟きながらあれこれ算段を立てている。なんとも心強い。


「あれ、でも勉強のために隣国に行くんだとしたら、婚約者が邪魔じゃないですか?」


 平然と邪魔って言ったー!


「……まぁ、その、留学するには婚約者やそのご家族の許可が必要で……許可なんて取れる気はしないんだけど」


「ですよねぇ。婚約者……あれはさすがに雑魚と一緒くたに考えるわけにはいかないから……」


 よかった、公爵家の人たちもまとめて雑魚扱いするわけではないみたいで。

 いや「あれ」って言ってる時点でちょっとヤバいけど。


「でも、クレア様にとっての障害を取り除くのが私の仕事ですもの。頑張りますね!」


 何をどういう方向で頑張ろうとしているのかは、怖くて聞けなかった。


 その後、黒い薔薇を数本手渡すと、メロディは本当に本当に喜んでくれた。

 そして出荷するためのたくさんの薔薇たちを見て、改めて喜んでくれる。

 それを見て思う。

 今までは薔薇を育てることだけを自分の喜びや幸せとしていたけれど、こうして人を喜ばせることもいいものだな、と。


 この先私に待ち受けているのはおそらく婚約破棄だろうし、公爵家から捨てられた子爵家の娘なんて誰も必要としないだろう。

 そうしたら、隣国で品種改良の勉強をして、そしていつか遠く離れた町で小さなお花屋さんを開くのもいいかもしれない。

 愛する薔薇たちを育てて、その薔薇で少しだけ人々を幸せにしたりして。


 よし、やっぱり留学する方向で模索しよう。

 明日からは留学する方法を探すのと魔石の勉強の両方に力を入れるんだ!





 

ブクマ、評価等いつもありがとうございます。

そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。

来週はメロディ視点です。


誤字脱字報告ありがとうございます!


誤字の件、クレアさん末娘設定なのに妹居るやんって話だったんですが、元は末娘設定だったんであのめんどくせぇ妹も初期設定では姉でした。

でも書いてる途中で「これ妹にしたほうが鬱陶しさ増すんじゃね?」と思って急遽変更したんですよ。

いやほんとすみません。ありがとうございますそしてすみません。

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