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第二王子は助けたい

第二王子視点です。

 

 

 

 

 

 この国の第二王子として生きてきて、他人にここまで激怒されたことがあっただろうか?

 いや、なかった。


「ごめんて」


 俺は部屋の中央にあるソファに座ったまま、部屋の隅に置かれた机に向かってペンを走らせている男に声をかける。


「……」


「なぁフォルクハルト。ごめんて」


「ごめんと思ってるならあの女を一瞬で消す方法を今すぐ考えろよ」


 これは完全に、心の底から激怒している。

 半径5キロ程度なら余裕で凍り付かせることが出来そうな眼力と、地の底を這うような声色で分かる。

 尋常じゃないほど激怒している。


「……色目を使われた気分はどうだ?」


「使われてない使われてない」


 俺はぶんぶんと勢いよく首を横に振りながら弁明する。

 しかし彼は一切納得しようとしない。

 魔力を吸収する結界で完全に囲まれていて魔法を一切使うことが出来ないはずのこの部屋の中でも魔法を使いだしそうな顔をしている。危ない。


「俺はただ廊下でぶつかっただけだし大した会話もしていない」


「……」


 無言の圧力が強い。


「いや本当に」


「……当たり前だ。あの子はお前に色目なんか使わない」


 そのわりには圧力がかかりっぱなしなのだが?


「俺にも色目なんか使わない……」


 かわいそう。この消え入りそうな声がそこはかとなくかわいそう。

 かわいそう、といえば。


「その話は置いておくとして。早く対策を考えなければ、あの子の立場がどんどん悪くなってるな」


 あの子、というのはフォルクハルトの婚約者であるクレア・ローラットという女の子。

 ローラット子爵家の娘で、とても気弱な大人しい子だ。

 気弱で大人しいからこそ、立場が悪くなったところで自分ではどうすることも出来ずにどんどん孤立していっている。


「考えてるよ」


 考えているけれど、今のところどうすることも出来ていない。それは俺もフォルクハルトも同じだ。


「あと、あの子、留学したがってるみたいだったよ」


「留……学……?」


「確か婚約者がいると留学は出来ないはずだけどな。まぁ婚約者からの許可さえあれば出来るが、こちらとしてはあの子を国外に出すわけにはいかないので許可は出さないでほしい」


 万が一フォルクハルトが許可を出したところで、フォルクハルトの父親である公爵殿にも許可を出さないように釘を刺すつもりなのだが。


「出さないでほしいも何も、あの子が俺のところに来るわけないだろ」


 かわいそう。この消え入りそうな声がそこはかとなくかわいそう。本気で。


「……一応婚約者だろう?」


「一応、な」


 そう言ったフォルクハルトの目が完全に死んでいた。

 フォルクハルトの目が死んでしまう理由は、なんとなく分かっている。

 俺とフォルクハルトは遠い親戚というか悪友というか幼馴染というか、とにかく幼い頃から仲が良かった。

 そして第二王子と次期公爵という立場上、お互い友人が作りづらかったこともあり二人でいる頻度はとても高かった。

 だから、ずっと前から知っている。フォルクハルトがあの子、クレアちゃんをものすごく好きなことも、クレアちゃんがフォルクハルトに対してなんとなく怯えていることも。

 とはいえ、クレアちゃんが怯えているのはフォルクハルトだけではない。

 俺にも怯えているし、おそらくそこらへんの人間すべてに怯えている。

 まぁ、原因はおそらく悪辣クソ爺でおなじみの彼女の祖父なのだろうけれど。

 ひどい仕打ちを受けていたらしいし。


「なぁマーヴィン」


「ん?」


 ふとフォルクハルトに声をかけられたので、そちらへと視線を滑らせる。

 するとそこには相変わらず激怒したままのフォルクハルトがいる。……いやいやいやさっき一瞬落ち込んでたのになんで急に怒りがぶり返した?


「お前、クレアとぶつかったって言ったよな」


「え? あぁ、うん、まぁ」


「……俺だって、もう何年もクレアに触れてないのに……」


 知らねえ。


「ぶつかるのと触れるのとではえらい違いだと」


「大した会話もしていないっつったな? ってことはちょっとした会話はしたってことだな?」


「……いや」


「俺だってここ最近クレアの声すら聞けてないのに!」


 ごめんて!!

 情緒不安定か!

 と、思っていたら、フォルクハルトは机に突っ伏して頭を掻き毟り始めた。


「……婚約なんて、本当はするべきじゃなかったのかもしれない」


「えぇ……」


「俺の醜い片想いがクレアにここまで迷惑をかけるとは、あの頃の俺には分からなかった……いや、分かってはいたんだよな。でも、どうしても、クレアを誰にも盗られたくなかった。お前にも」


「盗る気なんてないし、その件についてはこちらにも」


「分かってる」


 そう呟いたフォルクハルトは、深く大きなため息を零す。

 そして苦し気に眉根を寄せた。


「好かれたいだなんて贅沢は言わない。けど……嫌われたくない。でもこのまま迷惑をかけ続ければ絶対に嫌われる。そうなれば俺は二度と立ち直れないし、その先、生きていける自信がない」


「フォルクハルト……」


「クレアの気持ちを無視して無理矢理婚約した天罰が下ったんだろうな。……でも、天罰が下るなら俺だけでいいだろう。なんでクレアがあんな目に遭わなきゃならないんだ」


 頭を抱えるフォルクハルトを見ながら考える。

 正直なところクレアちゃんは、本当にとんでもない目に遭っている。

 学園に入学する前は表立って攻撃してくる輩はいなかったし、入学直後に攻撃してきたどこぞの伯爵家の娘にはフォルクハルトが裏から手を回してクレアちゃんに二度と近付かないようにと釘を刺していた。

 そこまでは、俺もフォルクハルトも想定内だった。

 そりゃあ公爵家の嫡男と平凡な子爵家の娘との婚約だ。気に入らない奴は多いだろう。

 未来の公爵夫人の座を狙う女たちにとってクレアちゃんはただの邪魔者でしかないわけだから。

 それが分かっていたから、俺もフォルクハルトも全力で盾になっていた。

 入学前に婚約式を済ませた二人は学園を卒業すればすぐに結婚する。だから卒業まで彼女を守り通せばいい。そう思っていた。奴が現れるまでは。


「はぁ……」


 フォルクハルトの大きなため息が室内に響く。


「問題は、あの得体の知れない女の子なんだよなぁ」


 俺の言葉も、妙に響いた気がした。


 最近、神々に愛された娘だとか言われ出した妙な女の子がいる。

 その女の子はフォルクハルトにご執心で、婚約者がいる身であるフォルクハルトにべたべたとまとわりついている。

 それだけなら、どこぞの伯爵令嬢に釘を刺したように、簡単にあしらえる存在だったのだ。

 いくら神々に愛された娘だからといって婚約者がいる男にべたべたするもんじゃない、そう言って。

 しかしそれが出来なかったのは、彼女が隠し持っている魔法のせいだった。

 彼女が持っている魔法、それは「魅了」だ。

 その魔法は、かつて古の時代に存在したとされる魔物のみが使えた魔法。人には操れないとされた魔法だ。

 彼女がなぜそんな魔法を持っているのかは分からない。

 そもそもその「魅了」がどんな魔法なのかもあまり分かっていない。

 古の時代に関する文献にちらっと載っている程度の魔法だったから。


 ちなみに俺とフォルクハルトがその知名度の低い魔法の存在を知っていたのは、数代前の神官長である通称"じっちゃん"が魔物の研究者で、俺たちがそのじっちゃんの話を聞くのが大好きだったからだ。

 今となっては話を聞かせてくれたじっちゃんには感謝しかない。

 あいつの「魅了」に気が付いた時はじっちゃんの墓に盛大な供物を持って行ったものだ。


 そして、彼女はその魔法を使って、こっそりと周囲の者を狂わせていった。

 俺は王族の血でその魔法を弾いたし、フォルクハルトも魔法にはかからなかった。フォルクハルトにもわずかながら王族の血が流れているし、今のフォルクハルトには大抵の魔法が効かないから。

 だから「魅了」の存在を暴いて返り討ちにしてやろうと思っていたのだ。

 しかし、それも出来なかった。

 彼女がクレアちゃんに得体の知れない魔法をかけたから。

 いや、かけたというより「付けた」と言ったほうが近いのかもしれない。クレアちゃんにも大抵の魔法が効かないはずだから。クレアちゃん本人はそのことに気付いていないけれど。

 そしてこちらは「魅了」と違って古い文献にすら載っていない、よく分からない魔法だった。

 文献にも載っていないのだから、対処のしようがない。

 対処のしようがないまま彼女を刺激すれば、クレアちゃんの身が危険にさらされかねない。

 そのせいで、俺たちは身動きが取れなくなったのだ。


「どうにかしてクレアちゃんに接触して現状を説明したいところだがなぁ」


 俺がぽつりと呟けば、フォルクハルトがまた大きなため息を零す。


「俺だってそうしたい。でもこっそり接触を試みた翌日から七日も学園を休んだんだぞ」


 そう、フォルクハルトはクレアちゃんに現状を伝えに行こうとしたのだがクレアちゃんのもとには辿り着けず、さらには翌日からクレアちゃんが学園に来なくなってしまった。

 元々フォルクハルトの婚約者であるというだけで風当たりが強かったり、妙な噂を立てられたり、フォルクハルトに別の女がべたべたしていたりという現状を見て嫌気がさして学園に来なくなったのかと思ったし、このまま二度と学園には来ないんじゃないかと思ったが、どうやらクレアちゃんは体調を崩したらしい。


「俺は怖かった。俺や俺の関係者には表情一つ変えないクレアの侍女が血相を変えてあたふたする様子を隠しもしなかったくらいだ……余程具合が悪かったんだろう」


 公爵家の人間に対して表情一つ変えない侍女……噂には聞いているが、やっぱり強いな。


「クレア以外の女と一緒にいるのを見られて嫌われるのも避けたかったが、クレアの身に何かあったらと思うとそのほうが怖かった」


 フォルクハルトの深刻そうな顔を見て、クレアちゃんが死んだら絶対後を追うんだろうなと思った。


「クレア……」


 俺としては、クレアちゃんももちろん心配なのだが、今はフォルクハルトのほうが心配だった。

 何故ならあの女がフォルクハルトの周囲をうろつき出してからというもの、フォルクハルトが心から笑っているところを見たことがないから。

 クレアちゃんといる時や、クレアちゃんの話をしている時のフォルクハルトはあんなにも楽しそうだったのに。

 クレアちゃんの身を守るために、とあの女に対して、適当な愛想笑いを見せてはいるけれど、心からは笑わない。笑えないのだろう。


「はぁぁぁあのクソ女を今すぐ跡形もなく消せる強力な魔法とかどっかにねぇのかな」


 うわぁびっくりするほど口が悪い。

 世間では穏やかで優しい貴公子だと思われているはずのフォルクハルトの口からとんでもない単語がいっぱい出てきた。


「クレアに会いたい。顔が見たい。声が聞きたい……」


「そうだろうなぁ」


「……お前はクレアとぶつかって会話もしたんだったな」


 すげぇ根に持ってるな。事故だっつってんのに。


「クレアちゃんがこの部屋に来てくれればいいんだけどな」


「難しいだろうな。今のところ安全に呼び出すすべがないし、クレアは王宮が苦手だ」


「苦手なのか」


「新種の薔薇を持ってきた時に好奇の目にさらされたのが嫌だったそうだ」


「なるほど……新種の薔薇が咲けばなぁ」


 新種の薔薇さえ咲けば、強制的に王宮に来ることになるんだよなぁ。


「……とにかく、俺はしばらくあの女の隙を探す」


「分かった。俺も『魅了』にかからない協力者を探そう」


「ああ。よろしく頼む」


 フォルクハルトはそう言って深く頭を下げた。


「分かった分かった。じゃあ、この手紙は預かっておくから」


「ああ、重ね重ね悪いな」


「いいってことよ。じゃあ、また学園で」


「またな」


 そう言って、俺たちはその部屋を後にしたのだった。





 

ブクマ、評価等ありがとうございます。励みになります。

そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。


とりあえず謎だけぽいぽい撒いておきますね~(まきびしを投げる絵文字)

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