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薔薇の令嬢は解読したい

 

 

 

 

 

 あれこれ現実逃避を交えつつ考えた結果、記憶と違うことはちらほらあれど、共通点が多いのも確かなので私はいわゆる悪役令嬢に転生した……のかもしれない。

 嫌だなぁ。

 本当に嫌だなぁ。

 転生に気が付いたのがもうちょっと早ければ、もしかしたら悪役らしく振舞える私がいたかもしれない。

 しかし私はもうただの根暗のコミュ障として育ってきてしまったのだ。

 今更ヒロインに嫌がらせを仕掛けろだなんて高度なコミュニケーション能力を要求されたって無理。

 マジで無理無理の無理。

 それなのにヒロインは当たり屋と化しているから無駄に近寄ってくる。

 あれはやっぱり私に悪役として存在することを求めているということなのだろうか?

 ……嫌だなぁ。


 昨夜、メロディに「傷も癒えたようですしそろそろ学園にも行けますね」と言われたので、今日からはまた学園に行かなければならない。

 心の底から行きたくないのだけれど、もう七日程お休みしているのでさすがに仮病も許されない。

 でも、行きたくない。

 今日だけ、今日までお休み出来ないかな……。


「クレア様。どうします?」


「その、今日も……ん?」


 メロディが手紙を持っていた。

 どうやら学園から私宛に届いたものらしい。


「なに……?」


 手紙は担任の先生からだった。

 体調はいかがですか? あなたの元気な姿を見せてください、といった丁寧な文言が並んでいるところを見ると私が登校拒否をしているんじゃないかと心配しているようだった。

 ただ、安心してほしい。

 今日はちゃんと行くから。


「学園に行かなきゃ」


「クレア様、大丈夫なんですか?」


「ええ、大丈夫。なんでも隣国から私宛に薔薇の苗が届いているんですって。詳細は行ってみなくちゃわからないそうだから、急いで行かなきゃ」


 担任からの手紙を読み進めたところ、隣国から私宛に贈り物が届いていて、それが薔薇の苗なのでこちらで枯らさないためにも早めに受け取ってほしい、とのことだった。

 お手紙も添えてあるので詳細は自分でそれを読めば分かるはずだと書いてある。


「クレア様の体調は大丈夫なんですか?」


「大丈夫よ。私なんかのことよりも薔薇の苗よ。お待たせしたら可哀想だわ。行ってきます!」


「お待ちください! 朝食も身だしなみもまだですよ!」


 そうだったわ!


 通常の五倍速で準備を整えた私は、走り出したくなる気持ちを我慢して、職員室へと直行した。


「失礼いたします。ウェラード先生はいらっしゃいますでしょうか?」


「まぁクレアさん!」


 思いのほかすぐ近くにいらっしゃった。

 担任ことベティ・ウェラード先生は美人で頼れるお姉さま系先生である。

 その美貌は衰えることを知らず、新人の頃はもちろんベテラン教師となった現在も学園随一の美女として君臨している。

 しかしなんの弱点もなさそうなこの美女先生、もうすぐ四十歳を迎えてしまうということを気にしているらしい。

 気にしていなそうだし、そもそも綺麗なので気にしなくて良さそうなのに気にしちゃってると知った時はちょっときゅんとした。

 そのギャップ的なものに。


「クレアさん、体調は大丈夫なの?」


「はい、もう大丈夫です」


「そう。良かったわ。心配していたのよ」


「すみません」


 そんなことより早く薔薇の苗を寄越せ。


「あ、そうそうクレアさん宛ての贈り物ね。職員室で預かっておくから放課後に取りにいらっしゃい」


「様子だけ、見せていただいても構いませんか?」


「あぁ、そうね。こっちよ」


 誘われるままについていく。

 すると可愛い薔薇の苗が先生の机の上に鎮座しているのが視界に入った。

 弱っている様子もなく、問題はなさそうだ。


「贈り物に添えられていた手紙はこれ。こっちは先に渡しておきましょうね」


「ありがとうございます」


 受け取った封筒には丁寧な字で『クレア・ローラット様へ』と書かれている。

 差出人は、と思って封筒を裏返してみたけれど、何も書かれていなかった。

 まぁ中に書いてあるだろう、そう思った私は、先生に頭を下げてから自分の教室へと向かった。


 静かに静かに、極力己の気配を消しながら教室へと足を踏み入れる。

 七日もお休みしていたしクラスメイト達の視線がぶっ刺さりかねないから、出来る限り気配を消しておかなければならないのだ。

 当たり屋に見つかりたくもないし。

 出来ればフォルクハルト様にも見つかりたくない。

 見つかりたくないというか見つけたくないというか、私がいない七日の間に当たり屋とフォルクハルト様の距離が近付いてたらと思うと、ちょっと怖い。

 フォルクハルト様を諦める覚悟はしたものの、やっぱり好きな人が別の女とイチャイチャしているところを見るのは心が痛むから。

 薔薇の苗に釣られてのこのことやってきたけれど、来なきゃ良かっ……あ、そうだ、薔薇だ。あの薔薇の種類はなんだったんだろう?

 お手紙に書かれているかしら? と、そっと封筒を取り出す。

 そろりと封を開けて中を覗いてみると……よ、読めない……!

 なんと、お手紙は隣国の言葉で書かれていたのだ。

 宛名がこちらの言葉だったのでてっきり中身もこちらの言葉で書かれているんだろうと思っていた。


 どどどどどどうしよう……!


 隣国の言葉が分かる知人といえば、フォルクハルト様の幼馴染であるこの国の第二王子、マーヴィン・ジェローム・クロフォード様だ。

 知人、というか、以前フォルクハルト様とお話しているときに幼馴染だと紹介されただけで、フォルクハルト様が間に入った状態でしかしゃべったこと……いや、会話自体はしたことないな……ってことは知人じゃないな、これ。

 あれ、どうしよう、隣国の言葉が分かるかどうかを置いておいたとしても、そもそも私に知人がいない……?

 なんて、今気づいたみたいなリアクションをしてしまったが、まぁ私のコミュ障なんか今に始まったことじゃないので別に驚くところではない。

 そもそもマーヴィン様が万が一私の知人枠に入っていたとしても、彼は私が個人的に話しかけていいような人ではない。第二王子様だし。

 それに、まず私には一応婚約者がいるわけだし婚約者がいる女が別の男と二人で会話なんて、他人に見られたら何を言われるか分かったもんじゃない。

 まぁフォルクハルト様は別の女とよろしくやってるっぽいけど。

 ……というわけで、人に読んでもらおうと思うその発想が間違えていたのだ。

 分からないなら、辞書で調べればいい。


 そうだ、図書室に行こう。


 私は上の空のまま午前の授業を受け、ささっと昼食を済ませてから急いで図書室へと向かった。

 滑るように図書室へと入り込み、さっと辞書を手にとる。

 そして図書室最奥の極力人目につかない場所に座る。


 よーし、解読するぞ!


 と、意気込んだのも束の間。

 翻訳という作業は思いのほか難しく、すべて読み終わるのにどれだけ時間がかかるのだろうかと頭を抱えることになった。

 しかし、こんなことでめげている場合ではない。

 何故なら、あの薔薇の種類が分からなければ育て方も分からない。

 育て方が分からないとなれば、枯らしてしまう可能性もある。

 折角いただいた隣国の薔薇の苗、枯らしてしまうだなんて申し訳ない。

 だから、私は頑張らなければならないのだ。この薔薇のためにも。

 自分のために頑張るとなるとあまりやる気は湧かないが、薔薇のためだと思えば不思議とやる気が満ちてくる。


 ……まぁ、やる気が満ちたとしても簡単に解読することは出来ないのだけれど。


 とにかく辞書を借りて、一刻も早く解読を進めなければ。

 この薔薇を枯らさないためにも。そしてこの薔薇が隣国にしか咲かない薔薇だったとしたら品種改良の幅も広がるわけだし、私が頑張って隣国の言葉を覚えれば見たこともないような可愛い薔薇を生み出せるかもしれない。

 あぁ楽しみ超楽しみ。

 まずは放課後、急いで薔薇の苗を受け取ってさらに急いで温室へと戻らなければ。

 見た感じ私が持っている図鑑にも載っていない種類のようだったから、もっと詳しい図鑑を……いや、私が持っている図鑑がこの国で一番詳しいものなのだから……これはやはり一刻も早く隣国の言葉を勉強して図鑑も取り寄せなければならない。


 そんなわけで、薔薇の苗を受け取った私は本当に急いで温室に駆け込んだ。

 そしてそれから、私は空いた時間をすべて解読に費やした。

 夜眠る直前まで辞書を読み、そのまま枕元に置いて眠りにつく。

 そして朝起きたら一番に辞書を開く。

 メロディに朝の支度を手伝ってもらいながら辞書を眺め、学園までの道中でも辞書を読みふける。

 授業はきちんと受けつつも、休み時間には手作りの単語帳を作る。

 昼食はささっと済ませて、図書室に籠り辞書にかじりつきながら単語を何度も何度も書き写す。

 そして放課後になれば誰よりも早く学園を出て温室へと滑り込む。

 そんなことを繰り返していたら、当たり屋のようなあのヒロインの存在にも気付かなくなっていた。

 フォルクハルト様の姿も見ていないので、彼は私が学園に居ることすら知らないかもしれない。

 でも、それでいい。

 私だって、捨てられてしまう前にあの人のことが忘れられるのなら、それがいいのだろう。

 私は温室の中で贈り物の薔薇の葉をなでながら、そう思った。


「……『初めまして、薔薇の令嬢』かぁ」


 面と向かって呼ぶ人はそうそういないけれど、稀に薔薇の令嬢と呼ばれることがある。ゲーム内の悪役令嬢と同じように。

 そう呼ばれるようになったきっかけは幼い頃に新種の薔薇を作り出したこと。

 この国の人たちはもうあまり覚えていない気がするのだが、隣国ではまだ根強くそのイメージが残っているらしい。

 隣国が薔薇の品種改良大国だから。

 あちらには多くの研究者が存在している、とかで何度か勧誘されたこともある。

 しかし私はまだ幼かったこともあり、その誘いに乗ることが出来なかったのだ。

 今となってはあの時ゴリ押しで隣国に行っておくんだったな、と思ってしまうわけだけれど。

 ちなみに私が作り出した新種は、そんな品種改良大国でもまだ作り出せていない。


 この手紙の内容が、研究所への勧誘だったら……行ってしまおうかな。


 ふとそんなことを考えながら、解読を進める。


「えーっと? 『僕は、あなたが作り出したあの赤い水晶のような美しい薔薇が好きです』……なるほど、私のファンか」


 悪い気はしない、と、私は頬を緩ませる。

 ここが私以外入れない温室で本当に良かった。こんなにんまり顔誰かに見られたら絶対バカにされるもの。


「『今はもう品種改良をしていないのですか?』いや、してるしてる」


 具体的に言えば、品種改良の勉強はしている。ただ本格的にはやっていない。

 何故なら新種を作り出したらまた王宮へ行かなければならなくなるから。

 出来ることなら行きたくないんだよなぁ。猛烈に目立つし。

 昔、王宮に報告に行ったとき、新種の薔薇を一輪持って行ったのだ。なぜなら持って行かなければならないという決まりがあったから。

 そうしたらまぁ周囲からの「あれが新種の薔薇かぁ」みたいな視線が刺さる刺さる。

 確かそれが本当に本当に嫌で、なんか近くにいた子にあげちゃったんだよなぁ。

 あの頃は子どもだったからそれが許されたけど、今はもう許されないかもしれない。


「『僕はまた、あなたの作る新しい薔薇が見たいのです』うーん、そう言っていただけるのは嬉しいけれどもー?」


 まずは王宮の専門機関に報告しなければならないという決まりを廃止する運動から始めたい。無理だけど。コミュ力が足りないから。

 そもそも上級貴族でもない人にとって王宮とは雲の上の存在であり、その王宮に足を踏み入れることが出来るということは名誉ある事なので、私以外の大半の人は王宮に行きたいのだ。

 だから王宮に行きたがらない私は異端なのである。


 わかっちゃいるけど目立ちたくないんだもん。


「『僕が贈った苗は、薄紫色の花を咲かせます。ぜひ品種改良の素材にしていただければと思っています』……かぁ」


 花弁が紫水晶のようになる薔薇……か、作ってみたいなぁ。

 紫水晶どころか七色集めたりしたら綺麗だろうなぁ。

 ……ちょっとだけ、やってみようかな。


 魔が差した瞬間だった。





 

ブクマ、評価等ありがとうございます。

そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。

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