薔薇の令嬢は頭を空にしたい
やはり、私は誘拐されたことになっていたらしい。
帰宅すると同時にメロディに抱きしめられて「良かった」と呟かれて、ほんのり罪悪感を覚えた。
結局私、ただ占ってもらっただけだし沢山の魔石や宝石を見て「わぁ~」って言ってただけだったし。
危機感とか警戒心とかもうちょっと持ったほうがいいよな、と我ながら思う。
メロディに抱きしめられたまま自分自身に呆れていると、私の頭上で赤い蝶がくるくると舞っていた。
「メロディ、そういえば第一王子は……?」
「いらっしゃいましたよ、先ほどまで」
「そう」
「はい。なんだか怖い顔で『クレアが見つかった』と言ったと思ったら急いでどこかへ向かったようで。お会いしませんでした?」
「会わなかった。すれ違ったのかしら?」
そう言って蝶に手を伸ばすと、蝶は私の指に止まる。
『クレア様を誘拐した者を追っています』
「あ、の……、でもあの人悪い人じゃなくて」
『誘拐は犯罪です』
お、おう。いやまぁそうだけれども。
「私の大切なクレア様を誘拐しておいて善人なわけがありません」
お、おう……。
そんなわけで、その日はずっとメロディに構い倒されていた。
私が誘拐されたと聞いて本当に心配してくれたらしい。
あの占い師……、ロータスさんが言っていた「家族以上の絆」ってこういうことなのかな。
家族は特に心配なんかしてなさそうだったもんな。というかおそらく私がいなかったことに気が付いてる奴なんて誰もいないんじゃないかな。別にいいけど。
「クレア様、明日は一応お休みされてはどうでしょう?」
「え? 休まない休まない。怪我もしてないし体調も悪くないもの」
むしろどちらかというと気分はいいほうだった。
なぜなら未来の私が隣国で楽しそうにしているという話を聞いたから。
「あのね、メロディ」
「はい」
「今日、いろいろあって占い師に占ってもらったんだけど、未来の私は隣国で楽しそうにしているんですって」
「まぁ!」
「私の未来はきっと明るいと思うの」
「そうですね!」
「だから、もう少し頑張るわ」
いつ頃隣国に行くのかは聞かなかったけれど、学園を卒業するまでは頑張ろうと思えたのだ。
と、そんなのんきなことを考えながら眠った翌日のこと。
朝の準備をほぼほぼ終えた私の視界に入った新聞に訃報が載っていた。
亡くなったのは王都で占い師をしていた男性とのこと。
「……嘘でしょ」
その男性とはロータスさんのことだった。
何者かに殺害されたと書かれている。
未来視が出来るくせに殺されたってどういうこと?
亡くなったのはおそらく深夜で、犯人は未だ逃走中と書かれていたけれど、寝首でもかかれたのだろうか?
いや、そんなはずはない。だって彼はおじい様の願いを叶えるために動いているって言っていたもの。
昨日、私と別れてすぐにおじい様の願いが叶ったとは思えない。
……というか、第一王子が私を誘拐した者を追うと言っていたらしいけど、もしや第一王子が……?
いやまさかそんな。
まさか、と思いつつも私の胸の中は不安でいっぱいになってしまった。
こんなことならメロディの言う通り今日はお休みすることにしておけば良かった。
しかし残念ながらもうすでに馬車に乗り込んでおり、今から引き返すとなると御者さんになんて言ったらいいか分からない。私が残念なコミュ障だから。
そんなことを考えているうちに馬車は学園へと辿り着いてしまう。
こうなったらロータスさんのことを深く考えるのは一旦やめにして……いや、でもやっぱり第一王子と話がしたい。
ロータスさんが悪い人じゃなかったことや、ロータスさんの身に何があったのか、それからそれから……!
「薔薇の子、薔薇の子!」
「……ん?」
藪の中から声がした。私を薔薇の子と呼ぶのは一人しかいない。会長くんだ。
「割れたんだ、君に貰ったお守り石」
「割れ、た」
ちょっと待ってほしい。
「綺麗な砂みたいになったよ」
「砂」
お守り石が割れたってことは、魔法を使われたってことだろう。
会長くんにお守り石を渡したのは、魔力ゴリラに魔法を使われてるかもしれないって話の流れからで……?
「やっぱり魔法だったんだ!」
「……そう。報告ありがとう」
要するに魔力ゴリラのあれは、ヒロイン補正とかではなかったんだ。
そうか、魔法か。ってことは、ええと……ちょっと今考えることが多すぎて頭がパンクしそう……!
「それでさ、この砂貰っていい? 綺麗だから欲しいって彼女が言ってて」
「どうぞ」
私、今それどころじゃないんだわ。
「ありがとう薔薇の子。あ、それ新しい髪飾り? 似合ってるよ」
……髪飾り?
私髪飾りなんかつけてたっけ? と頭に手をやると、そこから声が聞こえた。
『今日は一日髪飾りに擬態することになりました』
と。おそらく赤い蝶の声だった。後頭部あたりにくっついているらしく姿は見えないけれど。
監視用の使い魔が学園まで付いてきたってことは監視が強化されたってことだろうな。
ロータスさん絡みなのだろうか?
ロータスさんといえば、彼は第一王子の言葉を一言一句聞き逃さないようにと言っていたが、蝶の言葉も聞き逃さないようにしておいたほうがいいのだろうか?
蝶は第一王子の使い魔なわけだし……。
「あ、クレアさん、今日もいつもの贈り物が届いているわよ」
「本当ですか!」
廊下で遭遇したウェラード先生に声をかけられた。
いつもの贈り物ということは、隣国からのお手紙と薔薇か魔石だ!
「いつものようにお手紙だけ、先に渡しておくわね」
「ありがとうございます」
考えることが多すぎて頭がパンクしそうになっていたけど、お手紙という名の癒しが手に入ったのなら話は別である。
授業が始まるまで少し時間もあることだし、ちょっとだけ読んじゃおう。
そう思った私は席についてそっと手紙を開く。
一行目に書かれていたのは『君のような可憐な薔薇を見付けたので贈ります』だった。
この人は私のことを可憐だと思っているのか。
実際の私はただの地味なコミュ障なんだけど。
「あれ」
最後の一行が読めなかった。これは久々に辞書を引かなければ。
考えたいことも沢山あることだし、お昼休みは静かな図書館で過ごすことにしよう。
そう思ってから数時間後のこと。
私は静かな図書館で頭を抱えていた。
読めなかった最後の一行は、端的に言えば愛の告白じみた一行だったのだ。
直訳すると『私はあなたを愛しく思っています』だった。もしかしたら別の訳し方があるのかもしれないけれど、独学で頑張った私は直訳しか出来ない。
……正直なところ、ちょっとだけ嬉しかった。
顔も見たことない相手だし何一つ知らない人なのだけど、私が作った新種の薔薇を褒めてくれた人なのは確かだから、これは才能を褒められているのだと思って。
しかし口調的には推定男性なわけだし、婚約者がいる身で『愛しく思っています』に喜ぶのは少しマズいのだろうか。
ちょっと前までならフォルクハルト様だって魔力ゴリラに浮気してるし、と思えたけれど、会長くんがあれは魔法だったって教えてくれたところだから。
私は多分魔法にはかけられていない。ただ手紙をもらっているだけだし。
となると私のほうが浮気者ということになってしまう。
いけないいけない。と、ほんの少しだけ自分の頬をつねっていると、後頭部から声がした。
『伝言です。今日は真っ直ぐ一切の寄り道をすることなくさっさと温室へ戻れ、とのことです』
「あ、はい」
第一王子だ。昨日の話をされるのだろう。
私も話したいことや聞きたいことが沢山あるので言われた通り真っ直ぐ温室へ戻ろう。
話せるかどうかも聞けるかどうかも分からないけれど。
そうだ、今から練習しながら過ごそう。ロータスさんのことなんですけど……ロータスさんのことなんですけど……!
脳内で延々と練習しながら午後の授業を受け、急いでウェラード先生のところへ立ち寄ってから馬車へと向かう。
その間ずっと後頭部のほうから『真っ直ぐ寄り道することなく』と呟かれていた。
言いつけ通り真っ直ぐ温室へと帰ってくれば、入り口前には第一王子が鎮座していらっしゃった。
第一王子、いや、次期国王である御仁をお待たせするって大丈夫なんだろうか?
いや、こうして温室前で待たれるのは二度目なので今更感はあるのだけれども?
「あ、あの」
「ちゃんと寄り道せずに真っ直ぐ戻ってきたんだな」
「は、はい!」
「……それは?」
第一王子の視線が私が抱えている薔薇の苗に向く。
「隣国の方からの贈り物です」
「……そうか。隣国ねぇ」
ふーん、という声と視線を受けながら、私は急いで温室の鍵を開ける。今度は前回よりもすんなり開けることが出来た。
「時間もないし、早速本題に入りたいんだが」
「はい」
「クレア、お前は昨日占い師に会っていたな?」
「……はい。あ、あの、その」
ロータスさんのことなんですけど! と、何度も何度も脳内で練習したはずなのに言葉に詰まってしまう。
「どこまで話を聞いた?」
「え? えーっと……ほぼ占ってもらっただけです。あとは特技は未来視だって話と、おじい様の願いを叶えるために……あの危ないカードを作ったって」
「そうか」
「……あの人が亡くなったと、新聞で読みました」
「ん? あぁ。……クレア、お前はあれを悪人だと思うか?」
「思いません」
たった一度しか会ったことのない人で、ほんの数十分程度しか話したことはないけれど、ただの悪い人だとは思えなかった。
「何も教えてもらっていないのにか?」
「何、も」
「お前が今とても厄介なことに巻き込まれていることに気付いていながら、何も教えてくれなかったんだろう?」
厄介なことがなんなのかは分からないけれど、確かに教えてもらっていないことがある。
「確かに、教えてもらっていないことはあるみたいですが、でも君は演技が下手そうだからといって教えてもらえなかったので反論の余地もなく……」
私がそう言うと、第一王子はしばし黙り込んでしまった。
ちらりと表情を見ると、難しそうな顔で何かを考えているようだった。
「ロータスさん……」
「ん?」
「その、ロータスさんはなぜ、命を奪われてしまったんですか?」
もしかして、あなたが彼を、と口が滑りそうになった。
「トカゲの尻尾切りだ。アイツはとある組織の駒の一つだったんだよ」
駒? ロータスさんが? 未来視が得意なのに?
いくら未来が変わるものだとしても駒になんかならないように動けたのでは?
でもそんなに簡単じゃないのかもしれない。私は未来なんか見えないから分からないだけで。
「そうだクレア。今監視用に蝶を付けているが、虫は大丈夫か?」
「害虫以外なら……」
薔薇の天敵になる害虫は大丈夫じゃない。無理。あと足の数が多い虫も大丈夫ではない。ムカデとか。
「この辺は大丈夫か?」
そう言った第一王子の手のひらには小さな虫がいくつか乗っていた。
「アリにテントウムシ、これは……」
「タマムシだ」
「綺麗」
キラキラした綺麗な虫だった。名前だけは聞いたことあったけどこんなに綺麗な虫だったのか。
「大丈夫そうなら使い魔としてこいつらも置いていく」
「……はい?」
「お前は危なっかしいからな。監視を増やすんだよ」
「あ、はい」
危なっかしい……!?
納得がいかない! と脳内で文句を言っているが、それが聞こえるはずもない第一王子は使い魔たちと会議を開いている。
「蝶は今後もクレアの髪飾りに擬態して監視を続けてくれ。似合っているからな。アリとテントウムシは主に温室内。タマムシは状況次第で」
『はい』
虫に話しかける綺麗な成人男性……なかなか面白いな。
「いいかクレア。アイツの意思を尊重して話さないでおくが、お前は今危険と隣り合わせなんだ。警戒は怠るな」
「は、はい」
何が危険なのか分かんないし何に警戒したらいいのか分かんないけど。
でもロータスさんが第一王子の言うことを聞くようにって言ってたから言いつけは守るようにしよう。
「今日からその蝶がずっと側にいる。俺に何か相談したいことがあればその蝶に話しかけろ」
「はい」
第一王子に相談することなんてまぁないだろうけど。
そう思いながら、帰っていく第一王子を見送ったのだった。
「クレア様」
第一王子の姿が完全に見えなくなったところで、メロディに声をかけられる。
「なに?」
「夜会の招待状が届いたのですが」
「夜会?」
「差出人は」
受け取った招待状に書かれていたのはフォルクハルト様の名だった。
えーっと、これは……行くべきなのだろうか?
というわけで、私は早速第一王子に相談したのだった。
「……この夜会には行くべきですか?」
『行け、とのことです』
「んー……」
『フォルクハルトはエスコート出来ないそうだからエスコートする人間はこちらで用意する、とのことです』
ただでさえ行きたくないというのに第一王子が用意した人のエスコートで夜会に出なければならないなんて、地獄なのでは?
私は考えることを放棄して、ベッドに潜り込んだ。
もう脳ミソが限界です。
ブクマ、評価等ありがとうございます。励みになります。
そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。
予定としてはあと数話で最終回。最終回後はちょっぴり番外編が書けたらいいなと思っております。最後までお付き合いよろしくお願いいたします。




