薔薇の令嬢は観察したい
会長くんの彼女って、誰なんだろうな。
他人の恋愛事情なんて特に興味はないのだが、攻略対象キャラとなると話は別だ。
だってシナリオが変わっちゃうから。
……いやまぁ、私が言うなって話ではあるのだけども。フォルクハルト様と私もゲームじゃ婚約してなかったわけだし。
なんてことを思いつつ、私は会長くんが視界に入るたびに観察しようとしていた。
……していたのだが、ちょっと観察どころではなくなってしまっている。
なぜなら、会長くんのほうを見ると会長くんもまたこちらを見ているのだ……。
目が合う……!
あんまり目を合わせるとまた薔薇が欲しいって言われるかもしれないし出来る限り見ないほうが良さそうだ。
とはいえ彼女が気になる……難しい……。
あのゲームに主人公とライバル以外に女性キャラクターは……あ、サポートキャラがいたっけ。
ということは、主人公でもサポートキャラでもなければモブってことか。私と会長くんはなんの関わりもないわけだし。
会長くんの心を射止めたモブ……どんな子なんだろう。やっぱり気になる……!
そもそも主人公であるあの魔力ゴリラはフォルクハルト様を狙っているけれど、他の攻略対象キャラについてはどう思っているんだろう。
というかあの子は自分が主人公だって気付いているのだろうか?
気付いているとしたら、あの子にも前世の記憶があるってことになるんだろうけど。
でも前世の記憶があるんだとしたら、もうちょいやり方ってもんがあるだろう、と思うんだよな。私に対しても不意打ち体当たりとかじゃなく、もうちょい……普通に会話をするとか。ゴリラじゃないんだから……。
と、物思いに耽っていたが、気を引き締めなければ。
なんせ今から教室を移動しなければならないから。
あの会長くんとの接触以来、私は廊下を歩くたびにゴリラの不意打ち体当たりと神出鬼没の会長くんに怯えなければならなくなったのだ。
迷惑な話である。廊下くらい普通に歩かせてほしい。
しかし前回会長くんから絡まれたときとは別の方向にある教室に移動するわけだからきっと大丈夫。
いやでも気を抜いたときが一番危険……。
「お」
ほら見ろこの声は会長くんじゃないか!
私は歩くスピードを少しだけ上げて、気付かないふりでその場をやり過ごそうとする。
しかし、そうはいかなかった。
会長くんの向こう側に、魔力ゴリラの姿があったから。
初めて体当たりされる前に彼女の存在に気付いた! と感動する暇もなく、うっかり顔をあげてしまったせいで会長くんと目が合った。
「薔薇の子!」
「あ、え……」
思いっきり通せんぼをくらってしまったので、さすがに立ち止まらざるを得ない。
しかしここで立ち止まっていると魔力ゴリラが来る……!
「このあいだ君に話しかけたら君の婚約者にすごく睨まれたんだけど」
「え?」
じゃあなんで話しかけてきた? 睨まれたいのか?
……え、フォルクハルト様が? 睨む? なんで?
「いやぁ、まぁ婚約者がいる女性に声をかけるのはあまりよくないことだなと後で思ったけどねぇ」
だから、じゃあなんで話しかけてきたの?
「でも俺としては女性に話しかけているというよりお花屋さんに声をかけているつもりだったんだよ」
「……あ、はい」
まぁ私、お花屋さん的なこともしてるしな。名は明かさずだけど。
と、会長くんの謎の言い訳を聞いていたら、魔力ゴリラがすぐ側までやってきた。
さすがにこの状態の私に無理矢理体当たりはしないだろう、そう思っていたら、彼女は想定外の行動に出た。
「あら、ごきげんよう、バルトロメウス様」
あー! そうだそうだ、会長くんの名前、バルトロメウスだ!
やっと思い出せた! すっきりした!
……すっきりしてる場合じゃないけど!
突然話しかけられた会長くんは、極々小さな声で「え、誰、こわ」と呟いている。
それが聞こえなかったらしい魔力ゴリラは、ビビられているとも知らずそっと会長くんの腕に触れた。
「私、次の授業で使う治癒魔法の教科書を忘れてきてしまいましたの。バルトロメウス様、貸してくださらない?」
「治癒魔法の教科書? あぁ、いいよ」
魔力ゴリラは誰彼構わず即座にべったり出来るんだなぁ、と少し感心してしまう。
いや感心している場合でもない。逃げ出すなら今だ!
というわけで、私はまた脱兎のごとく逃げ出したのだった。
「あの、あんまりくっつかないでもらえるかな? 俺には心に決めた大切な子がいるんだ」
そんな会長くんの言葉を背中で聞きながら。
名前まで言ってくれないかなと少し期待したのだが、そう上手くはいかなかった。
会長くんに絡まれ、魔力ゴリラと遭遇し、なんだかいつもより疲れたな。
メロディがおやつを用意して待っていてくれたりしないかな。
なんてのんきなことを考えながら帰宅すると、なんだか屋敷内の空気がぴりぴりしていた。
また誰かが何かやらかしたのだろうか。
「クレア様!」
メロディが血相を変えてこちらに駆け寄ってきた。
「……なにかあったの?」
嫌な予感がする。
「えらいことになりました」
えらいこととは。
「お前がクレア・ローラットか」
良く通る、涼やかな声が私の名を呼んだ。
誰だ、と声がしたほうへと視線を滑らせると、そこには猛烈に美しい顔をした男性が立っていた。
あの人見たことある。……でも、前世でじゃない。
新聞の絵姿で見たことある。
「お前がクレア・ローラットだな?」
「あ、は、はい!」
この国の第一王子だ!
やべぇ、私死んだ。
と、なぜか死を覚悟してしまった。
「話がある」
「あ、はい」
「お前が薔薇を育てている温室で」
「は、はい」
頷くことしか能のないポンコツと化した私の代わりに、メロディが「こちらでございます」と第一王子を先導する。
私はなんで第一王子がここに、とか第二王子とはあんまり似てないんだな、とか、ただただ余計なことを考えて現実逃避をするしかない。
「入るぞ」
「はい……」
極力メロディとフォルクハルト様以外の他人を入れたくないのだけれど、相手は第一王子である。そうは言っていられない。
「人払いをしてくれ」
「かしこまりました」
第一王子がメロディに声をかけ、メロディがそれに頷いている。
人払いということは、ここから先はメロディの助け船は期待できないのだろう。
やっぱり死んだわ。私死んだわ。無理怖い。助けてフォルクハルト様。
「盗聴防止の装置を起動させるぞ」
「はい」
この世界にはそんな装置があるんだなぁ。と、第一王子の手元をちらりと盗み見る。
小さくてキラキラしたブローチのようなものだった。きっとあれにも魔石が使われているのだろう。
「さて、お前は新種の薔薇を咲かせたな」
「え? はい、過去に」
「過去の話ではない」
第一王子のその言葉に、私は思わず言葉を詰まらせた。
過去じゃないってことは最近ってこと? だとしたら咲かせていない。
反論しなければ、と思いつつも言葉が詰まってしまって出てこない。
なぜなら、第一王子がなんとも鋭い視線をこちらに向けているから。
向けているだけでなく、彼の紫色の瞳は私の頭のてっぺんからつま先までをじっくりと眺めているから。
もはや恐怖でしかない。
「お前は最近新種の薔薇を咲かせたな?」
私を眺めていたと思ったら、とても渋い顔をして、もう一度改めて質問が飛んできた。
「いえ」
「上空を、使い魔が飛んでいることは知っているな?」
「はい」
……探知されたってことか、なるほど。なるほど?
「咲かせていないと言い張るなら、隠蔽とみなされるが?」
「あ……の、えっと、それが」
「落ち着け。取って食ったりはしない」
そんな心配はしていない。
「いや、その」
「お前は以前咲かせた薔薇をきちんと報告しているから即罰則罰金とはならない」
「こ、心当たりはあるのですが、咲いていないのです」
やっと言えた。
「心当たりはある?」
「こ、こちらでございます」
私は震えそうになる足を叱咤しながら、新種チャレンジをした薔薇のもとへ向かう。
そこにはもちろん、観葉植物顔負けの青々とした薔薇の葉が。
「あの、これ……で、ございます」
私がそう言うと、第一王子はしばし無言で薔薇の葉を眺め、きょとんとした顔でこちらを見た。
「……立派な観葉植物だな」
ですよねー。と、心の中で間抜けな相槌を打つ。
「葉の形状だけを見ると、確かに新種なのですが、御覧の通り蕾さえ付けないのです」
「ふむ」
そう零した第一王子は、じっくりと、さっき私を見ていたときのように紫色の瞳でじっくりと薔薇の葉を観察する。
真剣な眼差しに西日が当たり始めて、キラキラと輝く金髪と紫色の瞳が芸術品のようだわ、なんてほんのりと現実逃避に走ろうとしてしまう。
「うん。使い魔が新種だと通知を出してきたのはこれだな。しかし、一度も花を咲かせていないのか」
「はい」
私がこくりと頷くと、第一王子はうーん、と小さく呻る。
「咲いたら、きちんと王宮に報告しに来るつもりだったわけだな?」
「もちろんです」
行きたくないなとは常々思っているけれども!
「なるほど。では、隠蔽ではないな」
そう受け取っていただけるとありがたい。
「……しかし立派な葉だな。数枚貰ってもいいだろうか?」
「葉を、ですか?」
「ああ。葉を。切ってはいけないものだろうか?」
「いいえ、大丈夫です」
剪定するので切るのは問題ないのだが、まさか葉をくれと言われるとは思っていなかったので驚いてしまった。うっかり。
「帰ってじっくり鑑定したい」
「あ、はい」
あぁそうか、第一王子って優秀な魔術師で鑑定魔法も使えるんだっけ。
元気で大きな葉を何枚か切りながら、ぼんやりと考える。
突然の訪問にビビって混乱して何も考えられてなかったからな。
「どうぞ」
「ありがとう」
そう言って微笑んだ第一王子の瞳は、とても美しく澄んだ青だった。
あれ、青?
……も、もしかして鑑定魔法を使うときは瞳のお色が変わる的な!?
そういうカッコイイ感じのやつ!?
どうしよう、ときめきが止まらない。よくよく見ればお顔も猛烈に整っている。
威厳が強いので、全体的に雄々しく見えるけれど、よーく見ると王妃様に似ているので中性的な顔立ちだ。
こんなにお綺麗な顔をしているのに、前世で彼を見たことはない。ということは、彼は攻略対象キャラではない。
こんなにお綺麗な顔をしているのに……!
……まぁでもフォルクハルト様のほうがカッコイイけどなぁ。優しくて穏やかで。
「どうした?」
「え、いえ」
不躾に眺めてしまって申し訳ない。不敬罪だけはやめてください。
「……どこか体調に問題はないか?」
「へ?」
薔薇の葉を切っただけで体調は崩しませんが?
「問題がないのならいいが」
第一王子はそう言いながらなにやら左手を動かしている。
なんだろう、とそちらを見れば、何もなかったところから突然赤くてキラキラした蝶が現れる。
「え」
「……虫は苦手だっただろうか?」
「いえ、綺麗……」
綺麗なので大丈夫、そんなことを言おうとした私の目の前で、赤い蝶がくるくると舞う。
「大丈夫ならいい」
「これは」
「監視用の使い魔だ。ここに置いていく」
なるほど、温室の外からだけでなく温室の中からも監視をしようというわけか。
隠蔽する気なんてさらさらないので問題はない。
問題はないのだが。
「え、え、この子、餌はどうしたら」
「餌?」
第一王子はそう零し、きょとんとした後に大きな声で笑い始めた。
「俺が魔法で作り出したものだ、餌は必要ない。しかしそうだな、ここの薔薇の蜜を勝手に吸うかもしれない」
絶対にからかわれている。猛烈に恥ずかしい。
「あと、少しなら会話も出来る」
「会話……!」
「可愛がってやってくれ」
「は、はい」
「では、次は王宮で会おう」
第一王子はそう言い残して、颯爽と帰っていった。
その後、私はなんとか気持ちを強く持って部屋まで戻ったのだが、ベッドが視界に入った途端緊張の糸が解けてしまってそのままベッドに倒れ込んだ。
「クレア様!?」
「……疲れた」
だって他人とあんなに長く会話をしたの、とても久しぶりだったんだもん……!
そろそろ折り返し地点かな。(予定)
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