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薔薇の令嬢はやっぱり婚約破棄したい!  作者: 蔵崎とら
本編

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12/28

薔薇の令嬢は脱走したい

 

 

 

 

 

 私の「新種が咲いたら王宮に行かなければならないのか……やだな……」という気持ちを察してくれているのか、新種の薔薇が一向に咲かない。

 種は失敗しなかったし、植えればすぐに芽も出た。

 そして丈夫そうな茎と強そうな棘、瑞々しい葉をたくさん広げながら順調に育っていた。

 ……はずだったのに、花が咲かない。それどころか蕾すらつかない。


 おかしいなぁ。すごく元気なのに。


 そんなことを思いながらも、咲かないのなら王宮に行かなくてもいいんだと心のどこかで安堵している自分がいたりして。

 見た感じ葉の形状がどの薔薇とも若干違うので、このまま花が咲けば新種確定だもの。

 咲いてほしい気持ち半分、王宮に行きたくない気持ち半分……複雑だ。

 新種が咲いたからって、別に黙ってれば誰にもバレないんじゃね? と思ったこともあったが、そんなに簡単な話ではない。この世界では。


 なんせ、監視されているようなものだから。


 この国の上空には、王宮の中枢にいる「鑑定魔法」という魔法が使える優秀な魔術師が作り上げた使い魔が常時巡回していて、その使い魔は鑑定魔法を駆使しながら地上の動植物を鑑定して回っている。

 そして何かしらの未知のものがあれば魔術師に通知を出し、魔術師がその目で確認をしに出向く。……確かそんな流れだったはず。

 私が前回新種を咲かせた時は自分から王宮へ行ったのであまり詳しくはないのだけれど。

 魔術師がやってきて、新種を故意に隠していたと判断されてしまえば罰則だの罰金だのが待っている。新種の隠蔽には結構厳しいのだ。

 ここまで厳しくなったのにはもちろん理由がある。

 この世界は、新種を生み出しやすい。なんたって私のような小娘でさえ手順を覚えれば新種の薔薇を作り上げることが出来るくらいだから。

 私は楽しいから、綺麗だからという単純な理由で品種改良に手を出したわけだけど、世の中にはとんでもないことを考える人間がいるもので。

 その昔、品種改良によってとんでもないキメラを生み出した人間がいた。そしてその人間が生み出したキメラは村を二つほど壊滅させてしまった。

 それだけでも充分とんでもない事件だったはずなのに、数名の人間が同じような事件を立て続けに起こしてしまったのだ。

 昔の人がそんな事件を起こしてしまったばっかりに、新種を監視する使い魔が巡回するようになったし、新種を生み出したら王宮に報告することが義務付けられてしまったというわけなのだ。

 迷惑な話である。

 しかしこの世界で生きていれば、その使い魔による監視も当たり前のことなのだが、ここが日本なら「プライバシーの侵害だ」なんて言う人もいたりするのかな。


 なんて、ぼんやりしていたら月日は過ぎ、あっという間に進級の日を迎えていた。

 あの薔薇は、結局咲かないままで。

 とはいえびっくりするほど元気な緑なんだけど。観葉植物かよ。


 色や形状の情報詰め込み過ぎたから渋滞でもしてるのかなぁ。


 進級したとはいえクラス替えはないので特に代わり映えはしない。強いて言うなら教室と座席が違う、くらいのものだ。

 しかしながら新しい教室はグラウンドに面している。そして私の新しい座席はそのグラウンドに面した側の窓際且つ一番後ろで、お外が見放題だ。

 最高の席に少しだけテンションも上がるというもの。

 これが廊下側の窓際だったらフォルクハルト様と魔力ゴリラのいちゃいちゃを目撃しかねないし、グラウンド側は本当に最高の席。

 友達はいないが、今年度もまぁまぁ穏やかな学園生活が送れそうだ。友達はいないが……。


 ほんの少しだけ退屈な座学の授業を受けていると、グラウンドのほうから女の子たちの黄色い声が聞こえてきた。

 授業に集中出来ていなかった私は、視線をそちらへと向けてしまう。

 すると、そこにはなんともキラキラした人がいて、私は目を瞠った。


 あの人、攻略対象キャラだ。


 女子にキャーキャー言われているキラキラした人は、攻略対象キャラであり後の生徒会長である。

 黒髪に赤眼の正統派イケメンでカリスマ性があり皆の人気者。

 そしてあの人にはファンクラブのようなものがあり、攻略しようと近付くとファンクラブの人たちから絡まれる。

 顔はいいし声はいいしでプレイヤーからも大人気だった彼だが、攻略難易度が猛烈に高かった。

 別のキャラとのすごく些細な会話がフラグになっているとか、その会話が完全ランダムとか、親密度の誤差が±3までしか許されないとか、それはもう面倒だった。

 あぁ、そういえば親密度調整のためにゲーム内のクレアと何度も何度も神経衰弱をしたもんだ。

 ファンクラブの人たちから絡まれるのも攻略には必須イベントだったのだが……今のところファンクラブは設立されていなさそうだな。

 設立されていたとしたら、女子たちが授業中にキャーキャー言うなんてありえないもの。

 ファンクラブの会長から制裁が下るし。

 ……ファンクラブの会長。

 会長……、あれ、ファンクラブの会長って……クレア・ローラットじゃなかったっけ……?


 わ、私じゃん、ファンクラブ設立するの……!


 無理だわ。

 これこそ無理無理の無理だわ。

 万が一にでもファンクラブを設立したとしても私についてくるファンの子なんていないでしょ!

 そもそも私はただの弱小貴族家の小娘だぞ!?

 設定としてはゲーム内のクレアだって同じだったはずなのに一体何をどうしてファンクラブだなんて大層なものを統べていたんだ!?

 お、おそるべしゲーム内の私……。ゲーム内のクレアと現在の私のコミュニケーション能力は天と地ほどの差があるわけだな。

 あと、万が一にでもファンクラブを設立したらとか一瞬考えたけれど、今の私はフォルクハルト様が好きなんで後の生徒会長である彼のファンでもなんでもなかった。

 名前も覚えてないくらいだし。

 確かプレイヤーだった頃は「会長くん」って呼んでたもんな。なんか長い名前だった気がする。

 フォルクハルト様もまぁまぁ長い名前だけど。


 ……あ。


 頬杖をついたまま会長くんのほうを見ていたら、うっかり目が合ってしまった。

 ほんのり微笑まれた気がしたけれど、おそらく気のせいだろう。

 彼と私の間にはたくさんのギャラリー化した女子たちがいるわけだし。

 あれだけいっぱいいるなら、私が設立しなくても誰かが設立するのかな、ファンクラブ。

 生徒会長になったら今以上にファンも増えるだろうし。

 ……そういえば、ファンクラブの子に絡まれるシーンにスチルがあったんだけど、結構な人数が描かれていた。

 いや会員どんだけいるんだよ、と笑った記憶がある気がするけど、こうして実際見てみると納得だ。

 だって猛烈に顔がいい。

 そして見た感じ魔法の使い方も上手いみたいだし、何より運動神経もいい。

 絵に描いたようなモテる男子、ってやつだもの。

 私に前世の記憶がなくて、フォルクハルト様とも出会ってなかったら、アイドルを追っかけるように目で追っていたかもしれない。

 確か前世の私は学生時代、サッカー部の部長に憧れていたりしたしな。懐かしい。


 ……やべ、何一つ聞いてなかったけど授業終わってら。


 まぁ無意識のうちにノートは取っていたから大丈夫だけど。多分。

 大丈夫じゃないのは次の授業だ。ファンクラブのことばかりを考えていて忘れていたが、移動教室だった。

 急がなければ間に合わない。

 気配を消し、足音を消しながら移動先の教室を目指す。当たり屋に見つかりませんようにと祈りながら。


「あ」


 急いでいる私の耳に、小さいけれどものすごくいい声が滑り込んできた。

 この声は、さっきまで見ていた会長くんでは?

 と思い声のしたほうへと視線を向けると、そこにはやっぱり会長くんがいた。

 なんとなく、彼もこっちを見ていた気がするけれど、私は立ち止まるわけにはいかない。

 なぜなら移動教室に遅れていくととても目立つから。


 間に合ったあああ!


 という大きな感情をおくびにも出さず、私はしずしずと自分の席を目指す。

 この授業は集中して聞かなければついていけなくなるので、脳内から会長くんの存在を消す。

 今後関わり合いになることもないだろうし、このまま存在を消しっぱなしにすることだろう。

 ……と、思っていたのだが。

 授業が終わり、教室へと戻る途中のことだった。

 さっき会長くんの「あ」という声を聞いたところに、また会長くんがいた。

 キョロキョロしているので、誰かを待っているのかもしれない。


「あ、いた」


 またしても小さいながらもものすごくいい声が私の耳に滑り込む。

 いた、ってことは探していた人が見つかったのだろう。


「ねえ」


「ひぇっ」


 静かにその場を通り過ぎようとしていた私の前に、会長くんが立ちはだかる。

 近くで見る会長くんはとても背が高く、マジで顔が整っている。怖。

 ちょっとした恐怖で少し後ずさると、会長くんはずい、と迫ってきた。

 ただでさえ壁に沿って気配を消しながら歩いていたというのにそんなに迫ってこられたら壁と会長くんに完全に挟まれてしまう。


「君、さっき俺のこと見てたよね?」


「ごめんなさい」


 素早く早口でとりあえず謝る。


「別に謝らなくてもいいんだけど。君、薔薇の子だよね?」


 薔薇の子、とは。


「え……っと」


 無理だ。

 まともな応答が出来ない。ここ最近メロディ以外の人としゃべったことがなかったから敬語が分からない。

 初対面の相手にいきなりタメ口はマズい……のか? 会長くんは同い年だしタメ口でも大丈夫……じゃない?


「あのキラキラの薔薇、君が作ったんだよね?」


 あ、でも会長くんめっちゃタメ口で話しかけてきてるな。


「ね?」


「あ、はい」


 コミュ障あるある、脳内ではべらべら喋ってるのにいざ口を開くと大したこと言えてない。


「あの薔薇、貰えないかな?」


 初対面の相手になんで私が育てた可愛い薔薇をあげないといけないんだ?


「どうしても欲しいんだけど」


「いや」


「あ、貰うっていうか、買えるならどこで買えるか教えてほしいっていうか」


 あの薔薇は新種なのでまだ売る許可が出ていない。


「ほら、あのキラキラの薔薇の花びら、俺の目の色に似てるでしょ?」


 あぁ、確かに似てるなぁ。赤いし。


「だから、俺の彼女があの薔薇が欲しいって言ってて」


 えええ、会長くん彼女いるの!?

 攻略対象キャラなのに!?


「無理ですごめんなさい」


 完全に混乱してしまった私はそれだけを言い残し、その場から脱兎のごとく逃げ出したのだった。

 しかし会長くんの彼女って、誰なんだろう。

 というか攻略対象キャラなのにまさか女の影があるなんて。ゲームにはそんな描写なかったはずなのに。

 シナリオ、ねじ曲がったりしないんだろうか。

 ……いや、もっと早々にシナリオをねじ曲げたフォルクハルト様と一応その側にいる私が言うなって話ではあるのか。


 これ、もしかして、全攻略対象キャラ周辺であれこれねじ曲がっていたりするのでは……?


 放課後、そんな疑念を胸に抱きながら私は急いで帰路についた。

 会長くんに見つかりたくなかったから。





 

一生名前を思い出してもらえない会長くん。


ブクマ、評価等いつもありがとうございます。

そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。

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