薔薇の令嬢はフラグを投げ捨てたい
ある日の朝、学園へ行く準備をしていた時のこと。
メロディに放課後の予定を尋ねられた。
私は予定なんて一つもないくせに「ええと」と考えるふりをしてから「特に何も」と答える。
別に即答しても良かったんだけど、なんとなく、ちょっとしたプライド的なものが……あったりなかったり……。
「それでは今日は私がお迎えに行くのでどこか行きたいところはありませんか?」
「お迎え? 行きたいところ……?」
普段は御者さんがお迎えに来てくれるのでメロディが来ることはないのだけれど、と小さく首を傾げているとメロディは声を潜めながら言う。
「今日はゴミ……クレア様の祖母にあたる方がいらっしゃるそうなので、避難しましょう」
と。
……ナチュラルにゴミって言ったな。ナチュラル過ぎて聞き逃すところだった。
あと祖母が来るのなら、メロディの言う通りどこかに避難したい。
私、あの人苦手だし。
「ええと、どこでもいい?」
「ええ、もちろん。クレア様の行きたいところならどこでも」
「じゃあ、図書館へ行きたいわ」
「図書館ですね、分かりました」
前々から図書館へ行きたいと思っていたのだ。魔石について調べるために。
学園の図書室にある魔石関連の本を読み漁っても、私が欲しいと思っている情報を手にすることは出来なかった。
私の調べ方が悪かったのか、学園の図書室には専門的な本がなかったからなのかは分からない。
分からないからこそ図書館へ、と考えていた。
考えていたものの、一人で行くわけにもいかないので御者さんに相談しなければいけない。
相談しなければいけないものの、私はコミュ障である。
……というわけで、詰んでいたところだった。
いや、御者さんに相談するくらい出来るけど。……出来るけどね。多分。
でも、もしも嫌な顔をされたらと思うと二の足を踏んでしまうというか……。
「図書館なら思う存分時間が潰せますね。調べ物ですか?」
「ええ、調べ物。思う存分ってことは、長居しても大丈夫?」
「大丈夫ですよ。むしろ長居できたほうがいいくらいです」
「……あの人、そんなに長い時間ここに居るつもりなの?」
「その可能性があるので」
メロディが言うには、この家の男性陣は祖母が来ることを察知してさっさと避難したらしい。
彼らは今、次男のとんでも不祥事の火消しが忙しくて祖母に構っている場合ではないというのもあるのだろうけれど。
そして、母と妹はロリコンとの婚約関連でバタバタしていて祖母の接近に気が付いていない。
よって母と妹が祖母に遭遇し捕獲され、ぐだぐだぐずぐずと話を聞かされるだろうから、その間は屋敷内に居ないほうがいいとのことだった。
薔薇の世話をする時間が減ってしまうけれど、祖母と顔を合わせる気にはなれないので仕方ない。
薔薇たちならしっかり謝ればきっと分かってくれるはずだし。
あの人は人の話なんか聞かないからなぁ。
男性陣がさっさと避難して、私も避難しようとしている現状でお察しなのだが、祖母は親族たちから煙たがられている。
そうなった大きな要因は、祖父が生きていた頃、祖父と一緒になってあちこちに悪口を振りまいていたから。
まさに虎の威を借るなんとやら、そんな状態でそれはもうデカい顔をしていた。
そして私に対しての態度も当然のように酷く、悪口だけでは飽き足らず腐ったお菓子を持ってきて「捨てるのももったいないしあなたが食べなさい」と言われたこともあった。
ちなみにあの時のメロディの顔は……そう、前世で見た般若の面みたいな顔をしていた。
その時点で子供心に「こいつクソだな」と思っていたわけだが、あの人は祖父が死んでからもクソだった。
一人になった途端、今まで自分が行っていた所業を全て忘れましたくらいの勢いでこちらにすり寄ろうとしてきたのだ。
一人ぼっちになったことに気が付いて寂しかったのかなんなのかは知らないが、正直開いた口が塞がらなかった。そして思った。「こいつマジでクソだな」と。
メロディもそれを知っているので、こうして全力で避けることに協力してくれている、というわけだ。
避けたって罰は当たらないでしょう。多分。
ちなみにそのすり寄りが気に食わなかったのは私だけではなかった。
皆に等しくすり寄ろうとしていた祖母だったが誰も相手にせず、それどころかやんわりと別邸へ移り住むことを勧められ、あの人は今寂れかけた町にある別邸で一人暮らしをしている。
というわけで、隠密学園生活を終え、お迎えに来てくれたメロディと共に図書館へとやってきた。
さすがは王都にある図書館、規模が大きい。
「ところでクレア様、何について調べるんですか?」
「魔石よ。ほら、先日純度の高い魔石をいただいたでしょう? あれを温室に置いてからというもの薔薇の育ちがいいのよ」
「なるほど。魔石に植物の成長を促す効果でもあるんですかね?」
「それが調べたくてここに来たの」
「私も手伝いますね」
「ありがとう、うれしい」
一人で調べるよりも効率がいいし、人と一緒に調べ物が出来るなんて、ちょっと楽しみだ。
隣国の言葉は結局一人で勉強していたからな。
しかし言葉の勉強は辞書さえあればなんとかなった。覚えるのは大変だが、辞書を引けば答えはそこにある。
魔石はそうはいかない。
魔石なんて日常生活の中に溢れていて、あって当たり前のものだから調べようと思ったこともなかった。だからどこからどうやって調べればいいのかがわからないのだ。
「このくらい持って行けば何か書いてあるでしょう」
と言ったメロディのほうへと視線を滑らせると、そこには両手にたくさんの本を抱えたメロディがいる。
「……確かに」
まさに手あたり次第。
たくさんの本を抱えた私たちは、図書館内にある自習室という名の個室に入る。
そこに入れば壁に防音加工が施されているので図書館でもしゃべり放題だ。
で、その防音加工にも魔石が使われているんだよな。
「……魔石ってこんなに色々使われてるんですね」
「……案外小さなことにも使われてるのよね」
貴族しか買えないようなお値段の超便利道具から、庶民が使うようなお安い道具にまで、魔石は幅広く使われていた。
そして王宮や王宮の側に魔石を加工して道具にする職人が存在しているらしい。
今まで一切の興味を持つことがなかったので知らなかった。
「へぇ、私、まったく知らない間に魔石を使ってたんだな……」
と、メロディが呟く。
それに気が付いてしまったら、調べ物が進まなくなる。
え、あれにも魔石が!? これにも魔石が!? ってなって脱線してしまうから。
調べ始めた当初の私がそうだったからね。
これだけ便利な魔石だから、植物の成長を促す効果の一つや二つ持っているんじゃないかと思う。
今のところどこにも書かれていないけれど。
もしもそんな効果があるのだとすれば、農業なんかにも生かせるだろうし……ということは、そっち方面の資料を探せばいいのか?
そう思って農作物関連の本を探ってみれば、そこで使われているのは魔石ではなく魔石の粉だ。
魔石の粉だって元は魔石なのだから似たようなものだろうと思うのだが、魔石の粉に植物の成長を促す効果はない。
薔薇なら色や形状等、野菜なら味等になんらかの作用をもたらすけれど、魔石の粉を大量に使ったところで成長速度は変わらないから。
「うーん、やっぱりここに来ても分からずじまいみたいだわ」
「……分かりませんねぇ」
と、残念そうな顔でそう言うメロディだけど、あなたは途中から調べてなかったよね。
別に構わないんだけどね。楽しそうだったから。
「薔薇の成長が早い気がしたんだけど……私の気のせいだったのかしら」
ここまで分からないとなると、私の勘違いだった疑惑も浮上するってもんだ。
「どうでしょうね? まだ誰も見付けていないってだけでそういう効果がないとも言い切れないかもしれませんよ?」
「なるほどぉ……」
「その効果があったとしたら、クレア様はどうしたいんですか? 温室に置く魔石を増やすんですか?」
「増やすのは不可能だわ。純度の高い魔石は値段も高いから」
「確かに」
「ただ……あの魔石を粉にしない言い訳が欲しい、というか」
あとは薔薇をたくさん育てて将来的に小さなお花屋さんを、なんて夢を抱いたりもしていたけれど、その件に関してはまだ黙っておこう。
ちょっと子どもっぽい夢だし……。
「粉にしない言い訳?」
「あの魔石、品種改良の素材にしてくださいってことでいただいたの」
「素材に」
「素材にするってことは、魔石をごりごり削って粉にして使うってことなんだけど、あんなにきれいな魔石を粉にしてしまうのはもったいないなぁって思ってて」
「確かにもったいないですね」
メロディはうんうんと頷いている。
「あと、眺めていると綺麗で癒されるの」
「あぁ、わかります。キラキラしたものって意味もなく眺めたくなったりしますよね」
「そうなの!」
キラキラしたものはただそこにあるだけで癒される。
とはいえ、綺麗だからといって手元に置いておくだけでは素材にしていないわけだから、贈り主の希望には添えていない。
あんなお高いものを贈ってもらったというのに、綺麗だからという理由で使わないのは贈り主への裏切りに近いのではないだろうかと不安になる。
「でも、品種改良って素材だけで出来るわけではないですよね?」
「え?」
素材が揃ってこその品種改良、ではないだろうか?
「もちろん素材を揃えて作り上げるのが品種改良でしょう。でも作り上げるクレア様の気力だって品種改良の素材なのでは?」
「私の気力」
「クレア様に品種改良をしようという気力がなくなれば、いくら素材が揃っていたところで品種改良は進みませんよね。だってクレア様にやる気がないんだもの」
「確かに」
「だからあの魔石がそのままの姿でそこにいることでクレア様に気力を与えている」
「うん」
「魔石の粉にしてしまえば、あの魔石はクレア様に気力を与えられなくなる」
「……うん」
「魔石をそのままの姿で保管すべき理由が出来ましたね!」
「出来たわね!」
出来たのか?
いや、まぁ言い訳は出来たのか。出来たってことにしよう。
やっぱり粉にはしたくないもの。
もしもこの先、贈り主からの催促があったりしたら、その時は諦めて粉にして使わせていただこう。
でもそれまでは、綺麗なオブジェでいてもらいたい。
「あ、そろそろいいお時間ですね。屋敷に戻りましょうか」
「ええ」
時間が来たので、今日の調べ物はおしまいだ。
私たちは手あたり次第に集めた本たちを棚に戻しに行く。
いくつか興味深い本があったので、それは借りることにしよう。
「今日は分からずじまいでしたけど、魔石の効果については気になることだらけですね。定期的に調べに来ましょうか」
「え、いいの?」
「もちろんですとも」
メロディが付き合ってくれるのなら、魔石についてもそれ以外も、調べ物なんてやりたい放題だ!
なんてことを話しながら帰路についていた時のこと。
ちょっとした事件が起きた。
ふと視界の隅に何かが映った、そう思って視線をそちらに流した。
すると、そこにはうずくまったまま動かない女性の姿があった。
驚いた私は、急いでその女性に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
コミュ障というのは、完全初対面であり一切の関わり合いがない人間に対しては案外発動しなかったりするのだ。
「大、丈夫、少し息苦しいだけ……」
それを大丈夫というのだろうか? という疑問が浮かぶ。
「えと」
コミュ障というのは、最初の一言だけはかけられるもののそれ以降が続かなかったりするのだ。
やだ私ったらポンコツ……!
「あら……少し落ち着いたわ」
うずくまっていた女性がそう言って顔を上げる。
「だ、大丈夫ですか?」
それさっきも聞いたじゃん、と思いつつ、しかしコミュ障というのは(略)
「あなた、いい香りがするわね」
「いい香り……あぁ」
鞄の中に、先日作ったサシェがあったのを思い出した。
「これかしら」
そう呟きながら鞄からサシェを取り出すと、女性はふんわりと笑って「いい香り」と零した。
女性は気管支が弱く、発作的に息苦しくなることが多々あるらしい。
「この香りで楽になるなら、どうぞ」
「え、いえいえそんな」
「たくさんあるのでどうぞどうぞ」
道端で息苦しくなってうずくまることが多々あるなんて、私なら嫌だし。
「じゃあ、ありがとう。ああ、そうだわ! これをお礼にあげるわね」
物々交換なら気兼ねなく受け取れるから、とのことだった。
そして何度も何度もありがとうと言いながら、彼女は去っていった。
「クレア様、何をもらったんですか?」
「さぁ。なんだか手のひらよりも少し大きな箱……」
「あ、それ! 王都で評判の占い師が作ったっていうカードですね!」
占い師が作ったカード?
ふと嫌な予感が頭をよぎった。占い師が占いに使うカードといえば、タロットカード。タロットカードはこの世界にもあったはず。
そしてタロットカードといえば。
「トランプ……!」
そっと箱を開けると、カードの束が出てきた。
それはそれは美しいカードたち。
しかし私には少し恐ろしくもあるカードたち。
私は頭を抱えたくなったが、目の前には「わぁ綺麗」と楽しそうなメロディがいる。
「メロディ、これいる?」
「いえいえいえクレア様がいただいたものでしょう!」
「……そうよね」
例の乙女ゲームで、薔薇の令嬢クレア・ローラットが神経衰弱を挑んでくるときに使っていたカードが、手元にやってきてしまった。
持っていても、大丈夫なのだろうか……。今すぐ手放すべきなのではないだろうか……。
いや、このカードが手元にあるからって、私はあの子に神経衰弱を挑んだりしないからね!?
カードから来た。
ブクマ、評価等いつもありがとうございます。
そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。




